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始紫伝14

やがて光の渦から現れたのは、40代半ばと思われる長身の男性と、この世界には存在しないほど巨大で威厳を放つライオンのような獣だった。その姿はただの野生動物とは異なり、知性と圧倒的な力を備えた異世界の存在であることを感じさせた。獣の金色の毛皮は光の反射を受けて、炎のように揺らめき、その瞳は深い闇の中に潜む星々のように神秘的だった。


星理亜は光銃を構え、敵の動きを注視する。彼女の心臓は速く鼓動し、手に汗がにじむ。他の局員もそれぞれの武器を構え、戦闘態勢に入る中、星理亜はちらりとディスプレイに表示されている写世の点の位置を横目で確認したが、その場所に変化はなかった。


「だ、だれ……」

「わからん。だが、アラートに引っかかったということは、味方じゃないのは間違いないが……」

「ゲート、開けてましたよね?」

「あぁ……」


星理亜はディスプレイを見つめる。写世の点は動いていない。次元干渉者がこの世界に現れたことに、彼女は次第に不安を覚える。


「次元干渉者……」


部隊長が口を開く。彼の声には緊張が混ざっていた。


「それに……あれって……」

「あぁ。間違いなく、枝世界で確認された次元獣だな……」

「なんで、そんなのが主世界にいるんですか!?」


次元獣は、主世界や枝世界には普段存在しないが、時折、枝世界に侵入し、その世界の安定性を脅かす大型の獣である。これらの獣は、通常主世界と枝世界の間に存在する次元の層内に生息しており、特異な環境で進化した存在だ。強力な体躯と超常的な能力を持ち、周囲のエネルギーの流れや空間を歪めることができる。そのため、侵入した枝世界の次元のバランスが崩れ、さまざまな異常事態を引き起こす原因となる。


次元獣の存在は次元維持管理局にとって深刻な脅威であり、これらの獣が引き起こす不安定な状態を防ぐため、局員たちは警戒を怠らない。特に、次元獣の侵入が確認された場合には即座に対応策が講じられ、獣を排除する必要があった。部隊長の冷静な判断と迅速な指示が求められる中、星理亜は今、自分の目前に次元獣がいることに驚きを隠せない。


「各位!構えっ!!」


部隊長の叫びが響く。局員たちは一斉に武器を構え、緊張感が高まる。次元獣が動くよりも先に、先制射撃の嵐でトドメを刺そうとする。周囲の緊張がさらに高まり、空気がピンと張りつめる。次元獣の巨大な足が地面を踏み鳴らす音が響き渡り、その瞬間、全員の心臓が高鳴る。


一瞬の沈黙が訪れ、全員の息が詰まる。獣の呼吸音が低く響き、まるでその存在が時間を止めているかのように感じられた。


「撃てぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


部隊長の怒号が戦場に響き渡った。局員たちはその叫びに応じ、一斉にトリガーを引く。無数の光弾が夜空に軌跡を描き、巨大な次元獣に向かって放たれる。しかし、その光の嵐をものともせず、次元獣は堂々と前進を続けていた。


「き、効いてない……!」


星理亜は呆然とその光景を見つめ、苦い声でつぶやいた。


「全員!少しでも距離を取れ!近接戦は避けるんだ!」


部隊長が指示を出すが、次元獣はじりじりと彼らに迫ってくる。その瞬間──


「ガァァァァァァァァァッ!」


耳を裂くような咆哮が響き渡り、全員の動きが一瞬止まる。次元獣が一気に飛びかかり、右腕を大きく振り払った。空気が切り裂かれる音とともに、地面が裂け、その跡には炎が舞い上がった。


「な、なんで炎まで……!?」


星理亜が恐怖に目を見開く。


「次元獣が厄介なのは、その異常な力だ」


部隊長が苦々しい表情で応じる。手にしていた光銃を素早くホルスターに戻し、代わりにハンドキャノンを構える。強力なレーザー光線を放つための特製武器だ。部隊長が全力でトリガーを引くと、銃口から光の奔流が放たれ、辺りが一瞬、真昼のように輝いた。


「ひゃっ!」


星理亜はその眩しさに反射的に耳と目を塞ぎ、身を縮める。光が収まり次元獣の姿が露わになると、右足の毛が焼け焦げ、僅かに煙が上がっているが、それでもダメージは「かすり傷」程度だ。


