僕が見ていたかったもの
【序章】
「中学校総合体育大会剣道競技」開幕
最後の夏だ。にもかかわらず、最後の夏の緊張感なく、過ごした前日。
試合に備えて、体調を整えるとか、イメージトレーニングするとかしそうなものだけど。
お気に入りの、ロールプレイングゲームをしていた。
「だって、やりだすと止まんないだもん!」
「今、いいところだから、どんどん進めていかないと!」
そう、お姫様が出てきそうなお城を回ったり、木が生い茂って雑草が足の踏み場をないほど生い茂っているような、いかにもモンスターが出ますよっという雰囲気漂うジャングルを回っていたのだ。
その後、中ボスキャラも倒してきた!ゲームもきっと中盤まで進んだことだろう、ますます楽しくなってくるこのごろ。
「試合が終わって、家に帰ったら、続きをやろう!、楽しみ、楽しみ!」
ゲームで頭はいっぱいだ!
今日は、そんなゲームの勇者になった気分だ。なんとなく、今日は竹刀が、勇者のもつ剣、エクスカリバーに見えてくる。
敵を真っ二つに斬る技、剣に炎や雷が帯びてきて魔力の力も加わった技、なんでも行ける気がする!
「今日は寝坊しなかったし、寝起きがめちゃめちゃよかった!」
「布団から、すんなり起きれたし!」
「なんか体が軽い!」
そう、昨日は、いつもより早く寝たのと、布団に入った瞬間に寝付けるほど、ガッツリ寝れたのだ。
本当は、夜通しやる予定だったのが、お母さんに、
「いつまでやってるのよ!、早く寝なさい!」
っとギャーギャー言われて、ホントは夜通しやるつもりだったのに泣く泣く寝てしまったのだ。
いつもは、
「まだいいじゃん」
とか、反抗するけど、うるさいし、なんとなくゲームはおしまいにしようか、という気持ちになったのだ。
「ほんと、うるさいもんだ。」
とつぶやきながらゲームを片づける。
だからノー徹夜で、目がスッキリだ。
体調の良さが、ゲームの世界の勇者の技をできそうな自分を想像させる。
強豪と言われる学校のやつでも、一撃で倒せそうなそんな気分。
そんななんでもやれそうな気分で、個人戦に臨んでいた。
【個人戦】
意気揚々と試合に臨んでいた。
が、
あっけなく終わった個人戦。
自分の技は、全く通用せず、打ち合いとなった時に相手のほうがスピードが速く、技を掛けようとしたときには、すでに面を打ち抜かれていた。
勇者の技、「真空斬り」なんかの技も出せずに、逆に相手に「真空斬り」された格好だ。
「こんなはずでは。」
「もっとやれたはずだ。」
「イメージではこうやってこうやると、打ち抜けてたのに」
負け惜しみだけど、イメージでは勝ててたから、こう思わずにはいられない。
・・・・・素早さが10くらい、足りなかったのかもしれない。
・・・・・レベル10くらい相手が上だったのか。
個人戦で負けたら、会場を後にして、次の団体戦に備えなければならない。
剣道には、個人戦と団体戦があるが、個人戦が先に行われ、そのあとに団体戦がある。
午前に個人戦、お昼休憩を挟んで団体戦という感じだ。
「そりゃあいきなり、優勝した奴と当たったんだから」
「トーナメント表をみた瞬間に、ジゴクに落とされた気分」
「ん、ってか、じごく、って漢字でどう書くんだっけ?」
「学校で習ってないぞ。」
「そういえば国語の授業寝ていたしな。」
少しパニックになっている。
相手は優勝候補の一番手、少しちびっちゃう相手だ。
トーナメント表を見てしまった、アップの段階からすでに気力MAXに下がってた。
「もう戦意ゼロだ。」
「あいつには、勝てる気がしない。」
「何度妄想して、シミュレートしてもだめ。」
「だって、身長がやつが高くて、リーチが長いから、技を出す前に、打たれてしまう。。」
「何度もやられたパターンだ。。」
「近づくと、口臭が強烈なやつで、一瞬クラッと来る奴なのだが、今日は、そんな接近戦もないほど、あっさりと負けてしまった。。」
そんな感じだから、
「腰引けてたぜ!」
「ビビってた?」
などなど、どいつもこいつも言ってくる。
メンタル的なダメージを、ビシビシくらってる。
一つ一つはHPマイナス10程度だが、それを連打でくらわされてるんだ。
「いったい何回いえば気が済むんだ?」
「みんな口でいじめてくる。」
言われることがすべてが、嫌味に聞こえてきて、勝手にいじめられてると思ってしまう。
大いなる被害妄想。
精神的サンドバック状態。
金しばりにでもあって、ボコボコ攻撃を食らってるみたい。
やられっぱなしだ。
回復の呪文でも薬草でも使って、HPを回復したい。
早くしないと、フェニックスみたいな生き返るための呪文が必要だな。
こんなときに、みんなたまってるものを全部がはきだしてんじゃなかくらい、口が止まらないからいやんなっちゃう。
「みんなやめてくれ!」
「誰か止めてくれ!」
心のなかで叫ぶけど声に出してないから、当然誰にも聞こえるわけでも反応してくれるわけでもない。
嫌味に聞こえてしまうものを全部飲み込んで耐えなきゃいけないから、午前の個人戦はうつになっちゃう。
人がうつの気分なのに比べて、個人戦に出てないやつは呑気なもんだ。
スタンドで高みの見物とばかりに、あくびしながら見ている。
ちらっと見える右手に持っているチラシには、弁当のメニューがのっている。
「今日は、唐揚げ弁当の気分かな?」
「いや、がっつり食べたいから、かつ丼かな。」
なんて言いながら、試合そっちのけで昼飯のメニューなんか見ているに違いない。
そんなことを考えていると、こっちまで何か急に昼飯が気になりだした。
「そういえば、この前はのり弁食ったな。」
「迷ったときには、とりあえずのり弁だけど、いつも同じで飽きちゃったから、違うのにしようかな」
「唐揚げもいいな」
「いや、チキンなんばんもいいな、てか、なんばん、って漢字が難しいな。」
「あの、酢が入ったような甘酸っぱいタレがいい。」
「でも、あげものは、腹にもたれて動けなくなるかも、ここはがっつりだけど比較的あっさりしてる焼き肉弁当がいいかな。」
「迷っちゃう、迷っちゃう」
頭の思考回路、混雑度数200パーセントだ。
いつも悩むのだが、だいたいは決まっている、結局これにするというもの。
いつも頼んでる弁当屋のメンチカツが、うまくて結局外せない。
あの、かじったらサクっと音がするころもと、かじったときににじみ出てくる肉汁、ころもは冷えていても中の肉は湯気がでて、口の中でハフハフと息をしながら、肉を味わっているところに白飯を放り込む、この一連の流れがたまらない!
