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始紫伝17

窓から差し込む朝日が、薄暗い室内をじわじわと照らし始める。星理亜はいつものように目を覚ました。額にはうっすらと汗がにじんでいる。昨夜の戦いの疲れが夢にまで影響していたのか、妙な悪夢に悩まされていたが、体調は予想以上に良好だった。


命が言っていた通り、光力はほぼ完全に回復していたらしい。昨日はベッドから上半身を起こすのがやっとで、歩くどころか立ち上がることさえできなかった。しかし今日は違う。体が軽く、痛みもなく、いつものようにベッドからスムーズに起き上がれる。


「これなら問題ないね」

と小さく呟きながら、彼女はクローゼットの前へ向かった。


その時、不意に声がかかる。


「星理亜さん」


星理亜の右手中指に嵌められている心魂具とら現れた命の姿。


星理亜は気にする様子もなく、クローゼットの中から服を物色している。下着姿のまま、制服を選んでいた。


「どこに行くのですか?」

「ちょっと、管理局にね」


軽く返事をする星理亜。その手には学校の制服が握られていた。私服のない彼女にとって、これが日常の服装だ。


「管理局に行くのに学校の制服ですか?」


命が少し戸惑ったように問いかける。


「そ。だってーーーー」


クローゼット手前に無造作に脱ぎ捨てられている管理局の黒い制服に目を留め、それを拾い上げる。星理亜は命に見せつけるように制服を振った。


「コレだよ?こんなんじゃ着ていけないでしょ?」


その制服は、支給時に「切れない、斬れない、燃えない、汚れない」と説明されていたものだった。しかし現実は非情だ。制服のあちこちには焦げた跡が散見され、裂け目や泥汚れも目立つ。


「いや、私に文句を言われても困ります」


命は呆れた様子で答える。

ピンポーン。突然、部屋のチャイムが鳴った。

星理亜は驚き、命と顔を見合わせる。ドアホンのモニターを確認すると、黄色と赤のツートンカラーのベストを着た配達員が映っていた。


「ど、どなたでしょうか?」


通話ボタンを押して尋ねる。


「白羽さんのお宅でよろしいでしょうか?」

「は、はい。私ですけど……」

「白羽さん宛の宅配便をお届けに来ました」


思わぬ事態に戸惑う星理亜。自分宛の荷物が届く覚えはない。


「どなたからですか?」

「えーと、天来さんからになります」


聞き覚えのない名前に首をかしげ、命に視線を送るが、命も肩をすくめるだけだった。

そんな時、星理亜のスマホが震えた。メッセージアプリの通知を確認すると、「天来謎船」という送り主からメッセージが届いていた。


『連絡遅れた。昨日、君の部屋に行った際に足りないと思った生活用品を提供させてもらうよ』


「……まさか、部隊長さん?」

「みたいですね」


命が小さく答える。

玄関を開けると、配達員が段ボール5箱分もの荷物を運び入れてくれた。その圧倒的な量に、星理亜は絶句する。


「うわー。多いねー」


命が感嘆の声を漏らす。

段ボールに囲まれた星理亜は立ち尽くし、思わず呟いた。


「……どこに置けばいいの、これ」


彼女の部屋に溢れかえった荷物。それは「生活用品」と呼ぶにはあまりに大げさだった。

仕方なく、星理亜が手近にある段ボールの封を開ける。


「何が入ってるのかな?」


上空から覗き込む命が興味深そうに問いかける。


「なんですか?これ?」


命の声に応えるように、星理亜は段ボールの中を覗き込む。中には、しっかりと梱包された光沢のある完璧な球体が入っていた。メタリックホワイトの表面は眩しいほどにピカピカで、エッジ部分には青く淡い光が流れている。


星理亜はそれを取り出し、備え付けられていた取扱説明書を手に取る。


「これは……お掃除ロボットかな?」

「お掃除ですか?」


命がさらに身を乗り出してきた。


「ん。そうだね。私の代わりに床の掃き掃除と拭き掃除をしてくれるお助けロボットだね。」


星理亜は球体を回しながら、そのデザインに感心しているようだった。


「文明ですね。」


命が感心したように頷く。

星理亜は次の段ボールに手を伸ばす。


「で、こっちはーーーー」


開けると、大型空気洗浄機が丁寧に収められていた。次に別の箱を開けると、薄型液晶テレビが出てくる。さらに別の箱には洗濯洗剤や食器洗剤などの生活必需品がぎっしりと詰まっていた。


