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〈分散〉の雷  作者: 焼魚圭
日常の影の陰
14/75

手を伸ばして

 勇人は祖父に対する苛立ちを、水を突沸させてしまう熱量の怒りを底でくねらせながら夜を過ごしていた。

 今の心情が気持ち悪い。

 正直な想いはそうなのだろう。しかしながらそれを向けるべき相手はそこにはいなくてましてやなにもない此処にぶつけたところでただ怒りが空回りするだけに過ぎないことなど分かっていて。

 勇人は想いを巡らせる。自身を家族だとすら思っていない祖父。利用する時だけ都合よく家族という言葉を古びた頭脳の押し入れから取り出して。

 中途半端にそういった言葉だけを覚えているその態度がどこまでも憎い。想いは黒々としていて苦しみの紅に染め上げていて。

――あの野郎

 隣の部屋の鈴香に聞かれてはならない、あの子に対しては家族だんらんを装わなければならない。その想いだけが全ての暗い想いを喉元で引き留めていた。喉を引き裂いたところで出て来るのは悲鳴だけ。苦しみは絶対に晒してなるものか、そういった想いを持ってただ立ち尽くして。

 やがて無理やり迎えた睡眠の世界、そこに映された夢の幻像は勇人が繋いでいたつながりの糸が次から次へと切れて行く夢。

 目の前に立っている少女が見下したような嗤いを含んだ顔をしていて嫌な印象を受けた。その隣では老いた男が無機質な色をした目を向けていて、人生の積み重ねの中で大切なことに未だに気が付いていない姿勢があまりにも見苦しかった。

 更にその隣には若い男がいた。年上のようにも同い年のようにも見える彼は感情のひとつも見通せない表情を見せていた。ここに立っているということはきっと敵なのだろう。

 目の前にいる敵は三人、統率の取れていない揺れと雰囲気でそこにいるだけ。きっと永遠に分かり合うことなど出来ないだろう。

「菜穂とか言ったな、まずはお前だ」

 子どものような声は大して響きもしない叫びとなって相手に向けられた。腕は肩のあたりへと引かれて、闇の中から紫色の稲妻が集まっていた。



  ☆



 眼を開いたそこはなにも変わらない日常の中。人生のページはまたひとつ捲られていた。

――あれ、夢だったんだ

 気が付いたところで夢は夢。幻のひとつであってそれ以上でも以下でもない。

 カーテンの隙間から零れ落ちるように入って来る朝の日差しは優しく透き通っていていつも通りに勇人を出迎えていて、少しだけ安心を得られた。

 カーテンを開いて大きな伸びをして欠伸を噛み殺し、制服に着替えて下へと降りて。

 朝食など簡単に済ませて勇人はドアを開いて外へ飛び出した。秋の涼しさはいつも通りに風によって彩られ、明るい感情を吹き込んでくれる。心は自身の世界はひとつの部屋なのだろうか。澱んだ気持ちなど外へと吹き飛び爽快感が胸を充たす。心の換気は清々しさ全開の寒気の中で行われていた。

 心なしか昔より少しだけ様々な景色や感触から得られる気持ちが浅くなっているように思えて、それでもこうした平凡な景色が味方に思えていた。

 校舎にたどり着くと共に勇人はクラスメイトのひとりとの接触を試みた。失敗する理由など何ひとつなく、彼はすぐさま答えてくれた。

「よお、どうしたんだよ、ってか厨二病コンビじゃなくて片方だけって珍しいな」

 用がある、そう言って話を繋ぎ続けて行った。

「あのうわさ話、校舎の亀裂から手が伸びてるってやつ、流したのは君だろう」

 同級生は目を見開き、顔を逸らして口を塞いでいた。

「大丈夫、俺はただ手に触っただけだよ。その手の思い出が流れ込んで来たんだ」

「どこで聞きつけた。誰が原因だと洩らした」

 同級生は認める素振りの欠片も露わにすることなく、真実にひたすら霧を撒いていた。どこまで隠し通すことが出来ると思っているのだろう。きっと白を切ることで話をも切り真実への道をも切ることが出来ると思い込んでいるのだろう。しかし勇人に誤魔化しなど通用しなかった。

「誰も言ってないよ、俺がただ亀裂から生えて来た手を握って来ただけ」

 嘘偽りない事実はどこまで通るものだろうか。会話術交渉の技術、そうしたものが何ひとつ身に着いていない勇人にはこの突飛な事実に嘘を織り交ぜることが出来なかった。結果として今ここに疑われる厨二病コンビの片割れという状態が生まれていた。

 これ以上はどう足掻いても進むことが出来ないのだろうか、子どもじみた顔と声では非日常の説得力など生み出すことも出来ないのだろうか。無念なことだが今日の放課後再会を諦めてあの手を縛り付けるうわさ話の闇を世界の中に〈分散〉してしまうべきだろうか。諦めかけていた勇人の肩に手が置かれた。

「どうしても信じられない信じてくれない信じてもらえない信じさせることができない。貴様の悩みはどれだろうか」

 勇人の背後から語りかける男の存在を認めて肩を震わせる。

「そこまで驚かなくてもいいじゃないか」

「なんでいるんですか、上級生ですよね、美術科ですよね」

 その男は、『名前の無い在籍者』は、勇人に向けて不自然な笑みを向けた。美術科以前に本人の表情が彫刻を思わせる作り物のよう。

 男の声によってこれまでの話はすべて断ち切られてふたりは無理やり連れだされた。

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