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11話 中二病令嬢と始まりの地で再開するはずがない

平穏な高校生活を望む元中二病・真城一真。

だが登校初日から、その願いは打ち砕かれる。

生徒会長であり久遠家の執事でもある久遠理鶴から、義妹であり一真のクラスメイトでもある中二病令嬢・久遠小雀の“更正”を命じられたのだ。

タイムリミットは金曜日。

しかし一真は何の成果も得られず、むしろ小雀を泣かせてしまう事態に。

理鶴から与えられた最後の猶予の中、一真は“過去の自分”になりきり小雀に接触する作戦を遂行する。

 久遠家の別邸の門くぐった瞬間、胸の奥がじわじわと騒がしくなった。


 懐かしいと感じるには少し曖昧な記憶。


 足元の石畳はきれいに整えられていて、風が(こずえ)を揺らす音はやけに静かだった。


 記憶の奥底が、少しずつざわめき始める。


 視線を向けると、庭の奥に一本の大きな木が見えた。


 幹は太く、枝ぶりも立派だ。ただ一本だけ、不自然に短くなった枝がある。


(確かあの木の枝…….。俺が登って……落ちかけて......折った木の枝だ)


 思い出すと、自然に顔がひきつった。


 そして、もうひとつの記憶が断片的に繋がる。


 あの木のすぐそばの部屋に住んでいた彼女は物陰から俺の様子を窺い、少しずつだが喋るようになった。まぁほぼ俺の独り言だったが。

 そして彼女が別邸を離れると聞いた俺は、自分のブログ「真理を延べし終焉」の存在を教えた。

 その時の女性こそが、”久遠小雀”だった。

 

 あれが、こんな形で再会に繋がるとは思ってもいなかった。


 でも、あの日の俺が、彼女の”今”を形作るきっかけだったのなら。

 それが、彼女の人生を歪める原因になっているのなら――。

 ここで終わらせなければならない。


 でも、本当にそれでいいのだろうか。

 かすかな疑問が、胸の奥に沈んだまま浮かんでこない。

 それでも、今の俺がここにいるのは「彼女のため」だと、自分に言い聞かせて――俺はローブの裾を軽く払った。


 俺は音を立てないように慎重に木をよじ登る。

 懐から小石を取り出し、息を整え、小雀の部屋と思しき窓に向かってそっと小石を投げた。


 ――コツン。


 しばらくして、薄いカーテンが揺れ、窓が静かに開いた。


 顔を出したのは、学校で見慣れていた中二病全開の少女――とは、少し違っていた。


 痛々しい髪飾りもなければ、腕に巻かれた包帯もない。


 そこにいたのは、どこか大人びた空気を纏った久遠小雀だった。


 思わず、胸がドキッとした。


 けれど、小雀が俺の姿を認識した瞬間、そんな静けさは一気に塗り替えられた。


「真理を延べし終焉の真なる王[ヴァリタス・マジェスタ]!」


 弾けるような笑顔だった。


 普段なら絶対に呼んでほしくない厨二名だが、彼女の笑顔を見て俺の中の羞恥心は不思議とどこかに吹き飛んでいた。


 でも、小雀の表情はすぐに曇る。


「……どこに行かれてたのですか……。"真理を延べし終焉"の更新も、返信もなくて……とても。とても心細かったのです……」


 声がかすれている。ずっと待っていた、そんな空白の時間が、たった一言に凝縮されていた。


「……すまない」


 俺はそれしか言えなかった。


 でも小雀は、それだけで許すように、こくりと頷き――また、すぐに顔を上げた。


「でも!ここに戻られたということは、ついに“理”に触れる術が見つかったのですね!? それとも、”真理”がすぐそばに――!?」


 次から次へと口をついて出てくる単語の数々は、すべて俺がかつて残したブログの言葉だった。

 彼女の中で、それがずっと息をしていたということがわかる。

 この瞬間、本当は思った。

 この世界観を理解してやれるのは、俺しかいないんじゃないか。

 俺が彼女の理解者になってあげれば――。

 そういう“罪悪感”とも、“責任感”ともつかない何かが、胸をつついた。

 でも、それ以上に――俺は自分の平穏が壊れるのが、この上なく怖い人間なんだと思い知った。


 だから、俺はその流れを、断ち切った。


「……いや。違う」


 喉の奥から無理やり絞り出した声は、自分でも驚くほど冷たかった。


「ここに来たのは、伝えに来たんだ」


「……え?」


「“理”も、“真理”も、“終焉”も――そんなもの、どこにもなかったって」


 彼女の目がゆっくりと見開かれていく。


 それでも俺は続けた。


「“真理を延べし終焉”を閉じたのも、それが理由だ。全部、俺の妄想だった。ただの……空想の世界だったんだよ」


 息を飲んだ彼女の表情を、正面から見ることができなかった。


 だけど、それでも俺は言った。


「今日は、お前に“別れ”を言いに来たんだ。そして……お前にも、“普通の道”を歩めって」


 言葉を投げるたびに、自分の中の何かがすり減っていくのを感じた。


 小雀の目が、揺れに揺れ――そして、ぽたりと大粒の涙が頬を伝った。


 何も言わず、ただ、静かに涙だけが落ちた。


 まただ。

 また俺は、この子を泣かせてしまった。

 この短期間で2度も。


 木曜日、俺が噂に流されて、口走った言葉――。

 「金目当て」だの、「内申点」だの「あんな中二病」だの。

 本気で思っていたわけじゃない。

 でも、結局それも、自分の平穏を守るためについた言葉。

 その言葉が嘘か本当かなんて、彼女には関係ないのだ。

 本当は、そのことを今ここで謝らなきゃいけなかった。


 でも、何も言えないまま、唇を噛みしめる。


 するとそこに――。


「小雀お嬢様!」


 鋭い声が、空気を切り裂いた。


 扉が開かれ、久遠理鶴が部屋に飛び込んできた。


 彼女の視線が、小雀の涙に突き刺さり――。

 すぐさま俺に向けられる。


 その目には、はっきりと殺意が宿っていた。


(ヤバい……このままだと確実にやられる……!)


