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〈分散〉の雷  作者: 焼魚圭
霜夜に輝く銀閃
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闇と心

 菜穂はその手を振り上げた。日本刀はデタラメに振るわれて、斬撃は予想だにもしない方向から飛んで来る。勇人は私服の端を裂かれて思う。

――支離滅裂な刀だな

 そう、まさに支離滅裂という言葉を当てはめるに相応しい、そんな攻撃。その一撃はどこから飛んで来るものか、何処へと向かって行くものか、全くもって予想もつかない。夜空の下、霜夜の中に輝く銀閃はあまりにも恐ろしくあまりにも美しい。


 それは菜穂の心から生まれた攻撃だとは微塵にも思わせないひとつの芸術だった。


 菜穂が再び刀を振ろうと、上げた手を振り下ろそう、行動に移そう、霜夜にこの銀閃を映し込もう、そうしようとした時のこと。

 勇人は右手を後ろへと引いて雷を周囲から集めた。その輝きは、この上なく輝かしくてこの上ない暗黒のよう。

 勇人はなにも口にする余裕すら得られずにただその手を突き出した。空間をも噛み裂きながら染み込みの如く突き進み、菜穂の刀の出迎えもあって無事にたどり着いた。そこから見慣れた光景が訪れる。そのはずだった。しかしながら菜穂の刀は闇を裂き、内側へと入り込んだ〈分散〉の雷をも切り裂いてみせた。

「残念。あなたが使った魔法を指定して斬ればそんなもの無効の彼方へ飛んでしまいますもの」

 向こうの無効を無理やり叩き起こしてつかみ引き寄せる。もはや運命に対する反逆と言っても差し支えの無い能力だった。

 それから菜穂は更に勇人を切り裂こうと刀を振ってみせた。どこから飛んで来るものか予想もつかせない攻撃を躱すことなど出来るはずもなく、身体と斬撃はその存在を交わしてしまった。

 叫び声のひとつも湧いてこない。痛みは熱を錯覚させる。痛覚がほぼ失せた勇人の芯から現れた痛み。それはわき腹に噛み付くようにしつこく纏わりついては警告を発し続けていた。

――マズい

 痛みとは己の全身へと発せられる警告。進化によって薄れた痛みは傷つきにくくなっているということ、痛みの必要性がその手から遠ざかったということに他ならない。それが今、現れている。勇人はわき腹を押さえながら菜穂の攻撃によって暴れ狂う熱い感情を抑え込む。

 今必要なものは冷や水のような、霜夜の空気感のような心だった。

「勇人とか言った人、どうして私の怜とあんなに軽々しく接することが出来るのでしょう、どうして私の許しもなく怜に近付くものでしょう」

 女は心の底から黒々としていた。病んでいるのだろうか、支配欲が強いのだろうか。異常なまでの執着の理由を勇人に推し量ることなど出来ない。

 鈴香の笑顔を思い出す。形なき想いだったものの、暖かみはとても綺麗にその目に映されていた。

 怜の顔を思い出していた。例え大きく表情を変えなくても貌は心の端を滲ませて感情を訴えていた。

 ふたりの思いやりは本物の愛情友情の証で菜穂の想いはただ自分の気持ちを一直線にぶつけているだけ、愛の交差が見えなくて自分勝手な恋の衝動。己の恋心の都合しか考えられていなくて好きな怜の気持ちなど微塵にも考えられていなかった。

「どうしてだよ、どうして好きな人の気持ちのひとつも考えてあげられないんだよ」

 勇人には理解が出来なかった。

 勇人は理解を捨て去った。

 後ろへと手を引いて、菜穂に向けて雷を放って。それは再び菜穂の能力によって斬られてしまいそうになった、その時だった。

「勇人」

 菜穂は愛しの声の呼ぶ名を通して気が付いてしまった。きっと、失恋してしまったのだと。好きな人の声に刀の動きは一瞬鈍り、その隙を突いて雷は菜穂の身体に噛み付いて。

 菜穂の闇は内側から全て世界の中へと、菜穂の心を離れてセカイの有象無象の現象のひとつとして、〈分散〉された。

「勇人、アイツやっぱりやってやがったな」

 今この場で行なわれている戦いは怜の想像の範囲内でしかなかったのか。チーム分けの時の表情を思い出して勇人は理解した。菜穂は失恋したも同然、怜は菜穂の一方通行な想いなど手に取るように理解していたものだった。

「とりあえず、現状を教えてくれよ」

 一真の言葉に対して勇人は語る。身勝手な女の愚かな行ないに対する憎しみを声に滲ませながら、闇の如き狂気を陰のような脅威を失った女のことを未だに許していないという意志を声の中に、触れればわかる固さを持たせながら。

「あの女が立ちはだかってきたから心の闇を〈分散〉した、もう襲っては来ないよね、多分」

 怜も一真も安心をその手につかんで死者を生き返らせる計画を、その首謀者の教師を止めたことを話していた。名前の無い在籍者、彼のみが未だに菜穂に目を向けていた。

「どうしたんだよ」

 勇人の問いは名前すらない男にしっかりと突き刺さっていた。男は菜穂を鋭い視線で睨み射貫いていた。遠く感じられるそこにて星の輝きを受ける彼女の手は小刻みに震え、その瞳からは輝く闇さえ失われてしまっていた。

「まだ、終わっていないようだ」

 名もなき声が闇に波紋を創り上げて空気に澄み渡って辺りに震えを与えていた。耳にしたすべての人が驚きに満ち溢れて目を向けたそこに新たなる展開、誰もが望まない事が待ち受けていた。

 菜穂が表情ひとつ変えないまま刀を夜闇の空に向けて掲げていた。星の微かなきらめきを受けて刀は無機質な殺意を秘めた仄かな輝きを放っていた。

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