メニューで選ぶというよりは、そこに入っているおかずで食べる弁当を決めている感覚だ!
野球ゲームで、好きなチームではなく好きな選手がいるからという理由で、プレイするチームを選ぶように。
本当は、定食屋やレストランとかにも行きたいのだけれど、昼休憩は1時間しかなくゆっくり食べられないのと、会場にはたくさんの人がいる。
野球場のグラウンドがうまるくらい、車を止めている人がいるのに、近くの飲食店に行ったら混雑するし、並んでるうちに試合が始まってしまうという理由でいつも弁当は、お店に頼んでいる。
本当は、いつも遊んでる街とは違うところにいるので、観光がてら外に行きたいのだけれど。
【説明しよう!】
剣道の事を知らないあなたの為に剣道のルールをここで説明します。
ルールを知っている人は、ここは読み飛ばしてくださいね。
剣道は、剣道着または袴と剣道具(面、小手、胴、垂れのこと)を着用し、竹刀(竹または全日本剣道連盟が認めた竹に代わる化学製品)を持って、試合を行います。
剣道着や袴は、時代劇に出てくるお侍さんをイメージしてくださいね。
竹刀は、まるで剣を持っているみたいな気分にさせてくれますね。
試合場の広さは、境界線を含み一辺を9メートルないし11メートル四方の正方形または長方形の広さです。
だいたい中学校の1クラスが40人の教室の広さですね。
なんとなく、教室で試合をしている気分になるのです。おっと、話がそれました。
筆者の経験上、正方形の試合場しか見たことないし、試合をしたこともないです。長方形の試合場を見てみたいものです。
ちなみに、コートから出てしまうと、場外で反則になってしまいます。
反則は、2回で相手に1本を取られてしまいます。
相手に1本をプレゼントしたくはないので、コートの隅に追いやられると少しドキドキ、ヒヤヒヤしてしまいます。
前に出るしかない状況が生まれるわけです。なので、基本的に隅に追い込まれそうになると、そこから逃げるように移動します。だいたい弧を描くように相手が打ち込んでこれない距離を保ちながら、横に移動します。
自分がコートのどこにいるか意識してないといけないんです。
勝敗の決定は、制限時間内に2本先取した方が勝ちになります。
柔道と違って、1本とったら勝ちではないのですよ。
ただし、一方が1本を取り、試合時間が経過した場合は、1本を取った方が勝ちとなります。(このときは1本勝ちで、なんだか柔道みたいですね)
試合時間内でも、勝敗が決しない場合は、延長戦となりこの場合は1本先取した方が勝ちになります。
ちなみに試合時間は、通常3分が基準(中学生の場合)で、延長の場合は無制限で、勝負が決まるまであります。
試合時間を計測する時計は試合が中断するとき(1本決まった時や反則をしたとき)は、止まっているので、サッカーのようなアディショナルタイムはないんです。
ちなみに、筆者は最長10分くらい試合をしたことがあります。
延長に入ってからは、中断もなく、ずっと試合をしていました。
そのときは延長7分経過頃にやっと私が1本を取り、勝ちました。
苦手な相手だっただけに、トータル10分の試合となって、試合後はクタクタでした。
試合時間3分間と短いですが、3分間ずっと走ってるのと同じくらい疲れますよ。
ここで話題に挙がっている1本というのは、正しくは、「有効打突」と言います。
この有効打突、全日本剣道連盟の試合審判規則によると、「有効打突は、充実した気勢、適正な姿勢をもって、竹刀の打突部で打突部位を刃筋正しく打突し、残心あるものとする。」
とあります。
ざっくりいうと、竹刀で面や小手や胴を打ち(掠ってるだけではダメなんです。しっかりと竹刀で面や小手や胴をとらえている必要があります)、その打突部位をはっきりと呼称しなければなりません。
面を打ったら、「面」と言い、小手を打ったら、「小手」という感じです。
面を打って、「小手」と言ってしまった場合は、有効打突とならないんです。
小手を打とうとしてたまたま面に当たった、みたいにたまたま打ったら当たったというのは認めませんよ!、よいうことでしょうね。
あと重要なのが、残心です。
残心は、これは面などを打ったあとの姿勢のことを言っていて、打った後すぐに相手の攻撃に備えられるように体制と心構えを整えることです。
当てるだけでなく、技を放った後も気を緩めてはいけません。その後に相手の反撃にも備えなければなりません。
筆者は、小手を打った後、体制を崩したために1本を取り消されたことがあります。
審判は、当たったかどうかだけでなく、その後の体制もちゃんとチェックしてるんですね。
最後に、剣道には、個人戦と団体戦があります。
中体連では、最初に個人戦をやって、そのあとに団体戦をやります。
午前中に個人戦、午後から団体戦をやるっていう感じですね。
個人戦は説明不要かと思うので、団体戦について説明しますね。
剣道の個人戦は、5人1チームで試合をします。
戦う順番で名前がついていて、1番手が「先鋒」、2番手が「次鋒」、3番手が「中堅」、4番手が「副将」、最後が「大将」といいます。
筆者の感覚として、「先鋒」と「次鋒」は勢いのある選手(勝ち負けを恐れずガンガンいく感じですね)、「中堅」は勝ちが計算できる選手、「副将」は次の大将にいい形でつなげるために引き分け狙いなどもできる冷静な試合運びができる選手、大将はお前が負けたら仕方ないと思われる選手(文字通りですね)、が務めている印象があります。
以上、剣道の事、わかってもらえましたか?
