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〈分散〉の雷  作者: 焼魚圭
知識に囲まれた想いの隠恋慕
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願い

 菜穂を救おう、誓いを心の地表に刺し込み想いを差し込み強く意志を持つものの、持ってはみるものの、何をすればいいのか、どのように動いてみせればいいのか、全くもって見当もつかない。

 幸詩郎にとって魔法のセカイというものは霧に覆われなにも見えない山と何も変わりなかった。

 結局はお手上げ一択なのだろうか、魔法などというものに触れることが間違いなのだろうか。そもそも誰にも相談は出来ないものだろうか。すぐに背を向けようとする幸詩郎だったものの、頼りのあては記憶の中に既に居座っていた。

――そっか、勇人か隣にいたと思うあの人ならもしかしたら

 心の中でこれからの予定の点を打ち、行動の線で結び付けようとしたその時、ある男が声を掛けてきた。

「そこの支離滅裂のバケモノが視えるな」

 どうして見抜かれてしまったのだろう。行動がいけなかったのだろう。客観的に見れば今の幸詩郎はあまりにも挙動不審、視えている人物に言わせれば分かり切った話だった。

「俺には既に叶えた願いがあるから出来ないのだが、貴様なら可能だろう」

 それはつまり、他人のために一度しか使えない魔法、ひとつしか聞き入れられない叶えられない願いを使って欲しいということ。

 幸詩郎は願いを叶える能力の価値を考えた。ひとつ、もしもどのような願いでも叶うのならば父をこの世に呼び戻すことが、生き返らせることが可能なのだということ。

 心を叩く欲望。頭の中に響く命令、反響し続ける言葉。


  父さんを生き返らせる為に使えよ


 その欲望に、自分勝手という人が持っていて当然の感情のひとつに振り回されてしまうのだろうか、否、単純な情に仕えるような真似を幸詩郎は知らなかった。

 記憶の海、何もかもが美しく映る澄んだ追憶の水底に幸詩郎が以前関わったウワサを、その解決を思い出していた。

 あの手に触れるきっかけ、父との再会を形作ってくれたのは一体誰だっただろう。彼らは果たして自分勝手なだけの怪異解決の手段として幸詩郎を利用しただけだっただろうか。もし自分の都合だけなら幸詩郎を呼び出すことなどせずとも魔法だけで解決できたのではないだろうか。少なくとも本気を出していればすぐに終わらせられた話ではないだろうか。

「分かりました、俺の願い、菜穂さんを救う為に使います」

 男は一度頷き、幸詩郎に左手を差し出した。

「ようこそ、魔法のセカイへ。俺の名前はない。『名前の無い在籍者』とでも呼んでいただこうか」

 間違いない、間違いなく幸詩郎の知る異常以上の非日常。名前すらない人物が高校に所属しているということ自体おかしな話だった。

「はて、俺は以前自己紹介していなかっただろうか。していたところで忘れるか。魔法にロクに触れていなかったあの頃の貴様ではそうだろう」

 なんとも悲しい話だろうか。名前がないどころか殆どの人物に存在すら覚えてもらえず、存在を掲示する手段がうわさ話のみだということ。それも不確かな者として覚えられるしかないのだということ。

 実際のところ、幸詩郎の中でもこの男の存在は曖昧になっていた。今も尚、目の前の彼の姿を見ながらでも記憶をたどりその顔を思い出すことが出来なかった。

 名前の無い在籍者は靄のように記憶に微かに見えるだけ、意味だけを残すその声で伝えていた。そう、ただ菜穂を救うための情報だけを頭に植え付けるのだ。

「願いの叶える方法のことだがまず時間は深夜が都合良いな。美術科にあるのだが、コンクールの優秀作品の小さなアカシア。それを机の上に置く」

 つまり、美術科のある教室に忍び込むということ。その教室はまさに優秀作品という生徒の足跡が残された偉大な軌跡のひとつだった。

「次に遠ざかりアカシアを見上げる形でしゃがみ込み、油粘土を伸ばして作った板に願いを書くがいい」

 これはやはり自らの財布の口を開くことになりそうだった。他者を救うために金を出す。果たしてそこまでして幸詩郎に恩という形で何かが返って来るものだろうか。菜穂の心の声を聴くからに彼女は平気で恩を仇で返すだろう。既にそこまで透けて見えていた。

「続いて胸に粘土の板を当てて願いを染み込ませて三度唱えるのだ」

 想像を働かせた。駆け巡る嫌悪感を溢れ出る負の気持ちを必死に抑えた。粘土を抱くという行為、その結果服が汚れてしまう未来が既に見えているのだから。

 幸詩郎の思考は此の世のちっぽけな宇宙、脳の中で行なわれていて、外の者には想像も付かないのだろう。名前の無い在籍者は願いを叶える手段の続きの段階を声にし続けた。

「次が最後、アカシアに念を送りながらカメラを構え、そのシャッターを押せ。これで願いは叶えられる」

 この学校には不自然なまでにうわさ話が散りばめられていたものの、数多く何もかもを拾い上げることなど到底不可能に思えるものの、そこまで大きなうわさ話を取り逃しているという事実に驚きを覚えた。

「いい顔だ、そうだろう。何故そのような話を知らなかったのか、だろう」

 古のうわさ話、はるか遠い昔、この校舎が出来て十数年の頃に流行ったうわさ話を美術科の教室の隅で偶然拾い上げた、そう語られたものの、幸詩郎はそれだけの説明で納得することなど出来ないでいた。

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