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〈分散〉の雷  作者: 焼魚圭
並行世界より
32/75

家探し

 家の場所が異なる。それは困ったことだった。もしも家を見つけることが出来なかったならば、野宿を考えなければならないかもしれない。それだけは勘弁してほしい。それが本音だった。

 重い脚を引き摺りながら進む。泥の中を歩くようなそんな不快な心地に纏わりつかれて。あまりにも重たい足取りは疲れ故のものだろうか。誰にも頼るつもりの無かった勇人だったものの流石に耐えかねてその名を呼んだ。

「おい〈神〉よこっち来いよ。どうせ全部見てるんだろ。大層な名をかたって痛々しい奴め」

 愚痴や嘆きにも似た言葉はきっとすぐさま神を名乗る幼子の耳に入ったものだろう。どこから現れたのだろう。どこに身を隠していたのだろう。いつのまにやらその場に現れた〈神〉はそのあどけない顔を覗かせ訊ねる。

「何かお困りかな」

 とぼけた様子は勇人に怒りを与えることしか出来なかった。一色の感情に染め上げられた頭では乱暴な言葉しか出て来なかった。

「疲れた眠い、ただ俺の家がねえんだ。場所が違うんだ、早く教えろよこのガキ」

「破滅した世界から連れ出してあげたのにその口調、とっても残念だね」

 そう、まさにその通り、本来そこで終わるはずの世界から連れ出してくれた。本来紡ぐことの出来ないはずの続きを与えてくれた恩人であることは間違いなかった。

「すまねえ、ただ野宿だと俺死ぬぞ。金もないからどこに泊まるとかそんな話も出来ないしな」

 折角続きを見せてもらったところですぐに途切れてしまうのはあまりにも意味の無い結末だと鋭い瞳で語っていた。

 その感情の揺らぎを〈神〉が見ていないはずがなかった。

「そうだね、私が見てきた並行世界の話だけど、何処でも家はさっきの場所で合ってた。ここは何かが違うんだよね」

 いかに神の如き力を得たところでそれは全知全能からは程遠い。〈神〉は言葉をひねり出してみた。

「例えば、すずかちゃんを探して聞き出すか、此処の勇人をとっちめてみればいいと思うよ。多分何かわかると思うから」

「鈴鹿、あの馬鹿か」

 別世界とは言えどもこれまで日常時では散々鈴鹿の文字を書き換えて馬鹿と呼んできたのろまに頼ることは癪に感じられたものの、今はそう言っていられる場合ではなかった。

 勇人は過去からの責め立てに頭を突かれながら鈴鹿が通う小学校へと向かったものの、勇人は気が付いていなかった。『鈴香』はそこには居ないのだということ、通っている学校すら異なるのだということ。〈神〉はその可能性を既に目にしていた。

「もしかしたら学校も違うかも知れない。そしたらヒントも何もないわけだけど」

 それは恐ろしい。深い霧の中に隠れてしまっているように思えてくる。

「じゃあどうしろって言うんだ」

 〈神〉は微笑んで答えを下した。

「すずかちゃんの通う学校が分からないのなら、次は勇人の学校を探してみればいいと思うよ」

 それはそう、正しさに溢れていた。しかしながらそれも正しいとは限らない。此処の勇人は違った学校に通っているのかも知れない。その可能性を危惧しつつも〈神〉とともに学校へと向かって行った。その途中の道、運命の分かれ道を選び進んでいるような錯覚んび包まれながら勇人は湧いてきた疑問をぶつけて会話を始めた。

「そう言えばお前は人々を並行世界に運んで何がしたいんだ」

「覚えてない」

 〈神〉の答えはあまりにも単純で不完全な存在だと訴えていた。全知全能からはあまりにもかけ離れたモノ。それとも存在が人から離れることで人として生きた記憶さえ薄れてしまうのだろうか。

「そっか、ガキの頭じゃあやってることもその重要性も理解できないか」

 〈神〉は勇人の背に乗っかって耳元で笑い混じりの言葉を吐き付ける。

「ガキだなんて笑わせてくれるよ。私、この姿になる前は大人だったみたいだ。ほとんど覚えてないけど」

「忘れてんじゃねえか、あとうるせえ」

「あと私女の子だからそこのとこ理解して言葉選んでね」

 勇人にとって男だろうと女だろうと関係なかった。子どもは子ども。特に妹のことが嫌いだった勇人にとっては子どもという存在そのものに多少の抵抗感が生まれてきてしまう。

――いつから苦手になったんだったか

 思い出す間もなくたどり着いた学校。その校門をくぐろうと行った時、〈神〉は一度大きく指を鳴らしてみせた。はじける音は空気をも裂いて広がる。それと共に勇人に説明を始めた。

「今の私たちは存在が在るのと無いの、そのふたつの間にいるんだよ。誰かに見つかって本人に見つかったり他の魔法使いに目をつけられたら堪ったものじゃないからね」

「……ありがとう」

 幼い女の子を背負ったまま開かれたガラスのドアを、大きな建物の入り口を通り抜けて勇人は靴箱を確認し始める。まずは自分のクラスを。元の世界の自身の靴箱の位置はつい昨日のことのように思い出すことが出来た。記憶を手に取り眺めて目の前に映る景色が一致していることを確認して。

 勇人は教室へと向かって駆け出した。

「いいね、ゴーゴー。もし倒せたら私が覚えてる限り元の姿に近付けて戻って結婚してあげるね、イケメンさん」

 勇人は呆れ混じりにため息をついて幼子の頬をつつく。

「どこまで変わっても結局顔で見てんだな」

「世界の神話見比べてみなよ。みんな今どきの下手な人間なんかよりよっぽど人間味があるよ」

 そうしてようやくたどり着いた。それでもまだ自宅のヒント、並行世界の自分を知った段階でしかないのだと悟りながらも大きく口を開けている教室の窓から様子を覗き込み始めた。

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