引き続き、読み進めてくださいね。
参考:http://www.kendo.or.jp/kendo/compentitions_refrees/#all (全日本剣道連盟)
【試合会場までの道で】
朝、試合会場に向かう車の窓から見る景色しか、ちょっとした観光気分は味わえない。
朝早いので、病院へ向かっていると思われる人か、コンビニの前で配達してる人くらいしかいない。
そもそも店が開いてる時間に、会場には行かないからしょうがないか。
休日だしな。
会場に着き車から降りて体育館で受付を済ませる、その道中でいつも周辺をチェックしてる。
それは近くにどんなお店があるかだ。
その時に見た限りだと、体育館のそばの売店くらいしか、行くところが見当たらなかったというのが少し寂しい。
体育館の近くには、目新しいお店とか場所とかなく、通ってる学校と同じく、民家と駄菓子やくらいだった。
地元にお店と雰囲気が同じだった。
放課後にそこのお店に寄ってベンチに座ってだべったり、ちょっとすいた小腹を満たすためにお菓子を買っていくのが毎日の流れ。
朝みたそのお店の前には、ベンチも確かあったはず。
10人くらいが座れたらいいくらいかなという感じだった。
会場が、田舎の体育館だから仕方ないか。
多分行かないだろう、地元にも同じような店があるしわざわざ行く必要がない。
それに行ける時間もそんなにないからな。
俺的町ランクは、Dで可もなく不可もなく、っといったところかな。
試合以外の楽しみが減ったようで、ちょっぴり気がめいる。
ゲームで攻撃したけど、敵に避けられて無駄になったみたいで、MPだけ消費した感じ。、
そう少しのエネルギーを吸い取られた感じ。
他にやることがないこんな状態だから、空き時間はこの弁当のメニュー表とにらめっこして時間をつぶしているのだけれど。
「いつものやつで。」
「あの、メンチカツがはいってるやつね。」
もう、みんな好みがわかっている。
この会話が、テンプレートみたいに、弁当の注文を取るときに交わされる。
「どうせお前は、あの弁当だろう。」
みたいな顔をして聞きに来る。
手に取っているメモには、弁当名が書かれている。
会話にほとんど意味はなく、口だけ動いてる。
毎日顔を洗う感覚で、やりとりする。
だいたい頼むメニューは決まってるから、弁当を頼む人はみんな、こんなやり取りになるのだけれど。
会場から控えとして陣取っている場所まで着くと、毎回弁当のメニュー決めと注文のとりまとめのやり取りだ。
【昼休み】
会場からでると、やっぱり静かだ。
会場は、体育館の床を「ドン!、パン!」っと足で踏み込む音、面や小手に技が決まった時の「バン、バコ!」っという鳴る音、審判や選手の掛け声、観客の声、とても会話ができる状態じゃない。
目の前の人の声が全く聞こえないのだ。
それに比べて、会場の外は、のどかだ。
ゆっくりと時間の流れていくように思う。
会場の中だと
「もう10分たったのか」
っと思ってしまう。
まるで、洪水のときの川の流れのように、すぐ時間なんて過ぎてしまう。
会場の外は、
「まだ、10分たってないのか」
っと、10分が1時間にも感じてしまう。
やっと歩くのが板についてきた3歳くらいの子供でも、入って大丈夫な浅瀬の小川の流れのように、進んでるのか止まってるのかわからないほどゆっくり時間が過ぎていく。
ここは、仮眠室かと思うほど、周りは昼寝をしていたり、寝転がって読書している人が目立つ。
かといって、他にやることがないし、周りに時間をつぶせるようなお店はないから仕方ないが。
来るときに車の窓越しに確認した。
この時間外にいる人は、個人戦が行われているので、まばらだ。
外の人の少なさと、誰も寝転がって動いていないので、会場の中の声がよく響く。
会場の中にいなくても、会場の様子が手に取るように感じられる。
なんだか自分が蚊帳の外に置かれたようで少し寂しい気もするが、この時間やることがある。
持ち場に戻り、手に持っている面と小手の紐を緩め広げていく。
面と小手は試合が終わってすぐ、会場で外してきた。
これから、体につけていた防具を外していくのだ。
そうこれからは、武装解除して勇者を休憩するのだ。
普通の人間に戻ってしまう。
次に胴、たれなどの防具と、面タオルと呼んでいる手ぬぐいを、体から外し乾かす。
そう立っているだけで汗が落ちてくるこの季節は、防具もゲリラ豪雨にでもあったかのように湿っている。
多分絞ることができたなら、汗が出てくるだろう。
特に、肌に触れる面や面タオルと小手は、水分がじっとりと沁みついている。
これを乾かして、水分を感じなくなるくらいじゃないと、やる気がおきない。
「だって、気持ち悪いし。」
濡れたTシャツ、汗が沁みついたヘルメットを着たりつけたりするのが嫌なように、防具も濡れていると気持ち悪くなる。
つけて最初は、濡れているので一瞬ヒンヤリとするが、だんだん湿り気を感じきて、さらに汗のにおいも漂ってきて気持ち悪い。
面なんかは顔にダイレクトにつけるから、なおさらだ!
なので、気持ちよく午後からの団体戦に臨めるように、乾かすことはとても大事なことなのだ。
幸い、晴れているので、あっという間に乾いてくれるだろう。
個人戦と弁当のメニュー決め、防具を乾かすこと、あとは午後の団体戦に向けての軽いアップと、竹刀が割れていないかチェックすることで午前の部は終わっていく。
竹刀は割れていると、その割れている部分をカッターナイフで削ったり取り替えたりしないといけないから面倒だ。
竹刀のささくれみたいなものだ。
なんでも使っていくうちに割れて、たまに破片が飛んでくるそうで危ないそうだ。
面なんかは格子状の柵みたいなのがあるが、その破片はシャーペンの芯くらいの大きさなので、顔を直撃することがある。
そういえばたまに、顔に傷がついてたことがあったな。
そのせいかな?