「なんか……生活が一気に充実する気がするね。」


星理亜が少し苦笑いを浮かべながら最後の段ボールに手を伸ばし、箱を開けると、きれいにたたまれた一式の私服が入っていた。手に取ると、生地の肌触りは良く、デザインも星理亜の好みに合ったシンプルなものばかりだった。


「これ、どう見ても私のサイズだけど……どこで調べたのかな?」


さらに驚いたのは、サイズがぴったりの下着まで含まれていたことだ。星理亜は一瞬顔を赤らめながらも、苦笑してその場に置き直す。


「部隊長さん……どこまで気が利いてるのか、ちょっと過保護すぎない?」


命はその様子を見ながら、半ば呆れたように肩をすくめる。


「星理亜さん、愛されてますね。」

「ありがたいけど、ちょっと複雑かな……」


段ボールをすべて開け終えた星理亜は、部屋に積まれた新しい荷物を見回しながら、少しだけ困ったように笑ってみせた。

次元維持管理局――その中核を担う実行部本室は、主世界や枝世界で発生する異常や危機的事態に即座に対処するための指令中枢だ。次元局の多層構造の中心に位置し、戦術と技術が交差するこの場所では、緊迫した空気が常に漂っている。


本室を取り纏めているのは、武装具開発部を兼任するレイブン。的確な指揮と冷静な判断力で実行部を運営しており、彼の存在は局全体を支える重要な柱となっている。だが、実行部は単なる指令基地ではない。ここには新人隊員たちが集まり、管理局の学問を管轄するセリーナの指導を受けながら短期間で実戦的なスキルを叩き込まれていく。緊張感に満ちた訓練が続く中でも、彼女の教えは厳格ながら的確で、多くの新人がここで戦士として成長していくのだ。


しかし、この本室の切り札はまた別にある。長期間にわたって対象世界に潜伏し、情報収集や危機対応を行う少数精鋭の専門部隊――その指揮を執るのはヴェルト。彼らは異世界の住人として完全に溶け込み、命を賭して局全体を支える情報を持ち帰る。ヴェルトの緻密な戦略と鋭い判断力が、この特殊任務を成功へと導く鍵となっている。


現在、その部隊は主世界での潜伏活動を続けている。


本室はいつものようにガヤガヤと喧騒に包まれていた。星理亜は、その独特な雰囲気にまだ完全には馴染めていない。彼女が次元維持管理局の実行部に配属されてから、今年で三年目になる。本来であれば、いまだに書類を持ち運ぶ単調な業務をしているはずだった。


