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〈分散〉の雷  作者: 焼魚圭
RIGHT LEAD LIGHT ROAD
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男女

 日差しは柔らかで弱々しい。つなぐ手の感触は顔に似合わず頼りになりそうなものだった。

 洋子はかつて気を失うことが度々あった。眠った覚えもないのに意識のない夜が幾重にも重なって、気が付けば朝になっていて居場所もその日によって異なるという恐怖に陥れられていた。

 果たしてそうした夜の闇に紛れた徘徊の中でどのような行動を取っていたのだろうか。ある日のこと、学校に足を踏み入れた時のこと、窓ガラスに映る自分の貌が異なることがあった。形相から優しさが失われた醜い笑み、張り裂けてしまいそうなほどに横に大きく広げられた口、愉快なものを嘲笑するためにも覗き込むためにも、大きく広げられた瞳。精一杯視界に収めようと思っている様、そこに宿る無機質の豊かな感情は、見るからに恐ろしかった。


  それが洋子の身体を好き勝手に乗っ取っていたのだろうか。


 季節外れの寒気に身が凍えた。

 恐怖は身を蝕み、心の実に毒を注ぎ込んで行く。洋子には希望を見いだす術が残されていないのだろうか、怯えながら永遠の時を過ごさなければならないのだろうか、そう思っていた時に、徘徊の癖がついて二週間後、あの恐ろしく醜い洋子の表情を窓ガラスの鏡越しに見て一週間と半分だろうか。学校側で行なわれた高校見学で、そこにて生活を送り続ける少年と出会い、見事な恋をした。その手を掴んで心の中で凝り固まった感情をほぐしてくれて、人生を進む勇気を、陽だまりの感情を与えてくれた。温めてくれた。

 勇人と出会ってから毎日が輝かしくなった。想いのひとつでも人生の色が変わるのだと知って、いつまでもそこに浸かっていたい、そう思っていた。

 それから数日後、勇人の前で意識を失った日。気が付いた時には自室のベッドに寝転がっていた。きっと彼が助けてくれたのだと身を想いに染めて。

 やがて魔法というものを知った。自身が魔法のセカイの闇の側面にいつの間にか立っていたのだと知って息が喉が絞まり続けて苦しみに沈みかけていた。

 そんな中でも勇人がその手で闇に落ちないようにと握りしめてくれた。きっとこれから勇人が魔法の闇に嵌まって抜け出すことが出来なくなるだろう。魔女を名乗る人物が語っていたことに首を傾げつつも勇人の思いつめた表情の片隅に、闇に潜り込む覚悟を見た。

 それからのことだった。鈴香と出会って優しさに触れつつ勇人の手だけは離さないようにしていた。手の届かない程の深淵に落ちてしまわないように、しっかりと握りしめていた。

 今は勇人とふたりきり。勇人の身体に腕を回して寄りかかるように身体を付けて一緒に歩いていた。

「勇人と一緒だと、世界が狭く感じるよ」

 それは悪いことだろうか、どうしてもそうは思えなかった。

「そうかな、だったら俺が悪いかも。俺は洋子のおかげで世界が広がって見えるんだ」

 話によればセカイの香りも味も手触りも、彼には感じ取ることは出来ないのだという。魔女は語っていた。勇人を救う計画は進んでいるものの、間に合うかどうか分からない。

 洋子は寄せていた身体を更に密着させた。大きくて母性溢れる胸を勇人の腕に当てては見せるものの、振り向きのひとつもない。そもそも彼にはもう人の温もりなど分からないそう。顔を寄せて微笑んだ。

 目と耳だけが彼のセカイ。そのふたつだけが自分以外の全てと繋がる方法。魔女はそんな彼の全てを取り戻せるとは言っていたものの、何処まで本当だろう。判断も付かせない。魔法の話を理解するには洋子が染めた手に着いた色彩はあまりにも薄すぎた。そんな洋子に分かることなどただひとつ。ずっと一緒にいることが互いの救いになるということだけ。

「ねえねえ私さ、勇人の顔見てたらすごく暖かい気持ちになって嬉しいんだけど勇人は私のこと、どう思ってるかな、聞かせて」

 勇人は洋子の顔を覗き込み、すぐさま逸らしてぽつりと言葉をこぼした。

「かわいい、けどちょっと……」

「なにかななにかな、えへへ」

「眩しすぎるかも」

 明るい貌が眩しすぎて直視できないのだろうか、勇人が辺りに撒いている感情、頬に迸る熱の余波は洋子にしっかりと伝わっていた。

「勇人はかわいいよね」

 頬をつついてみせるものの、そうした動きに一切触れてくれない。それがどうにも寂しくて、胸が締め付けられる。

「私が触った時にね、勇人がもっと反応してくれたら面白いのに」

 ムリのある話だということは分かっていた。理解に想いを包んでもはみ出して止められない、言わずにはいられなかった。奏でられる感情は声になり、彼に残された感覚へとしっかりと染み渡って行く。

「ねえ、私は勇人に出会えてうれしいよ」

「お……俺だって洋子がいてくれるだけで救われてるよ」

 そのひと言は魔法のセカイの端だけとは言えども触れてしまった洋子には重たかった。その重さに耐えることが叶わず話題は他所へと逸れた。

「私さ、胸凄く大きいのにみんなそっちは褒めてくれないの。小さめのお尻とお腹ばっかり褒められて」

「なんでかな、俺もおんなじとこ見てた」

「えー」

 勇人に言わせれば洋子の甘い表情はネコのようでほっそりした身体つきがあまりにも似合い過ぎるため。聞かされてもなお納得の行かない曇り空を貌に貼り付けて口をとがらせていた。

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