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始紫伝25

星理亜は、紫銀の腕の中からそっと抜け出し、少し後ろに下がった。

膝に力を込めて立とうとしたが、すぐに体がガクンと揺れ、崩れ落ちるように尻もちをつく。

視界がぐらつき、立つことができなかった。

あれほど余力があったはずの光力が、いまや限界ギリギリ。

次元獣のときもそうだった。

心魂具を通じた防御技は、自分が思っていた以上に光力を消費するらしい。


(……まだ……命さんは……)


意識を集中し、自分の中に宿るはずの"命"の存在を探る。

まだそこにいると、確かに感じた。

だけど——「命さん……命さん……」と何度か呼びかけても、返事はない。


喉が詰まるような感覚がした。

やはり、あれは相当危険な行為だったのだろう。無理をしすぎた結果、命の力が干渉を拒んでいるのかもしれない。


それでも——戦いは終わっていない。


星理亜は顔を上げる。


視線の先、紫銀の背中越しに、あの不気味な触手の集合体——球体が、ゆらゆらと浮かんでいた。

蠢く触手のうねりが、耳にまとわりつくような不快感を生む。

表面の無数の触手が、まるで生き物のように脈打ち、波打ち、再生を繰り返している。


(手助けをしないと……!)


星理亜は尻もちをついたまま、体を動かそうと試みる。


——だが、指先ひとつ動かせなかった。

足に力を込めようとしても、感覚がまるでなかった。意識が遠のくような倦怠感。光力を使い果たした影響か。


(……でも……光銃なら……)


手元にあるはずのキューブを思い出し、制服のポケットをまさぐる。

しかし——そこに、あるべきものがなかった。


(ない……? まさか……落とした?)


胸がざわついた。

逃げる最中に落としたのか、それとも戦闘のどこかで弾かれたのか……。いずれにせよ、今は手元にない。


その時——


蠢く触手の音が、ピタリと止んだ。


星理亜の体が強張る。


触手の攻撃が始まる、合図だった。


無数の触手が、一斉に紫銀へと襲いかかる。

星理亜は思わず息を呑んだ。

だが、紫銀は一歩も動じず、静かに右手を前にかざした。


(……何をするの……?)

星理亜には理解できなかった。


直後——紫銀の右手が紫色のオーラに包まれる。

それは静かに、しかし確実に凝縮されていき、やがて手のひらから青い球体が生まれた。


青い光が触手に向かって飛ぶ。


的中した触手は、光に包まれ、弾けるように霧散していった。

次々と触手が消滅する。

しかし、それ以上の速さで球体表面の触手が再生していく。

まるで——無限に湧き出るかのような、再生能力。球体の核が、見えない。


紫銀はそのままの状態を維持していた。


攻撃をやめないのは、ただ無駄に技を繰り返しているのではない。球体の動きを警戒し、何かを見極めようとしているのかもしれない。

星理亜は唇を噛む。


——その時。


球体の表面が、異様に蠢き始めた。

中心部に、ぽっかりとした凹みが生じる。

星理亜は直感した。


次に来るのは——あの光の奔流。

自分の光力を、ギリギリまで消費させられた、あのレーザー。


息を呑む間もなく、球体から光が収束し——

光の奔流が放たれた。


星理亜は反射的に目を閉じた。


——しかし、直後。

紫銀の手のひらから、先ほどとは比べ物にならないほどの巨大な青い球体が放たれる。

それは、光の奔流と激突する。


瞬間——

爆発。爆風。衝撃波。


星理亜の長い髪が風に靡く。

咄嗟に腕で顔を覆う。

しかし、吹き飛ばされることはなかった。

紫銀の後ろにいたことで、爆風の直撃を受けずに済んだ。

爆風が収まり、星理亜はゆっくりと顔を上げた。


紫銀の背中越しに、再び視界に入ったのは、依然として健在な触手の集合体。表面は焦げ、幾分か縮んで見えるが、それでも触手は蠢き続けていた。


「……まだ……」


星理亜は唇を噛みしめる。


光の奔流を防ぐのに、あれだけの光力を消費した。紫銀の放った青い球体は、それに拮抗し、相殺するほどの威力を持っていた。だが、それでも敵は倒れない。


紫銀もまた、手を下ろした。彼の攻撃も、決して負担が軽いものではないはずだった。


(まだ……何かできること……)