どうかな。
この竹刀のメンテナンスは、暗黙の了解というか、マナーみたいなもので必ずやっている、なんていうのは建前で、正直それしかやることがない。
「近くに何もなかったもんな」
「しかも暑くて歩きまわりたくない」
「だるい、きつい」
試合が終わってしまうと、時間が空いて暇を持て余してしまう。
こんな暇な時こそゲームでもやりたいが、さすがにそれをやると怒られるので、我慢する。
昼寝も怒られそうなので、我慢我慢。
どこか外にも行ってみたいが、昼飯までドラマ一本分かあってもドラマSPくらいの時間しかない。
周りには何もないから、きっと移動時間だけで終わってしまう。
そんなわけで、いつもこの時間は竹刀のささくれと向き合っている。
もはやルーティンだ。
そんな感じで今日も特別なことは何もなく、時間は過ぎていって、午後の部が始まろうとしていた。
【団体戦開始までの妄想】
「団体戦が始まった」
「団体戦ほど、モチベーションの上げ方、保ち方が難しいものは、ない。」
「今日は、どんな展開になるかな?」
試合前にはいつも自分がどう戦うかよりも、団体戦でのチームのその時の勝敗の状況を気にしている。
5人で戦う団体戦で、僕は大将で一番最後に戦うのだ。
先に3勝したチームの勝利になるから、自分が戦う時にはすでにチームの勝敗が決まっているときも少なくない。
そんなときは、
「ちょっと今まで試合では一回も成功してないけど、練習では何度も成功してきた、あの技試してみようかな!」
「この技苦手なんだけど、やってみようかな!」
まるでロールプレイングゲームの、経験値を上げてレベルアップを狙う感覚だ。
技が成功したら、攻撃力プラス10、技術力プラス5、上がった!、そんな感じがする。
緊張感とは全く無縁のゲーム感覚で試合している。
でも、負けたり、無様な試合をすると監督に怒られるし、試合を見ている父兄に「試合の出来が良くない」とガチャガチャと言われちゃうから、あまりふざけてしまうとちょっとめんどくさい。
試合開始10秒以内など秒殺で負ける、もしくは、技を失敗して逆にやられてしまうとそんな感じだ。
「そういえば、プロ野球の珍プレー好プレーで観客にガヤられているシーンがあるけど、多分こんな気持ちで選手は聞いてるのかな。」
「またあいつの親父、腕組んで剣道会の重鎮みたいな目をして、試合を見てるぜ。」
「試合終わった後に、試合の出来のこと言ってるけど、たいしたこと言ってないのに、なんでもしてる感だしてて、聞くのめんどくさいんだけどな。」
ガヤガヤゆうやつに限って、でかい態度でいるから、いやだ。
試合中の視線も暑苦して、結構うざったい。
「ずっと前に、父兄も剣道をやってみましょうの時に試合をしたときは、5秒くらいの秒殺で負けてたくせに、でかい面をするとはこりないおっちゃんだ。」
と背中から向けられている、ちゃんと剣道の試合を見切れているのかどうかわからない視線も感じて思う。
もう、意識は勝敗とは関係のないところへ移動してる。
勿論、勝ち負けは気にしてるけど、消化試合の時は試合場の雰囲気も盛り上がってないし、応援されてる感じがしない。
いや、そもそも誰も注目していない。
観客席を見れば、
「別の会場の試合の方へ目が行ってる。」
「なんか雑誌読んでる!」
なんてざらだ。
視線が外れていき、視線を感じることのない試合だ。
テレビを見ていて、いいところで、
「続きはCMのあとで」
っとなってしまい、
「CM中にこれやっとこ」
っと、CM中に何か別のことをやりだす、あのときみたいだ。
テレビから視線と意識は完全に離れるように、観客も試合のムコウガワに行ってしまったみたいだ。
そんな感じの空気が流れている。
「俺、これから試合なんだけどな。」
「誰か見てくれないかな。」
なんて甘い期待は、誰も答えてくれるわけもなく、観客の声は虫の声だ。
まるで、一撃をくらわされてHPがあと10くらいしかない瀕死の人の応援を聞いてるみたいで萎えちゃうときもある。
そうあまりパワーをもらえるとは思えない応援だ。
力は湧き上がってこないだろう。
むしろ、もうMPがいつのまにかなくなっていて、魔法が使えない、力が抜けちゃう感じ。
だから、MP消費しない技で戦っちゃおうみたいな戦い方を選択する。
そんな発想だから、普段使っていない技とか苦手な技を、お試しで使ってみよう感がでるのかも。
手を抜くわけではないけど、真剣勝負をする感じではなくて、練習のときと同じ感覚で戦っている。
勿論、とはいっても勝負には勝ちたいし、負けたくないのだけれど、
「なんか、どっちが勝つか、勝ってほしい、負けられない、会場にいるみんなが勝敗に関して固唾をのむ感がないというか、ドキドキ感がないんだよな」
と、若干白けた雰囲気を感じてしまうところが、試合へのモチベーションを削いでしまう。
必死でMPを上げて試合に勝とう、みたいな戦闘モードへの切り替え作業が必要なんだ。
でも、勝敗とは違うところに意識が向いて、戦闘モードになっていない時点で、かなりお気楽な感じである。
よく、緊張すると、おしっこしたくなるとか、手足が震えるとかあるけど、そんな体の異変を微塵も感じさせないのだ。
なんなら、たっぷり睡眠を取って、よく晴れた朝にさっと起きて朝日を浴びる、寝起きのよい朝のように、体調の良さを感じてしまう。
多分体にはこの状態が一番良いのだろう。よどみも感じなければ、トランポリンに乗っているときのように体がとても軽く跳ねてしまいそうだ。
「さて、今日はそんなお気楽気分で試合ができるかな。」
と、試合に向かう、一人目の先鋒中村のすり足を見ながら思う。
彼は、リズム感がないのか、体を思うように動かせないのか、手と足が一緒に出ちゃう行進みたいに歩いちゃったり、3歩で所定の位置に移動しなければいけないのに、自分の3歩分の歩幅を計算できずに、勢い余って4,5歩歩いてしまう。
そのロボットみたいな歩き方と、最後に勢い余って4歩目5歩目を出すときの動きが酔っ払いみたいで、思わず吹き出してしまう。
勿論声に出して笑うと、隣の監督から、
「何笑ってんだ!」
っと怒られるので、必死に笑いをこらえている。
くすぐられて笑うのをこらえるよりも、苦痛な時間だ。
笑いの感情を置いておかなければいけない。
喜怒哀楽の楽を捨てる瞬間だ。
多分喜怒哀楽の楽を捨てた分、自分の平常心度はレベル3くらい上げられたのではないかと思う。
練習時間でない、ところでそんな恩恵をくれる中村はなんか持ってるかもしれない。
基本的に勝敗とは関係ないので、チームにはなんの貢献もないけれど。
今日は、どんな試合をするのやら。
【本編~団体戦開始~先鋒中村編】
「あいつやっぱり負けやがった!」
予想通りというか、もともと勝ちを期待してなかったけど、目の前で負けられるとやっぱり腹がたつ。
これで2勝2敗となり、勝敗は大将戦になってしまった。
予想では、3敗してしまうから、気楽に試合できると思ったのに。
先鋒の中村がまさかの勝ち。
誰も彼が勝つとは思っていなかっただろう。
あいつの勝ちが決まった瞬間誰もが、
「え」
「・・・」
っとみんなマネキンにでもなったように、無言だった。
予想外とはこのことをいうのだろう。
加えて、内容も全く見ごたえもなかったのだから、なおさらだ。
ただ、観客が無言なのはいつも通りだが。
この試合、一言でいうと相手のミスというか相手に運がなかった。
中村からしてみると、実力での勝ちではありませんよ、という勝ち方。
最初の一本は、技を仕掛けた相手が足を滑らせて体制を崩した。
足を滑らせて踏ん張ろうとしたのだろう、だから倒れまいと下半身に意識を集中させてしまっていた。
その時に、反動で思わず右手から竹刀を離してしまっていた。
右手から離れてしまった竹刀は、遠心力でもかかったように左半身から離れていく方向に振られてしまう。
体制が、大の字のようになってしまった。
そう、このときに面がガラ空きなってしまった。
隙が出来てしまった相手は、慌てて体制を整えようとしたが、緊張と足を滑らせるという思わぬアクシデントに、冷静さを保てなかったのだろう。
左手で持った竹刀を落としてしまう。
この竹刀を落とした相手を見て、技を放ったのが中村だ。
相手のミスにつけこむときの中村の技の速さは、ゲームのラストボスもびっくりだ!
