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〈分散〉の雷  作者: 焼魚圭
魔女の本音 お菓子の誘惑
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報告

 その朝は慌ただしかった。目を覚ましてすぐさま準備を済ませて家を出ようとする。リビングを通りかかった時、柔らかな視線の気配を受けて振り向いた。

 そこには勇人に顔の似た小さな女の子が立っていて心配を微かな目の緩みで、緩やかな気持ちの流れで、仄かな揺れで表していた。

「あんまり……急がないで。その…………けが。したら大変だから」

 心配を言葉にする鈴香はあまりにもゆったりとした態度を取っていて、勇人の気持ちから表情までしっかりとほぐしてくれた。

「大丈夫、俺のスピードで急ぐから」

 靴を履き、玄関まで見送ってくれる鈴香に目を向けて心いっぱいの優しさを含んで言葉にした。

「心配ありがとう、行ってきます。鈴香も一日いい日にしようね」

 それだけを残してドアをくぐった途端、ドアが閉まるのを待つまでもなく走り始める。

 流れる景色は歩みの証。足が地を叩いたところでそうした感触は何ひとつ訴えては来ない。目と耳だけが景色の移り変わりを、勇人が新しい景色へと進んでいる様を映していた。

 耳が捉えた風の音、気ままに駆け巡るそよ風の笑い声はその姿を見せることなく触れさせることもなく愉快に声を上げ続けていた。

 勇人は心に描いた。実際のことなど分からない、仄かに色付いた想像を心の画用紙いっぱいに思い描いた。

 今日も風は生きている。触れた事にも気が付かないだけで、感覚を失うことと引き換えに強くなって思い入れも傾いてきた視覚と聴覚。ふたつの内のひとつ、耳で視る景色に想いを馳せながら急ぎ走り続けながら。


 怜はいつも風の声を聴いて生きているのだろうか。


 そうした飛び抜けた感覚の体験をしている友人を想うだけで湧いて出てきてしまう嫉妬を埃の雨にして募らせていた。

 走り続けて現れる景色たちを視界の中に流しては外へと向け続けて、やがてたどり着いた学校。普段であれば怜と共にくぐっていた校門も今日はひとりで通り抜けて焦る気持ちを鞄に仕舞い込みながら代わりに教材を取り出す。昨夜の出来事を思い出しながらも身に入らない、今でない今を見つめ続ける目に入らない朝礼よりも前に行なわれる授業を受けていた。受験生にとってはこの授業や勉強という知識の箱詰めの全てが大切なものなのだろう。怜にとっては課外も同然という扱いなのだろうか。テストの点数ひとつで印象をひっくり返してしまうつもりだろうか。あの鋭くありつつも邪心は秘めない目が印象的な彼は未だに姿を現さない。

――いつものことだけどさあ

 しかしながら今の勇人の態度は五十歩百歩やどんぐりの背比べといった言葉を当てはめられてしまうだろう。その態度は授業を受けるというよりも授業の場でその手を放して己の業のひとつに対して身を委ねこれからの予定について思考の糸を張り巡らせ続けていた。

 思考を絡ませ続けた時計の針は周り進み、授業に参加するという姿勢だけ取り繕って授業に不参加なままの勇人が代わりに歩み続けている時間、それは授業の幕が下りると共に終わりを告げた。思考のセカイから降りて、じきに訪れるであろう友人を待ち続ける。

 教室のドアは勢いよく開かれて、悪い目立ち方などと名付けられた態度の衣を羽織って浮いた雰囲気と同席して訪れた。

「勇人、お疲れさん。一応課外だから来なくていいんだよな」

「課外なんて建て前、普通に授業進んでるよ」

 中学三年生にもなればひたすら勉強することを強いられる。将来の目標と向かい合うために努力を欠かさずに行う。特に目標もなくただ歩き惑う。人によって世界と社会と向かい合う態度は異なるものだった。

 勇人は怜の目を見つめ、あの闇に閉ざされた刻に閉じ込められた戦いに、勇人が討ち取らなければならない宿命の種族との遭遇についてその体験を分かち合う。

「昨日、魔女に会ったよ」

「んあ? よし、聞かせろ」

 一瞬面食らっていたものの、理解の流れは風のよう。すぐさま飲み込み続きを求めて行った。

「昨日の夜、人を食べようとしてたんだろうね、黒いドレスの女を見かけたよ」

「年齢は? 身長は? 顔は? 美人だったか? ナイスバディだったか? 声は可愛かったか?」

「そんなの気にしてる場合か。しかも顔見えなかったし」

 怜の質問の数々に呆れを掴みつつも答えていた。

 怜は鋭い笑みを見せつけながらしっかりと口を動かし始めた。

「よかったぜ、もしも美人だ戦意喪失だとか言われたら大問題だったしな……刹菜の受け売りだが」

 刹菜と呼ばれた人物。昨日勇人に様々なことを訊いていたあの女はどこまで発言が捻じれているのだろう。勇人はそこが気になって仕方がなかった。それでも触れることなくただ向き合うべきことについて話し続けて行った。

「魔女とやらは人を食うっていう噂だったな。それならどうやって相手をおびき寄せるか」

 人をエサにしよう、近づく前に撤退させて迎え討とう、そう提案しようにも口は開くも声に言葉にできなかった。

 果たして有象無象の人間の中からひとりを狙って来てくれるものだろうか。

「やっぱり、これも真昼さんたちと話し合うべきか」

 それからのふたりは特に何事もなかったかのように学校生活の中で平穏を演じ続けることに専念するのみだった。

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