話すな
怜が勇人に話すこと、それはごくごく普通の魔法のある日常。最近どうにも明らかな敵とは遭遇出来ていないのだとのこと。
「ネタ切れかな」
「ネタがこっち回って来るの待っててくれよ」
そう返されては信じたフリのひとつでも見せることが当然のように思えていた。とは言えど、話すことはあるらしい。
「前に言った日本刀と巫女服のふたつ見せびらかした女。時代錯誤もいいとこだよな」
怜が言葉にしたのは過去の掘り起こし。勇人は大きく頷く。こうした話を冗談だと思い込んでいたが為に時代に見合わない恰好も特に考えることなく受け入れていた。
「俺は別段好きってワケでもねえのによお、あんにゃろおもっきし懐いて来るんだよな」
惚気だろうか。厨二病の味付けを変えることを覚えてしまったようだが勇人としては出だしの時点で嫌気の時代に突入していた。全ての想いを破る勢いだった。
「何より先輩って言って来るくせに他全部敬語も丁寧語もなしだ。酷くねえか」
「はは、それは災難だったね」
乾いた笑いと共に湿った想いの友の話を、彼が弾く声を耳に入れずに弾き飛ばしていた。バトルファンタジーのようなもうそうならば幾らでも聞くことが出来たものの、恋愛の妄想、それも特に経験のない男が手探りで行うものなど聞くに堪えなかった。せめて小説と名付けられた髪のフィルターが欲しい、そう思わざるを得なかった。
「後で会わせてやろうか。一応勇人のことは話したしな」
妄想は既にそこまで進んでしまったのか、哀れなことこの上ない。友に対する想いとは思えない程に冷たくて鋭くて味気のない感情を抱いていた。そんな彼の呆れが疲れとなって顔に表れ始めた時のことだった。
廊下の向こうから駆けて来る女子の姿を目にして勇人は驚きのあまり目を見開く。短いスカートはひらひらと舞って瞳に宿る輝きはゆらゆらと揺れる。黒い髪を乱れさせながら走って、勢いよく飛びついて、怜を抱き締めてくるりふわりと可憐な一度の回転が目の前で踊る。
「菜穂来やがったな、さっきお前の噂してたばっかだぜ」
噂をしていた、その言葉を噛み砕いて飲み込むまでの五秒間、更に加えて十秒近く。流れていく沈黙の時間の価値など全く気にすることなく思い切り静寂の香りに浸っていた。
そんな勇人をよそに菜穂が開いた口は怜の噂通りの言葉の照り付けを浴びせていた。
「先輩、なんで私のとこ来てくれなかったの、一緒に愛を胸の中で燃やし合おうって言ってたのに」
「俺には友だちがいるんだお前と違ってな」
「……え、作り話じゃなかったのか」
怜の言葉を受けて変わる彼女の貌の天気。明らかにあざとい様子で頬を膨らませて分かりやすい不満を述べていた。その態度は勇人のことなどこの場にいないと叫び散らしているよう。ふたりだけの世界がその場で創り上げられていた。
「お前って言うのダメって言ったのにー。あとねあとね、私に友だちなんていないんだから」
言葉を切って繋げた態度に勇人は呆れを覚える他なかった。菜穂は怜の手を両手で包んでその胸にて抱き締める。そこから更に怜と分かち合おうと口は開かれて、あふれ出る想いは自然と澄んだ声となり零れ落ちて空気に乗せられ手渡された。
「ずっと一緒にいてよ」
周囲の環境を見る目など持ち合わせていないのだろうか、盲目か、そっと毒づくものの、あの女の耳にまで届くはずもなかった。勇人の呆れは先ほどの怜の表情への共感の色に塗られていた。ここまで鮮やかで強烈な色の嫌悪感は珍しい。ビビットカラーの嫌悪は気が付けば足を一歩、後ろへと引き下げていた。
「菜穂いい加減にしろ、勇人も分かったな、これは悩むだろ」
「あっうん、いいカップルだと思うよお似合いお似合い」
「っざけんな」
もはや心など込めている余裕などなく、本音は遠回しの言葉と共に動きに湿っぽい色を付けていた。関わらないのが一番、この人生の中でまさか戦い以外の出来事で使う日が来るなど誰が予想できただろう。勇人には到底叶わなかった。目の前の女相手だと何も敵わない、手も足も出ない、手が届かない手詰まり、そうした言葉が脳裏で幾つも幾重にも巡り続けていた。
「そこの人が勇人って言うのね、先輩から話は聞いてる。正直話だけでも気に入らなかったけど、いい人だったのかしら」
なに故に気に入らなかったのだろう。理由を問おうにも、怜が妄想を織り交ぜて話す姿がチラついて、勝手に理由の想像となって脳裏に居座っていた。
「ああよろしく」
怜に対する態度、周りどころか怜の表情のひとつも窺うることなくいちゃいちゃとひとり気持ちよく想いを現実という舞台の劇にして本音を演じ上げる哀れな存在。気に入らないのはこっちの方だ、そんな言葉を抑え込んで仕舞い込んで難の無い言の葉を選んで心の棘のある一閃の光に代わってきらめきを瞳に散りばめてみせた。
勇人の言葉を耳に入れた途端、菜穂の目が一瞬だけ、その眼光が刹那にのみ、鋭くなったように見えた。
「よろしく」
返す言葉は穏やかだったものの、心穏やかでは済まされない。彼女の顔から滲み出る雰囲気にそう言った文字が敷き詰められているような気がした。
乾いた空気を見て取ったのだろうか、怜が間に入って無理やりふたりの間に流れる空気を断ち切って見せた。
「帰れ帰れ」
そうして菜穂を追い返そうとするものの、菜穂は勇人に少しだけ話があると言って無理やり引っ張って行く。
勇人がたどり着いた場所、誰もいない壁、無機的な視線、埃っぽくて黒々とした異様な空気を纏いながら放たれた言葉に勇人は目を見開かずにはいられなかった。
「もう怜と話さないで、関わらないで」
その表情は必要以上に真剣で、好きな人と関わるだけの友に対してそこまで言う菜穂の神経が理解できなかった。
間違いなく彼女は勇人や怜の目からすれば遠い世界の住民だった。




