魔法
大切なものを見失うな、そうすりゃその手から滑る落ちることはねえからな。怜は語った。体温よりもずっと熱い熱気を滾らせて想いを込めてしっかりと語ってみせていた。
「いいか、魔法使いってのは無法地帯みてえなものだ。アイツら平気で一般人いなかったことにするからな」
確かにこの世にいたはずの人間がある日を境に煙のように消えてしまう、そういったことも平気で起こしうる人物たちなのだそうだ。
「自分からいますよなんて言うアホ魔導士も力を魅せ付けたいだけのバカ魔導士もそうそういねえから現場さえ目撃しなけりゃ大丈夫だろうけどな」
説明は手短に、会話は長めに、そう考えているのだろうか。怜は生き生きとした表情で勇人の肩に腕を回して頬をつついた。
「良いじゃねえかあの能力。〈分散〉つったか、便利じゃねえか」
乾いた笑いを浮かべ、他所を見渡し木々しか映らないことを確認して言の葉を撒いた。
「怜こそ移動にも便利じゃん、っていうか怜の魔法話も実は実話だったのか」
勇人の頭に後悔が重々しくのしかかっていた。怜が話していたことが事実混じりなことは隣の表情がはっきりと語っていた。
「俺のもってこたあ勇人の話も真と偽りの玉石混交だったんだな」
訊ねるまでもなく分かってるくせに、そう返して微笑んで見せた。やがては互いの立場を教え合うことにした、普通の友だちから同じ世界に足を踏み入れた同胞の友へと姿を変えて語られることにはこれまでとは異なる価値観が蔓延っていた。
「俺は先祖代々魔法使いの日之影家って言われてっからな、はなっから魔法叩き込まれてはい現状ってわけだ」
それは運命と呼ぶに相応しい立場だった。それはまさに勇人と同じ、魔法という名の命無き思想に、姿もなしに糸を引く何者かに身を縛られて宿命と名を刻まれたものに身体を心を魂をも掌握されてしまっていた。
「俺は妹の鈴香が成長期を迎えたら魔力たくさんになるっぽいけど鈴香自身には魔法の才能がないらしいから魔女とかいうやつらに利用されるだろうってことでそのお守りと始まりまで訓練かな」
そうして互いの身の上は夜闇の中、誰に聞かれるとも分からないような場所で行われたのだった。
怜は辺りを見回し、勇人一直線の目を向ける。あまりにも純粋で真剣以外の言葉が似合わない色の視線に思わず目を見開きつつも、怜の忠告を耳に入れずにはいられなかった。
「いいか、何度でも言うが、どれだけでも言ってみせるが、名前の無い在籍者にだけは気を付けろ。こっちに足踏み入れたならわかるだろ」
実に分かりやすいほどに独特な雰囲気。金髪と灰色の瞳という人間の色によって誤魔化されたこの世の者ならざる何かとしか呼びようのないあの存在。名前すらない美術科の先輩。まさに向こうから私は普通ではありませんと言っているようなもので当然あの男に対して少したりとも気を許すつもりなどなかった。
初対面の視線を思い出すだけでも背筋が震えて嫌な汗が噴き出てしまうほどのものだった。
中庭の亀裂に立っていた時のあの雰囲気。人の気持ちを分かっていながら解っていないような、人に対して理解も不可解も判らせないあの表情。
全ての関りを受け持つ言葉、それを発する声。どのような声をしているのか覚えていない、それだけでなく間違いなく言葉によるやり取りをしたと理解しているはずが会話をしたのかと自他問わず訊ねられるとそんな実感が湧いてこない。
まるで全ての言葉がうわさ話によってやんわりと流れて来てしっかりと覚えているような感覚。
「ああ、うわさ話、そうだよ怜、あの男には近づかない方がいいね、会話したはずのことも全部がうわさ話のように思えるんだ、俺がその男とこう話した、じゃなくて俺がその男とどうやらこういった話をしてたらしい、みたいな噂に変わってるんだ」
怜はそこまで聞いて頷くのみ。
そこから流れる沈黙は、気温や沈み込んだように吹き込む風たちも相まってとても寒く感じられた。




