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〈分散〉の雷  作者: 焼魚圭
日常の影の陰
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噂の

 授業は一旦終わりを告げた。みんなが立ち上がると共に怜は大きな欠伸をしながら遅れて立ち上がる。その様を勇人の瞳はしっかりと捉えていた。

――絶対寝てたな

 呆れ混じりに向けた視線に対して返って来たものはこの上なく爽やかな日差し付きの笑顔。間違いない、怜はもはや授業に対して熱い想いなど持っていなかった。暑い想いを持つと言えばきっとあのことに対してであろう。

 怜は勇人の前に立ち、いつもの話題を出し始めた。

「知ってるか、学校で噂になってんだ。肝試しっつったか、アレ目的でがっこに忍び込んだヤツがいたらしくてよ。そこで目にしたらしいぜ、蠢く謎の群衆をな」

 魔法やオカルト、都市伝説にうわさ話といった様々な怪しい話。怜の中では作り話なのかも知れない、分かり切っている現実を隠して愉快に豪快に厨二病という仮面とマントを身に着け振る舞って。そうした青春の日々が過ぎ去って行き着く先は虚しさか思い出か。綺麗な思い出なのか人には聞かせられないような恥の思い出なのだろうか。


 どうか怜には勇人が味わっているセカイが染みとなって侵入して来ませんように、そう願うばかりだった。


 それからもうふたつの区切りある睡眠時間を経て訪れた昼ごはんの時、教室の一角にてひと纏まりの女子生徒たちがひそひそと話していた。勇人の耳に届いたもの、それが勇人の注目を奪い取って行った。

「えーなにそれ」

「知らないの。学校の中じゃ有名よ、昼十二時半、三階のトイレ近くの廊下に何故か人がいないと思ったら要注意」

 そこから語られる情報のひとつも聞き逃さないように、耳で全てをつかみ取れるように、授業の中ですら発揮しない全力の集中をしていた。そう、怜の言葉が届かない程に。

「そこに……イル。人を引き摺り込んで一緒に地獄にオチヨウトスル影が、デモケッキョクヒトヲオトスダケ。ソレハ、シニノコッテツギノヒトヲマツノ」

 勇人はハッとして振り返り、黒板の上に設置された時計を確認する。針は、十二の位置から少し逸れた位置と4の数字を通り過ぎた辺りを指していた。十二時ニ十分を過ぎた。


 噂の時は、近い。


 勇人は残った弁当を素早く掻き込み片づけを始めた。

「お、おい。どうしたんだ勇人」

 怜は目を見開いて訊ねるものの、正直に言えるはずもない。代わりに選び取り出した言葉で無理やり納得させるしかなかった。席を立ち、鞄に弁当を仕舞いながら告げた。

「悪い、ちょっと用事」

 あまりにも聞き苦しい発言、きっとこれから何度も通用するような万能感も説得力もないだろう。

「ちょっ、待てって」

 怜の呼び止めなど聞いている暇もなく、ただ駆け出す。教室を勢いよく飛び出して、風を受けて風に後押しを戴いて。そよ風が癖のある髪を軽く揺らして肌を擦る感触がこそばゆくてそれがいつになく愛おしい。


 どうしてだろう、男ながらに魔女のチカラを宿して以来、感覚のひとつひとつがこれまで以上に愛おしく感じられた。


 元々の勇人の感性が更に研ぎ澄まされているのだろうか、確かめてみるものの真実は分からない、それでも何故だか不自然に愛おしくて幾ら味わえども恋しくて、やがて来る結末にその感覚が付いて来れるかどうか、そんな昏い想いが仄かに蔓延っていた。

 床を足で叩くように、着いているのかいないのかはっきりと見通すことの出来ない軽やかさで進み行く。廊下を抜け、階段を一段飛ばしで迅さをさらに増して。駆ける足に「速く」と命令をぶつけていた。焦る心は目的地へ「早く」と祈りを唱えていた。

 主にこれから受験生が収められた三階。噂や安らぎと言った雰囲気など既にはち切られて周囲には冬の訪れよりも早く冬の乾燥よりも激しくピリピリとした空気が張り詰めていた。ここにいる人々の大半は人生が懸かっているのだ。この緊張は当たり前のものでしかなかった。

 今この空気感に居合わせるには最も相応しくない人物である勇人は心に意図無き圧を掛けられながらもこの階のトイレのある廊下を目指す。普通科と美術科の棟を結ぶ連絡通路の曲がり角のすぐそばにあるトイレ、そこに人通りのない空間を見た。

「ここが、噂の」

 時間の確かめようはなかったものの、人はいない。影はそこにいるのか、いないのだろうか。分からない、確認できない。窓から差し込む光の外側に追いやられて微かな存在感を残し伸びる影から自身の足元から生えた影までもが例の影のように思えて仕方がなかった。

「なにも……いないのか」

 疑いは深まるばかり、人がいないのも偶然なのだろうか。きっとそうであるに違いない。今この時期ならば人通りが少ない時間が増えていても不自然ではないだろう。

「ただの噂だし、そういうこともあるか」

 後ろを振り返り、見渡しつつも気を抜いて歩き出そうとゆっくりと一歩を踏み出した。

 これから戻って怜と楽しく話すこととしよう、いつも通りの空想に事実を織り交ぜながら平和に。

 そうは言っていられない状況、妹を守るためなら実戦の実績は幾つでも積んでおきたい、何も出来ないことを悔やみつつも一歩二歩と足を鳴らし床を鳴らしたその時だった。

 首に何かが巻き付いて勇人の動きを引き留める。日常を歩むための足は地から引き離された。

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