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始紫伝21

放課後。部活を終えた生徒たちが帰っていく中、写世と星理亜は屋上で話をしていた。小さな風が吹き抜ける中、二人の会話が響き渡る。


「で、転校生はんはなんで、ここに?」


写世が面倒臭そうに訊ねる。


「そうですね。あなたとお話がしたかった。からと言えばいいでしょうか?」


星理亜は丁寧に応える。


「ほーん。なんやか、前にもあらへんかった?あー、あれや。わいを次元干渉者やったけっか?まー、大変すまへんが、わいはソレとちゃうで。そもそも、わい、次元なんちゅーどえらモン、操れへんし」


写世は軽く肩をすくめ、自分が次元干渉者ではないと言い切る。


「えぇ。それは、以前にお聞きしまったので」


星理亜はそれを確認する。


「なら、なんや。んー、そやなー」


写世はぼやぼやとした口調で語る。


「あなたの目的は、永木さんの覚醒補助って言ってましたよね?」


星理亜が尋ねる。


「おー。そやそや。いったなー。んで、それがどしたん?」


写世は少し意地の悪い笑みを浮かべる。


「……あなたから見て、今の状況はどう思いますか?」


星理亜は慎重に尋ねる。


「「状況…?」


写世は首を傾げ、星理亜の問いに戸惑う様子を見せた。


「えぇ。なにも変わってないように見える今の状況です。あなた的には、どう思っていますか?」

「んー。そやのー」


写世は下を見つめ、なにかを考えているようだ。


「のー、転校生はん。こっち、来てみぃ」


写世は星理亜を招き寄せる。


「大丈夫や。トラップもあらへんし、わいから攻撃することもあらへん」


星理亜は少し戸惑いながらも、写世に近づいていく。


「まぁー、みてぃ」


写世は星理亜に下をみるよう指示する。

星理亜が下を見ると、グラウンドを走る運動部の生徒たちの中に、黒い人の形をした何かが幾つも混ざっているのが見えた。生徒たちはまるで、それを認識していないかのように通り抜けていく。


「……なに、あれ…………」


星理亜は呆然と尋ねる。


「さぁー。正体や詳しいことはわからへんな。ただ、コレだけは言えるで」


写世は言う。


「なに?」

「あれが突然出たんやから、状況的にヤバいんちゃう?ま、アレがなんなのか調べるんのが、転校生はんら管理局の仕事やろ」


写世は少し意味ありげに付け加える。


「ま、ことによっちゃ、転校生はんが心魂具を使えるようになったのが、事の八反かもしれへんしな」

「私が…………原因だと?」


星理亜は眉を寄せる。


「かもしれへんって話や。ま、その可能性はめっさ低いんやけどな。」


写世は軽く笑いながら告げる。ふと、去ろうとした写世を星理亜が呼び止めた。


「写世さん!」

「んや?」

「先週の金曜日の夜、どこにいたんですか?」


星理亜が声を震わせて尋ねる。次元獣との戦いの時、写世の存在が気になっていたのだ。

写世は少し考える。


「んー。確かー セブンにいたで。セブンで立ち読みして、適当に弁当買ったで」

「……証明できますか?」


星理亜は疑念を抱いたような表情で尋ねる。


「んや。わいが次元干渉者の可能性があるから疑ってるん、転校生はん」


写世は少し面倒くさそうに言う。


「残念やけど、それを証明することはできへんけど、わいはそこにおったで」

「…………そうですか…………」


星理亜は少し納得した様子だが、まだ釈然としないようだ。


「わかりました」


星理亜が小さく呟くと、写世はドアのノブに手をかけ、振り返った。


「あと、そやそや」


写世の声が響く。


「心魂具のコアらしいけど、えらい可愛い巫女さんやん。ま、あとはよろしゅぅな」


振り向いた写世は、少し意地の悪い笑みを浮かながら、そう言って写世は去っていった。すると、星理亜の心魂具から小さな命の姿が浮かび上がる。


「星理亜さん?」


命は少し戸惑った様子で尋ねる。


「…………命さん。気づきました?」


星理亜は穏やかに応える。


「は、はい。あの人も同じですね」

「えぇ。命さんとは同調してないのに、命さんのことが見えていたみたいですよ」

「はい。しかも、永木さんのときは違って、はっきりと私の姿を見えてました」

「うん」


星理亜は少し考え込む。確かに写世は普通の人間とは違う何かを持っているようだ。ただ、紫銀のときと違って、今回は自分の心魂具を意識しているようにも見える。この矛盾を解きほぐさなければならない。