だが、それは突然の転機によって変わった。上長であり局の最高責任者の一人でもあるレイブンに呼び出されたあの日、星理亜は「終わった」と感じた。そして今――。


彼女は別の意味で「終わった」と感じることが増えていた。過酷な任務と責任。それらが肩にのしかかり、簡単には逃げられない現実を彼女に突きつけてくるからだ。


「ここが次元維持管理局ですかー!」

隣で無邪気に声を上げる命が、そんな星理亜の内心など知る由もなく、きらきらと目を輝かせながら本室を見渡していた。


「そ。主世界だけじゃなく、すべての枝世界の状況を管理する場所」


星理亜は努めて淡々と答える。その言葉に命は感嘆の声を漏らし、さらに周囲を見回しながら興奮を隠せない様子だった。


「人がいっぱいいまねー」


命が目を輝かせながら室内を見回す。


「ん。そうだね。何人いるかわからないけど、結構いたよ」


星理亜も命に合わせて視線を巡らせる。本室は次元局の心臓部だけあって、多くの局員が忙しなく動き回っていた。


「へー。白かー。いいセンスしてるねェ」


突然、星理亜の背後から聞こえた声に、二人は一斉に振り向いた。


「あのー……星理亜さん?」


命の視線の先には、一人の女性がしゃがみ込んでいた。星理亜のスカートの裾をつまみ、じっと観察している。


「……何してるの?」


星理亜は眉をひそめつつ、冷ややかな声で問いかけた。

女性は顔を上げ、悪びれる様子もなくニッと笑う。


「ん? セッちゃんが派遣先の服を着てるのが面白くて、中がどうなってるか気になっちゃってねェ。」

「……だからって、何してるの?」


星理亜の声には僅かに苛立ちが混ざる。

女性は平然とした表情で立ち上がり、片手をひらひらと振った。


「簡略簡単にいうと、セッちゃんが現地でどんなのを履いてるかを目視確認して、頭の中――クラウドに保存してるってわけ」


命はぽかんとした表情で尋ねた。


「あのー、星理亜さん、この方は?」


星理亜は肩をすくめながら答える。


「この人は、武器開発局に飛ばされた私の同期の変態。それ以下でもないけど、下手したらそれ以上に危険な人」

「セッちゃん、それはないよー」


女性――リィナは頬を膨らませ、星理亜に抗議するような目で訴えた。


「すごーく近くにいる同期だよ? 同期にそんなひどい言い方はないなー」


星理亜は呆れたようにリィナを見つめながら、深いため息をつく。そして、再びスカートを捲ろうとする手を容赦なく叩いた。


「だから、捲ろうとしないで」


リィナは軽く手を振って言い訳を続ける。


「いやいや、だって現地でどんな感じか気になるじゃん? ちゃんと任務してるかどうかさ」

「それで、あなたはここにいるべき人じゃないですよね? リィナ」


星理亜の言葉に、リィナはいたずらっぽく笑った。


「セッちゃんが一時戻ってくるって情報を盗んできたから、会いに来たんだよ」


星理亜は眉を寄せ、冷たい声で問い詰める。


「盗んだって……まさか、部隊長さんたちとのやりとり?」

「もち。それしかないでしょ?」


リィナは得意げに胸を張る。その態度にさらに呆れを感じた星理亜は、思わず額を押さえた。

その時、リィナの目がふと命に向けられた。目を細めると、命をじっと観察し始める。


「ん? んんんん?」


リィナは浮いている命を見て、さらに首を傾げる。

その視線に気づいた命は、小さくたじろぎ、慌てて星理亜の影に隠れた。


「もしかして、その子がアレ?」


リィナは興味津々といった様子で星理亜に近づこうとする。


 「リィナが言ってるのが合っていれば、そうだね」


星理亜は冷静に答えるが、その声には若干の警戒心が滲んでいる。


「本当!? マジっ!!」


リィナは目を輝かせ、興奮した様子で星理亜に詰め寄る。その動きがあまりにも勢いよく、星理亜は思わず一歩後ずさった。


「ちょっと落ち着いてよ」


星理亜は眉をひそめながら手で制するが、リィナの興味津々な様子は止まらない。


「すっごいなぁ。実物をこんな間近で見られるなんて、ラッキーすぎる!」


リィナは興奮を抑えられない様子で命をまじまじと見つめる。


「その目をやめて。命が怖がってる」


星理亜は間に立ちふさがり、リィナを鋭い視線で睨んだ。


「えー、ちょっとくらいいいじゃん!観察するだけだからさ!」


リィナは星理亜を手で避けようとするが、星理亜はその手を軽く叩き落とす。


「リィナ、本当にやめて。それ以上踏み込むと、私が黙っていないから」


星理亜の声には明確な威圧感がこもっており、リィナもようやくその場で立ち止まる。


