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始紫伝11

ジョギングから帰った紫銀は、額や首元から滴る汗をタオルでぬぐいながら、リビングに向かった。体は軽くほてり、運動の余韻がまだ残っている。ちょうどその時、テーブルに置いていたスマホが振動し、着信音が部屋に響いた。画面に表示されたのは、幼馴染であり、いつも元気な世依奈の名前だった。


「もしもし?」

「紫銀君?ちょうどよかった?」


耳元から聞こえる、世依奈の明るい声に、紫銀は一瞬リラックスする。


「そうだね。ちょうど今、帰ってきたところだよ」

「そかそか。それならよかった!ご飯はどうするの?」

「んー、今日は自分で何とかしてみるよ」

「おー、さすが委員長だね!ほんと、頼りになるー!」

「いやいや、それ関係ないだろ?」


と軽く突っ込みながらも、紫銀は笑みをこぼす。


「あ、そうだ。お弁当箱、まだ返してなかったな」

「そうだねー、忘れちゃうところだった。ありがと!」

「世依奈、部活終わったばっかりか?」

「うん、今、帰る途中だよー。弁天公園の前を通ってるところ。あと5分くらいで着くかな」

「そうか。それじゃ……」


紫銀は壁に掛けられた時計に目をやる。時刻は18時を少し過ぎたところ。夕食の支度も考えつつ、世依奈との会話を続ける。


「19時ごろに家に行くよー」


世依奈が軽い口調で付け加える。


「わかった。待ってるよ」

「じゃ、また後でねー!」


その明るい声とともに、電話はぷつんと切れた。紫銀はスマホを手に持ったまま、ふぅと軽く息を吐いた。相変わらず、世依奈は一方的に電話を終わらせる癖があるな、と思いつつも、それに慣れている自分に気づく。彼女の声を聞くと、いつも少し心が落ち着く。だが、今は自分の汗が気になり、シャワーを浴びる必要性を強く感じていた。


「さっぱりしておかないとな…」


そう呟きながら、紫銀はタオルを手に取り、バスルームに向かう。シャワーを浴びている間、彼は冷たい水の感触にリフレッシュされ、頭をすっきりとさせる。日中の疲れが少しずつ洗い流されていくような感覚に、彼は満足感を覚えた。


シャワーを終え、鏡の前で髪を軽く整えた紫銀は、バスタオルで肩を拭きながらリビングに戻る。さっぱりとした体が心地よく、ふと時計を見ると19時に近づいていた。ちょうどそのタイミングで、インターホンが鳴り響く。


「お、世依奈だな」


玄関に向かい、ドアを開けると、そこには部屋着に着替えた世依奈が立っていた。彼女は薄手の半袖シャツと短パン姿で、見慣れたリラックスした格好だ。彼女の部屋着は、彼女らしさが溢れる薄着だ。上はボタンで止めるタイプの半袖で、両肩には小さなリボンがあしらわれている。下は短パンで、動きやすさを考慮したデザインになっている。

だが、何よりも目に入ったのは、世依奈の髪が少し湿っていることだった。


「あれ?世依奈、髪濡れてるけど……」

「えーっと、さっきお風呂入ってきたからね」

「それはいいけど、ちゃんと乾かさないと風邪ひくぞ」

「うん、わかってるよー。でも、今日は急いでたからね」


世依奈は笑顔を浮かべながら、手を差し出してお弁当箱を受け取った。


「はい、回収しましたー!」

「ありがとうな」


紫銀は彼女の反応に少し安心しながら、お弁当箱を渡すと、世依奈がそのまま玄関から部屋に入ってくるのを見て、苦笑いを浮かべる。世依奈はまるで自分の家のようにリラックスして、リビングのソファに座り込む。


「おい、帰らないのか?」

「にひひ、紫銀君とお話ししたいのだよ!」


そう言いながら、世依奈はソファに身を沈める。紫銀はため息をつきつつ、彼女が自分の部屋でくつろぐ姿に少し戸惑いながらも、そのまま彼女に合わせることにした。


「本当に好き勝手だな」

「だって、紫銀君のお家って落ち着くんだよー。なんでかはわからないけど」

「なんだそりゃ…」


世依奈は笑顔で背伸びをし、まるで自分の家のようにリラックスしている様子だった。紫銀は、冷蔵庫から麦茶のピッチャーを取り出し、二つのコップに注いでから、テーブルに持ってくる。


