3話 中二病令嬢と冷酷執事となんか出会うわけがない
平穏な高校生活を望むあまり、入学式の登校路から異常なリスク管理を徹底する元中二病・真城一真。
だが、回避の先で待ち受けていたのは――予想外の出来事だった。
リスクを避けに避けまくっていたら、登校路とは言いがたい人気のない広場にたどり着いていた。
静かな空間に、小鳥のさえずりだけが響く。
中二病をやめた今でも、こういう静寂は好きだ。肌に合う。
ふと、風に混じって、何かの声が聞こえた。
(ん……?)
なぜだか、その声に引き寄せられるように歩き出していた。
自分でも違和感がある。
俺は“あえて関わらない”人生を選んだはずなのに。
たどり着いたのは広場の中心――。
そこには、大木の上で何やら叫んでいる少女がいた。
茶褐色の髪にバードテール、左右非対称の髪飾り。ドクロと十字架のいう“選ばれし厨二センス”。
なのに髪の手入れは妙に行き届いていて、どこか“品”を感じさせる不思議なバランス。
しかし見た目以上に、彼女の言動が気になった。
「終焉の裁きは、黄昏の理に――」
「……深淵より導かれし“真理”の声が――」
(……いや、聞き覚えある。ありすぎる)
それは俺が中学時代、黒歴史ブログや同志とのやりとりで使っていた単語たち。
“真理”“終焉”“深淵”“理”――語彙も語尾のクセも、俺のかつてのレパートリーと完全一致していた。
(まさか……俺の黒歴史、再生されてる……?)
本能が警告を鳴らす。
関わるな。
あれは“過去の俺の亡霊”だ。
全力でスルーしろ。
視界から消せ。
逃げろ。
かかとを返して、その場を立ち去ろうとした――。
バキッ。
足元の枝が、容赦なく音を立てた。
(しまった……!)
普段なら絶対しない油断だった。
動きが止まり、木の上の少女と目が合う。
一瞬の静寂。彼女は顔を赤らめてうつむいた。
(おい、そっちが恥ずかしがるのかよ……。こっちが余計気まずくなるだろ)
この空気に耐えきれず、俺も視線を逸らした。
今ならまだ間に合う。
何も見ていない、何も聞いていない。悪い夢だった。そういうことにして立ち去ろう――。
「――ま、待てッ!」
迫力のある声が背中に刺さる。
しぶしぶ振り返ると、少女は少しだけ顎を上げ、誇らしげに、けれどどこか不安げに言った。
「……と、特別に、手を貸す権利をやろう」
「へ?」
「我は……この高みより降り立つ術を失った。だから……貴様の力を借りてやってもいい、と思っており......。」
足はプルプルと震え、目元は今にも決壊しそうに潤んでいた。
強気な口調もどんどん弱気になっていき、こっちの精神がやられそうになる。
状況を整理すると、どうやら先ほどうつむいた時に木の高さに気づいて降りられなくなったってことらしい。
悩む。
助けるか、スルーか。
静寂が、じわりと肌に刺さる。
その時。
「小雀お嬢様っ!」
遠くから、凛とした声が飛んだ。
姿を現したのは、黒のスーツに身を包んだ女性。目つきは鋭く、足取りはまるで軍人のように無駄がない。
(……なんか来た)
「おお、我がサーヴァント! よくぞ参った!」
少女の顔はパーッと明るくなり、慣れた手つきで彼女をひょいと抱きかかえ、地面に降ろした。
俺は、その一部始終を思わずぽかんと眺めてしまった。
そして女執事らしき人物が一真に鋭い視線を向ける。
まるで「貴様、何をした」と言わんばかりに。
(ちょっと待て、俺が泣かせたみたいな空気出てないか? どちらかと言うと被害者俺だからな!?)
そんな言い訳に耳を傾けてくれそうにない女執事の圧に、冗談抜きで命の危険を察知した俺は、そっとその場を離れる。
(関わっちゃいけないやつらだった。間違いなく)
もう二度と関わらない。
そう決めて、静かにその場を後にした。
――ただ、あまりに情報量が多かったせいか、彼女が着ていた制服が、俺の通う高校の制服と完全に一致していたことに気づくのはもう少し後の話だった。
最後まで読んでいただき心の底からありがとうございます。
1幕までは毎日投稿予定でしたが、テンポが悪いと感じたため2~3本投稿を心がけます。
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