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〈分散〉の雷  作者: 焼魚圭
霜夜に輝く銀閃
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 昼休みのこと、怜は勇人を引き連れ一階を進んでいた。廊下を渡って変わり映えのしない二階以降との違いを見せつけられてその先に現れた美術科へ続く連絡通路。その姿を目にしてこそ怜は思う。

――クソったれた校舎だな

 亀裂、破片、ひび割れ、呼び方は人それぞれだったもののこういった物があちらこちらと探せば幾つも出てきてしまう。そんな校舎の崩れ具合いに怜はため息をついていた。

「ボロッボロだなあ。その内どこかからぶっ壊れるんじゃねえか」

 想いはついつい口から飛び出してしまって勇人へとしっかりと伝わって行った。彼はどのような顔でこの言葉たちを受け入れるつもりなのだろう。全くもって予想もつかせなかった。

「確かに学校側も直せないのかな」

 此処は私立高校、そうある以上は生徒や教師の報告から校長や理事長といった人々の許可を通してからの修繕工事となるのだろう、しかしそれにしても動く気配のひとつも感じさせないのは一体なに故であろうか。

「まあいい、それより俺が知ってるのはこっちだ」

 更に連れ回して続く場所、廊下の中で怜が壁を叩いて音の違いを確認させる。中身が詰まったような鈍い音が響いている中で所々に人が三人程通ることの出来そうな薄い板の音が挟まっていて明らかに空洞があるぞと知らせていた。

「薄い壁が悲鳴上げてんな、叩くななんて語り散らしてるみてえじゃねえか」

 それからどうするつもりなのだろう。勇人の背筋を妙な手触りで撫でて這い回る予感とは裏腹に怜自身は何もしない、ただそれだけだった。

「決戦は夜だ、たまに襲って来る中学のガキも連れて来るからそれでいいな」

「中学生に襲われるって、年下に何やったんだ」

 しかしその情報ひとつたりとも吐いてはくれなくて、諦めを手にした勇人は自身について思うことを這わせて影のある表情を浮かべていた。先ほどのような背筋への気持ち悪い感触、こうしたもののひとつさえ受け取ることが許されない存在になってしまった。これから触れるもの味わうはずだったもの、花や空気の香り。そうしたものが何ひとつ受け止められなくなってしまったのだから。怜が頑張って勇人の感覚を取り戻すと言ってはいたものの、可能なことなのかそれすら分からない。

――もしかしたら、これから何も聞こえなくなって何も見えなくなって

 生物として必要なもの、進化というモノであるのならば全ての感覚が失われたとしてもきっとそれらに代わる感覚で補われることだろう。痛みと香りと味は毒も身体への攻撃も効きにくくなるならば失われたままかも知れない。しかし他は新たな器官が生まれて代用されるのではないだろうか。より感性から遠い方へ、危機も狩りも必要がなくなる、もしくは相手を選ばなくなってもいいのならば欲望だけで感情も薄れるのかも知れない。そこに残されるのは無感動で無機質な察知のみ。

 背筋に寒気が走った。気温さえ分からなくなっても心はその変化を欲しがって求めて手を伸ばして足掻くもの。

――嗚呼、これからが息苦しい

 嘆くしかなくて嘆きも出て来なくて。ただそこで燻る想いに風を与えて抑え込むだけ。想いは昏い霞となってどこまでも自身の世界の味気を奪い去ってしまうだけ。

 もはやこの世に期待できることなど鈴香と怜の無事だけだった。

「じゃ、今夜にも決着を」

 そう言葉にしてふたり教室へと戻るのみ。それ以上のことなどありはしなかった昼休みの探索だった。

 やがて授業は執り行われて生徒たちの様子がいつも通りなことに胸を撫で下ろす。日常の全てが侵されてはもはや休まる場所もない。お天道様は日差しを注ぎながら見ている。きっとこれからの勇人と怜の行ないも見ているだろう。菜穂も加わって今回ばかりは味方してくれるのではないだろうかと淡い期待を、少しずつ自信を薄めて掠れ行く期待の色を果てが見え始めているこの気持ちで、儚く削れて溶けていく気持ちで眺め続けていた。

 やがて授業はひとつ終わって今日も残すところあと一度。寄り合う生徒たちは言葉を交わし合い、今日もまた呑気にうわさ話を繰り広げていた。

「知ってるかな。この世には面白い儀式があるんだってさ」

 隣の男子生徒が興味を示して顔を寄せて来るのと同時に口を横に開いて妖しい笑みを魅せ付けながら、口元に人差し指を当てて続きを紡ぎ伸ばし繋げ行く。

「この儀式は自前のカメラと油粘土の板、美術科の保管室にある過去のコンクールの優秀作品の三つを使って行なうんだ」

「ほうほう」

「まずは優秀作品の小さなアカシアを机に置いて」

「おうおう」

「そこから遠ざかってアカシアの木を見上げるような形で座り」

「ほほう」

「粘土の板に願いを書き綴ります」

「ほほほう」

「で、胸に粘土を当てて心に願いを染み込ませて三度唱える」

「おおうっ」

「最後にアカシアに念を送りながらカメラを構えてパシャリ、そうすれば叶う願いはしっかりとかなえられるのだという」

「おおっおおっ」

 勇人はそのうわさに嘘の香りを感じていた。

 叶う願いならば儀式は要らない、叶わない願いならば儀式をしても無駄、全ては願掛けでしかなくて学校に忍び込んでまで行なうことではないというのが結論だった。

 勇人はうわさ話の澱んだ空気に疲れていた。いったん外の空気を吸うべく教室の外へと飛び出す。その先の廊下を金髪の男が歩いていた。近付いて、すれ違いざまに言葉をこぼして。


  あのうわさだが、貴様自身が実行した並行世界もあるのだよ


 言葉の意味を噛み砕くと共に目を見開いて振り返るものの、その先には男の姿などありはしなかった。

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