最強厨二病コンビ
朝は確実な速度で訪れた。太陽が空の端から顔を覗かせておはようと語りかけてくるようで愛おしく思えてくる。あの暑苦しい程の熱を注いで訴えかけていた夏の太陽は今年の内は現れそうもなくてどこか寂しく思いつつもあの暑さは勘弁だという気持ちの方が強かった。
勇人は腕を伸ばして欠伸を噛み殺し、目の端に蓄えられた微かな涙を掬い上げて制服に着替え始めた。
「おはよ、勇人……今日も、可愛い……ね」
ゆっくりと歯切れ悪く途切れ途切れに不器用に話す高くて優しい声は明らかに妹の鈴香のものだった。恐らく起きてからの行動は全てその目に収められていたことだろう。
「鈴香、全部見てたな」
特に何も口に出すことなく、口元を緩めて優しく微笑んでいるだけ。それが答えなのだと見てよさそうだった。
「まあいいや、別に覗かれても困るわけでもないし」
やましいことなどなにひとつない、そのはずだった。
鈴香は柔らかな目から温かな感情を注いで話を続けた。
「勇人って……いつまでも、声…………子ども、みたい」
「言うな、ちょっと気にしてるんだ」
鈴香はいつでも勇人のことを下の名で呼び捨てにするように育てていた。自身に兄として誇れるものがないからだろうか、情けない人物だからだろうか、お兄ちゃん、そう呼ばれるだけで湧いて来る気持ちはどんよりとしていて重たくてしかも棘だらけの辛い感情まで連れて来るといった有り様。
朝ごはんを済ませて鞄を手にしてドアを開く。青空は何処までも澄み切った爽やかな気持ちを風に乗せて運んでくれていて、ただ歩いているだけで気持ちのいいものだった。地面を踏み締める感覚が、地に着いた脚が跳ね返されるような感覚が靴越しに伝わって来て愛おしくて、いつまでも味わっていたかった。
全身で様々な感覚を味わい続けるようになったのはいつだろう、小さな頃から既に好きではあったものの、今ほど異様に好んではいなかった。ここ最近何かが抜け落ち始めているような、自身が伸び上がっているような、そんな感覚に襲われることがあった。
そう、戦いが始まってから、それからのことだった。
日常の中のほんの少しの時が非日常に塗り替えられて、更に些細な日々が愛おしくなって行って、それでもいつの日かこの手を離れて行ってしまうような気がしていた。手を伸ばしても届かないそれはどれ程虚しいだろうか。初めての恋が叶わずに枯れ果てた時の想いにも似た感情が既に心の澄で叫びを上げ始めていた。
歩いていた、映る景色のひとつひとつに想いの色を乗せながら心行くまでに。そんな勇人の肩に首に、突然何かが巻き付けられるような感触を覚えた。
「よお勇人、今日も脅威に立ち向かってっか」
声を掛けて来た人物は背の高い男、切れ長の瞳は全てを射貫くように捉えるように強くある、そう思わせる説得力が根拠もなく佇んでいた。
「よっ、怜。ええと、今日はオールバックかな」
程よく伸ばされた髪は日によってその姿を変える。勇人ほど癖の強い髪では容易に真似など出来ない芸当だった。
怜は目を細めてニヤリと笑いながら言葉を選び話を続ける。
「んで、どうだ。昨日も最強の俺の最強の相棒さんは何かぶちのめしたか」
怜の訊ねはきっと冗談のひとつに過ぎないだろう。勇人は妖しい笑みを浮かべながら真実を乗せて混ぜながら答えてみせる。
「ああ、もちろん。この世ならざる奇妙なバケモノを消し去ってやった」
顔も声もきっとこうした言葉に似合っていないものだろう。それでも構わない、それでもこの会話は続けられた。
「そいつはよかった。俺なんかよ、魔法使いの野郎ぶっ潰してやったぜ。二メートルもあったかどうか、そいつが女を襲おうとしてたから風で吹き飛ばしてやったんだ、そしたらよお」
「そしたら、続きがあるのか」
ガールを救う話に続きがある、心の中にそっと仕舞っておくことに決めた。怜は目を更に鋭く細めて続けて語り始めた。
「あのクソったれた女、俺に日本刀なんざ向けてきやがったんだ、私でも倒せる相手だった、余計なことしないで。だってさ。強がってやんの」
きっとこれは作り話、周囲からの痛々しい目が注がれて苦しさや気まずさが放り込まれるものの、何処か憎むことが出来ないでいた。
「またなにかおっきな声で話してるよあの最強厨二病コンビ」
最強厨二病コンビ、この関係にその名を付けられたのは一体いつのことだろう。気が付けばそう呼ばれていた。
そもそもこの関係の幕開けは怜から持ち掛けられたものだった。どこか同じ雰囲気がする、お前も魔法のセカイの者だろ。そういった言葉を向けられて始まった関係。
初めは遊びの一環、互いに分かり合っている冗談なのだと思い込んでいたものの、勇人はつい二か月前に彼を置き去りにして正真正銘の魔法を手にしていた。それも男が魔女のチカラを手に入れているという事実、それから何もかもがズレて行っているように思えて仕方がなかった。
今の勇人にとってはこうした時間のひとつが心の支えにすらなっていた。
孤独を否定する貴重な時間、ただただ楽しい友人との会話がかけがえのないものと変わり果てていた。