いつもは、各駅停車の電車並みの遅さのくせに、こういうときに限っては新幹線なみの速さで技を繰り出す。
そう、素早さが100万くらい違うのでは?
っと思おうほどだ。
ゲームでいえば、
「一瞬斬り」
とでも呼ばれるんじゃないかと思うほどの早業だ。
何もしなくとも相手に隙がうまれ、最初の一撃で一本をとる。
駆け引きもくそもない、そんな形で中村は先手を取った。
別の競技だったら、
「ごっつぁんです!」
とでも聞こえてきそうだ。
2本目を取るときは実力で華麗に、と言いたいところだったが、そんな淡い期待などしていけないと教訓が聞こえてきそうな形で、勝負が決まる。
先手を取られた相手は、焦っていたのか、ガンガン中村に対して技を仕掛けていた。
対する中村も応戦していた。
多分相手は、最初に体制を崩したときに、体に怪我でもしてしまったんだろう。
軽い捻挫かわからないが体が重そうだった。
HPを2/3くらい減らした上に、ステータス異常で半スリープ状態みたいだ。
こうなると、各駅停車の中村でも対応できる。
一見すると五分五分の打ち合いをしていたが、一つ問題があった。
わざとではないと思うが、中村の技は防具に当たっておらず、相手の肘や二の腕、肩に当たっていた。
わざとだったらもちろん反則だし、
「わざとだろ!」
と言われそうなものだが、中村に限ってはわざとではない。
それはなぜか俺は知っている。
そう、あいつには根本的に、技を的確に打ち抜くという技術が全くないのだ。
あいつが技を仕掛けて、まともに技が当たる姿を、この中学3年間でついに一度も見ることが出来なかった。
スピードは互角になっても、攻撃力と技の正確さのレベルが100くらい違うのだ。
でも、このレベルの低さがこの試合では役に立ったようだ。
打っても打っても外れていく中村の技は、生身の体で竹刀で撃たれていく相手のHPを確実に奪っていた。
小手を打ったがやっぱり外し、相手の右手の肘の近くに当たった時、相手は我慢の限界を超えたのだろう。
動きが止まり、思わず左手を右の肘へやってしまっていた。
ちりも積もれば山となる感じで、中村のダメージ3くらいの技も受け続けるとかなりのダメージになるらしい。
この時、面がまたガラ空きになってしまった。
すかさず、新幹線並みの速さで「一瞬斬り」を仕掛けて、中村は勝った。
相手は痛みが強かったのだろう、何もできずただ面を打たれることを受け入れるように突っ立っているだけだった。
相手が隙を見せてくれたおかげで、中村は勝つことができた。
唯一ほめるとすれば、相手が痛がっているにも関わらず、何事もなかったかのように平常心でいられることだろう。
ただ、相手のミスの時だけ新幹線並みのスピードを出すこと、痛がっている相手を見て何も感じてない様子なのは不思議だ。
「あいつがただ最低なやつなのか、天然なのか、それとも何が起こったか感じ取れないほど超鈍感なのか?、俺はいまだにわからない」
中村と出会ってから最大の謎だ。
ときたまボーっとしてて、なんか別の世界にいったり、何に対しても無関心な感じだから、ただ超鈍感な気もするが。
「・・・」
「・・・」
「ま、どっちでもいいか、あまり興味ないし」
ここまで考えて、もう興味がなくなった。
【次鋒村上編】
中村の勝ちで始まって、次しっかりとこの流れをつないでほしい次鋒の村上は、何がやりたかったのかわからないまま構えただけであっさりと負けてしまう。
ただのサンドバック状態だった。
何をするわけでもなく、ただただ打たれていく村上。
ただ、相手の練習台になっていた。
誰もが、さあこれからどんな試合になるか、少しばかりの期待を持って試合をみようとしていたのに。
そんな期待を込める暇もなく、試合は終了した。
あまりの試合時間の短さに、誰もが言葉を発することが出来なかった。
「・・・」
会場には、ここだけ時が止まったように沈黙が流れた。
村上の試合を見た観客は誰もが無言だった。
ただ、いつも村上の試合は無観客試合状態だから、沈黙が流れても全く違和感がないけど。
「かける言葉もない」とはこういうことなのだろう。
「違うかな?」
たったの二撃で試合が終わってしまったために、紐を緩めて面を外していた中村に至っては、試合を見ることさえできなかった。
もっとも中村は、村上の試合に興味などあるわけはないが。
「あいつ、試合前にこうやって、ああやって、みたいにかなり細かくシュミレーションしてて、勝ちそうな雰囲気におわせてたのに。」
村上は、シュミレーションに関しては、天才的にスゴイ。
よくもそこまで妄想が膨らむものだと思う。
テレビの解説者みたいにかたる口調は、そのときだけは説得力がある。
竹刀を持って、相手がこう攻めてきたら、こう返す。
こう攻めた時に、相手にこう返されたら、こうする。
自分が攻めた時、相手に攻められた時、どうするか?
