一真
暗い廊下は何も見通すことを許してなどくれない。きっと星や月は眠れと言いつけているのだろう。静かな夜の空に浮かんでただただ見守っているだけで。
怜はある教室に鍵を差し込み捻って見せた。
「ここは」
「家庭科室だ、こっから地下に潜入する」
一真の問いにも丁寧に答える様を見届けてついつい頬を緩めてしまう。
「そっか、ただ忍び込んで何するつもりだ」
それに対しては無言という回答を突き返されて会話はそこで途切れた。家庭科室、そこに一体何が待っているのだというのだろう。
怜は床に手を触れて、何やら探っているようだった。
「何さがしてるんだ」
「床下収納から忍び込む」
言葉のさ中に見つけたものを言葉の端にて即持ち上げる。
開かれた収納、そこには扉が収納されていた、否、地下への扉が取り付けられていた。
「コイツの鍵開けて引けば入れるぜ」
家庭科室の鍵を用いて開いて見せて、中へと促して。男ふたりで忍び込んだ先は思いのほか明るくて一真は目を袖で覆ってしまう。
「下になにがいんだろな、楽しみだぜ」
怜は一体何を楽しみにしているのだというのだろうか、一真にはなにひとつ想像も付かせない。学校のうわさ話とだけ聞かされていたものの、うわさで語られることなどすでに通り過ぎているように見えた。まさか地下室などという現実離れしたものまで語られることもないだろう、ただそうした推測のみ。
開かれたドアの向こう、階段はどこまで続いているのだろう。地獄にまで続いているように思えて恐ろしさを感じさせる。
「どうしたんだ中学生の大好きな世界観だろ」
「いや、これ地獄に続いてるのかって恐くなるぞ」
一真の乾いた言葉を聞いて怜は一度軽い笑いを声にして言葉を返してみせた。
「地獄、いいな、ああそうだぜ。ここから先は地獄だぜ、戦場という名の地獄、生き地獄ってやつだ」
返された言葉に対して特に答えることもなく進み続ける。一真の顔立ちは整ってはいたもののどこか頼りなさを漂わせていて、惜しい顔をしていた。
「一真、ここで生き残れたら魔法に触れたらとかじゃなくて早く娘に告ったがいいぞ、可愛いかどうかわかんねえけど、何となくお前の敗北が目に見えてるんだ」
どういうことだろう、想像も付かせない。しかし一真は目の前の悪魔の誘惑よりも親の言いつけを守る人物だった。実際に少女に恋人が、それも彼女が出来てしまうということなど想像も付いていなかった。
「はあ、別にそんなに急ぐことも……っと」
一真が目にした光景は地獄絵図なのだろうか。辛うじて人の形を保ったバケモノが大量にうろついている姿が目に入った。
「なんだよあれ、多すぎだろ」
そう語り、いつまでも階段でやり過ごそうとする一真の尻を蹴押して無理やり戦場のステージへと引き上げた。
「いてて何すんだ」
情けない声を上げながらもゆっくりと立ち上がろうとする一真、異形はその隙を見逃す程度の存在などではなかった。
一斉に一真へと飛びつこうと勢いをつけて走り始めた。
「片目でも見えますよってか」
一真がビニール傘を杖代わりに地に着いて立ちあがったその時、人の形をいまいち成していないモノたちは遂に地から足を浮かせ、勢いよく一真の方へと向かって行った。それは確実に近づき、物理法則に従って近づき、勢い任せに近寄り。
――終わった
一真が諦めかけて傘を構えることすらやめてしまったその時、異形の全ては方向性勢い何もかもを無視してそのまま後ろへと吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
「はっ、諦めるなよ、俺が仲間を助けもしねえカスなんざと同じわけねえんだからよお」
怜の放つひと言があまりにも心強くてこの上なくありがたかった。
風が異形を壁へ、傘を異形居る壁へ、それぞれの持つ攻撃の術が相手に殺意を差し込んで行った。
「俺らの目的は殲滅だ。敵が全滅するまで戦いは終わらない」
風は相手を激しく引き裂いて、それはまさに今の怜の感情の形を成しているようだった。
「ははっ、いいな。このままだと永遠に闘えちまうぜ」
怜の言葉は本気なのか冗談なのか計りも付かなかったものの、実際このままでは永遠に戦いの終わりを視ることが叶いそうもなかった。疲れ果ててそこらの異形にも敵わなくなるのが先だろうと見極めをつけていた。人は永遠の戦いという環境には適わない。それが事実なのだから。
「ぶち駆け抜けるぞ、大量抹殺と元凶への到達、見せてやるよ」
元凶に与えてみせる影響は如何なるものか、いかにもなことを言ってみせたもののそもそも自然発生だとしたら、一真が巡らせる思いは気が付けば怜の声によってかき消されていた。
「こいつらぜってえ人工生物だ、じゃねえとこんなに人口増やせねえだろ、メシも居場所も殆どねえんだしよ」
怜は両手に風を纏わせて周囲の脅威の異形を排除しながら進み続ける。腕を振るい、風を放ち、敵を塵の如く散り散りにして見せて進み続ける。
「見ろよ、ここ」
相手を傘で切り裂き魔力を研ぎ澄ませながら進み続ける一真の動きを引き留めたのは、怜の静止だった。
「見て見ろ、これがあの気持ちわりい生き物生んでる機械だ」
怜が促す方へと視線を流されて。そこにあった液体に充たされた水槽の収まった機械の存在に、一真はただただ驚くばかりだった。