「くっそ、これでもダメか……!」


部隊長が悔しげに息を吐く。


「総員!奴のダメージ部分を集中攻撃しろ、撃てーーーーーっ!」


局員たちは光弾の雨を再び次元獣に向けて放つが、巨体がわずかに動揺するのみ。次元獣はなおもゆっくりと前進を続け、苦しむどころか怒りを帯びた視線で彼らを睨みつけてきた。


その間に、星理亜はポケットから小さなキューブを取り出し、片手で器用に回し始めた。キューブが次第に光を帯び、棒状の形へと変形していく。次の瞬間、光の塊は長い両剣へと姿を変えた。


「隊長さん!」


星理亜が声を張り上げる。


「なんだ、何か策があるのか!?」


部隊長が戦いの最中にも関わらず応じる。


「確か、次元獣って接近攻撃が有効打になるんですよね?」


 星理亜が言った。彼女の声には、決意と一抹の不安が混じっていた。


「そうだ。有効打ではあるが、決定打にはならんぞ。それに、あれの近くに行けば、ヤツの炎で焼かれる可能性がある」


 部隊長は厳しい目つきで警告した。その表情には、長年の経験から来る深い警戒心が浮かんでいる。


「それに、奴はそれなりのダメージを与えれば怯んで逃げることが多い。これまでの次元獣も、退かせるのが精一杯だったからな」


 部隊長は言葉を続け、苦い表情を浮かべた。彼の言葉からは、戦いの厳しさが伝わってくる。


「つまり、今までに一度も倒せたことがないってことですか?」


 星理亜は驚きの表情を浮かべ、その事実を確認した。


「ああ、そうだ。奴らは異常な再生力を持っているうえ、空間の歪みを生み出す。こちらの攻撃が効いている間も、あいつらは一瞬で次の手を準備しているんだ。」


部隊長の声には、長年次元獣と対峙してきた緊張感が滲んでいた。彼の言葉は、戦場の冷酷さを物語り、星理亜の心に重くのしかかる。

星理亜は、目前に立ちはだかる巨大な次元獣を見据えた。その眼光は未だ力強く、絶対的な力と不屈の意志が込められているように感じた。しかし、怯ませることで一時的にでも安全を確保できるなら、やるしかない。


「わかりました。全力でいきます!」


星理亜は地面を蹴り、一気に染み込んだエネルギーを感じながら次元獣の懐へと突進した。拳よりも大きな足、鎖のような首を持つ次元獣が、彼女の接近に気づき、鋭い目を光らせる。


「やぁぁぁぁぁぁっ!」


星理亜は次元獣の太い足に一閃を放った瞬間、その肉を切る感触を感じた。刃が分厚い毛皮を切り裂くと、獣の怒号が耳をつんざき、周囲の空気が震える。彼女は振り向くと、次元獣が大きく右腕を上げ、自分に向かって振り下ろそうとした瞬間であった。


咄嗟に星理亜は両剣を構え、頭上で防御の体勢を取った。次元獣の爪と両剣が激突する瞬間、火花が散ると共に衝撃波が周囲に広がる。剣と爪がぶつかり合い、星理亜の足元のコンクリートが軋むように砕けていく。腕に伝わる圧倒的な重圧に、歯を食いしばる。光を帯びた爪が、彼女の両剣に押し付けられ、金属を軋ませる音が響く。


なら、そうさせなければ――。次元獣の攻撃に恐れることはない。星理亜は次元獣の腕を弾き返し、反撃の体勢を整えた。仁王立ちのままの次元獣の腹に向かって剣を薙ぎ払ったが、その攻撃は分厚い肉に阻まれ、刃は止まった。思わず笑みがこぼれ、彼女は次元獣を見上げた。


崩しかけていた体勢を戻した次元獣が彼女を見下ろしていた。その圧倒的な存在感に、両剣を構え直そうとするが、それは次元獣の分厚い肉に挟まれ抜けなかった。次元獣の目が彼女を捉え、その瞳の奥には冷たい光が宿っていた。彼女の心臓が高鳴る。


身の危険を感じた星理亜は咄嗟に両剣から手を離し、後に飛び、間合いを取った。この距離であれば、次元獣のあの厄介な攻撃は届かないはずだった。


だが次元獣は、彼女の予測を打ち砕くように突進してきた。

まるで山が崩れ落ちてくるような恐怖を感じさせる猛スピードで。彼女は反射的に身をひねり、間一髪でその攻撃をかわした直後、


「撃てぇーーーーーーーー!!」


と、部隊長の一声と同時に、次元獣の顔付近で光の爆発が起き、雨のように飛んでくる光弾が次元獣を襲った。それらを直撃した次元獣が軽く後によろめき、体勢を崩す。その瞬間、星理亜は次元獣の懐に飛び、先程は抜けなかった両剣を抜いて後方へ飛び退き、次元獣との間合いを確保する。