「飲み物、麦茶しかないけどいいか?」

「もちろん!ありがと、紫銀君」


麦茶を一口飲んだ世依奈は、少し考え込むように口元に指を当てながら、唐突に話を切り出した。


「ねえねえ、紫銀君」

「ん?どうした?」

「実はね、部活の子たちにいろいろ言われたんだよね。それで確認したいことがあるんだけど…聞いてもいい?」


紫銀はその表情に少し戸惑いを覚えた。普段のおちゃらけた態度とは違い、真剣な面持ちをしている。


「何だよ、急に」

「ねぇ、紫銀君ってさ――」


世依奈は少し間を置いて言葉を続ける。


「男の子だから、やっぱりシンプルな下着よりも可愛い系とか大人っぽいのが好きなの?」

「ぶっ!?」


唐突な質問に、紫銀は思わず口にしていた麦茶を吹き出した。咳き込みながら彼女を見つめる。顔が真っ赤に染まり、目は驚愕に見開かれていた。


「わっ!きたなっ!」


麦茶が飛び散ったことに驚く世依奈。だが、まったく悪びれた様子はなく、むしろ、さらに興味を引いたかのように彼女は続けた。


「げほげほ。おまえがすごいことを聞いてきたからだろ!」


紫銀は咳き込みながらも、怒りと羞恥心が入り混じった声を絞り出した。


「そうだけどね、やっぱり気になるの」


世依奈は無邪気な顔でそう言う。まるで本当にただの疑問であり、悪気など一切ないかのようだった。


「気になるって……」


紫銀は彼女の言葉に呆れながらも、なんとか呼吸を整えようとする。全身がカッと熱くなっているのを感じながら、彼女の無邪気な顔を見て、どうしたらいいのか分からなくなっていた。


「どうなのかな?」


世依奈が再度問いかけてくる。


「どうかなって……」


紫銀は、どう答えればいいのか分からず、言葉を濁す。


「あ、もしかして……」


世依奈の瞳が輝いた。


「ん?」


 紫銀は、その輝きに不安を覚えた。


「スポーツブラはだめ?」

と、世依奈はまるで何でもないことのように言った。


「だーかーら、なんでそうなる!」


 紫銀の顔は一気に真っ赤になり、叫び声に近い言葉が口をついて出た。


「だって。だって。部活で言われたんだもん」


世依奈は、何の悪びれもなく、むしろ当然のことのように続ける。


「はぁ?なんて言われたんだよ」


紫銀は、頭が追いつかず、呆然と聞き返す。


「もっと可愛らしいのにしないと、紫銀君はドキッとしないんじゃないの?って」


 世依奈は、まるで友達にちょっとした噂話をするように言った。


「で?」


 紫銀は、その話の流れについていけず、聞き返す。


「だから、確かめるんだよ」


 世依奈は、あっさりとそう言い、突然ボタンに手をかけた。


「待て待て待て待て!!」


 紫銀は、反射的に声を上げた。何がどうなっているのか分からないが、確実にこの状況は良くない。


「んー?」


 世依奈は不思議そうに紫銀を見た。


「お前には、羞恥心ってのがないのか!!」


 紫銀は必死に問い詰めた。なぜ彼女がこんなにも無防備なのか、彼には理解できない。


「そりゃー、あるに決まってるじゃん。私、女の子だよ。ないのが問題だよ」


 世依奈は、まったく動揺することなく、真剣な顔で答えた。


「なら、なんでボタンに指をかけてるんだよ!」


 紫銀は、半ば叫ぶようにして言った。


「紫銀君だからだよ」


 世依奈は、いつもの無邪気な笑顔を浮かべて、淡々と答えた。


「は?なんで、僕?僕だから、なんで?」

「紫銀君が紫銀君だからだよ、大丈夫なんだよ」


世依奈は、まるでそれが当然のように言い放った。

紫銀は一瞬、彼女の言葉に何かを感じ取ろうとしたが、すぐにその混乱が再び押し寄せてきた。「大丈夫」ってどういう意味だ?そして「僕だから」って、何だよそれ。


「だー、待て待て待て!」


紫銀は慌てて世依奈の腕を掴んだが、すでに遅かった。ボタンはすべて外され、シャツの中に隠れていたシンプルなスポーツブラがあらわに。無地で機能性重視としか思えないデザインが目の前に広がっている。