そう考えながら、星理亜は先週の金曜日の夜に界渡真と話していたことを思い出す。確かに写世は自分のことを「転校生」と呼んでいたが、それだけでは決め付けられない。証拠がなければ、あくまで可能性の一つに過ぎないのだ。

制服のポケットから支給されたスマホを取り出した。支給品とは思えないほど慣れた手つきで操作し、画面を見ることもなく迅速に電話をかける。その様子には、長い経験と訓練の跡が垣間見えた。


呼び出し音が数回鳴り、相手が応答する。彼女の声は冷静そのものだったが、その内心では焦燥感が渦巻いていた。


「突然のお電話すみません、私です」


星理亜はいつも通り簡潔に名乗り、主題に入った。


「早急に確認してほしいことがあります。今すぐに、私が通っている学校敷地のスキャンをお願いします」


一拍置いて、受話器越しに男性の声が応じる。


「……何があったんだ?」


星理亜は迷いなく答える。


「次元の歪みがないか確認をお願いします」

「待て待て。君、一体何を見てるんだ!?」


部隊長の困惑した声に、星理亜は少し息をつき、正確に伝えようと努めた。


「すみません……そのー、口でなんて説明したらいいのか分かりませんが……黒い人のような形をした何かがたくさんいるんですけど……」

「なんだそりゃ?」


部隊長の声にわずかな警戒が混じる。

「まー、君が気になるってんだから、相当ヤバいんだろうな。今やってから、待ってろ」


星理亜はその言葉に軽く頷きつつ、返事を返す。


「結果って、そんなに早く出るものなんですか?」

「あぁ、出るぞ。お、出た出た。」


部隊長の声が少し和らぐ。


「歪みなし、だな。おまけに、レーダーもやってみたが、君がいる場所にそこまでの群集の反応なし」


星理亜は一瞬驚いたように眉をひそめたが、すぐに落ち着きを取り戻した。


「そうですか……」

「すまんが、こっちで把握できない現象が起きてるかと見えるから、上に問い合わせてみろ」

「わかりました」


通話を終えると、星理亜はその場に立ったまま深呼吸した。すぐさま次の電話をかける。


「どったのー、セッちゃん」


陽気な声が応答する。


「リィナ、ちょっと調べてほしいことがあるんだけど」

「何を調べるのーさ?」

「主世界に突然現れた黒い人の形をした何か」


星理亜の説明にリィナは一瞬間を置いた。


「何かってなに?」


星理亜はスマホ越しにリィナの声を聞きながら、視界の片隅に映る黒い影から目を逸らさなかった。その影はあまりにも不気味で、なおかつ現実感がない。彼女の口調は冷静だったが、その背後には明らかな緊張感が漂っていた。


