13話 中二病令嬢と教室で言い合いするわけがない②
平穏な高校生活を望む元中二病・真城一真。
しかし、その願いは登校初日に打ち砕かれた。
生徒会長であり、久遠家の執事でもある久遠理鶴から、義妹でありクラスメイトの“中二病令嬢”久遠小雀の“更生”を命じられたのだ。
しかし更生係としての役目は、突如として終わりを迎えた。
だが一真は最後に、理鶴の命令とは違う――
“自分の意思”による更生を実行する。
一真が大切にしていた平穏な高校生活を賭けて。
今現在、ホームルーム開始3分前。
俺は教室の中心で、中二病全開の言葉を久遠小雀にぶつけていた。
なぜこんなことをしているのか、自分でもよくわからない。
ただ、目的だけははっきりしていた。
小雀は、このクラスで浮いている。
それは自己紹介で噛んだからじゃない。久遠家の娘だからでもない。生徒会長の妹だからでもない。
――彼女が、本当に言いたいことを、言葉にできないからだ。
でも、ほんの少しだけど彼女と関わって、わかったことがある。
彼女は人と話すのが大の苦手で、誰かの気配に怯えては、すぐ逃げ出してしまう。
それでも、変わろうとしていた。中二病という形で。
小雀にとって中二病は、お守りみたいなものだった。
ときに自分を守る“盾”であり、ときに思いを伝える“矛”。
けれど、彼女は器用にその両方を使い分けられるタイプじゃない。
教室のような、人目が集まる場所では、ただ必死に盾だけで耐えている。
言葉を発せず、視線を避け、心を閉ざして。
――なら、俺がやるしかない。
俺が彼女の“矛”を引き出す。そのきっかけを、彼女に手渡すんだ。
けれど、思うように小雀は口を開いてくれない。
だから、俺はさらに一歩、踏み込んだ。
「まともに口も開けんとは、貴様はもはや“真理を延べし終焉の真なる使用者[ヴァリタス・サーバント]”失格だな……」
「――所詮お前は、“久遠家の娘”で“生徒会長の妹”に過ぎなかったということか……」
その2つの言葉は、小雀にとっての明確なタブーだった。
でも、だからこそ口にした。
その言葉を何度もぶつけられて、何も返さないほど弱い子じゃないと、俺は信じた。
そして、小雀が、ついに口を開く。
「……だ、だまれ……貴様なんて、偽物だ……!」
声は小さく震えていた。
でも、確かに“矛”は、俺の方に向けられていた。
よし――ここからはアドリブだ。
「フッフッフ。よくぞ見破ったな!私は王に、“使用者”の監視を頼まれた……“真なる監視者[ヴァリタス・オブザーバー]”だ!」
小雀の目が見開かれ、ほんの少し熱を帯びる。
「やはりか!最初から怪しいとは思っていたんだ!貴様のような男が、我が王であるはずがない!」
小雀の口調に力が戻ってきた。
「しかし、見破るのが遅かったな、“使用者”よ。本物のふりをして近づいたが、まさかあの”王”が、こんな貧弱な者を気にかけていたとは……」
「ひ、貧弱などではない!」
「なら、あの涙は何だ!お前は何を伝えたかった!お前は、“久遠家の娘”で“生徒会長の妹”ではないのなら――何者だ!」
何かを伝えようとするも、また下を向いてしまいそうな小雀に、俺は背中に手を添える。
「……大丈夫だ。“真なる王”は、お前をちゃんと見守っている」
その言葉に、小雀の目がふるえ、ほんの少し光を宿す。
そして――ついに、彼女は言葉を紡いだ。
「我の名は……真理を延べし終焉の真なる使用者[ヴァリタス・サーバント]! またの名は、久遠小雀である!久遠家の娘という名でも、生徒会長の妹という名でもない!」
「我と仲良くなっても、金目当てと思われるほどお金は持っていないし、内申点が上がるほどの権力もない!」
その言葉で、クラスに漂っていた噂は打ち砕かれた。
けれど、俺の狙いは、そこじゃない。
「フッ。だが、そんなくだらない噂だけで、お前がこのクラスに馴染めなかったわけではあるまい?」
俺の言葉に、小雀がびくりと反応する。
「そ、そうだ。我が……このクラスに馴染めていないのは……凄く人見知りで……せっかく誘ってくれても、すぐ逃げちゃうし……声も小さくて……授業中も迷惑かけちゃうし……」
小雀の声は少しずつ小さく、弱々しくなっていく。
でも――その言葉は、まぎれもなく彼女自身のものだ。
だから俺は、もう一声だけ背中を押す。
「それで。お前はどうしたいんだ?」
一瞬の沈黙。そして――。
「……私は……。そんな私でも……クラスのみんなと……もう少しだけ……仲良くなりたいって……思ってましゅ……」
――噛んだ。
俺はふっと笑って、そっと彼女の頭に手を置く。
「最後の最後で噛むなよ」
でも、それでいい。
最後の言葉は中二病の仮面じゃなく、久遠小雀としての本音だった。
不器用で、臆病で、だけど――ちゃんと自分の言葉で話した。
それが、何よりの答えだ。
クラス中から、ぽつぽつと拍手が起きる。
一人、また一人と、小雀の周りに集まっていく。
彼女は戸惑いながらも、笑っていた。
俺はその輪の外でそっと見届けて、教室を出る。
成功した。
けど、羞恥心で顔が熱い。これ以上、教室には居たくない。
(仮病でも使って帰るか……)
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、担任が現れた。
「お、真城くん! なにしてんの~? ホームルーム始まるから、入って入って!」
脳天気な声と共に肩を押され、俺はしぶしぶ教室に戻る。
戻った教室は、ほんの少しだけ空気が変わっていた。
小雀の周りはあったかい輪の中。
そして、俺の席の周りには……誰もいない。
でも、それでいい。
それが、俺なりの“更生”だったんだから。
最後まで読んでいただき心の底からありがとうございます。
これにて1幕終了です。
2幕3幕ともに随筆しておりますので、見ていただけるとありがたいです。