36 冬景色をもとにした創作(現実世界恋愛短編)
その結果に僕は硬直した。
第一志望校 判定D 第二志望校 判定D 第三志望校 判定D
現役生ではない。浪人だ。しかも十二月。
浪人は一年までという約束だ。今年ダメだったら、母校の担任の先生から高卒の求人が来ているから、そこに行ったらどうだとも言われている。
とは言え、ここまで頑張ったんだ。進学はしたい。そんな思いを抱きつつ外を見ると……
「雪だ」
この地では本格的に雪が降るのは大抵年を越してからだ。年内の初雪は珍しい。そんな僕に歌声が聞こえてきた。
「狭霧消ゆる湊江の 舟に白し朝の霜」
綺麗な歌声だな。この歌、何て名前だっけ?
「ただ水鳥の声はして いまだ覚めず 岸の家」
女の子の声だ。この近くに住んでいる中学生の子だろう。あれ?
「狭霧消ゆる湊江の 舟に白し朝の霜」
また始まった。この歌が好きなのかな? でもこうなると曲名が気になるよね。
「ただ水鳥の声はして いまだ覚めず 岸の家」
うーん。思い出せないなあ。いやいや、こんなこと考えている場合じゃないんだけど。
「狭霧消ゆる湊江の 舟に白し朝の霜」
あ、三回目だ。こうなるとどうにも気になる。でも不思議と勉強の邪魔をされたという気にはならない。歌声が澄んでいるせいか、気持ちが浄化されていくみたいだ。
「ただ水鳥の声はして いまだ覚めず 岸の家」
そうだ。思い出した。「冬景色」という歌だ。幼稚園のお遊戯会で合唱したんだっけ。
「狭霧消ゆる湊江の 舟に白し朝の霜」
うん。まだ歌うんだね。ここまでこの澄んだ声を聴いていたくもあったけど、僕はあえて二階にある自分の部屋の窓を開けた。
「「ただ水鳥の声はして いまだ覚めず 岸の家」」
思わず一緒に歌った僕。そのことに気づいた女の子の顔は真っ赤になった。
「あ、あの。ごめんなさい。合唱部の大会が近いので練習していて、うるさかったですか?」
「いや」
その時の僕の心は自分でもびっくりするほど穏やかだった。
「あんまり綺麗な声だったから思わず一緒に歌っちゃったんだ。こっちこそごめん」
「そ、そんな綺麗な声なんて、私は合唱部の他の子から見れば、まだまだ下手くそなんで練習しているんで……」
女の子の顔は真っ赤なままだ。
「いや、とても綺麗な声だよ。なのにまだ上を目指しているんだね」
「……」
ついに女の子は真っ赤な顔のまま黙ってしまった。
「ありがとう」
「え?」
「ありがとう。おかげで僕ももうちょっと頑張ってみようという気にしてもらった。君も頑張って。そうだな。もうちょっと歌っていてくれると嬉しいな」
「はい……狭霧消ゆる湊江の……」
彼女は歌ってくれた。僕はシャープペンを手に取った。そうだ。諦めるのはいつでもできる。もうちょっともうちょっとだけ頑張ってみよう。あんな綺麗な声なのに、更に上を目指す彼女を見習って。
◇◇◇
「今から思えばあれが最初の出会いだったなあ」
「こっちはびっくりしたよ。いきなり併せて歌われるんだから」
あの後、僕は何とか志望校の一つに合格した。判定Dでも20%くらいの合格可能性があるらしい。あの歌に力をもらったのだろう。
大学生となった僕は家庭教師のバイトを始めたが、自宅から近い家の生徒を教えることにしたら、何と高校受験を控えた彼女だったことにはびっくりした。まあびっくりしたのは向こうもだったけど。でも、初めのうちこそは、はにかんでいたけど、すぐに打ち解けてくれたことには助けられた。
そして社会人になった僕の隣には妻になった彼女がいる。ふと外を見ると雪が降ってきた。
こんな言葉が不意に僕の口から出た。
「雪が降ってきた。なあ『冬景色』歌ってくれないか?」
「なっ」
妻は中学生の時にように真っ赤になったが、すぐに僕の目を見つめ返した。
「歌ってあげてもいいよ。でもあなたも一緒にね」
僕は頷いた。
「「狭霧消ゆる湊江の 舟に白し朝の霜」」