援護射撃により、次元獣の右目が負傷していた。血のような光がその目から流れ、次元獣の怒りはさらに増していく。星理亜は深呼吸をし、心を落ち着かした上で、手慣れた手つきで自身とほぼ同等の長さの両剣を器用にぐるぐると回し、戦闘の体勢を整えた。


次元獣は咆哮を上げ、仁王立ちの姿勢をとる。その圧倒的な存在感と力強さに、星理亜の心臓が高鳴る。周囲の空気が重く感じられ、次元獣の怒りが渦巻く中、彼女は静かに次の動きを待った。


次元獣とは言え、この主世界で言うなら獣に近い存在。主な攻撃は爪と、その後に発生する炎のみ。星理亜もそのことを理解していたが、何度も戦い、その都度、次元獣を追い出すことができた管理局員たちも同様に思っていた。それしか、彼らの知識はなかった。


しかし、彼女の視界の端に、次元獣から後方に離れた場所で黙って見ていた界渡真の姿をした写世が写り、その表情がニヤリと歪み、まるで状況を楽しんでいるかのように見えた。

星理亜の中に、不安がよぎる。

彼女は次元獣との戦闘に集中しなければならないが、写世の存在が気になって仕方がなかった。

戦いの最中、星理亜は一瞬の迷いを振り払うように頭を振った。余計な思考を捨て、巨大な次元獣を見上げる。その瞬間、次元獣が轟くような咆哮を上げた。


その咆哮から放たれる圧迫感と気迫は、まるで物理的な重圧となって彼女たちを押しつぶそうとしているかのようだった。空気が重く、呼吸すら困難に感じる。


「ゔぇっ!?」


思わず星理亜から奇妙な声が漏れる。次元獣の口の中で、何かが光り始めていた。それは次第に渦を巻くように収束していき、その輝きを増していく。


「ヤツの攻撃を止める!ヤツの口を目標にし、撃てぇぇぇぇぇぇぇっ!」


部隊長の叫び声が響き渡る。即座に反応した部隊員たちの光弾が、次元獣の口めがけて雨あられと降り注ぐ。しかし、光弾は的を外れ続け、むしろ次元獣の口の中で収束する光は増していく一方だった。


「くっそったれがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


部隊長が怒号を上げながら、フル充填されたレーザー銃の引き金を引く。眩い光線が放たれ、次元獣の顔付近で激しい爆発を起こした。


衝撃を受けた次元獣は後ろに蹌踉めく。その様子を見て、星理亜と管理局員たちは一瞬の安堵を覚えた。しかし、その安堵は束の間のものだった。


「ま……まだ!!」


部隊長の警告の叫びに、星理亜は素早く振り向く。そして再び次元獣を見上げた時、彼女の背筋が凍る。次元獣の口の中での光の収束は、まだ続いていたのだ。


「総員!!防御形態!!」


部隊長の命令が響く中、次元獣が轟音とともに最後の咆哮を上げる。


「ガァァァァァァァァァァァッ!!」


その瞬間、収束されていた光が解き放たれた。部隊長のレーザー銃など比べものにならない、数十倍もの太さを持つ巨大な光線が、星理亜たちに向かって襲いかかる。


「うぞっ!」


咄嗟に星理亜は両剣に仕組まれた自動防御モードを起動させた。彼女の手を離れた剣は、超音速で回転を始め、光の盾となって彼女の前に展開する。


轟音が鼓膜を震わせ、爆音が大地を揺るがす。光の爆発による熱波が周囲を焼き尽くしていく。まるで太陽そのものが地上に落ちてきたかのような破壊力だった。


瓦礫と埃が晴れゆく中、星理亜は奇跡的に生存していた。しかし、彼女を守っていた両剣は、その代償として真っ二つに折れ、刃は粉々に砕け散っていた。もはや武器としての機能を完全に失っている。


不安に駆られて後ろを振り向く星理亜。そこには誰もいなかった。部隊長の姿も、共に戦った管理局員たちの姿も、跡形もなく消え去っていた。


次元獣が放った光線は、建物をも消し飛ばしていた。まるで、その場所に何もなかったかのように。そこにあったはずの建造物も、地面さえも、完全に消失していた。後には焦げた大地と、静寂だけが残されていた。


