学内に
でーでぽっぽぽー でーでぽっぽぽー
朝の訪れはキジバトの優しい鳴き声によって実感をもたらされた。
大きな伸びをしながらこれまでのうわさ話の中でも未だに未解決な物を並べて行った。
怜の言葉が蘇ってきた。明るい表情、戦意は強風となって彼の内に満ちて今にも溢れてしまいそうで、戦いが好きなのだろうかと問いかけたくなってしまうもので。
――知ってるか、学校で噂になってんだ。肝試しっつったか、アレ目的でがっこに忍び込んだヤツがいたらしくてよ。そこで目にしたらしいぜ、蠢く謎の群衆をな
蠢く群衆とは何者だろうか。肝試しを行なう人物と訊ねられれば不真面目な生徒だろうかと言葉を返すところだったものの、実際には分からない。昨夜の幽霊船のことを考えてみてもあの学校においては男子生徒の大部分が疑わしい。誰の証言だったとしても信じられないながらに信じる他ないといった状況で。
祖父の顔を思い出した。他者の魔力を糧に魔法を扱う【魔女】と呼ばれし存在、将来鈴香を狙って動く脅威になり得るのだというモノ。
勇人は魔法使いという存在にふたりほど出会っているものの、魔女と呼ぶほどの風格は感じられない上に魔法は自身の魔力を練って扱っているのだそう。
〈分散〉の使い方、肩のあたりまで手を引くという弓矢を思わせる仕草と共に周囲から集う雷。どちらかというと勇人自身が魔女といっても差し支えがなかった。実在を出来ない他の魔女たち、その実体を目にしてみたいと思っていた。
いるのかいないのかそれすら分からない、それではこの世の中人々の口より湧いて出るうわさ話の亡霊たちと何も変わりがなかった。
続いて金髪と灰色の瞳の男が脳裏を過ぎった。通りすがりに身をひるがえして怪しげな笑みを口元に浮かべている姿が思い浮かんでいた。
――回想でもこの態度……イラつくなあいつ
怜の言葉によれば『名前の無い在籍者』美術科に所属している三年生。勇人たちが一年生だった頃には同級生だったのだそうで一体この国はいつから飛び級制度を設けたのだろうか。過去のニュースや普通科での話題を思い返し記憶という名の書籍を脳裏でせっせと捲ってはみるものの、何処にもそういった記述や話題、音も香りも残されてはいなかった。
そう、もはや存在そのものに対して目を疑い口を開いてしまいたくなるほどの実体を持ったうわさ話でしかなかった。
そうしたこれまでの学園生活の流れを思い返し、大きなため息をついた。
「なんだよ、殆ど学内に問題が潜んでる」
うわさ話以外のことに関しても菜穂の問題があげられた。怜のことは大好きでありながら勇人のことが大嫌い、怜の友だちだったところでいなくなればといった冷たい目で斬り捨てようとする人物。どう考えても善人だとは思えなかった。何よりあの女の闇は刀に集うものだけではない、そんな予感が冬の風に、木陰にチラついて離れなかった。
「勇人、はろー」
歩いている勇人の姿を捉えて声を掛ける人物といえばふたりしか知らない。おまけに軽い言葉をかけて来る人物といえばもう勝手に結論の木橋がかけられてしまう程に、霞ひとつない明確さと澄んだ答えが待ち構えていた。
「やっほー、怜、今日も待っててくれたんだな」
当然、そう返された言葉はあまりに平常の出来事として味わい過ぎて今そこで吹いて巻く乾いた木枯らしと変わりがなかった。
「それにしても俺たちが解決すべきうわさ話っていくつあるんだろうね」
特に深く考えて示したわけでもない問いではあったものの、それひとつで怜は立ち止まって深く頷きながら唸っていた。
「やっぱ学校の噂の数だけかな、七不思議とかと違って今そこでみんなが生み出してるわけだし」
「さあな、多分あのイカレ金髪倒したら終わると思うぜ、なんとなく」
根拠も無しに伝えられた言葉に対して素直に頷くことなど出来なかった。しかし、彼もまたうわさ話を持っている人物、完全に否定は出来ないのが勇人としては情けなかった。
今日の怜は髪を後ろへと流してカチューシャを着けていた。右端にだけ残された髪の房が冬色の風になびく姿が見ていて心地よくて勇人はつい目を奪われてしまう。
「ふっ、勇人も見習えよ、髪型変えるだけで印象変わるぜ」
「そ、そうなんだね」
困惑を笑みで包み軽い笑いを声にして、薄っぺらな感情を向けて誤魔化していた。
こればかりは人には言えないこと。勇人がその細い指に力を込めてでも無理やり塞いでしまいたいことだった。
中学校に身を置いていた頃の話だった。髪を短く切って登校した時のこと。クラスメイトの女子が急にかわいいと喚きながら寄ってきた。その時の瞳は獲物を捕らえようという意志を感じさせるようなニヤけが、瞳の輝きが見て取れて。
そうした過去に受けた言葉や反応が今にまで絡み付いてきて、伸ばした髪を断つ真似はどうにも出来ないまま過ごしていた。
「そうだな、勇人はめっちゃ短くしたら子どもっぽくてかわいくなりそうなんだけどな」
「子ども好きめ」
風は鬱蒼とした霧をも吹き飛ばし、少し前に忘れ去られたはずの秋の空のような爽やかな笑顔が勇人に色付いていた。




