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始紫伝19

リィナは少し真剣な顔つきになり、星理亜に視線を向けた。その表情は、ただの軽い話では終わらないことを予感させる。


「セッちゃん、心魂具について、なんも教わってないでしょ?」


リィナが問いかける。

星理亜は首をかしげながら、軽くため息をついた。


「うーん、そうだね。ただ、『私の任務をこなすための重要アイテム』としか教わってませんね」


リィナは少し笑みを浮かべながらも、心の内で何かを計るような視線を命に送る。その視線に気づいた命は、一瞬戸惑いながらも小さく頷いた。それを確認したリィナは、ゆっくりと言葉を続けた。


「はっきり言うとね、命さんは人霊なのよ」

「……人霊……?」


星理亜は聞き慣れない言葉に眉をひそめる。


「そ。つまり、死んだ人の魂ってことかな」


リィナの声は穏やかだが、その響きには確かな重みが込められていた。何気ない口調で告げられたその一言が、場の空気を瞬時に凍りつかせる。


星理亜の顔が硬直し、次の瞬間には驚きに満ちた表情へと変わる。彼女の瞳が大きく見開かれ、その視線が一気に命の方へと向けられた。


「そ……そうなの……?」


その声には驚きと戸惑いが混ざっていた。

命は視線を受け止めながらも、軽く肩をすくめるような仕草を見せた。どこか諦めを含んだ微笑を浮かべながら口を開く。


「はい、それについては、本当についさっき教わったことですので、本当です。どうやら、私、死んでいたみたいですね」


淡々とした命の言葉は、かえって異様な印象を与えた。その落ち着きが、星理亜の混乱をさらに深める。


「でも……自分の生きていた頃の記憶も、人間としての死の記憶もありませんから、実感があるわけでもなく、本当かなーって、どこかで疑ってる部分もあるんですけどね」


命はどこか自嘲的な笑みを浮かべ、俯く。その瞳には冷静さを装いながらも、内心の葛藤が滲み出ていた。


「な……なんで、命さんが……?」


星理亜はその場に立ち尽くし、思考が追いつかないようだった。


「心魂具のコア。または、宿させることで心魂具を覚醒させるための存在。それが私なのです」


命の声は穏やかで、どこか受け入れたような響きがあった。

星理亜は信じられないという表情を浮かべたが、言葉を失っていた。


「まぁまぁ、セッちゃん」


リィナは星理亜の肩を軽く叩き、場を和ませようとするように笑みを見せた。


「そんな深刻にならないで。命さんはこうやってちゃんと存在してるんだから。それに、彼女の力がないと、心魂具はただの飾り物になっちゃうんだよ?」

「飾り物……?」


星理亜はリィナの言葉の意味を咀嚼しながら問い返した。


「そう。心魂具っていうのは、命さんみたいな存在が宿ることで初めて本来の力を発揮するの。」

「でも、それは命さんじゃなくてもいいんじゃないの!?」


星理亜が勢いよく反論する。


「んー、誰もがそう思うけど……無理」


リィナの答えは簡潔で、しかし否定の余地を感じさせない。


「……無理って、どういうこと?」


星理亜の声に焦りが混じる。リィナは少し首を傾げながら、星理亜をじっと見つめた。


「英霊を宿すには特別な条件が必要なの。そして、その条件を満たしたのが命さんだけだったってこと」


静かな声で語られるリィナの説明に、星理亜は次第に理解しつつあるものの、まだ整理がつかない様子だった。

リィナは再び笑みを浮かべ、星理亜の目をじっと見据えた。


「セッちゃん、心魂具がなんでセッちゃんが持っているソレだけだと思う?」


星理亜は言葉を失い、考え込む。その間、リィナは間を埋めるようにゆっくりと話し続けた。


「心魂具っていうのは、命さんみたいな存在――英霊を物理的に存在させる特別な道具であり、宿させたモノの力を借りるための道具なの」


リィナの落ち着いた声が空間に響くたび、言葉の意味が星理亜の胸に重くのしかかっていく。


「英霊……?」


星理亜の呟きはかすかに震えていた。その声には、自分が知らない世界に足を踏み入れた戸惑いと恐れが混じっていた。


「そ、英霊」


リィナは静かに頷き、優しいけれどどこか厳しさを感じさせる眼差しで星理亜を見つめた。


「人霊の中で、特別な力を持っていて、時には人間以上の存在として役割を果たしたものがそれにあたるのよ」


星理亜はその言葉を反芻するように小さく唇を動かしたが、言葉にはしなかった。ただ、リィナの説明を聞きながら視線が命へと向かい、その存在の不思議さを改めて実感していた。


「ただね、そういった英霊を心魂具に宿らすことはできない」


リィナの言葉が続くと同時に、星理亜の目が見開かれた。その理由がわからないながらも、直感的に「何か重要なことが隠されている」と感じたのだ。


「できないって、どういうこと?」


勇気を振り絞るように問いかけた星理亜の声には、不安と興味が入り混じっていた。リィナは少し考える素振りを見せ、再び口を開く。


「英霊っていうのは、本来この世を超えた存在だから。ただ宿すだけでは、その力を完全に制御できないの」


リィナの声は穏やかだったが、その言葉には鋭い現実が含まれていた。


「制御するどころか、英霊自身を傷つけるし、下手したらその使い手――いま言うならセッちゃんの生死に関わることだってありえるし」


リィナの言葉が終わると、室内の空気が一瞬で冷えたような気がした。星理亜はその言葉の重みを咀嚼するように静かに息を飲んだ。


「私の……生死に関わる?」


星理亜の声には、驚きと恐れが入り混じっていた。その細い声はどこか震えており、彼女の瞳がかすかに揺れる様子に、リィナは気づいていた。星理亜の動揺が伝わるたび、リィナの表情は自然と柔らかくなり、少しだけ口元を緩める。


