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〈分散〉の雷  作者: 焼魚圭
RIGHT LEAD LIGHT ROAD
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実現

 家に帰ってすぐさま妹が眠るあの部屋へと向かった。風邪、そうひと言で済ませたものの、熱を測れば38度台後半。予想だにもしなかった高熱の表示を見て勇人は慌てふためくばかりだった。勇人には治癒魔法や風邪を打ち破る魔法など扱うことも出来なかった。

「鈴香、大丈夫?」

 出来ることなど心配する事と看病することのみ。それ以上は医療従事者の仕事だった。

 細い声で唸りながら勇人の手を力なく握る。見た目からして緩い握り方は、力の籠もらないその手は鈴香が弱っていることをしっかりと語っていた。

「その……しばらく……一緒」

「大丈夫、今日は外でないから」

 妹が苦しみの渦に巻き込まれている、それ以上の言葉など要らない。親はお粥を作り、勇人はペットボトルに入った麦茶を持ち込んだ。これこそが彼らにできる最大の看病だった。

「ありがと……勇人、手、冷たい……ね。いつもは……あんなに、温かい、のに」

「大丈夫、またすぐにでも暖かくなるよ」

 それから気怠そうな様子と安らかな様、ふたつの表情を貌の中に同居させてベッドに身を預けていた。眠りに入っても夢を見てもすぐさま綻びが生じて上手く眠ることが叶わない。ただ眠りたいだけなのに。それこそが今の鈴香の本音だろう。軽い睡眠すらとることを許してくれない風邪を恨むだろうか。行き場のない感情、疲れて気怠くて途切れ途切れのそれは更に鈴香の体力を、気力を、奪い去り続ける。

 そうして過ごす時間の中、遂にひとりで過ごす時が来てしまった。勇人は優しい表情に顔を溶かしながら部屋に帰って行く。あの子ひとり残して勇人は眠りに就くことにした。



  ☆



 目を覚ましてまず向かったそこはやはり鈴香の部屋。風邪は治ったものだろうか、分からない。

 人の温もりを感じる機能の失われた手を鈴香のねこのような額に当てたところでなにも分からない。体温計を手渡して様子を見ることしか出来なかった。

 人の感覚を失うということ、そこにここまでの不便とそれに乗っかる悲しみを目に沁み込ませながら部屋を出る。ドアを開けて鈴香の部屋に入り込んだ途端、次にその目に入ったものは鈴香がベッドで寝ている様だった。

「は、はえ、どうなってんだ」

 朝ごはんすら食べていない、そんな勇人に襲いかかった朝の怪異。

 部屋を勢いよく飛び出してもゆっくりと誰にも見つからないように慎重に歩みを進めてみても、部屋を出て次に目にするのは弱り果てた鈴香の顔だった。かわいい妹がお出迎え、などと言っている場合ではなかった。

「な、なんでこんなことに」

 不明の正体を明るみに出そうと、感触無き手で探ってみて、記憶の奥へと飛び込み泳いでみた。暗闇に閉ざされた空間の中、声だけがしっかりと響いてきた。

――あいつ妹の為に帰るってさ

 黄泉返りし言葉に耳を傾け、思い当たる節を聞き取り続けていった。

――ふーシスコンロリコンキンコンカンコン

――明日妹の看病で休みますとか言い出すんじゃね

 勇人は目を開く。クラスメイトの軽い言葉、それが原因となっているのだろうか。

――まさか、そんなことあるのか

 そう、きっとそう。つまり、クラスメイトの冗談を本気にした現象。この世を軽々と見通すだけのお天道様でもしない失敗。

――めちゃくちゃだろ

 何をすれば出られるのだろうか、どうすれば出口を見いだすことが出来るものだろうか。つかむことの出来ない解決方法に頭を抱えるほかなかった。

 クラスメイトは今頃どうしているだろうか、やはりあのうわさを広めているのだろうか。もしかすると学校へ行くことが出来ないかも知れない。それひとつで身が竦むような恐怖感を覚えた。足はもつれてチカラも入らない。

「鈴香、分かるよな」

「なんで……出入り、してるの? 何回も」

 そう、やはり見えている。このままでは不審者兄ちゃんの誕生である。勇人は焦りつつもこの部屋から抜け出す方法を考えていた。

――なにか仕掛けはあるかな

 手に壁を着き本棚を見渡し取り出し仕舞い、探索を進めてはみるものの全くもって分からない、それが解ってしまったようだった。

「鈴香、何故か部屋から出られないんだけど」

 それはもはや変態の言い訳、普通ならばそう言われて追い出されてしまうだろう。しかしながら鈴香は微笑みで出迎えていた。

「分かる……私も、出たくないこと……ある」

「そうじゃなくて」

 勇人の顔に浮かぶ困惑、続いて出て来る感情は、大きな焦りの追加投入だった。

――これか、試してみよう

 勇人は再びドアを開き、足を踏み出す。踏み込んで、部屋と外の境界線を跨いで勇人はその目を閉じる。

 何者かがここに潜んでいることは間違いない。魔力のざわめきがそう語っていた。

勇人はその境界線の中の中のそのまた中の奥の奥の奥へ、意識を研ぎ澄まし想いの手を突っ込んで行った。

 その末に見つけた大きな闇の塊、陰の意を見いだしてその目を開く。

――見つけた

 その手を引いて、勇人は雷を呼び起こした。纏まってそこに在るそれを目の端で捉えながら例の言葉を小声で唱えてみせた。

「人の身を世俗から切り離し固まる大いなる闇よ、この世界に蔓延りし闇の中に〈分散〉されよ」

 突き出されたその手は雷を空間の中へ闇に向けて放たれて行く。様子は見えないものの、きっといつものひび割れとなって突き進んでいるところであろう。

それから一秒も数える間もなく境界線は弾けてドアはいつもの景色を覗かせていた。

 勇人は膝に手を着いて、見上げるように時計を見て、その針が指し示す時を捉えて目を見開いた。短い針が八の字へ、長い針が三の字へとその手を向けていた。


 つまり、遅刻が決定してしまっていた。

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