もし、この場に結界がなかったら——。星理亜は背筋が凍る思いでその可能性を想像した。管理局が張り巡らせた結界の外には、人々が暮らす街が広がっている。学校に通う子供たち、仕事に向かう大人たち、公園で遊ぶ家族たち。その全てが、一瞬で消え去っていたかもしれない。


星理亜は再び次元獣を見上げた。獣の巨大な姿は、炎のように揺らめく金色の毛皮をまとい、圧倒的な威圧感を放っている。その瞳には冷酷な知性が宿り、獲物を見つめるような眼差しが彼女を捉えた。


星理亜の全身が硬直した。手の震えを止めることもできず、視線は目の前の次元獣に釘付けになっていた。


空気が重い。呼吸をしようとすると胸が押しつぶされるような痛みが走り、息を吸うたびに喉が引き裂かれそうになる。目の前の怪物が発する低い唸り声と、かすかに漂う焦げ臭い匂い。あらゆるものが恐怖を煽り、まるで自分の命が目に見えない糸で吊るされているような感覚だった。


部隊長の言葉が脳裏をかすめる。倒せない。それどころか、これまで一度も誰も仕留めることができなかった。逃げる。それが次元維持管理局の唯一の「勝利」だと――。


星理亜は無意識に後退しようと足を動かしたが、踏み出した瞬間、背中に硬い瓦礫の感触があった。それ以上、後ろには逃げ場がない。全身の筋肉がこわばり、冷たい汗が流れる感覚だけが鮮明だった。


彼女は瓦礫の山を掻き分けるようにして周囲を見回した。何か武器になりそうなものはないか、何でもいい。だが、そこにあるのは焼け焦げた金属片と粉々に砕けた石の欠片ばかりだった。


――手段がない。


その事実が、喉の奥に重い鉛を飲み込んだような感覚を生み出した。だが、意識の片隅に浮かんだのは、あのキューブだった。あれには、武器として使えそうなものが含まれているはず――そう思い、彼女は右ポケットを探ろうとした。


しかし、指先が触れたのは空虚な感触だけだった。薄暗い中で自分の姿を確認すると、ジャケットがすでに跡形もなく破けていた。

ジャケットは、次元維持管理局の精鋭たちが身に着ける特殊装備だった。

耐切創性に優れ、通常の刃物や鋭利な爪では貫けない構造を持つ。また、内部には衝撃を吸収する層が組み込まれ、高温の環境下でも短時間であれば活動可能な耐熱性能が備わっていた。

だが、それでも星理亜のジャケットは見る影もなかった。破けた布片が腕や肩に張り付いており、焦げた匂いが鼻を突く。管理局でも最先端の防護服であるはずのそれが、次元獣の攻撃で簡単に砕け散った事実に、彼女の体は小刻みに震えた。


耳を裂くような咆哮が周囲を揺るがした。

次元獣がこちらに向かって前脚を一歩踏み出すたびに、地面が震える。瓦礫が崩れ、宙に舞った粉塵が視界を遮る。その瞳は、一瞬でも星理亜から離れることはなかった。


絶望が、身体に染み渡っていく。

次元獣の重圧に押しつぶされるように膝が崩れそうになる。

光を遮られたこの空間には、助けも逃げ道も存在しない――そんな現実が彼女を呑み込んでいった。

次元獣は勝者のような態度で仁王立ちし、重々しい動きでゆっくりと口を開いた。その光景が、星理亜には異様にスローに見えた。周囲の喧騒や部隊員たちの叫びが遠ざかり、時間そのものが薄まっていくような感覚に包まれる。


獣の口内、漆黒の奥底で光が収束し始める。その輝きは徐々に強まり、まるで世界そのものを焼き尽くそうとする意志を秘めたかのようだった。肌にまとわりつく熱気がさらに濃くなり、先ほどの一撃が引き起こした焦土の臭いが鼻腔を刺激する。


その収束の光景に目を奪われたまま、星理亜はじわじわと迫る終焉を受け入れる自分に気づいた。あの光の一撃が放たれれば、この身は塵と化すだろう。それでも――焼かれるよりは早い、そう思える不条理な安心感がどこかにあった。


光がさらに濃く、眩しさを増していく。その一撃が放たれるまで、あとわずかだろう。星理亜は体の力を抜き、重ねた両手をそっと胸の前に持ってきた。祈るような形をとったのは、本能だったのかもしれない。誰に向けたものかもわからない。見たことのない「神様」という存在か、それとも、ただその場から逃げたいという願望か。意識は霞み、答えを求めることさえ放棄していた。


