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〈分散〉の雷  作者: 焼魚圭
霜夜に輝く銀閃
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幽霊船

 それは今でもみんな夢だと思っていることだろうか、それとも冬の寒さにも負けない熱気で盛り上がっているだろうか。


 その叫びは言葉になっておらず寝言とも歓声ともつかないものだった。


 確かにこの星の泡漂い雲の霧に覆われた冬の空の海に、黒々とした色無き航路を進む船はいた。

 そうしたことを噂に乗せて広めていきたい。心はそうはしゃいで訴えるものの、この出来事はこの星空の中に仕舞って知っている人だけが遠くから眺めていればいいだけのものだった。

 冬空の下、クラスメイトの男子数人で見つけたうわさ話の真相はこれ以上広めてはならなかった。

「大丈夫、秘密こそが美味しい密になることだってあるのさ」

 そこに混ざっていたのは名前の無い在籍者。

「なんだ、お前もいたのかよ、美術科の上級生が」

 思わず毒づく怜だったものの、その表情は空から降り注ぐ星の輝きのように澄んでいて、本音を隠すことになど到底届きやしなかった。

 勇人は闇に浮かぶ船、というよりは木を組み合わせて造られた舟を思わせるシルエットを見かけてその形を、その闇のカタチを見通して睨みつけていた。

――遠すぎて……〈分散〉出来ない

 遥か彼方空の中、それぞれに生きてきたあかしを空に焼き付ける星々と同じように浮かぶ舟にまで届くはずもなかった。

 男子生徒のひとりだろう、ある人物が如何にも倍ほどの人生を歩んでいそうな渋みに充ちた声を弾ませて勇人の見た目をも超越する幼い雰囲気を出して見せた。

「よっしゃー、俺の言った通り、この本に書かれた通りだ」

 彼が掲げていたのは恐らく雑誌だろうか。よく見かける漫画雑誌と比べて随分と薄く、くたびれた中年男性が手に取るニュース雑誌を思わせる。

「勇人、アイツさ俺らよりはるかに厨二病だぜ、オカルト雑誌読んでやがる」

 怜によって与えられた情報、闇より現れた理解が勇人の首を一度縦に振らせた。きっと単純に魔法だとうわさ話だと語る人物コンビと比べれば広く深く濃く、まさにこの言葉を捧げるのが相応しいだろう。大いなる厨二病患者。

 それは中々の人数が通って行く道で、否定して断つにはあまりにも普遍的すぎる異常性だった。

 そもそもこの背が高いとは言い難いものの夜道の中素人が登るのは危険な山、そこで空飛ぶ幽霊船を見ようと輝かしい目の日差しを浴びせながら訴えたのはあの人物。うわさ話という形で語っていたものの、オカルト雑誌の影響だったようだ。

「もしかすっとオカルト雑誌って出処なだけのうわさ話とみられたかもな」

 怜の低くて冷たい声が冷えた夜の澄んだ空気に混ざって心地が良かった。

 人々の熱狂は次第に大きくなっていく。人々の熱は冷気に晒されても冷めることなく一体となって、空に浮かび波ひとつないそこをゆったりと進む舟に向けられていた。

「どうやってやっつけよっかな」

 闇の中に潜みひっそりと呟く勇人の細い声など誰にも届くことなくただひとりの悩みを個人の中に留めるだけ。

 星は降り注ぐように尾を引きながら揺れる。

 雲は途切れ途切れに闇空を優雅に舞う。月という大きなライトを中心にみな楽しく踊っているよう。周囲の熱狂のひとつひとつさえも闇に飲まれた視界の中のひとつの飾りに思えていた。

 立ち尽くす勇人は寒さに肩を震わせて肩に走った振動に身を震わせた。

 肩を掴む手はしっかりと勇人のことを捕らえて離さない。力は更に込められて引き寄せられて、足に力を込めるもののその抵抗は空しい結果と地面に微かな痕跡しか残すことが出来なかった。

 何も見えない、誰が、ナニモノが引っ張っているのかもわからない。そんな状況に心は彷徨って心細さは声すら上げることを許さない。

「おい、勇人あれの舟俺らで撃ち落とそうぜ」

 提案の声の主は勇人にとってはとても身近な人物で恐怖感は数字を数える間もなく収まり引きこもり始めた。

「なんだ、怜だったのかよ、おどかして」

「わり、勇人があんまりにも可愛らしかったからな」

 子どものような顔だろう。日頃の様子からかんがみるに怜は子ども好きなのだろう。

「からかうのはそこまでにして」

 述べた言葉、それを奏で上げる声も子どものようで例の表情は更に愉快なものになっていることだろう。

「でもどうやって……俺たちなにも戦う手段なんか」

「とぼけなくていいぜ」

 怜の言葉に合わせて荒い風が木々に悲鳴を上げさせた。葉のざわめきはより一層激しくなり怜の言葉が偽りなどではないのだと示してみせた。

「俺は風の魔法使いだ」

 言葉を運ぶ風はその音色を細かく刻みながらも耳へと届けた。勇人の耳がつかんだ情報は、続きの言葉までもが添えられていて、思わず目を見開いてしまう。

「勇人が魔法使いってことも知ってんだ」

 それからは目にも止まらぬ速さで展開された。

 怜は勇人の手を掴んで宙を舞い始めた。脚を動かし、何かに乗り飛び移り自由自在に動いていた。

「風は俺の魔力で足場に変わっちまうんだ」

 怜が薄いカーテンを想わぜるそれに乗って容赦なく突き進み口を鋭く広げる一方で勇人は引っ張られて空気の圧に、世界の寒気に風の気まぐれに圧されて流されて焦るばかり。危機感は褪せる前に新たに持ち込まれて心を塗り替える。

 怜が歓声を上げている間、勇人は感性にさえ困らされ続けていた。

 きっと今は星を散りばめた美しい夜空を舞っていることだろう。時たま視界に入る木々の遠いこと。それひとつで勇人の恐怖心は幾程でも爆増していった。

 想いの弾けは星となって散り続ける中、怜の強い声はしっかりと身体の芯までつかみ取っていた。

「見ろ、あれが幽霊船だ」

 人々のいたずら心、暇人の時間つぶし、そう言った物が産み落とした新たなる幻影。それこそが幽霊船の正体だった。

「行くぞ」

 怜の手を離れ、支えのひとつも無しに舞う、放られて風に流され重力に身を操られ、実体を持ってしまった幻影の柄をつかみ取り足を乗せる。

 立ち上がり、腕を引き、雷を集める。そうした行ないを一定のテンポで済ませて静かな赤みがかった茶色の瞳で姿を捉え、落ち着いた声でいつもの術式を唱える。

「目の前に固まりし世俗の暇潰しの闇よ、世界に蔓延りし闇の中へ〈分散〉されよ」

 腕は突き出されて雷の渦は弾けながら自在にまばらにひび割れの如き光の線を描く。

 空気を裂いて空に独特な刻印を刻み込みながら突き進みやがて相手に噛み付くように侵食して内側から砕いて行った。

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