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〈分散〉の雷  作者: 焼魚圭
RIGHT LEAD LIGHT ROAD
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抜け殻

 これはこの世の中の殆ど誰も見ていない戦い。それは薄い関係が広がる中、濃密な仲間たちのみが知る戦い。

 怜は本日何度目なのか、数えることさえ面倒になってしまうほどに駆けていた、走り抜けていた。周囲には羽根が舞っていた。空間を所々占領するそれ。美しく忌々しい、そんな羽根の輝きについつい顔をしかめてしまう。

「天使は異界に追放だ、位階だけ高いんだろ」

 走り続けてどれだけの時間が経っただろう。次第に肺に墨を閉じ込めたような重苦しさがその姿を現し始めた。息が切れ切れ、吸っても吐いても奥まで入り込んでいないように思えた、疲れと焦りは大きな錯覚を与えて事実に目を向ける隙も与えない。肺は空気を求めている、身体は休息を求めている。その事実は心と動きが遮り覆い隠していた。

 やがて着いたそこでは真昼が手帳を開いては派手な薄水色の魔法陣を空気中に広げながら氷を放ち続けていた。

 空間に散る氷と羽根。羽根の数は先ほどと比べて確実に増えていた、辺り一面が眩しい羽に埋め尽くされて網膜に焼き付こうとしていた。

「天使どもめ」

 怜は立ち止まり、心を落ち着けその目を閉じる。一方で口は開かれた。

『世界を駆け巡りし形無き旅人よ 黄昏には何処に居ただろう 今宵は何処に居るだろう 彼は誰時にはどこへと向かうだろう 辿る道にて色付く姿 持ち帰る香り 私は貴女を愛している 乙女ナル風よ ――』

 風は吹き荒れ巻き付くように怜に集まる。吹いて来る、巻きあがる、そうした音が笑い声のように聞こえていた。しばらくは思い込み、その中にこそりと混ざっているのだろうか、次第に区別がつかなくなって更に時を経て完全な笑い声に変わり果てていた。幼子の笑い声、それは怜の耳元で震え始めた。

「よし、来てくれたよな」

 肩に留まる女の子はずっと笑い続け怜の肩の感触を味わうように、甘えるように抱き着くようにしっかりとつかんでいた。

――怜、私、怜のこと大好き

「俺も大好きだ、ふうちゃん」

 そんな優しい相思相愛を携えて戦場へと赴いた。風は羽根を押しのけ爆発を引き起こしながら一点に集めて小さな規模の大きな爆発を引き起こした。

「怜、来てくれたんだ」

 出迎えたニヤけ面は見慣れたもので、寧ろ見続けていたいとさえ思えていた。

「刹菜」

 話が戦いを絶っている間にも天使の羽根はその姿を増やしては襲いかかって来る。

「これはひどいな」

 手に負えない、そう言いたくなる羽根の数々、それぞれが爆弾のようなもので、つまりは武器がおびただしい数によって驚異的な脅威の空間を作っているということ。

 それらを凍らせる者、万年筆で引き裂く者、吹き飛ばす者。そこに混じって白と黒のドレスを纏った少女がステップを踏む。

 まき散らされた星が羽根を取り込んでカラフルな金平糖に姿を変えて行った。

「怜」

「洋子」

 名だけを呼び合う、確かに被害は皆無、しかし気を抜けばすぐに命は皆無、そうなってしまいかねない。話し込んでいる余裕などここら一帯の何処にも一体も居座ってはいなかった。

 やがて腕を突き出して幼子も一緒に手を伸ばす。四人がかりの戦いでようやく天使への道が開かれるという有り様。真昼は怜の目を覗き、伝えていた。

「満明は天使に弱いから置いて来た」

 悪魔憑き、その文字の並びが既に天使に勝つことなど不可能だと語っているようなものだった。

 そこから言葉をも置き去りにして天使に肉薄するふたり。真昼は手帳の最後のページを開いていた。

「ソイツ、ホムンクルスだ」

――分かる、魂と肉体、ふたつの質があまりにもかけ離れていてちぐはぐだもの

 開かれたページから浮き出た魔法陣、更に別のページを開いて放出した魔法陣。それらを重ねて真昼はその中から必要な模様だけをなぞり、意識を敵に向けて解き放った。

「天使が空の器に宿るという行為そのものを、凍結させる」

 途端、辺りを派手に飾る美しくも恐ろしい羽根は跡形もなく消え去った。残されたのは人と空っぽのモノ、ただそれだけ。

「天使と器の繋がりよ、凍り付け」

 そこから怜に目を向けて、言の葉を向ける。

「さて、あとはホムンクルスを破壊するなり溶かすなり好きになさい、あの魂、空の器に再び入り込もうとするものだから」

「それってさ」

 向かい合う視線、投げられ交わる言葉、問いかけは真昼の意識を捕らえた。

「別の魂入れたら解決ってことだよな」

 空を仰ぐように視線を逸らして一秒間、沈黙を挟んで視線を戻し会話は再び繋げられた。

「そうね、間違いないわ」

「じゃ、決まり」

 怜は早急に夕空の背景の中風を纏ってホムンクルス、空っぽの肉体に手を当てて、怜の肩を掴んでいる幼子に優しい視線を微かに向ける。

「頼んだぜ」

 こくりと一度頷いて、幼子はその手を放した。風に巻き込まれるように舞い漂い流され渦巻いて、空っぽの器の中へと吸い込まれるように入り込んだ。

 それから風が吹き荒れて収まるまでの間揺れる地面、削れる地表は激しく荒々しく、怜の足元が揺すられて止まらない。

「よし、安定するまで待つんだみんな」

 柱に掴まる洋子、洋子の上から柱を抱き締める真昼、飛ばされながらケタケタと笑う刹菜。それぞれに反応は異なるものの、みんなどうにか生きていた。

 長く感じられた風が散り、消え去ったそこにひとりの女が眠っていた。静かな寝息を立てながら安らかに夢の心地を味わう姿を目にして怜の口元はついつい緩んでいた。

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