星理亜はもう一度、自分の体を動かそうとする。しかし、足は力なく震え、指先さえも思うように動かない。


自分の余力が尽きかけていることは分かっていた。それでも、紫銀の隣に立って戦えないことが、無性に悔しかった。


「……ッ」


その時だった。


紫銀が、一歩前に踏み出した。


「……紫銀……さん?」


星理亜が呼びかける。

しかし、紫銀は答えなかった。ただ、静かに、触手の球体を見据えていた。


触手の蠢きが、先ほどとは違う。

不規則に震え、中心部の凹みが、さらに深くなっていく。


(……何か、来る……!)


星理亜の直感が、強烈な警鐘を鳴らした。


次の瞬間——球体の中心から、異様な光が収束し始めた。

先ほどの光の奔流とは異なる、圧倒的な密度の光。

その一点に、空間が歪むほどのエネルギーが集中していく。

星理亜は息を呑んだ。


(さっきのレーザーとは違う……これは……!)


何か、とんでもないものが来る。

直感的にそう悟ったが、動けない自分には何もできない。


「……紫銀さん……!」


かすれた声で彼の名を呼ぶ。

だが、紫銀は動じることなく、淡々と右手を前にかざした。

彼の手のひらに、先ほどよりもさらに濃い紫のオーラが渦巻く。

青い光が、その中心に凝縮されていく。


(何を……する気……?)


星理亜には、紫銀が何をしようとしているのか分からなかった。


そして——


触手の球体が、光の奔流ではなく、空間そのものを断ち切るような黒い光の刃を放そうとした、、その瞬間。


「具現せよ! 心魂具、命!!」


星理亜の目が大きく見開かれる。


「えっ……!」


驚きと混乱が混じった声が、思わず漏れた。


紫銀の右手が、ゆっくりと前へと押し出される。

その動きは、確信に満ちていた。


そして、星理亜はわからなかった。

命を具現させるには、自分の右手に嵌められている心魂具の指輪が必要であり、それ以上に心魂具である命と契約をする必要があったはずだ。


だが——


星理亜は息を呑んだ。

紫銀の右手が紫色のオーラから強烈な輝きに包まれる。

それは、心魂具が具現化される光。


「……そんな……」


星理亜は呆然と呟く。

紫銀の右手に収束していった光が、次第に形を成していく。

星理亜には見覚えのある光——心魂具が具現化されるときのもの。

だが、それは彼女が使う"命"とは異なる気配を放っていた。


「……そんな……」


星理亜の声は、ほとんどかすれていた。


紫銀が握ると、光が一瞬霧散し——その手には、一振りの刀が現れる。

それは星理亜の身長とほぼ同じ長さを持ち、まるでこの世界の理とは異なる存在のように、刃先が僅かに青白い輝きを帯びていた。

星理亜は、自分が使っていたのは、両剣だったはずなのに、今、紫銀が持っているのがそれとは全く別であるに驚きと混乱を隠せなかった。


紫銀は迷いなく、刀を上段に構える。


「……!」


星理亜が息をのむ間もなく、紫銀の足が地面を強く蹴る。

爆発的な加速——そのまま球体へと飛び込み、一閃。


「ヤァァァァァァァッ!!」


鋭い叫びとともに、刀——"命"が振り下ろされる。


ズバァッ!!