「そう。英霊の力って、それだけ特別で強大なのよ」


リィナの声には、重みがあった。その声色に押されるように、星理亜は耳を傾ける。


「だけど、その力を扱うのは並大抵のことじゃない。もしうまく制御できなければ、使い手自身を蝕む危険性だってあるの」


星理亜の呼吸が浅くなる。彼女は、その言葉がただの脅しではないことを理解していた。リィナが伝えようとしている真実の重さを、肌で感じ取っていたからだ。


「だから、私みたいな英霊ほど強大ではありませんが、英霊に近い私が心魂具を通して、安定して引き出せるんです」

「そ。命さんが名もなき英霊だったから可能だったよ。それに、命さん以外に名もなき英霊は見つかっていない。だから、心魂具はセッちゃんが持っているソレだけ」


リィナはそう言うと、命の方をちらりと見た。命は微かに微笑みながら小さく頷く。

そこでふと、リィナの視線が星理亜をからかうように輝く。


「そういえば、セッちゃん、すごいのと戦ったって聞いたよ?」

「すごいのって……あの次元獣のこと?」


星理亜が不安げに問い返すと、リィナは笑みを浮かべたまま、軽く頷いた。


「そ。それ」


リィナの返答に星理亜は少し身を固くした。次元獣――その名を聞くだけで、彼女の体には戦闘の記憶がよみがえる。


「その時、命さんがセッちゃんの光力を可能な限り増幅させてくれたから、戦えたんだ。でも、もしこれが命さんじゃなくて、別の英霊だったら――」


リィナは視線を真剣なものに変えた。


「セッちゃんが保てる限界を超える可能性が高かった。ねえ、セッちゃん。光力を限界以上に保ったらどうなるか、知ってるよね?」


星理亜は緊張した面持ちで小さく頷いた。

リィナは少しだけ安堵したように微笑み、星理亜の肩を軽く叩く。

そして、ふわりと明るい調子に戻った。


「ま、命さんにも限界があったみたいで、最後は強制解除されちゃったみたいだけどね」


その言葉に、星理亜の胸中にわずかな安心感が広がる。


「あ、そうそう。命さんが写真に映らないのは、実際にはこの場所にいないから。心魂具の中に収められていて、意識だけがこうして浮かび上がっているからなんだよ」


リィナの説明を聞きながら、星理亜は再び命に目を向けた。透明感のあるその姿は、確かにどこか現実感に欠けているようにも思えた。

命は静かに頷くと、穏やかに口を開いた。


「その通りです。私はこの心魂具がなければ、こうして皆さんの前に姿を現すこともできません」


星理亜は目を細めて命を見つめた。彼女の言葉はどこか達観していて、不思議と不安を煽るようなものではなかった。それでも、彼女自身の存在理由や仕組みに関する疑問が胸の中に渦巻いていた。


「でも、どうしてそんなことが可能なんだろう?」


星理亜はその技術に対する驚きと同時に、興味を隠せなかった。その言葉には純粋な疑問が滲んでいた。


リィナは少し考え込むように眉間にシワを寄せたあと、軽く肩をすくめた。その仕草は、どこか無邪気でありながらも微妙な諦めが感じられる。


「一応、私も開発局の一員なんだけど、これ以上詳しいことは知らないんだよねー。今まで話してたことも、部長さんから聞いたことだし」

「じゃあ、この心魂具って、いつ、誰が開発したのかって……」


星理亜の問いに、リィナは首を振った。


「それが、まったくの不明なの。結構ヤバいよね、コレ」

「不明なの、コレ……」


星理亜は驚き半分、呆れ半分の声を漏らした。


「ん、不明」


リィナは軽く笑いながら、目を細める。まるで謎だらけの話題を楽しんでいるかのようだった。


「あの部長さん、どこぞかの枝世界から持ってきたんじゃないのかなー、って気がするんだよね。」

「枝世界から……持ってきた?」


星理亜は眉をひそめながらリィナを見つめた。その言葉には、無視できない重みと未知への興味が詰まっていた。


「なんか、そう思わない?」


リィナは肩をすくめ、微笑を浮かべて尋ねる。


「んー、そうかもしれないね……」


星理亜は腕を組みながら、少し考え込むような仕草を見せた。


命はリィナと星理亜のやり取りを静かに見つめていた。その表情にはどこか沈んだ影が差しているようにも見えたが、二人の会話に割って入る様子はない。


(星理亜さんがいない時に……どこかで見たことがある気がする、あの人から聞いた話……)


命の記憶に、ふと浮かんだのは、薄暗い部屋で交わされたある会話だった。

あの人の声とともに、伝えられた自身の秘密。それは命にとって、受け止めきれないほど重く、なおかつ曖昧だった。


(どうして私にそんなことを話したのか……それに、あの話が本当だとしても、私にはまだ何もできない……)


命は視線を伏せる。いくら考えても、自分だけでは答えにたどり着けない。だが、あの時の話を今ここで口にすることはできない――それを知っているのは、自分と、あの人だけなのだから。


星理亜の声が現実に命を引き戻した。


「どうしたの、命さん?なんか考え込んでない?」

「いえ、大丈夫ですよ」


命は微笑を浮かべながら、さりげなく首を横に振った。その微笑みは、どこか曖昧で遠いものに感じられたが、星理亜とリィナは特に気に留める様子もなく、話を続けた。


命はそんな二人を静かに見つめながら、胸の奥にある秘密を押し込めるように、小さく息を吐いた。

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