あらゆるケースを想定しているようだった。
だけど、シュミレーション通りにやつが試合をしたところは未だかつて見たことがない。
とうとうシュミレーション通りにやる村上をみることなく、引退を迎えそうだ。
この日もやはり期待を裏切ることがなかった。
「口だけで終わったか」
「・・・」
この試合は、コメントしようもないほど、特に見どころも内容もなかった。
【中堅三浦編】
中堅の三浦は、このチームで唯一勝ちを計算できる奴だけあって、しっかりと勝ってくれた。
安定感があって安心して三浦の試合は見ていられる。
この時だけは、家でゆっくりテレビを見るときみたいに気分が解放される。
このチームで信頼できるのは、三浦だけだ。
剣道ができるのは、うちのチームで、こいつだけだろう。
三浦は村上の試合と逆で、相手に何もやる暇もないほどのスピードで技を繰り出し、面を打ち抜いた。
勿論中村と全く違い、技を外すということはない。
正確に面の中心を打ち抜いた。
まさにお手本のように技を繰り出した。
「多分剣道の教則本とかDVDとかでたら、模範演技で使われるだろうな」
そう思わずにはいられるほど、華麗に技は決まった。
技を仕掛けられた相手は、構えたまま動くことができず、我に返った時には試合が決まっているように感じただろう。
面を打たれた後、しばらく呆然としていたのだから、そうなのだろう。
この試合は相手が、村上状態だった。
ただ相手は村上と違い、三浦を相手に何もすることが出来なかったのだけれど。
相手に技を仕掛ける間も与えないまま勝つとは、さすが三浦だ。
他のスポーツだったら、相手に1点も与えずに勝った、コールド勝ちみたいなもんだろう。
観客もこういう試合を見たかったと思う。
中村と村上の試合では、静まり返っていたのに、
「さすが!」
「すげー!」
「いいぞ、三浦」
などなど、歓声や拍手がなりやまない。
さっきまでの静けさがウソのようだ。
面を被っていても、まるで至近距離から拍手の音を聞いているように、たくさんの人が三浦をほめたたえている。
たくさんの人が拍手したり、少し飛び跳ねたりしたせいか、床が少し揺れている。
観客の興奮が、床からも伝わる。
村上の試合で相手がイケイケだったムードを、一気に沈めてこちらに流れを引き寄せてくれる。
ここでいい流れが出来ているのだが、問題は次だ。
【副将西野編】
そうここで、2勝1敗ときてしまったから嫌な予感はしたが。
その次に行く西野が、やっぱり負けてしまう。
しかも技を空振りして負けてしまうんだ。
「どこ狙ってんだ!」
っと思わず怒鳴りつけたくなったほどだ。
体一つ分は、かるく外れているだろうと思ってしまうような空振りっぷり。
2本とられたが、どちらも空振りして体制を崩したところをやられている。
二度も同じテツを踏むところがあいつだ。
学習能力を感じない。
野球とかなら空振りは聞くが、剣道でこれをまるで得意技のようにやってしまうところが、あいつのすごさだ。
きっと珍プレーがあれば間違いなく大賞をとって、かつ殿堂入りすること間違いなしだ!
そんな感じで、気の抜けた試合をするから、こちらとしても白けた気分になる。
会場は三浦の時と違い、拍手と歓声など遠い世界に行ってしまったように静まり帰ってしまう。
「はー」
「ふー」
とやっと聞こえてきたのは、もれてきたため息だった。
西野の試合は中村と村上の試合と違い、沈黙はないがため息のみ聞こえてくる。
面を被っていて耳がふさがれてるし、他のコートでの試合の歓声もあるから、ため息など聞こえてくるはずもないのだが、あまりに多くの人がため息をもらしたために聞こえてきてしまう。
観客にそこまでのため息が出る状況を作り出せる奴を、俺は西野以外に知らない。
「ため息製造機」
西野にぴったりのあだ名。
ふと後ろを見ると、試合になど全く興味などなかったかのようにあくびをしている人もいる。
あまりの試合内容にあきれ返ったのか、そもそも試合など見ていないのか。
どっちかわからないが、見る価値無しとでも言いたそうな雰囲気だ。
勝利と共に、観客の興味もどこかへ飛んで行ってしまったみたいだ。
盛り上がっているのは、勝ったことで勝利への望みをつないだ相手サイド。
西野が相手側に勝ちをプレゼントしてるから、雰囲気的にはあちらがものすごくよくなってる。
「これから、行くぞ!」
「うちに流れがきた!」
っと、三浦の時は、金縛りにでもあったように微動だにしなかったくせに、ここでは水を得た魚のように、飛び跳ねている。
相手サイドのムードは、最高潮だ。
きっと相手は、HP100、MP100アップしてるに違いない。
こっちは、逆にHP100クリア減らされてるばかりか、攻撃力と守備力も10くらいダウンしてんじゃないかと思う。
あいつの試合後は、いつもこんな感じだ。
せめて、空振りするのは、学校生活だけにしてほしい。
この試合だけは、最後なんだから、と期待していたが。
学校生活と同じような空回りっぷり。
イベントごとでは率先して色々やってくれるが、如何せん運営能力0だからみんなから
「いいよ、俺がやるよ。」
「やんなくていいから、みてて。」
っと言われる始末。
あいつは何をやっても駄目だった。
「もしかして、私生活もこんな感じで空回り?」
「そうだろうな」
「いつもの姿みてたら」
と一瞬、西野の私生活を想像しそうになったけど、
「いや、あいつの私生活なんざ興味ない」
っとぎりぎりのところでそんな想像は追い出す。
「あぶない、あぶない。」
あやうく、西野のことで頭をいっぱいにしそうだった。
こっちまで空回りしそうだ。
あいつのことを頭に入れておくと、そんな気がしてならないので、いつも頭から消すようにしている。
病は気から、と同じ理論だ。
空回りも気から、だから頭から消すんだ。
そうはいっても、目の前で負けられてるから、
「まったくサイテーなやつだ!」
っと心の声が聞こえる。
西野が頭に侵入してくるのだ。
この日もいつも通り、安定の空回り。
次につなぐという意味では、最悪の渡し方だ。
相手からしたら、勝ちと元気をプレゼントされるわけだから、これほど最高の副将はいないだろう!
味方泣かせの副将だ。
善戦してくれて、いい試合をしてくれたらいいものを。
それだったら、少しは救われる気分だ。
「ああ、このムードの中で試合をするのか。。」
力は湧き上がってこない。
どんどん抜けていく。
このとき、一瞬だけ竹刀を離してしまい、落としてしまいそうになったところを、慌ててつかみなおす。
我ながら、とてつもない反射神経だ!
