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〈分散〉の雷  作者: 焼魚圭
魔女の本音 お菓子の誘惑
50/75

戦闘

 暗闇の中で交わる視線、互いに異なる色で想いあう。その瞳は見えずとも互いの気持ちはきっと見えている。

「ねえ、勇人」

 先ほどのように行為を声にして奏で上げるつもりなのだろうか、勇人の想像は裏切られたようで代わりに届けられたものは問い。勇人は姿勢が自ずと変わるのを洋子との身長の差で感じていた。

「私、最近よく分かんないところで目を覚ますの」

 夢遊病なのだろうか、想像を繰り広げながら身構える勇人に対して真剣みを味わい香りを見て洋子は言葉を繋ぐ。

「ええとね、気がついたらどこかに立ってたりして。近所だったこともあるんだけど初めて来たようなところのこともあって、たまに学校に遅刻しそうになるの」

 一体どのような症状なのだろう、勇人の内にある考えが浮かんだものの即座に振り払いすぐさま続きを引き出して。

「私、怖いよ。いつ自分が何してるのか、分かんないよ……自分のことさえ」

 怖いよ、そう続けようにも声はかすれて言葉は弱って誰にもかき消えて、届かない。目の端に涙が浮かんでいることに気が付いたものの、夜闇に紛れてそれすら見えなくて、何も伝わらない。

「怖いよね、苦しいよね、でもさ。俺が絶対離さないから。知らないとこになんて行かせないから」

 言葉は綴られ想いは流れて広がって。そうして抱き締めるも違和感が湧いていた。

 目の前の少女に対して浮かぶ想像を振り払い抱き留めて得られた沈黙は完全に違和感の塊でしかなかった。優しさが口を噤み言葉を紡ぐことさえ出来ないのだろうか。綿のような優しさが口を塞いでいるのだろうか。

 洋子に、目の前の女の代わりに月明かりが答えた。微かに影を照らし、その姿の片りんを映し出す。

 そこに、暗闇を見通せない目に微かに映った姿に、その目を丸くした。大きく広げた瞳にあの影が残像の如く残っていた。

 無言の少女、その表情は見るまでもなく分かってしまう。手に取るように解ってしまう。闇に沈んだ黒いドレス、その上品な姿に似合わない表情を闇の中に描いていた。きっとそう。口を張り裂けてしまいそうなほどに大きく広げ嗤いながら目の前の好きな人を、洋子が感情を味わっていたその人物をその口で味わうつもりなのだろう。

 感じられないはずの寒気が身を襲っていた。心臓が止まり、何かが喉を通して這い上がって来るように感じていた。しかしそれは全て勇人が得た錯覚。実際のところ心臓の鼓動は何処までも速くなり、世界のコマ送りが遅く見えていた。喉を通して上るものはおどろおどろしい感情で、そうしたモノたちが勇人の中で暴れ続けていた。

 運ばれ続ける焦りと危機感は全身をこわばらせ動くことに対して、動けという意思に反して、拒絶の意を示す。勇人が持つ驚愕が動くことを拒絶していた。

 やがて洋子だったモノは動き出す。顔を近付け唇を寄せて。彼女の、〈お菓子の魔女〉の好意の示し方は熱いキスでも強い抱擁などでもなく、食べること。愛も憎悪も嬉しさも悲しみも無関心さえも、ありとあらゆる感情が食へと回る乏しき環状の巡り。

 横に広げられていた口が縦に開かれる。今日の食事が建てられようとしていた。そこまで来てようやく勇人の手は動き始めた。

 先ほどまで誓い合っていた愛に代わって拒絶の意を手に取り振り回すように突き放してみせて。洋子、魔女と成りて羊子となった少女を地に転がして勇人は目を見開き想いの衝動のままに手を引いて稲妻を手繰り寄せる。

「お前なんかに近付いたのが間違いだった、消え失せろ」

 空気を漂う稲妻を押し出し放ち、羊子にその衝撃を思い切り浴びせる。噛み付かれる羊子は張り裂けた声で醜い叫びを上げるものの、勇人は止まることはなかった。再び手を引いて稲妻を空気中に集めて目に映る姿へと変えて。

 一方で苦しむだけでは済まされない羊子は口を広げながら勇人に勢いのままに肉薄した。

「自ら寄って来るんだね、お前の気持ちなんか受け取れない」

 言葉と共に雷を放ち、更に立て続けに腕を引いては引き寄せた稲妻を感情のままに撃ち続ける。

「間違えてた、受け入れることなんて間違えてた。そうだよ、死ねよ、殺すんだ、鈴香の敵になるなら今すぐ」

 口撃の混じった攻撃。勇人の遺伝子に混ざった本能。新しく刻まれた魔女と同質の想いは勇人の優しさを踏みにじっていた。

 羊子が生きるための本能に従って魔力補給の人喰らいになったように、勇人は鈴香の敵を殲滅することに取り憑かれていた。

 腕を引いて集まる雷を浴びせては再び腕を肩へと引き寄せ稲妻を手繰り寄せ。

「死ねよ死ねよ、敵なんか全員死ねよ鈴香に牙を剥くやつなんかこの世にいる価値ないだろ」

 立て続けに責め立てては攻め続ける。そこに他の感情の入る隙間などなかった。勇人本人の他の感情さえ割って入ることもなかった。

 羊子の弱り果てた叫びは掠れたうめきへと変わり果ててやがてその口は微かに動くだけで声すら発せないまでに成り果てて、朽ち果てようとしていた。

 容赦などいらない。そうした姿勢を濃厚な殺意を稲妻に変えて撃ち込もうと幾度目か数えることもなく繰り返しの稲妻の手繰り寄せ。腕を引こうとしたその時、その動きは止められた。

 鋭い殺意を持った瞳が大切な人の救いを妨害するモノを、行動の邪魔をする者を、はっきりと捉えた。

 その姿はどう足掻いても見間違いようのない、同級生の親友の姿をしていた。

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