違和感
高校三年生とは思えない髪色に余裕しか感じられない態度、瞳の中に映されているものは違和感。彼という異質の存在を目にした勇人は口を開き、その感情を声にせずにはいられなかった。
「あなたは、上級生じゃないんですか」
もしかすると美術科に所属しているのかも知れない、もしかすると宙を絹のように整えられた姿で漂う煙を思わせる年上の雰囲気、そのオーラは平気な顔をして彼を裏切るかも知れなかった。
男は勇人の疲れ切った姿を頭から靴の先まで見通して固い微笑みを浮かべてみせた。口元だけで笑っているようにしか見えず、その目は笑みなどには曲げられないといった態度を取っていた。
「お前こそ同級生でもないのにこの階をうろつくとは不審人物だな」
返って来た答えは勇人に向けられているにもかかわらず、どこか別の場所に向けられているような錯覚に陥っていた。
「冗談というものだ、美術科の上級生とでも関りがあるのだろう、それかお前自身が美術科で向こうに用があるか」
声がただの情報として流れて来る、そのようにしか感じ取ることが出来ない。何故だか処理が追いつかなかった。それは明らかに疲れから来るものとは異なって、やはり目の前の男からは違和感の波を多大に受けていた。
「私は美術科の三年、受験生ではないのでね、少しばかり浮いているだろう」
勇人は男の放つ言葉を無言で否定してみせていた。流れる沈黙。言葉も許さない雰囲気の中で勇人の思考は回転を続ける。とんでもない、浮いている理由はどうにも美術科に通うような生徒だから、といった処に居座っているようにも思えた。それとも異なる気配。その異質な気配すらこの男が美術科を選んだ所以に、芸術との由縁にでも成り得た。
「何か言ってみたらどうだ、ここで打ち切られるような縁でもあるまい」
果たしてそうだろうか、頭の中では否定してみせるものの、男が口にした言葉通りの予感がこびりついて固められて、これからも出会う機会があるような、そんな予感一色に染められていた。
「まあいい、残りの時間はゆっくりと過ごすがいい」
疲れが顔に出てしまっていたのだろうか、男はそうした言葉を残して立ち去っていた。
残されたひとり、付き纏う静寂。流れる感情は大きく虚しくありつつも、何処までも浸っていたくもあって、しかしきっと時間が、大切な友人がそれを許してはくれないだろう。そうした確信を持って帰って来た。
笑顔で出迎えてくれる友人がこの上ない安心感を与えてくれる。彼がいる限りはうわさ話の闇に、世界を構成する様々なセカイの狭間の絶望に溺れないで済むような気がしていた。
「おかえり、遅かったな、何か面白いことにでも遭遇したか」
「そうなんだよ聞いてくれよ」
そう語り、三年生の教室にて常に待機している教師に用があったという嘘から入り、うわさ話の影を倒し、独特な男と会話した、そこまできっちりと話してみせた。きっと怜にとっては冗談のひとつで済まされるだろう。分かった上で構築されゆく彼らの世界観、勇人の手によって不足した事実が付け足されることにより出来上がるひとつの紛い物、それこそが楽しみのひとつでもあった。
勇人の話を聞き終えて、真っ先に怜は訊ねる。
「美術科の金髪、本気で言ってるよな、冗談じゃねえよな」
少しの隠し事を加えつつも出会ったという事実は覆すことが出来なかった。
「あいつには気を付けろ、あれは……魔法使いたちの中でも恐れられし者だ、人の身を外れし者」
誰がそれを言い始めたのだろう、分からない。怜の言葉と眼差しから真剣以外の感情が全くもって視えて来ない。そこでようやく勇人はあの男から汲み上げて味わっていた違和感の正体に気が付いてしまった。
あの男の目には、感情という光も影も、何ひとつ住み込んでいなかった。
高校、大学、学びを得る段階を経る時には特に問題はないだろう。しかし、社会に出た後はどうなるだろうか。他者と大きくズレた思想や感情は社会との壁を、関係の亀裂を生み起こすことが殆どだろう。今が栄光、あまりにも凡俗な立ち位置、その程度のものこそが彼にとって幸せの最頂点なのかも知れなかった。
怜の眼差しは言葉と共に勇人を射貫いていた。強く刻み、感情の傷跡を残すように深く突き刺すように。
「あの男だけはダメだ『名前のない在籍者』だけは」
名前に相当する部分を持ち合わせていない男、それでいながら何故だか何人たりともそれを指摘しない。チカラ無き者は。
「そう、俺たちには魔法の才能があるからそれに気が付いたんだ」
これは怜の検証の果てに導かれた結果。指摘した時にはそう言えばとの言葉を残しつつ、その次には既に気にしていない、摩訶不思議に充ちたひとつの現象だった。
「なによりだ。アイツ、去年は一年生だったくせに今は三年だ」
この学校、それどころかこの国に飛び級などという制度は存在しないはず。かと言って海外からのホームステイかと問われればそのはずもない。
勇人の思考の中、ある予感が突き刺さって抜けないままでいた。
まるで、勇人との接触をはかるために学年を弄ったかのように思えていた。