こんなときにしか、こんな力は発揮されないけど。
副将の試合が始まるときには、すでに面や小手の防具はつけていて、試合場の角には立っていないといけない。
オセロだったら、一番取っておきたいあの場所。
一応ご丁寧にも、「ここで待っててくださいよ」
っと言わんばかりのしるしもある。
「この会場は、しるし付きの会場なんだな。」
しるしがない場所もあるから、しるしがあるとなんとなく自分の居場所が確保された気分がして、安心する。
しるしがあろうとなかろうと、立って待つ場所は決まっているから、しるしは必要ないんだけど、ここが落ち着ける場所なんだと思える。
戦いの前のちょっとした休憩所だ。
「だって、ひとりぼっちみたいんなんだもん!」
この時には、チームメートや監督と離れて、一人でポツンと立っている。
多分バスケットとかサッカーの試合で、交代選手がコートのすぐそばで立っているように映っていると思う。
そばに審判が立っているかいないかの違いだけだ。
剣道には、そばに審判は立っていない。
審判は、3人とも三角形を作りながら、試合をする2人を取り囲む。
そんな審判がブラインドになって、誰からもこの竹刀を落としそうになった場面は映ってないだろう。
会場は6面の試合場があり、すぐ隣で歓声やドンドンと竹刀で面や小手を打つ音、床に足を踏みつける音が鳴り響いている。
そんな状況だから多分試合場の外のこんなのは、ガン見していないと注目なんてされない。
っとその時、
「頼むぞ!」
監督からのその一言で、一瞬で我に返る。
「あ、そうだ試合だ。」
そう、これから気持ちを盛り上げていかなくてはいけない。
いざ手に力を入れようとすると、いつの間にか手のひらと指先にじっどりと汗を感じる。
つけている小手には湿り気を感じる。
「もしかして、さっき竹刀を落としそうになったのは、この汗のせいなのかも?」
「監督から声を掛けられるまで気づかなかった。」
ここまでは気持ちを盛り上げるというより、ただただボウッと試合を見ていただけ。
ほんとに観客のように試合を見ていた。
なんか体だけここに置いておいて、気持ちだけ観客席にいたかのように。
要は、これから試合に臨もうという気持ちになってなかった。
そうは言っても、自分の試合の時間はどんどん近づいている。
指に湿り気を感じたので、ハカマで軽く拭く。
指と指の間には、じっとりと湿り気があった。
手洗い後?、とでも思ってしまうほどに両手はベトベトだった。
ふと顔を見上げると、負けた西野が試合を終えて竹刀を収め、試合場から戻ってきている。
面をかぶっているから表情は見えないけど、明らかにやっちまった感が漂ってる。
心なしか、小さく見える。
「5センチくらい縮んだか?」
心ここにあらず。
「タマシイが抜け落ちるとはこういうことか。」
妙にこの言葉がこのとき、ふに落ちる。
戻ってきたあいつに監督と他のみんなは、
「大丈夫、大丈夫、ドンマイ、ドンマイ」
と声をかけている。
「あいつにかける言葉は何もないから、とりあえず目は合わせないでおこう。」
とりあえず、無視だ。
【大将戦にむけての緊張】
副将の試合が終わると、いよいよ自分の試合が始まるのだという緊張感が高まるし、実感がする。
そのスイッチは、試合が終わり西野が礼をし終わった瞬間だ。
そのときに、一気に緊張感がおそってくる。
それは、まるでゲリラ豪雨のように、おそってくる。
前触れがないから、体がついていかない。
ゲームでも敵に先制攻撃されて、ダメージも1.5倍くらい食らう時がある。
そんな感じで、ちょっとHPでも50くらい減らしたみたいにダメージを負って、少し吐き気がするようなよどみも感じる。
「どうしよう、トイレ行ったっけ?」
「おしっこしたいような・・・」
「いや、そういえば30分くらい前にいったような」
「・・・」
「なぜかおしっこしたくなってきたような・・・」
なぜか、トイレが恋しくなる。
「やべ、しょんべん、しょんべん・・・」
「団体戦始まる前に、トイレ行っとけばよかった」
なぜか試合前や試験前にトイレが近くなったりする。
トイレに行っても結局出ない、そんことが多いのだけれど。
なぜかトイレにいくと落ち着く。
なぜか理由はわからないけれど。
「駄目だ、駄目だ」
「おしっこのことを考えてると、ほんとに行きたくてしょうがなくありそうだ」
「別のことを考えて気を紛らわせないと・・・」
「いっそのこと、体調が悪いです!、っと言って試合までの時間を延ばしてもらおうか?」
「おしっこなんて気のせいだ、試合から逃げようとしないでビシッとしろよ!」
試合したくない、でもチームの勝敗が懸かってるし。
これって、よくテレビに出る、自分の中の悪魔と天使か?
試合から逃げたい自分と、これからの試合の勝利の為に立ち向かおうとする自分。
こんなの初めてだ。
いつも消化試合の試合しかないからな。
いつもは、
「今日は、なんの技試してみようかな?」
とお気楽気分でいつも試合やってた、ツケが回ってきたのかな。
そんなことを考えている最中に、西野は試合場から出るべくドンドンこちらへ近づいているのが見えてくる。
「もうちょっと、歩くの遅くしろ」
思わず心の中で叫ぶ。
あいつが試合場から出れば、いよいよ試合場へ足を踏み入れることになる。
逃げられない。
どうしよう。
「落ち着け」
「とりあえず深呼吸」
そうしている間、後ろから聞こえてくる。
「大将戦だぞ」
「負けんなよ!」
「ビビんなよ」
父兄たちの声だ。
そうどんなに別のことを考えていても、この声で試合で負けることが許されないことをを思い知らされる。
普段は消化試合だから聞くことなんてない。
試合前に、ゲキを飛ばされるような状況なんてなかった。
多分最初で最後に聞くゲキ。
期待してくれてるんだんろうな、とちょっとは思う。
「嬉しいけれど・・・」
試合に行きたくない自分。
逃げ出したい自分。
でも、最後なんだから勝って終わりたい自分。
「たいして、練習はしてないけど・・・」
練習なんてしていないけど、応援されてるからか、なぜだが今は勝ちたい気持ちも生まれてくる。
こんなのも初めてだ
ドクッ、ドクッ。
やばい心臓のドキドキが大きい。
ちょっとだけ、気を紛らわせて、落ち着きを。
「落ち着かせるためなんだから、試合とは別のことを考えてもいいじゃん!」
多分自分の中の悪魔が語り掛けてる。
「おしっこ」
「しょんべん」
「・・・」
「・・・」
ドンドン、近くで足音が鳴っている、そのそばでおしっこからの連想が始まった。
もうすぐ試合だけど、気持ちを落ち着かせるためだと自分に言い聞かせて正当化する。
「すこしぐらい、気を紛らわせてもいいじゃん」
「・・・」
「ん」
何かが降りてきたみたいだ。
「そういえば、アンモニアって、しょんべん臭だと理科の授業で言ってたな」
「たしか、リトマス紙の実験やったな」
「なんちゃら置換とかいうのも、言ってたな」
「確か、リトマス紙は赤か青のどっちかに変化するんだっけな」
「どっちだったっけ・・・」
「・・・」
「あ、もう、どっちでもいいや」
「細かいところはわからんけど、しょんべん臭とか言ってたから覚えやすかった」
