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〈分散〉の雷  作者: 焼魚圭
RIGHT LEAD LIGHT ROAD
69/75

動き

 それは怜が学校の外を駆け抜けていた時の話。今に追いつくまでの話。

 何か出来ないだろうか、思い悩む少女は金髪の男を置いて探る。彼の正体をつかみ取ろうと、人らしさを取り戻そうと、彼の人としての名を探し続ける。美術準備室に眠る作品と添えられるように置かれた札、どれだろう、どのようなものだろう。

 分からないまま探し続けていた。その札にはいつの代なのか、どのような名を持つ者なのか、それだけしか示されてれていなくて顔すら見えないという様。

 そもそも彼が平凡な作品を作っているのか非凡の才を持っているのか、型に当てはまる人物なのか計り切れない人物なのか計るまでもない人物なのか、それさえ分からない。ただ最近の作品だろう、ここ三年間の学校という施設に刻まれた生徒たちの軌跡の集大成に目を向け探し続ける。それだけでも探ることは容易でなく、骨の折れる作業。非日常の世界を生きている彼が果たして律義に課題を終わらせているだろうか、存在の爪跡を残しているだろうか、それさえつかむことが出来ないままに、霧の中へと手を伸ばすような心地で探り続けていた。

 やがて見つけたひとつの違和感、それに目を当てて目を見開いて。

 そこに置いてある作品には『アカシャの矢』という名が書かれていて作者の名は。

「嘘でしょ、空欄じゃない」

 何も書かれていない、名前など無くて、名前の無い在籍者と呼ぶことが如何にも妥当なのか、想い知らされた。

 絶望に打ちひしがれうな垂れる菜穂を取り囲んだ静寂が闇のように思えてきた、容赦など知らない静寂は、音も無しに耳をつんざいて。

「どうすれば」

 それから何分が静寂の中に落ちて行っただろうか。菜穂には分かることも出来ない。測ることなど当然できるわけもない。

 積もり積もった埃のように湿った感情、それを留める静寂を吹き飛ばすようにドアは勢い良く開かれた。振り返る気も起きなくて、そのままアカシャの矢の下に敷かれた札を見つめ続けるだけのことだった。

「幸詩郎くんがもらったそれ……なんだっけ」

 少女の弱々しくて落ち着いた掠れ声は大人っぽさを出していながらも性格に見合っていなくて少々のあどけなさを大いに強調していた。

「アカシャの弓、だね。その作者があの男だと思う」

 少年はいったい何者だろう。すっきりとした声質は静かな場所であれば話題を一気にかっさらってしまいそうな魅力を持っていた。いつまでも話を聞いていられるような、そんな声が少女、由実の背筋を撫でていた。

「幸詩郎くんならきっと見つけられるよ」

「いいか、名前見つけたら終わりじゃないからな。卒業アルバムで顔も確かめなきゃだ」

 一致しなければ再び探さなければならない、そういう話だった。

「いつの年か学年か、書いてあるから卒業の年も分かるよね」

 優しい笑い声をこぼしながら軽やかに歩き続ける。振り返り、そんな少女の姿を目にして続けて追うように幸詩郎の姿を目に入れた菜穂はその目で見つめることをやめて見開き、感情を形にして叫んだ。

「な、なんで雰囲気の柔らかなイケメンとそんな太り気味が付き合ってるの! 幸詩郎だっけ、もうちょっと相手選びなさい!」

 思わず声にしてしまったそれはあまりにも失礼であったものの、菜穂は一切悪びれた姿を取ることもなくおまけに小さな胸を張って腰に手を当てるという最悪な反応を取ってしまっていた。

「確かに、私じゃなくても付き合えるよね。幸詩郎くんカワイイし」

 幸詩郎は眉を顰めながら由実を抱き寄せ仄かに桃色を塗り込んだ想いの瞳を向けてみせる。

「いや、俺は由実じゃないと無理かな。そもそも由実はかわいいよ」

「いやあなたもう少し人を見る目を鍛えなさい」

 菜穂の言葉は幸詩郎を突き刺そうとしたのだろう。しかしながらそれが届くことなどまずなかった。

「ぽっちゃり女子っていいと思うんだけどなあ、俺は好きなんだけど。痩せすぎてたら逆に痛ましいし」

 菜穂に届けられた言葉、それはなんて残酷なものだろう。最後のひと言、ただそれひとつが幾つもの刺し傷を作り上げていく。軽い気持ちなのだろうか、由実を馬鹿にしたことへの、好きの想いに横槍を入れたことへの報復なのだろうか。

「幸詩郎くんありがと」

「ううん、いいよそんな礼なんて。由実の人としての可愛さも分かってくれない人みたいだったし」

 それから更に進められる話、それによればアカシャの弓の作者の名は阿蘇 和也というのだと知った。由実が本を広げたそこに示されたアルバム、数字をしっかりと合わせて探し込む、見つめて見通してページを捲って。そこに名が無いことを知って見返して。それでも見つからないその名。由実は首を傾げた。

「これ、どういうことかな」

 考え込むものの、手がかりなど何ひとつ見つからない。幸詩郎はハッとした。思考に走る閃光は輝かしくて鋭くて存在感が大きくて。

「地域の新聞、そこから探そう、名前から検索できないかな」

 訊ねられるままに名前からの検索、流れるように見つかった一件の記事。それは三人の気持ちを深いそこへとたたき落とすものだった。

「嘘……でしょ」

「幸詩郎くん」

「ああ、間違いないな」

 その記事の内容を読み込むとともに明らかになる事実、アルバムに名前が載っていないということと合わせて読み解くことによって現れたそれは苦しみの感情を大いに振るってチカラさえ抜け落としてしまう。


 その記事によれば、和也、恐らく名前の無い在籍者は、神隠しに遭ってしまっていた。

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