始紫伝2
何気ない会話を交わしながら、永木紫銀と次元世依奈は並んで竹西学園へと向かっていた。二人が通うこの学校は、竹西市立竹西学園という小中一貫校で、校舎はまだ真新しく、そのピカピカの外観が朝日に輝いている。もともと市内の市街地近くには5つの小学校と2つの中学校があったが、少子化の影響で4年ほど前に統合され、この学園が誕生した。今では各学年に6クラスがあり、賑やかに生徒たちが通う学校となっている。
1年3組の教室に、世依奈が元気な声で挨拶をしながら入る。その明るい声に、彼女の友達たちは自然と笑顔を浮かべ、彼女に反応する。世依奈の後に続いて、少し控えめな様子の紫銀が教室に入る。
そのとき、クラスメートである写世集樹が声をかけた。彼と紫銀は、小学校の中学年くらいからずっと同じクラスで、気の置けない仲だ。写世は、明るく社交的な性格で、クラスのムードメーカーのような存在。短く整えられた黒髪、はっきりした目鼻立ちを持つ少年で、背は紫銀より少し高め。彼の顔にはいつも楽しげな笑みが浮かんでいる。
「委員長、今日もえぇご身分で登校しとるやんか」と、少し茶化すように言いながら、彼の特有の関西弁混じりの言葉が響く。
紫銀は微笑んで、「そんなことないよ」と軽く返す。写世は特に深い意味があって言っているわけではない。ただ、いつも通りの軽い冗談だ。だが、その何気ないやり取りが、紫銀にとってはいつもの日常を感じさせ、ほっとする瞬間でもある。
「かー。委員長、それはアカンよ」
「ダメって……なにが?」
紫銀は不思議そうに問いながら、自分の席にカバンを置いた。
「えーか、委員長。よー、見てみぃ」と写世が指さした先には、友達たちと楽しそうに話している世依奈の姿があった。
「?世依奈がどうしたんだよ?」
紫銀が問い返しながら、その方向を見ると、世依奈がこちらに気づいて、笑顔で小さく手を振った。紫銀も自然に手を振り返す。だが、その様子を見ていた世依奈の友達たちは、一斉に何かを囁き合い、騒ぎ出した。
「ん?なんでみんな騒いでるんだ?」
紫銀は首をかしげるが、理由が分からない。その反応に、写世はため息をついた。
「マジでアカンわー。委員長、ええか?次元はんといったら、学年トップランクやで。」
「トップって……まぁ、世依奈は可愛いからなー。」紫銀は素直に答えるが、それは幼馴染としての目線だった。世依奈を可愛いと思う気持ちはあるが、それはいつも元気な彼女を見守る、まるで妹のような感覚に近いものだった。
世依奈は小柄で、すらっとした体型に、肩までの黒髪をふわりと揺らしながら歩く。その黒髪は、少しだけ癖があり、自然なウェーブがかかっている。澄んだ大きな瞳が特徴的で、笑うと目が少し細くなり、その可愛らしさが一層引き立つ。どこか子犬のような愛嬌のある顔立ちをしており、元気いっぱいな性格がその外見にぴったり合っている。特に、友達と話す時や笑顔になる時の無邪気さは、多くのクラスメイトに好感を持たれていた。
「あー、これはアカンわ。次元はんが可哀想や。」
写世は頭を抱えたように、わざとらしく嘆く。
「可哀想って、なんで?」
紫銀はますます訳がわからず、疑問をぶつける。
「けど、おそらく、次元はんも一緒やろなー。」
写世は続けながら、意味深な笑みを浮かべた。
「一緒って?何がだよ?」
紫銀が真剣に問いかけると、写世は一瞬言葉を飲み込んで、肩をすくめながら答えを濁す。
「……ま、ええわ。気にせんとき。」
写世は軽く笑い、話題を流した。
紫銀は不思議に思いながらも、写世がこれ以上何も言わないので、深く追及することなく話を終えた。その時、ふと世依奈の方を見ると、彼女はまだ友達たちと楽しそうに話していたが、紫銀に一瞬だけ視線を送って微笑んだ。
「……何か変なことでも言ったのかな?」
紫銀は写世とのやり取りを終えたあとも、どこか引っかかる気持ちを抱えていた。しかし、クラス担任教師ーーーー袴田の声が教室に響き渡り、その考えは一旦途切れた。
「はーい、みんなー、席につけー!」
彼の呼びかけに、教室中のざわめきが収まり始める。世依奈も友達との話を切り上げ、席に向かって歩き出した。
「朝のホームルームを始めるぞー。えぇーと、出席を取るが……空席1つの変わりないから、全員いるな。いないやつがいたら、先生にラインでメッセージをよこせ!」
教室全体が少し和んだ雰囲気に包まれる。
「さーて、いい知らせだ。家庭の都合で入学式に出席できなかった生徒が、ようやく今日から転校してくることになったぞ。引っ越しなどの対応が遅れに遅れ、ついに今日から登校だ!」
その言葉に、教室は少しざわついた。転校生という新しい存在に対する興味が一気に高まり、クラスのあちこちで小声で話す声が聞こえる。
「はい。拍手ー!」
彼の言葉に従って、生徒たちが一斉に拍手を始める。紫銀もその流れに乗って手を叩いたが、頭の中はまだ写世の言葉がどこか引っかかっていた。
「おーい、入ってきていいぞー!」
教室の扉が開く音がして、全員の視線が一斉にその方向に向かう。次の瞬間、転校生が教室に足を踏み入れた。