 焦りと本能で、俺の口が勝手に動いた。


「ち、違うんです!生徒会長!」


 ――その瞬間だった。


 理鶴の目が細まり、冷たい確信の声が降ってくる。


「……貴様。真城一真か……?」


 はっとして振り返ると、小雀が目を大きく見開いていた。

 涙を浮かべたまま、小雀は俺をじっと見つめていた。


 その目は、何かを信じたくなくて、それでも疑いたくなくて――。

 言葉を探しても、出てこない。

 それはそうだろう。今まで信仰していた存在が、何のとりえもない、ただのクラスメイトだったのだから。

 震える肩。わずかに開いた口。けれど、小雀の言葉は出なかった。

 そのまま、小雀はくるりと背を向け、静かに――だが、確かに足早で部屋を出ていった。

 ドアが閉まる音がやけに重く響く。


 部屋に残されたのは、俺と、理鶴の静かな溜息だけだった。


 しばしの沈黙ののち、理鶴がぽつりと呟く。


「……貴様が、月曜までの猶予を求めたのは、この策を試すためだったのだな」


「……はい」


 うなだれる俺に、理鶴は視線を向けず、独白のように言葉を重ねた。


「……そういえば、まだ小雀お嬢様の更正係に何故お前を任命したかを、教えていなかったな」


「え? それは……俺が彼女に中二病を吹き込んだ当人だからじゃ……」


「それは、建前だ」


 言い切るように、理鶴が言った。


「当時、小雀お嬢様が急に変な言葉を使い始めた時、久遠家の者も私も、内心はかなり動揺していた。多くの手を尽くしても効果が出ず、完全に行き詰まっていたんだ」


 理鶴の声に、初めて“迷い”のようなものが滲んでいた。


「そんな中、“真城一真”という名前が浮かび上がった。きっかけは些細な偶然だったが……お前が原因である可能性が高いと判断された。その瞬間に、あらゆる責任と希望をお前に背負わせる覚悟が決まった。だから、あんな脅しまでした」


「……!」


 すべてが、偶然と混乱の中で決まっていた。


「正直に言えば、金曜日に成果が出ていなくても、動画を使うつもりはなかった。だから、伝えるつもりだったんだ。だが、貴様が“まだ策がある”と言った。だったら、その言葉に乗ってやろうと思っただけだ」


 理鶴の言葉に、肩の力が抜けた。


「そう……だったんですね。見事に……失敗しちゃいましたけど」


「それは、見れば分かる」


 静かに突き放すその声に、嫌味も怒気もなかった。


 しばらくの沈黙のあと、理鶴はふっと目を伏せ、静かに言葉を継いだ。


「先週の水曜日。お嬢様はいつも以上に、何を言っているのか分からなかったが……それ以上に楽しそうだった」


「……水曜日……」


 俺が中二病用語について、真面目に質問を投げかけた日だ。

 あの日の小雀は、確かに楽しそうに語ってくれていた。


「だが、木曜日。お嬢様は一転して、静かだった。“何を言っているか分からないお嬢様”さえも恋しくなるほどに、黙っていた」


 あの日――俺が噂を鵜呑みにし、小雀を傷つけてしまった日だ。


「もし、中二病という仮面が、お嬢様を守っていたものだとしたら。無理に取り上げるのではなく、それを理解し、共に歩んでくれる人がそばにいるほうが、彼女の幸せに繋がるのではないか……私はそう思った」


 理鶴の声は、どこか遠くを見ているような色をしていた。


「だから真城一真。君はもう、普通の高校生活を送って構わない。久遠家の家庭事情に、ここまで関わらせてしまって、本当にすまなかった。」


 理鶴の言葉は、これまでの彼女からは想像できないほど穏やかで――そして、優しかった。


 これが、すべての“終わり”のはずだった。


 帰り道。落ちていく夕陽の中、俺はただ一人、歩く。


(……やっと、終わった)


 そう思えば、胸の奥が軽くなる――はずだった。


 でも、実際に残ったのは、空虚さだった。


(……これで、本当にいいのか?)


 久遠小雀にとって、俺は何だったのか。


 中二病という仮面の奥に、彼女は何を閉じ込めていたのか。


 ただの“巻き込まれた存在”なら、ここで手を引くべきだろう。


 でも俺は、彼女と言葉を交わした。


 一緒に歩いて帰った日があった。


 そして俺は、彼女を二度も泣かせた。


(なら、やるべきことは1つだ)


 もう俺は、久遠理鶴の命令で動くわけじゃない。


 “久遠家の中二病少女”としてではなく――“久遠小雀”という一人の女の子と向き合うために。


 俺自身の意志で。


 彼女に対する謝罪の意を込めて。


 月曜日。俺は、すべてをかけて最後の作戦を遂行する。

最後まで読んでいただき心の底からありがとうございます。

3幕構成で書いており、1幕までは毎日投稿予定です。

1件のviewでも励みになりますが、ブックマーク/感想はもっと励みになります。



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