「ごめん。それが分からないから、調べてほしいんだけど。」


星理亜の声にほんのわずかな焦りがにじむ。

リィナは少し首をかしげるような声で返答する。


「それって視えてるの?」

「うん。私と次元干渉者には視えてるみたい」


星理亜が自分の観察結果を淡々と述べる。


「みたい? ほかは?」


リィナは軽い疑問を投げかけたが、どこか引っかかる様子が伝わる。


「普通の人には見えてなくって、部隊長さんのところではスキャンしても何も捕まらなかったみたい。命さんは――」


そう言いかけて、星理亜は横目で命に視線を送った。

命は無言で首を横に振る。


「見えてないみたい」


星理亜がリィナにそう伝えると、短い沈黙の後、リィナが反応する。


「んー……データベースを見てみたけどね……」


しばらくして、リィナが言葉を続ける。


「これまで、そんなのを視認した記録や記載は一切ないね。」


その言葉を聞いた瞬間、星理亜は深くため息をついた。


「そう……ありがとうね」


通話を終えると、星理亜は深い息を吐きながらスマホをしまい、フェンス越しに沈む夕日をじっと見つめた。その鮮やかな橙色の光が地平線を染める中、ふと目を下に向けると、先ほどまで視界に入っていた黒い人影のような存在が、いつの間にか跡形もなく消えているのに気づく。


「……何が起きているの?」


星理亜は無意識に拳を握りしめながら、静かに呟いた。その目は、まるで見えない敵を探るように、遠くを鋭く見据えていた。

写世は屋上への扉を閉めると、一度深く息を吐いた。ポケットからスマホを取り出し、素早く連絡先を探して通話ボタンを押す。数回のコール音が鳴り響く間に、彼の表情は次第に険しさを増していった。


「どうしました、写世くん。」


電話の向こうから落ち着いた声が聞こえてくる。シラホだ。


「シラホはん、ちょい聞いてへんのか?」


写世は声を低め、念を押すように問うた。


「黒い人の形をした影のような存在についてですね」


シラホの返事は的確で、余計な前置きがない。


「……さすがや。シラホさんは、そこまで見据えていたん?」


写世は皮肉交じりの口調で返すが、内心ではその洞察力に舌を巻いていた。


「見据えていた、というより、見通している、という表現が正しいですね」

「……シラホはん」


写世の声にわずかに揺れが混じる。


「委員長が自分の力の暴走を抑えきれず、主世界を壊すっちゅう話……あれ、マジなん?」

「えぇ、そうですね」


シラホの冷静な返事に、写世の拳がぎゅっと握られる。


「今の状況では、約90%の確率で主世界が破壊され、消滅します」

「マジかいな……」


写世は額を押さえながら、小さく息を吐いた。


「なら、委員長が心魂具を使えるようになれば抑えられるんやろ?」

「心魂具で抑えられるのは、永木紫銀――つまり彼女の光力の暴走だけです。しかし、それで紫としての力の暴走を完全に止めることはできません。その確率を70%に減らせるだけです」

「……つまり、まだ危機的状況ってことやな」

「はい。ただ、それが無意味だとは言いません。界渡真さんが過去に向かった理由、そしてもう一つの心魂具が存在する意味を思い出してください」

「もう一つの心魂具……」


写世は言葉を詰まらせた後、静かに尋ねる。


「それが揃えば、どうにかなるんやな?」

「そうです。ただし、そのもう一つを使うためには、まず命の心魂具で紫銀さんの光力を引き上げておく必要があります」


写世は返答に困り、しばし無言になった。そして一瞬の沈黙を破るように声を上げる。


「話はええわ!けど、シラホはん、あの黒い影――あれ、何やねん?」


「それは虚体と呼ばれるものです。」


シラホは落ち着いた口調で言った。


「虚体は主世界のバランスが崩れたときに現れる“異常”の一つ。つまり、永木紫銀の力の不安定さが引き起こしたものです」

「虚体……つまり、委員長が原因っちゅうことか」

「えぇ。そして虚体が意思を持つようになれば、その目的は一つです。不安定の原因である永木紫銀を排除すること。近くに無関係な人々がいても構いません。虚体は、目標の排除だけを優先します」


写世は息を呑む。


「……そんな、あかんやろ……!」

「ですから、急がなければいけません。写世くん、あなたには重要な役割があります。虚体が完全に行動を始める前に、対応をお願いしますね」

「……分かった」


写世は深く息を吸い、意識を集中させる。


「やるしかないんやな」


通話を切ると、彼はしばらくスマホを握ったまま立ち尽くしていた。冷たい風が頬をかすめ、夕焼けが街を赤く染めている。

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