音を立てる間もなく、刀は球体の中心を真っ二つに斬り裂いた。

まるで抵抗すらなかったかのように、球体は分断される。


そして——


切断面が突如として青白く燃え上がった。

まるで蒼炎の炎に包まれるように、球体は軋むような音を発しながら崩れていく。


星理亜は信じられないものを見ているように、ただ呆然とその光景を見つめることしかできなかった。

吹き荒ぶ風が校舎の屋上を撫でる。

その場に立つのは、写世だが、その姿は界渡真であった。

写世がこの世界に対して干渉する際は、界渡真の姿に化け、次元維持管理局に界渡真を監視対象と認識させる必要があった。

彼は柵にもたれながら、眼下の戦いを眺めていた。

校庭では、星理亜と紫銀、そして彼が生み出した異形の怪物ーーー空間の彷徨者メモリー・ワンダラーの戦いが繰り広げられていた。

本来であれば、この戦いの結末は目に見えていた。


星理亜が負けるのは、ほぼ確定事項。

なぜなら、彼女の力は心魂具使う事ができるようになったが、彼女が持つ光力は普通レベルであるため、戦闘中に光力を切れを起こしかねない状態であった。

あれほど戦いに慣れている彼女ですら、空間の彷徨者の触手を捌ききるのは難しいと判断していた。

——だからこそ、彼は予想していたのだ。


「星理亜は、あの触手に捕まって、目の保養タイム突入、っと」


しかし、現実はそう甘くなかった。

戦況が大きく変わったのは、紫銀の覚醒ーーー

それが起こった瞬間、触手の群れが一瞬にして消滅した。

それまで暴れ回っていた異形の触手が、まるで塵と化すように跡形もなく消え去ったのだ。


「委員長、パないなぁー?」


写世は、口の端をわずかに引き上げた。

彼の想定では、紫銀の覚醒はまだ先だった。

少なくとも、今日この場ではない。


「まぁ、これはこれで面白いやん」


写世は両腕を組み、興味深そうに戦況を見つめる。紫銀の覚醒によって、触手の猛攻は無に帰した。

それだけではない。

紫銀は、心魂具の使用権利すらも奪い取った。

本来、心魂具というものは、その中に宿っている英霊の魂に見初められる必要があり、強い信頼感がなければ使えないものであって、他者が容易に使えるものではない。

にもかかわらず、紫銀はまるで当然のようにそれを行使し、空間の彷徨者を一刀両断した。


ーーーあれほどの化物を、まるで雑草でも刈るかのように。


この光景を目の当たりにして、彼は理解した。


「一年後に、主世界を消滅させる存在……か」


ハクホが言っていたことは、誇張でもなんでもなかった。

むしろ、それ以上の可能性すらある。

写世はゆっくりと立ち上がると、ポケットに手を突っ込み、ハクホから渡された最後の写真を取り出した。


そこに写っているのは、新たな異形ーーー

ワシのような猛禽類の顔。

丸みを帯びた異様な身体。

鈎爪のついた両手。

下腹部にある、大きな口ーーー

どこかの世界にいそうな、悪夢のような姿。


この三枚目の写真の意味は、まだ分からない。

一枚目の次元獣は、星理亜が心魂具を使えるようにするため。

二枚目の空間の彷徨者は、紫銀の覚醒を促すため。

では、この三枚目は?

覚醒した力の制御?

しかし、それならばそれこそ界渡真本人の役割ではないのか?

彼は迷う。

だがーーー


「ま、シラホはんの言うことやから、やらなきゃかんし」


 写真を軽く弾きながら、肩をすくめる。


「ヤバぁなっても、ワイの責任外や」

 

ビリッと、写真が裂かれる。

破れた瞬間、それはまるで生き物のように燃え上がり、黒い炎と化して空へ消えていく。

そしてーーー


写真に写っていた異形の怪物が、屋上に具現される。

ぎちぎちと関節を鳴らしながら、黒く濁った瞳が校庭を見下ろした。

写世はポケットに手を突っ込み、くつくつと笑う。


「ほな、行ってら」


その言葉と同時にーーー

異形が、跳んだ。

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