その時、張り詰めた空気を切り裂くように、耳元に部隊長の声が轟いた。


「諦めるなぁぁぁぁぁ!!」


後方から部隊長が光銃から光弾を放っているが、その一つ一つが次元獣に対して無力であることは明白だった。星理亜は身を縮めながら、かつてない無力感に飲み込まれていく。「諦めるな」と響いた部隊長の声も、耳に届いているのに心には届かない。

術がない以上、この状況を覆す方法などどこにもないのだ。


ふと、星理亜の視線が自身の手元に落ちた。指先に鈍く光る心魂具――唯一、まだ何かを起こせる可能性を秘めた存在。

だが、その使い方がわからない。

わからないままにこれまで来てしまったことが、今更ながら悔やまれる。

もしこれが使えれば、もしこの力を引き出せれば、状況を変えられるかもしれない。そんな考えが頭を巡る一方で、心のどこかでは、その希望すら虚しいものだと感じていた。


次元獣の口元から眩い光が、星理亜に向かって一直線に放たれる。

圧倒的な熱量と光が空間を焼き切りながら迫る中、星理亜は咄嗟に胸元で手を強く組んだ。

何かに縋るように、ただひたすら祈る。

誰に対して祈っているのかもわからない。

ただ、目の前の運命をどうにか変えてほしいと願わずにはいられなかった。


「お願い。」


その声は、誰にも届かない。


しかし、次の瞬間。

心魂具から強い光が放たれ、星理亜を包み込み、光線が霧散した。


離れたところで傍観している界渡真の姿をした写世。

彼は冷静な目で星理亜が心魂具の光に包まれる姿を見つめ、ふっと呟いた。


「やっとかいな……まぁ、転校生はんの得意なものと心魂具に入ってるのが違てたから、エラい時間がかかったわ」


その言葉には、少しの皮肉と共に、彼女への期待が込められていた。腕時計を確認し、眉をひそめる。


「あのチート次元獣の具現限界時間まであと1分もあらへんのか……」


彼の表情には焦りが見え隠れする。時間がない。

心魂具が星理亜の力となるのを心から願っていたが、その力がどれほどのものかは未知数だった。


「ま、契約できたんやから問題ないやろ」


その言葉には、彼なりの励ましが含まれていた。彼は星理亜がこの試練を乗り越えることを信じていた。彼女の力が解放される瞬間を待ち望み、次元獣との戦いがどう展開するのか、緊張感を持って見守っていた。

