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〈分散〉の雷  作者: 焼魚圭
日常の影の陰
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 首を絞め付けられて勇人の脳は声にもならない悲鳴を上げ続けていた。意識が自身よりはるか遠く、手を伸ばしても届かない程に離れたところにあるような感覚に陥っていた。これは怪談ではない、噂が生んだ異形、勇人の思う魔法の話。このような結末など望んでなどいない。鈴香を助ける前に己を守る術のひとつでも身に着けておかなければ。

 勇人は何処か現実から手を放したような意識の中で腕を後ろに引いた。影は後ろ、勇人がそのまま〈分散〉のチカラを使おうとも前に撃ち出すことしか出来なくて仕留めることなど不可能だろう。

 しかし、今はそれでよかった。

 空気中より魔力が闇を携えて雷の姿を取って勇人が引いた手のすぐ傍へと集まり始める。暗黒の輝きは、光よりも鋭くて余程救いになる闇の閃光。

 雷の輝きが弾けて跳ねて空気を破裂させ、周囲を愉快に漂う。ただそれだけで光よりも明るい輝きとなって影を引きちぎった。

「輝きの中で形を崩す」

 勇人を羽交い絞めにしていた影の腕は千切られて解放された。意識は闇に導かれ、現実へと引き戻される。振り返ったそこに立つ影は表情のひとつも持たない張りぼての貌をしたホンモノの脅威。人の背後を取って不意打ちを企んだその姿はまさに影法師そのものが裏切ったかのよう。かき消されたはずの腕は当たり前のように元に戻っていた。

「光じゃ影は崩せないか」

 世界を闇に閉ざしてしまうのはどうだろう。指ひとつ鳴らすだけで部屋の全ての明かりから扉に窓の全てを閉ざす屋敷を知り尽くした主のように手早く格好よく行なう様。実体無き影に『弱小な実体』という状態を創り上げるのはどうだろう。そこから一撃の殴りで仕留めるという迅速な解決。当然出来るはずもなかった。勇人に出来ることは何者か、何らかの要因でそこに固められし闇を世界に蔓延る大きな闇の中に〈分散〉することだけだった。

 如何にして解決しよう、加速する思考の中に明らかに自身のものではない記憶が混ざり始め、自身の想いの影となり集中力を分散していた。

――なんだよ、この記憶

 勇人が男でありながらも魔女のチカラを振い続けるごとに蓄積されて行くモノ、きっと正体は闇なのだろう。そう、闇を〈分散〉する度にその一部を勇人が引き受けているのだという事実が今になって意識の表層にまで浮上していた。

 思考の全てを振り払う。苦しみも思い出せる他者の記憶も絶望も、全ては後回し。目の前の影はただ立っていた。勇人と影、人の目と無いはずの目が合って、影はその手を勇人に向けて伸ばし始めた。

 仲良く過ごすつもりだろうか、友だちにでもなるつもりだろうか。


 どちらも違う


 勇人は追憶を追って確信を持った。女子たちが話していた内容は如何なものだっただろう。その手を繋いで向かう先は。

 想いを走らせつつも勇人は向けられた手に向けて手を伸ばす。歩みを進めてその手は、その距離は、少しずつ縮まって行く。空間は確実に迫り、実体の有と無は互いの存在を結び合い、影はそこに無い顔に全ての企みを含んだ笑みを浮かべる。そんな禍々しい存在でしかない影と触れ合い向かい合う勇人。


 彼もまた、同じ笑みを浮かべていた。


 繋がれた手はしっかりと結ばれて、もう片方の手は肩よりも後ろへと引かれて空気を裂くような闇の雷がそこに集められて顕現していた。

「ここで、噂を終わりにしよう」

 弾ける暗闇の輝きを目にして影はどのような想いを抱いただろう。逆光かそれともそもそもの素顔なのか、全くもって表情は見通すことが出来なかった。

 勇人はいつも通りの細くて高い声で影に、うわさ話が産み落とした人の闇に言葉を噛み締めながら告げる。

「目の前に固まり立ちはだかりし闇よ、この世界に蔓延りし闇の中に〈分散〉されよ」

 引かれた手は正面へと向けて勢いよく突き出された。目の前にて状況が分かっているのか分かっていないのか、それすらつかませずにただそこに在るだけの黒くて薄い存在に向けて、雷が弾けながら噛み付きにかかる。

 輝きは影と重なって、影は光に掻き消されて。それでもうねり進み空間をかき乱すひび割れの進行。やがては影の端をつかみ取ることが叶い影を内側から砕き始めた。

 目に映し、影が崩される様を見届けて、ひざを折って手を着き疲れを露わにしつつ立っていた。

「これで、終わってくれ」

 やがて稲妻は消え失せて、噂に産み落とされた影も消え去っていた。きっとあれはなにかの見間違いから噂になって生まれたものなのだろう。

 勇人は疲れた身体を、力の抜けた身を引き摺るように教室へと向けてのそのそと歩みを刻み始めた。

 そうして廊下を抜けようとしたその瞬間のことだった。すれ違う金髪の男、髪の色を除いてはそこらに身を置く人々と同じ格好をした何の変哲もないはずの男が通りゆく。何もおかしなことはなかったはずなのに勇人はついついその男を目で追ってしまっていた。

 男は立ち止まり、口を開く。

「どうしたのか、顔に何か付いているのか」

 何もおかしなところはなかったはず、ごくごく普通だったはず。しかしながらその目の中にガラス玉を思わせる灰色の瞳から違和感を見いださずにはいられなかった。

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