「どう?」


世依奈は頬をほんのり赤らめながら、無邪気に尋ねる。


「ど……どうって……」


紫銀は思わず顔を背けた。どう反応すればいいのか頭の中がグルグル回る。心臓がバクバクと音を立て、彼女の問いかけを無視することができなかった。


「ドキドキする?」


世依奈は顔をさらに赤く染め、恥ずかしさを隠せない様子だった。最初は無関心を装っていたが、内心の動揺が彼女を覆い尽くしていく。


「そ、そりゃー、そんな姿を見せられたら……どんなヤツでもドキドキするだろ……!」


紫銀は思わず本音を漏らし、すぐにその言葉に焦りを感じる。普段、世依奈と近い距離で過ごすことには慣れていたはずなのに、今の状況は全く異なるものだ。


「だ、だよねー」


世依奈はホッとしたように微笑むが、何もせずその場で立ち尽くしていた。


「わ、わかったなら、早く仕舞えよ!」


紫銀は必死に声を上げ、顔を背けたままでいる。しかし、世依奈は一向に動く気配を見せず、横目で見るともはや自分でボタンを直す意志がないようだった。


「お前……マジで? わかったよ!」


紫銀は仕方なく大きくため息をつき、世依奈のシャツのボタンを直し始めた。手が震えるのを必死に抑えながら、一つずつ慎重に留めていく。指が彼女の柔らかい肌に軽く触れた瞬間、思わず心臓が高鳴る。胸元に手を伸ばすたびに、彼の心臓は不規則に鼓動を打っていた。


「じっとしてろよ……」


紫銀はぼそっと呟き、何とか最後のボタンを留め終えた。心の中で安堵しつつも、視線は彼女から逸らしたままでいる。


「ありがとー、紫銀!」


世依奈は満面の笑みでお礼を言い、無邪気に笑った。その明るい笑顔に紫銀は内心ため息をつく。


しかし、その安堵も束の間。突然、玄関から別の声が響いてきた。


「世依奈、いるんでしょー?」

「えっ!?」


その声に、紫銀は一瞬にして凍りついた。


「か……界乃さん!?」


紫銀は顔が蒼白になり、慌てて世依奈のシャツをさらに整えようとするが、手が震えて思うように動かない。このタイミングで……!


「あ、ママだ」


世依奈は気まずそうに呟いたが、特に驚く様子もなく、平然と界乃を見つめていた。

界乃は二人の様子をじっと見つめた後、微笑みながら言った。


「あらあら、紫銀君もやるときはやるのねぇ」


それに触発され、紫銀の思考は一時停止してしまった。


「いやいや、これは違います!ただ、ボタンが……!」


慌てて否定しようとするが、界乃は涼しげに続けた。


「大丈夫よ、母親の私は一切止めないからそのままどうぞ?」


涼しげに微笑む界乃に、紫銀は思わず叫んだ。


「だーーー! 一体どうなってるんだ、この家族は!」

「世依奈」

「ん?」

「終わったら、ご飯にしましょうね」


界乃は何事もなかったかのように、当たり前のように言った。


「?? はーい?」


世依奈はいつも通りの調子で返事をし、全く疑問を持っていない様子だ。


「世依奈、分かってないなら返事するな!」


紫銀は思わず叫んでしまったが、世依奈は軽く笑っているだけだった。


その後、何事もなかったかのように世依奈はお弁当箱を手に取り、紫銀に告げた。


「そろそろ帰らないと。ボタンも直してもらったし、家で夕ご飯にするね」


玄関で立ち止まった彼女は、振り返って元気よく手を振った。


「じゃあ、また明日ね!」

「お、おう……気をつけて帰れよ」


紫銀は未だ混乱しながら、手を振り返しながら彼女の後ろ姿を見送った。


世依奈が去った後、明るい雰囲気だけが部屋に残り、紫銀はふと窓の外を見上げた。星々が静かに輝く夜空は、何か意味深げであった。

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