「目、あけて」


少女の声が静かに響く。それは柔らかくも確固たる響きで、星理亜の意識を引き戻した。その声には聞き覚えがなかった。


「……だれ?」


星理亜は呟くように問いかける。答えは、短く、しかし確信に満ちていた。


「私は、命」

「……みこと?」


口をついて出たその言葉に、星理亜自身が驚いた。なぜこの名前が浮かんだのか、自分でもわからない。


「そう。だから、目をあけて。星理亜さん」


促されるまま、星理亜はゆっくりと目を開けた――。


「ぐばぁっ!!」


目に飛び込んできたのは、底知れぬ水の中だった。全身を冷たさが包み込み、星理亜は思わず反射的に藻掻いた。


「なんで、水!? ……ってか、水の中なのに苦しく――――ない?」


すぐに気づく。息苦しさはなく、むしろ穏やかで安心感さえ漂っていた。不思議な感覚に包まれながら、星理亜は自分を落ち着かせ、辺りを見回す。


透き通る水の中に広がる無限の世界。

上を見上げれば、太陽のような丸い光がぼんやりと浮かび、

下を見下ろせば、深い青黒の広がりが続いている。

左右を見渡しても、終わりの見えない無色の水だけが広がっていた。


「どこ……ここ……?」


呆然とした声が漏れる。すると、それに応えるようにまたあの声が響いた。


「ここは、星理亜さんが持っている心魂具の中」

「心魂具……!? ここが……?」

「そう。心魂具の中は、無限に広がる空間。だから、私は自分が好きな水にしたの」


その言葉を聞きながら、星理亜の記憶がフラッシュバックする。戦闘中の次元獣――その強烈な光線を自分は確かに受けたはずだった。


「……!」

「あの瞬間、私が星理亜さんを救いました。」

「救った……?」

「はい。だって――――」


星理亜の前に人形のように光り輝く存在が浮かび上がる。その光が徐々に薄れていくと、中から現れたのは、一人の少女だった。


黒く長い髪を優雅に揺らし、柔らかさと芯の強さを併せ持つ顔立ち。彼女の表情には可愛らしさが漂っている。

その身に纏うのは白い羽織と赤い袴――まさしく巫女装束だった。


「やっと、星理亜さんと波長を合わすことができたからね」


少女は微笑みながらそう言った。その表情は安堵と喜びが交じり合っていた。


「波長……?」

「そう。星理亜さんって、両剣が得意だって知らなかったから大変だったよ。だから、やっとそれに合わすことができたの」


少女は手をひらりと動かすと、星理亜が使い慣れた両剣をその手に再現してみせた。そして、軽やかにぐるぐると振り回し、華麗に操る。


「ね、星理亜さんと同じでしょ、これ。それにしても、星理亜さんはスゴイよね。こんな長いものを、あんなにくるくる回しながら使えるんだから、驚きだよ」


少女は感心したように微笑みながら、両剣を振る動きを止める。その仕草は優雅で、まるで舞を見ているかのようだった。


星理亜はただ黙ってそれを見つめていたが、ようやく口を開いた。


「……それで、行こうって言ったけど、どこに行くの?」


少女は星理亜の問いに、にこりと微笑むと、手を差し出した。


「もちろん、次元獣を倒しにいくんだよ。」


その言葉に星理亜は肩をびくりと震わせ、勢いよく首を横に振った。


「倒す!? 無理無理無理! あんなの、倒せないよ! 無理だから! 絶対無理!」


星理亜の必死の抵抗を、少女は微笑みを崩さずに受け止める。その様子は、焦りや恐れとは無縁で、むしろ全てを見通しているかのようだった。


「大丈夫だよ」


少女――命は柔らかく微笑み、星理亜の目を真っ直ぐ見つめた。その瞳には、自信と優しさが溢れていた。


「私がいるから、星理亜さんの代わりに戦うよ」

「私の……代わり?」

「そう。正確には星理亜さんの身体をちょっとだけ借りてね」


命は軽やかに言葉を続ける。その声は不思議なほど落ち着いていて、星理亜の心に安心感をもたらした。


「心魂具を具現化させると、私が星理亜さんに憑依して、星理亜さんの光力をぐーんと増幅できるの。でも、その分身体に負担がかかるから、私もできる限りサポートするから安心して」


星理亜が戸惑う様子を察したのか、命は説明を丁寧に続ける。


「まずね、私が光の結界を展開するの。この結界は普通の攻撃ならほとんど防げるけど、敵がすごく強いと破られることもある。だから絶対無敵ってわけじゃないんだよ」

「それって……本当に守れるの?」


星理亜の疑問に、命は軽く頷きながら答える。


「もちろん、できるだけ守るよ。でもね、それだけじゃないの。私が憑依すると、星理亜さんの身体能力も引き上げるから、速く動いたり、攻撃をかわしたりするのが簡単になる。ただ、その分光力を使っちゃうから、無駄に動くと後が大変なんだ」

「……光力を使いすぎたらどうなるの?」


星理亜の不安げな声に、命は優しく笑いかける。


「そのときは私がカバーするよ。たとえば、星理亜さんが危ない目に遭いそうなとき、私がちょっとだけダメージを肩代わりして守ることもできるの。でも、それにも限界があるから、頼りすぎないでね」


命は一呼吸置き、真剣な表情で言葉を続けた。


「だから、星理亜さんが自分の光力をどう使うかを意識してね。攻撃に力を入れるのか、防御を優先するのか、そのバランスがすごく大事なんだよ。私たち、一緒に戦うんだから」


その言葉に星理亜は少しだけ安心したように息をついた。


「……でも、本当にできるのかな……」


命は再び星理亜の手を取ってにっこりと微笑む。


「うん。私と星理亜さんの力で、倒せるよ」


少女はきっぱりと言い切った。その言葉には、疑う余地がないほどの信頼と覚悟が込められていた。


星理亜は唇を噛んだ。そして恐怖を抑え込むように、深く息を吸う。目の前の少女が見せる自信に満ちた瞳を見つめると、自分もその強さに触れられる気がした。


「……わかった。信じる……あなたを」


星理亜がその手を掴むと、胸の中に小さな火が灯ったような気がした。その火は恐怖を焼き尽くし、わずかな勇気を生み出していく。そして、周囲の水が揺らめき光を放ち始めた―― 

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