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〈分散〉の雷  作者: 焼魚圭
RIGHT LEAD LIGHT ROAD
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風邪

 日常は流れ去る。ある土曜日の外出は勇人と怜の意見が一致したことで鈴香を引き連れて洋子の待つショッピングモールへと足を運んで過ごした。そこでたまたま鈴香がいない内に男性用トイレに向かった怜の手によって勇人も引きずり込まれてそこで霊体を〈分散〉した。

 それから三日後、闇に飲まれよう、いつも通りの戦いの日々に身を投じよう、そう想い靴を履こうとした時のことだった。

「勇人……勇人!」

 届いて来た声は輝きの向こうから、勇人が二度と触れることも叶わない届かない、そんな見えない壁の向こうの眩い世から届いているように思えた。

「どうしたの、鈴香」

 その返事は果たして正しいのだろうか。何も話さずに出て行くことが正しかったのではないだろうか。闇の中、その視界は眩しさに滲んで答えを手繰り寄せることすら出来なかった。

「絶対に……帰って、きて」

 勇人が惑いその手からこぼしてしまった答えは鈴香が持っていた。正しさは少女の闇に消えた笑顔にあった。今の鈴香の顔は見えないものの、果たして勇人が求めている貌をしているだろうか。今にも消え入りそうな声が全て否定し切っていた。

「大丈夫、分かってる」

 安心を抱かせる為に手をドアに伸ばし、声で包み込んで、ドアを開いて、鈴香に目を向ける。

 きっといつも通りの戦いのことなど知らないはずだった。それにしては大袈裟な表現。引っ掛かりを覚えつつもいつものセカイへ、世界の片隅のこの空間へと、足を踏み出した。

「鈴香を狙う悪しきものを討伐できる実力が手に入ればもう行かなくてもいいんだけどね」

 言葉にして闇を舞う煙に変えてはみたものの、勇人が洋子に浴びせた魔法、攻撃の成果を見るに必要性を感じないのが正しかった。

 怜と共に闇を掻き分けるように進み続け、魔法使いの魔力を〈分散〉していく。魔法使いは胸を押さえて苦しそうな様子で丸まった。地を這うように蹲るその姿を見おろす勇人の目、そこに感情の線など入ってはいなかった。命の一部をも魔力と共に世界に散らしてしまうその術式の扱い方は命の価値を覚えていないようで。

 勇人は戦いにおけるチカラの匙加減をすでに見失っていた。



  ☆



 それから日は一度昇って勇人の空から落ちて更にもう一度昇る。勇人の空に日が昇っている間、どこかの誰かの空からは日が落ちっぱなしなのだろうか。太陽の身体はひとつ、分かり切った話だった。

 学校へと向かう。その眼で捉える景色はいつも通りのものだった。いつもいつも見て過ごして実際に触れているはずのセカイ、そこには色がなかった。世界の色に心は染まらなくなっていた。

――そっか、これが俺の終着点

 勇人の隣から薄っすらとした影が襲いかかって覆いつくす。影の持ち主、それは勇人に向けて言の葉を風に揺らしながら落とした。

「終幕は、近い」

 何故だか印象を残さない声は灰色の瞳を連想させた。振り返れば金髪の男と思った通りの灰色の目が視界を覆い尽くすだろう。情報でしか覚えられない、そこに情緒を覚えることは許されない、そんな特徴的で情報だけしか残さない男の印象の謎の答えは勇人の手によってつかまれた。

――彼は……とっくの昔に俺と同じか、それ以上のステージに立っていたんだ

 感情は確実に薄れていた。もはや鈴香を魔法のセカイに触れさせない、魔女の手に渡さないという想いはかつての感情を未だに掲げて旗にして振っているだけのよう。

 考えごとと一緒に歩いていた結果は不意に示された。景色は回り、前に進まない。その軸に目を向けて勇人は言葉をこぼした。

「怜」

「こりゃあぶねえな、触覚消えてんのなやっぱ」

 そのひと言で勇人の中に自覚が生まれてしまった。

「やっぱり、人から遠ざかってるんだな」

 人間ではなくなってしまう感覚は勇人が人類の亜点に成ろうとしているのだと強く語りかけていた。

 それから感情の心地のしない一日を過ごし、学校生活は一旦区切りを設けられて。怜は勇人の方へと歩み寄り誘いを言葉にしていた。

「なあなあいまから一緒に寄り道しようぜ。な、昔の偉人だって寄り道してたんだぜ。藤原さんの寄り道ってな」

「ごめん」

 乾いた笑いを申し訳程度に見せながら勇人は続きを声にして奏で続ける。

「鈴香が風邪ひいたからさ」

 それは怜にどのような想いを色付けたものだろうか。怜は早速鞄を開き何かを取り出した。

「それはいけねえな、鈴香の風邪なら早く帰らねえとな」

 取り出した紙を手早く折りながら弄びながらその口で言葉を弄んでいた。

「何が原因かよく分かんねえが看病はしっかりとな」

 言葉の端に添えられたもの、それは赤い折り鶴だった。

「ほら、俺からできることはこれくらいだ」

「いや速いしうまいな」

「うまい早い、でも安くはねえぜ、俺の気持ちはな」

 高級お気持ち店、日之影、彼の出す気持ちは気持ちのいい程に真っ直ぐな本音だった。

 そんなやり取りを見ていた人々が、散り散りのクラスメイト達が言葉をこぼして認識のまだら模様を作り上げていた。

「あいつ妹の為に帰るってさ」

「ふーシスコンロリコンキンコンカンコン」

「明日妹の看病で休みますとか言い出すんじゃね」

 嗤いながら語られる言葉を聞き逃しているはずはなかった。それでもなお怒ることなく世に流してしまうだけ。それが勇人という人間の在り方だった。

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