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〈分散〉の雷  作者: 焼魚圭
魔女の本音 お菓子の誘惑
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洋子

 勇人は昼食の手前の風景には目もくれずに自身の頭の中をひたすら覗いていた。味覚が失われているということは毒物への耐性は充分なのだろうか。味というものは口にしたものの性質を大まかに見分けるための合図で、おかしな味がすれば吐き出してしまうのもまた本能の為せる業。つまりもはや毒など見分ける必要もないということだろう。

 この授業が終わってしまったら苦しい時間が訪れてしまう。何を口に入れても味がせず、何を噛んでも食感のない、生きるためだけに栄養を摂る。そんな食事時間。かつて大好きなひと時だっただけに今は惨状が常に参上してきているようにしか見えなかった。

 生き地獄は、彼の意思とは関係なしにやってくる。時間は、彼の感情などお構いなしに去って行く。

 教師のひと言によって授業は締めくくられて、勇人は怜と共に教室のドアをくぐり抜けた。勇人の味覚が薄らいで以来、弁当は持たされていなかった。味覚がないのは食事事態が要らない証拠、勝手にそう結論を縫い付けて祖父は家族に命令していた。


 食事要らない人物には与えるな、鈴香の目をごまかすために夕飯だけ食べておけ、などと。


 勇人は空腹を感じていた。ヒトの名残りだと否定はされたものの、何となく感じていた。このままでは死んでしまうだろうということ。

 優しい母にしっかりと相談したところ隠れて勇人の手を両手で包み込み、食費を手渡してくれたのだった。

「私にも兄がいたから分かるわ、この家で母似で生まれてきた男の子は一生ツラい想いをして最後まで報われないまま死んでしまうってこと」

 言葉でしっかりと包み込み、手をそのまま引っ張って勇人を引き寄せてしっかりと抱き締める。

「どうか四年後、鈴香を魔女の手から守り切った後あなたが幸せになれますように」

 本心の温もりは、何処までもぬるくて優しく沁み入って、勇人の切り詰められた心を癒していた。

 そうしたことがあって、毎日学食で毎日楽しみの無い日々を歩んできていた。

 きっと今日もまた何もないまま、楽しみさえ感じられずに怜との会話だけを心の支えにした栄養補給の時間を過ごすことだろう。何もかもが遠ざかっていくようで、苦しみの情のシミに支配されてしまいそうだった。心は皺とシミに塗れた勇人、彼が歩いていた人生の道筋の中に、その出会いはあった。

 きょろきょろと辺りを見渡しながら困った顔をする少女。栗色の髪としっかりと膨らんだ柔らかな胸と一方で小さくまとまった尻が可愛らしくて、不思議と可愛らしさの塊という印象を抱いていた。

 その少女はこの学校の制服とは異なる柔らかなポロシャツを身に着けていた。

 少女は茶色の大きな瞳で勇人の姿を収めると共に訊ねた。

「すみません、私迷っちゃったんですよ、食堂まで案内してもらえませんか」

 そこから続けられた話によればこの学校とは異なる制服を着た少女は学校単位で行われている高校見学にてここまで来たのだという。

「ってことは中学生か」

「怜、子どもって言っても俺たちとふたつしか変わりない」

 そうした会話を聞いて少女は口元に手を当てて控えめに笑ってみせた。

「案内、いいですよ。俺たちもちょうど食堂まで向かってたところなんで」

 少女は目を輝かせて、続けて目いっぱいの笑顔を向けて。

「ありがとうございます」

「敬語じゃなくていいよ、ええと、名前は」

「私は小城 洋子。食べることが大好きなの。でも甘いモノは急にムリになってきたけど、ある日から突然」

 勇人は目を端に逸らし、違和感をつかみ取っていた。甘いモノが食べられないのは気分ではないのだろうか。突然すぎる味覚の変化、自身を重ねて寒気を感じ取りつつも自己を紹介することとした。

「俺は若葉 勇人。好きなことは……」

 続きが何ひとつ出て来なかった。様々な感覚が鈍って行く恐怖とこれまでの楽しみを奪われることによって増え続ける虚無。もはや何を愉しむにも自身には余裕が残されていなかった。

 そこに怜が言葉を覆いかぶせて会話を一気に塗り替えてうやむやにした。

「俺、日之影 怜。好きなもの、というか人は子どもと子どもみたいな顔した人、あと声も子どもっぽかったら完全に大好きだぜ」

「最初以外全部俺じゃん」

 怜による誤魔化しはしっかりと会話に味付けが出来たのだろうか。洋子は思わず静かな笑みをこぼして顔を明るみに染めていた。

「本当にそう。勇人くんは子どもみたいでかわいいよね」

 先輩としての貫禄など初めから持っていなかった、先輩としての存在感などとうの昔に失われてしまっていた。

 洋子をふたりで案内して、食堂でも洋子を挟むように守り抜くように歩き続けていた。

「お嬢さんを護るふたりのナイト、なんつって」

 中学生の可愛らしい女子を高校生ふたりで挟むという構図は周りの目からすればどのように映っただろう。普通の知り合いや先輩後輩の関係に見えただろうか、否、いじめのようにしか見えなかった。主に怜の切れ長の目が、カッコよさの象徴が裏目に出ていた。

 そうした周囲の目を否定するように洋子は明るい笑顔で会話を出迎えて弾んだ気分を乗せた声で会話を繋ぐ。

 こうした時間に、勇人は久方ぶりの特別を感じていた。

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