「わかったわかった、冗談だってば。でも本当にすごいね、セッちゃん。ちゃんとできたんだー」


リィナがニコニコしながら言うと、星理亜は軽く肩をすくめた。


「あ、それでどこ行くの?」


リィナが首をかしげて尋ねると、星理亜はため息をつきながら答えた。


「はぁー。レイブンさんのとこ」

「え、もしかしてーーー」


リィナは何か思いついた様子で言葉を伸ばし、星理亜の顔を覗き込んだ。


「盗み聞きできなかったけど、なんかしてお呼び出し?」

「違う。替えの制服を貰いに来たの」

「あーそかそかー」


リィナは納得したように頷き、

「部長さんなら、専用の開発室に閉じこもってると思うよ」

と教えてくれた。


「ありがと。それじゃ、行ってくるね」


星理亜は軽く手を挙げてその場を離れようとするが、リィナが呼び止める。


「あいあいー。あ、セッちゃんー。」

「ん?」


星理亜が振り返ると、リィナはいたずらっぽい笑みを浮かべながらこう言った。


「終わったらでいいから、ちょっとその子を観させてよー」

「いたずら禁止。でいいなら」


 星理亜は鋭い視線を向けながらも、少しだけ口元を緩める。


「了解ー。ありがと、セッちゃん!」

「じゃあね」


 星理亜は軽く手を振りながらその場を後にする。リィナは彼女の背中を見送って、何か面白そうなことが起きる予感に胸を躍らせていた。

 ※

室内に漂う機械油の匂いと、低く響く装置の作動音。星理亜は薄暗い廊下を進みながら、これまで幾度となく訪れたこの場所の不気味さに軽く身震いをした。開発局の責任者であり、武器開発部長でもあるレイブンがいるのは間違いない。だが、広すぎる室内と無数の機材、そして仕切りの影に隠れた作業スペースのせいで、彼を見つけ出すのは容易ではなかった。


「レイブンさーん、いますかー!」


星理亜の声が虚しく室内に響く。


「……いませんね」


ふわふわと浮いていた命が首を傾げながら呟く。


「そんなわけないでしょ。ここにいるはずなんだから」


星理亜は目の前のドアを開け、覗き込んでみるが、中には彼の姿はなかった。仕方なくドアを閉めたその瞬間――


「やぁ。帰ってきてたんだね」


突然背後から聞こえてきた低い男性の声に、星理亜と命は一斉に飛び上がった。


「ひゃっ!!」


驚いた星理亜が振り向くと、そこにはいつの間にか現れたレイブンの姿があった。


「れ、レイブンさん!何してるんですかっ!?」


星理亜の声には驚きとわずかな怒りが混ざっている。


「なにって、私がここに立っていたら、君が入ってきただけだ」


レイブンは肩をすくめて見せた。彼が立っていた場所には、扉が閉じられると同時にシームレスに広がる透明な膜があり、周囲の風景に溶け込むように隠れていたようだ。


「にしても、アレだね」


レイブンは星理亜をじっと見つめ、不敵に笑う。


「その格好は、私へのお披露目ってところか?」

「……なんとなく言ってる意味が分かりますが、セクハラって捉えてイイんですよね?」


ジト目で睨む星理亜に、レイブンは慌てて手を振った。


「捉えないでほしいな、そこは」

「嘘です。冗談ですよ」


星理亜は微笑みを浮かべ、キューブを操作し始めた。そして、中から焦げ跡と破れが目立つ制服を取り出し、彼に差し出した。


「これが、その時の制服です」


レイブンは一瞬目を見開き、その制服を受け取って観察する。


「ほぉ……で、これを私に渡した理由は?」

「レイブンさん、言いましたよね?『切れない、斬れない、燃えない、汚れない』って」


制服を指しながら、星理亜は鋭い視線を向ける。


「ああ、確かに言った覚えはある」

「それが、この状態ですよ?」


星理亜は制服の傷を示しながら言葉を続けた。


「斬れました。燃えました。汚れました。どういうことなんでしょうか?」


レイブンは苦笑しつつ制服を手に取り、光に透かして観察する。


「まぁ、君が相手にした次元獣アレは規格外だからな。そりゃー、斬れる!燃える!汚れる!ってもんだ」


星理亜は溜息をつき、静かに問いかけた。


「……わかりました。でも、支給された制服がこれ一着だけです。代わりを支給していただけますか?」

「そりゃあ、ダメなわけないだろ。」

レイブンは軽く笑って言った。「届けの手続きは、『レイブンの命令』って言えば問題ない。おっと、その心魂具だけは置いていけ。状態を見たい」


「了解しました」


星理亜は頷き、制服を手渡してその場を後にした。

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