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〈分散〉の雷  作者: 焼魚圭
日常の影の陰
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鈴香を守るために

 ある家の中、静かな食卓がそこにはあった。みな食べること以外では口を開くことを禁じられ、食器を叩く箸の音が主役を務める晩ごはんだった。

 癖のある黒い髪を伸ばした少年の若葉 勇人はこの食卓を虚しく想っていた。それなりの年数を重ねて皺が増え始めている夫婦に白髪だらけの老いきって命の果てはいつなのかと待ち続けるだけの男、背が低くてまだまだ幼さを顔いっぱいに広げている茶色がかった金髪の少女の鈴香がそこにはいた。髪の色は違えども、か弱そうな優しそうな雰囲気を纏って垂れた濃い茶色の大きな瞳が母親そっくりで遺伝を感じさせた。勇人は自身の顔を思い出していた。そう、その目もまた母親似のもの。鈴香そっくりで人によっては可愛く見えるとの話だったが男としては多大に情けなく見えてしまうそれに対して本人としては少しばかり薄暗い気持ちがかかっていて喜ぶことも悲しむことも出来ない微妙な気持ちに揺られていた。

 そんな食卓を囲む役に属しながら思う。

――高校二年目真っ最中なんだけど、ここまで静かな食卓なんてそうそうないよなあ

 誰が決めたわけでもない、ただ何故だかひと言も話すことなく多少重苦しい空気を演出する親の姿を見て子もそれに合わせているだけに過ぎなかった。

 そんな静かで物足りなくて、しかし慣れ切ってしまったその食事の途中にて、勇人は食卓の静寂を打ち破るきっかけを否応なしにその手につかまされていた。

 目の前、ガラス張りの壁、人々が窓と呼ぶそれの向こう側、つまりは外にて異形の存在をその目で触れてしまったのだった。

――ああ、これ、誰の噂なんだろう

 勇人は日頃から視ている景色の裏側を覗き込む。霊に近い質をした薄緑の異形の姿はここまでしなくても視えてはしまうものの、出来れば視えるもの全てを見ておきたかった。そこに映された裏景色、世の中が黒に染め上げられて白い線によって角や凹凸を把握できるだけの味気ない世界の中で、勇人はその異形との繋がりを見ていた。

 人の姿をしたそれは勇人の視線からすれば祖父の頭の上に乗っているようにも見える位置でひたすら踊っていて、少しばかり愉快に思えた。異形から伸びた薄緑の帯はそのまま窓を突き抜けてソフト繋がっていることを辛うじて確認できた。

――犯人おじいちゃんかよ

 呆れの感情に支配されつつ勇人は早々に食事を終わらせてそっと立ち上がる。

「そうか、行くのか」

「用事だものね、仕方ないよね」

「そうじゃな」

「……用事、なの。知らなかった…………寂しい、勇人、早く……帰って、来てね」

 家族によるそれぞれの反応を見届けて勇人は鈴香だけが何も知らないのだと改めて確認しつつ振り返り、言葉を残して去り始めた。

「大丈夫、すぐ戻るよ、だから安心して先に食べてて」

 立ち去って、ドアという境界線を静かに開いて向こう側というひとつのセカイの向こうへと現れて。

 壁に沿って周り進んで更にその先へ、控えめな足音を立てながら足を踏み出し続ける。

「さてと、そこにいるのは分かってるんだ」

 勇人は世界の裏側を半目で見つめる。

 ソコ、サキニススメバスグソコニ。

 薄緑の帯、祖父がこの異形を生み出した原因であることを改めて確かめ、繋がりを見ながら踊るオバケのような存在を見つめる。

 帯をつかみ取り、勢い良く駆け出した。

「行くよ、祖父の流した噂が生んだ妖怪踊りオヤジ」

 あの歳に流行ったのはきっとそう言った名を持った妖怪たちなのだろう。

 勇人が引っ張ると共に踊りオヤジは連れ去られ、家族用の自動車が二台通るのがやっとといった広さの路地に出た。路地を挟む家の中でも人々は日常を営んでいるのだろう。そうした大切な普通というものを傷つけないように、かつ慎重にはならないように勇人は引っ張った勢いに任せて踊り続ける異形を空へと投げ飛ばした。

 あの妖怪が生まれてしまったのは祖父のちょっとしたイタズラ心からだったのかもしれない。しかし、そのイタズラ心のひとつでも人類に牙を剥くかもしれなければ迷惑をかけるかもしれないモノ。


 少なくとも人のうわさが呼んだ異様な色のバケモノだけはその存在を許してはならなかった。


 勇人は空に飛ばされた異形を、降ってくるそれを迎え撃つべく右腕を上げて後ろへと引いた。その行動の残滓が青い雷となり、宙を漂っていた。

「人々の思想が生みし闇の塊よ、世界に蔓延る闇の中に〈分散〉されよ」

 そう唱えて引いていた腕を勢いよく突き出し、宙に纏まり漂う雷に指先で触れ、そのまま勢いよく押し出した。

 雷は弾けて破裂しながら空気を裂く稲妻と成りて不規則なうねり方をしながらも真っ直ぐ進んで行く。暗闇の中を進む青の稲妻はまさに世界に入ったひび割れのようで、空気を耳をつんざく音はこの世を割っているようにも見えた。

 進み続ける稲妻はやがて踊りながら降って来る薄緑の異形の身体を貫いた。内側からその身を侵食して分解し、セカイへと溶かすように〈分散〉する。

 人の心が生んだ闇は、世界の中へと還された。

 勇人はその様を荒々しい呼吸を繰り返しながら見届け、異形がその姿を消したことを確認して膝に手を着いた。

「この程度でへばったらダメだ。人の変異体、人の心の闇そのものが形を成した魔女には……届かない」

 勇人の目的は闇の中、疲れ果てた口からこぼされた。

 いつの日か魔力を身体に蓄えるであろう鈴香にとっての脅威となる存在、人類亜点種・魔女。それを討ち取る日常は未だ始まってすらいなかった。


 この戦いは、大きな脅威に立ち向かうための訓練だった。

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