似てない
夕暮れの中に紛れ溶けて去って行く。大切な友だちが歩き続け、見えなくなって行った。勇人はひとりこの景色の中を歩いて行く。決して人通りが多いわけではない道路、人々の生活の一部だった中古車の並ぶ店、空に架かる歩道橋。
全てが目を癒し心を潤してくれる。勇人は風景を見ることが好きだった。
通りかかる車の音を、通りすがりに音の変わる様を耳にしつつ、自身の足が地面を叩く音を耳で味わい、飛び回るカラスが鳴き声を上げ回る様を耳で見て、キジバトが夕暮れの中で控えめに鳴いている様に耳を傾ける。
何もかもが耳を通して心を動かしてくれる。勇人は自然や生活の音を聴くことが好きだった。
怜はこれからどのような生活を送るのだろう、次の朝にはこれから体験する事してきた事を楽しそうに或いは憎たらしそうに感情をむき出しにして話すことだろう。
想像は何ひとつ変わり映えしない日常の未来を視ていた。ただでさえ平穏が好きな中に非日常が入り込んで来て日常を圧縮していた。勇人にとっては怜と過ごす何気ない日々があまりにも愛しくて美しく感じられた。
そうして想像ばかりを膨らませる勇人の身に新たなる陰が迫り来たのは突然のことだった。
勇人の肩を掴む何者か。振り返るとそこには凶暴性を極めたような顔が待ち受けていた。ギラギラと戦意を放つその目はどことなく父の顔を思わせる。
その男は隣に幼い女の子を引き連れていた。子連れがいったい何の用だろう。疑問を持った途端、勇人は男の手に目を移し全てを悟った。そこに収まる試験管を映して不穏の始まりを見て取って。
勇人は本能から危機を感じ取る。心の底から肌へと伝わる薄気味悪い寒気は肌では感じ取ることの出来ない懐かしい感覚。すぐさま男の手を跳ね除けて跳び退いて。歩道橋の階段のステップを踏み上へと上がりゆく。
男は、父親似の勇人は凶悪な笑みを見せつけながら試験管の蓋を開いて中に納まる蒼黒い水を自らの手にかけ、雷を纏わせる。続けて勇人は男の声を聞いてしまった。父のものに似た低くて闇の魅惑を纏ったカッコよい声を。
「俺の前に立ち塞がってんじゃねえ、邪魔者は〈分散〉してやる」
言葉と共に手を前へと突き出して蒼黒い雷を放っていた。それを目の当たりにして出て来る言葉など何ひとつなくて。脅威は驚異と共に声を引っ込める。空気を裂く雷を退いて避けて更に歩道橋を上る。
やがてたどり着いた平坦な道は道路の上、天井を突き破った天上のセカイを思わせる。
階段を踏み越えたそんな場所も高さも構わず敵は迫り来る。肺は空気と共に焦りを吸い上げて想いの火に焦がされていた。
「あの人なんなんだよ、俺に何の恨みがあって」
分からない、解らない、知り得ない。男が襲ってくる事情など知るはずもなかった。そんな中で父にどことなく似た顔を思い返し、思考を巡らせた。
――まさか、父さんからの試練
そうだとすればなんて非道な御話だろう。初めから勇人に斃されるために産み落とされた存在なのだろうか。
そうと知れば勇人は手加減する必要性を感じなくなった。そう、生きるための殺さないための全力を振り絞り、右手を引いて周囲より青白い稲妻を集める。張り裂けた空気は緊張の情を強調しているようにも想えた。
「目の前に創り上げられ凝り固まりし闇よ」
勇人が声を上げ、魔法の行使をしている間にも凶暴な男は試験管に仕舞われた水を手にかけて蒼黒い雷を発現させて発言を重ねてみせる。
「邪魔くせえんだよクソったれが」
同じチカラであれどもそこに懸ける想いは、世界を駆ける命や言葉のカタチや色、香りに味わい全てが異なっていた。
「この世界に蔓延りし闇の中に」
「俺の運命の前に立とうっていうのなら」
互いの魔法の扱いの際に唱える言葉の違いが向かい合うふたりの魔法使いの性格の差を、考え方の違いを、魂の在り方心の色合いを、それぞれに示し主張していた。
「〈分散〉されよ」
「〈分散〉してくれる」
互いに手を突き出して向かい合う雷たちの激突を発生させた。青白いひび割れは空気をも突き抜けて、世界に噛み付きながら進み続ける。蒼黒い裂け目は空間をも引き裂いて、世界を食い破りながら駆け抜ける。
やがてふたつは繋がるように交わり食らい合い打ち合い掻き消し合う。しのぎを削るふたつの雷はやがてその姿を共に打ち消し合っていた。
再び始まる攻撃、父親似の勇人の手のひらの上に空間の裂け目が現れてそこから重力に身を任せるように試験管が落ちてその手に収まった。
「そこの子どもみたいな顔の勇人を早くやっつけてね。カッコいい方が私好みなんだから」
凶暴な面の背後に立つ幼子が顔をほんのりと温もりに浸してその手で包み押さえていた。見た目によらず大人なのだろうか。勇人の疑問などそっちのけで会話が繋げられる。
「分かってら、つか全然似てないなコイツ」
「その言葉、そのまま返すよ」
勇人が手を後ろに引いたその瞬間、父親似の勇人は凶暴な面を凶悪な笑みで塗って飾り駆け始めた。接近してくる男。
――マズい
狙いを改める隙などもはや残されてはいなかった。
狩りの瞬間とは、狩られる瞬間とはこれほどまでに恐ろしいものなのだろうか。命までもが刈り取られようというこの時が瞳に焼き付いて離れない。
終わる、もう終わる。
諦めかけたその瞬間、轟音が空気をも叩き揺らした。遅れて眼に入る禍々しき黒く鋭い曲線。そのひび割れのような雷、黒き姿に宿る魔力を視て、勇人は確信と共に目をも見開く驚愕を得た。
――あれは、〈分散〉
「よお、並行世界ドッペル、世界の入国ビザも無しにこっち来やがったな」
響く声と共に空から降って天上に立った男の姿を目にしてふたりの勇人は驚きを隠せずにいた。
そこに立つ者、乱入者は包帯を右腕に巻き、五十は過ぎているであろう人生の歩みを滲ませた顔をしていた。




