真昼に
食事に挟まれる会話は味のない食べ物に味を与えてくれる。感情は、人との新たな関わりは、空気から香りを見失ってしまった勇人に新しい香りをつけてくれて、見えるはずの色を取り損ねては余裕がないのだと感じる瞳に新しい色を見せてくれる。
勇人にとって洋子の笑顔は希望そのものだった。
食事を終えた後、流れるように洋子の言葉にて勇人の連絡先と住所を引き出されてしまったものの、全くもって後悔はなかった。
「私、来年から絶対にここに通うから」
そう語る、高校見学にて偏差値などそう高くもないこの学校を選ぶ時点で初めから成績が秀でているわけではないことは断定出来たものの、絶対に通うと宣言するということにはきっと勇人と怜のふたりと過ごす時間が少なからず影響を与えているのだろう。
食事を終えてふたりは洋子を中学生たちの集合場所に、先生が待っているはずの教室へと案内して手を振りながら自室へと戻って行く。
教室へと戻る途中に鳴り響く電子音、しかしながらそれを特に気にすることもなく進み続ける。進んで、階段を上り気分は昇り、ふたりで先程の美女の話をしながら足を進めてやがて教室の前へとたどり着いた。ドアを開いたそこにて待ち受ける光景に勇人は目を見開いた。
教師が立っていて周囲は静か。チョークを片手に語りながら黒板に文字を刻み込むように書いている姿を見て背筋に寒気が走らないはずがなかった。
つまるところ、遅刻というものであった。
「待ってくれ、俺たちは迷ってた中学生をしっかり送り届けたんだ、なあ勇人」
「先生すみませんでした、ただこれは本当です」
善行を先行させても時を超えることなど出来はしない。教師は遅刻を咎めつつも軽く頭を小突くだけで済ませてそのまま席へと座らせる。
「それだけ? 怒られないなら俺たちも中学生案内して遅刻しようぜ」
そんなヤジを飛ばす男に怒声を飛ばしつつも授業は進められる。
ちょっとした時間の無駄遣いが授業に大きく影響してしまうもの。故に教師の空気は異様に張り詰めていた。
先ほどよりも固く鋭く尖った声を素早く操って、授業を手早く進めて、人々によって形作られた遅れをしっかりと取り戻してみせた。
そうして急ぎを運び込まれて進んで行った授業を初めとして、他の授業は普通に進むためにどうしても進みが、時の流れが遅く感じられた。
全ての授業が幕を閉じたそこでようやくふたりの男の歩む予定への道筋が解法された。歩むべき希望に続く道が開放された。
怜の言葉によれば真昼という人物は五十代、しかしながら美人だった頃の面影がしっかりと残されているが為についつい目を向けてしまう、その顔に惹き付けられてしまうのだという。
「既婚者の成れの果ての幸せルートみたいなものだなありゃ」
「それは羨ましい。俺もそういう人生歩みたかったな」
歩き続けていつまでも変わりのない道を横目に勇人は首を傾げた。
「なんでそんな真昼さんなんて歳が全然違う知り合いがいるんだよ」
待ってました、言われなくてもそんな言葉が染み出た笑顔がこんにちはと告げていた。
「いいか、真昼さんはこの辺の魔法使いたちの間では有名なんだ」
それを聞いても実感が湧かなかった。魔法使い自体親と悪しき教師を除いては殆ど同じくらいの歳の人としか関わっていないのだから。
やがてたどり着いたのはほどほどの広さに留められてまとまった家。白と紺色が主役のそこは傍目に見ても一目見ても凝視しても、ごくごく普通の家にしか映らなかった。
怜の指が呼び鈴を幾度となく押し続ける。
――小学生かよ
久々に慌ての感情が鳥肌となって内側を駆け巡っていた。教師に怒られて数時間後、またしても怒られる。それは勘弁だった。
肩をこわばらせて身を竦める勇人の意思とは関係なしにドアはしっかりと開かれた。
そこから顔を覗かせた女は大きくありつつも鋭さを持つ目で怜の姿を捉えて微笑んだ。
「やっぱり怜なんだ。そうかなとは思ってたけどさ」
いつも連打しやがって、そう繋いだ言葉に怜が更に言葉を結び付けた。
「分かりやすくていいだろ、敵じゃねえってアピールだ」
「迷惑、もう入れてやらない」
そう言いつつも真昼は礼も知らない客人をしっかりと上げて。
勇人はそこで目にした男の姿に素っ頓狂な声を上げた。
「えっ、もしかして満明さん」
「よお、若者。また似てもないドッペルゲンガーにでも追いかけ回されたのか」
挙げられた右腕には相変わらず包帯が巻かれていた。シワの刻まれた顔に宿る鈍色の眼はあまりにも記憶に強く残っていた。
「怜、聞いてくれよ。この可愛い顔した男の並行世界での顔凄かったんだぜ。怜や俺よりも目つき悪くて人相最悪だったからな」
「ぜってー仲良くなれねえな、可愛くない勇人は勇人じゃねえし」
子ども顔、男の子とも女の子ともつかない、とはいえ中性的という言葉を当てはめるにも違和感のある顔の方が邪悪の権化の如き人相よりも関わりやすいのは明白だった。
そうして笑う男たちの声を留めて真昼は疑問を放り込んでいた。
「それは良かった、で、何の用か話してくれないかしら」
ついに門外不出の若葉家の魔法の在り方が暴かれる、勇人は真昼という女性と向き合い、その目に捕らえられて離すことが出来ないでいた。