そう唯一アンモニアだけは、秒殺で覚えられた単語だ。
しょんべんと結び付けられるとは、最高の語呂だ。
テストでは間違いなくサービス問題。
しょんべん、というと必ず連想させるのが、アンモニアだ。
そういえば、ここの体育館のトイレはこのアンモニア臭がしなかった。
まだ体育館が出来て日がたってないようで、新築という感じだ。
周りは何もないけれど、ホコリ一つ、シミもないように思う。
床もピカピカ。
証明の光の反射がまぶしい。
トイレの大はウオッシュレットで、便器も床も雪のように真っ白で、清潔感に溢れてる。
そして、この立っているだけで汗が流れるような暑さのこの時期に最高なのが、冷房が効いていることだ。
普通の体育館だと、タオルやうちわが必要だが、ここは必要ない。
防具を付けているから、ただでさえ体感温度がサウナにいるような感覚になるから、これはとってもありがたい。
風呂上がりに、冷蔵庫でキンキンに冷やしたコーラでも飲んだ時のように。
さすが、中体連の試合が行われる体育館だ。
体育館の綺麗さを改めて感じて、少し体が落ち着いた。
HP10ほど回復できたと思う。
その場ですり足をしてみて、キュキュという床を感じ、ワックスがしっかりかけられてるのを確認する。
剣道は素足でやるから、なおさら感覚がダイレクトに来る。
ツルツルだ。
手入れもバッチリだ。
なんだか得した気分。
床の肌触りを感じて、さらにHP10回復。。
いつもこういうきれいな体育館で試合をしたいもんだ。
しょんべん連想からのHP回復。
気を紛らわせた効果が出た。
【声援に対する緊張】
西野が試合場からでると、ここから歓声が上がる。
試合は大将戦なのだから、注目が一気にあつまる。
段々自分への視線が強くなることを感じる。
「頑張れ!」
「頼むぞ!」
「負けんなよ!」
と応援の声が聞こえてくる。
基本的に自分への応援は、100%聞こえている。
嬉しい声だけど、プレッシャーも応援を聞くたびに強くなっていく。
まるでゲリラ豪雨の雨音のように、心臓が急にドキドキいってきた。
あまりのドキドキに体全体が揺れてんじゃないか?、心臓の音が会場に響いてんじゃないかと思ってしまう。
この緊張っぷりが、周りに伝わっていたら恥ずかしい。
「どうか、誰も気づいていませんように。」
心臓のドキドキに合わせるように、だんだん手足がおもりを付けてるように重たくなり、真冬の早朝にコートなしで外出しているときのように震えだす。
いつもこんな緊張感の下で試合をしないから、どうしたらいいのかわからない。
いつも通りなら、中村、村上、西野の3人は勝つはずがないから、ここで消化試合だったのに。
声援だけでなく、体育館の振動も大きくなってきた。
また緊張感100UP。
この体育館はきれいなだけなく、2階に観客席があって自分がステージに立ったような気分になって、さらに緊張感が高まる。
おまけに観客席の入る人数が多いから余計に緊張してしまう。
プロスポーツの試合や人気歌手のライブのように、何万人も入るところじゃないけど、それでも市の中学校の全校生徒全員より多いんじゃないかと思ってしまう。
「1000は超えてるか?」
普段は、学校の体育館で試合をほとんどするから観客席などなく、2階から大人数で見られている感覚を味わうことはない。
いつもは、体育館の両サイドの端に通路のようなスペースがあって、そこに普段は観客はいる。
というかそこしか応援する場所はないのだけど。
立ち見しかできない。
スケールは今日の10分の1くらいで、体育館全体で全部で100人もいないだろう。
なんぜ幅は、大人の男3人くらいが並んで歩けるか歩けないかくらいしかない。
いつもより人数が多いせいか、声援の大きさに思わず体がビクッと反応したり、耳を塞いでしまうときがある。
大音量で音楽でも聞いてるみたいだ。
さっき声をかけてくれた人たちは、相当声を張ってくれてたのかも。
上から出てくる声を聞くのも初めてだ。
初めてなのは、声だけじゃない。
目線もだ。
いつもは立ち見の人しかいないから、大体自分の目線と同じ高さの視線しか感じないし、向けられてる視線の数はせいぜい1クラスの人数分だろう。
でも、今日はいつもより人数が多いし、上から視線を感じるなんて初めての感覚だ。
2階から、視線が矢のようにどんどん注がれているような気がしてならない。
「いや、これ自意識過剰だろ」
「いや、もしかしたら、結構いろんな人が見ているかもしれない」
「隣の会場にも試合をしているやつがいるから、そっちの試合だろ、視線を感じるのは気のせいだ。」
「多分気のせいなんだろうけど・・・」
きっと隣で試合をしてる人に向けられたものだ。
「自分じゃない、自分じゃない」
自分に言い聞かす。
普通だったら、わかりそうなことだけど、今はそんな余裕がない。
なんでも自分に向けられてる気がしてしまう。
体育館に1試合のコートしかなければそんなことは感じないだろう。
でも剣道の試合コートは、だいたい体育館を6等分している。
つまり同時に6試合行われているんだ。
試合のコートとコートの間を開けてもらいたいものだが、全く間を開けることなくぴったりと6等分されている。
入り口から見て、横に2面、縦に3面なのが一般的で、この日もその陣形のようだ。
自分の目の前で別のブロックの試合が行なわれている。
自分の手が届く範囲のところで試合が行われているから、隣の試合の様子も見ていなくても感じられる。
そのせいか、目線や応援までこっちに向けられたと思ってしまう。
緊張感で、HP10くらい減らされた。
視線による、ダメージ。
今は、緊張感の高まりしか感じない。
思わず下を向いてしまった。
その時、
ドキドキ。
ドンドン。
ドキドキ。
ドンドン。
「ん?」
何かが心臓の音と同じ周期で鳴ってる。
音が鳴っている方向を見ると、なんと対戦相手がジャンプしていた。
「そうだ、あいつは試合前にいつもジャンプするやつだった。」
「これで気合でも入れてるんだろうか?」
いつものことのように繰り返している。
対戦相手の野崎は、前にも対戦してたことがあって、まだ勝ったことがない相手だ。
つまり格上の相手。
何度か対戦してるけど、練習試合で引き分けに持ち込むのが精一杯だった。
背は野崎のほうが少し高い。
だから技をあいつに当てるためには、よりあいつに近づかなきゃいけない。
リーチがあいつのほうが長いんだ。
俺の技が届かないところから技が出てきる。
近づこうにも、近づいてる間に技を出されてしまう時がある。
技をしかけようとして近づいて技を出そうとした瞬間に、面を打たれていたそんな時もあった。
自分の技を出せるところまで近づく前にやられてしまう、そんなリスクが常に付きまとう。
格上で、なおかつリーチも長いとなると厄介だ。
むやみに技を出せば相手に届かず空振りするし、逆に返されてカウンターを食らってしまう。
MPばっか消費して、全然相手のHPを減らせてないのと同じだ。
炎の属性を持つ相手に、炎系のダメージを与える魔法を使って、ダメージを与えるどころか逆に相手のHPを回復させてしまう、そんな感じにも似てる。
どうやって技を出される前に相手に近づこうかな?
技を出されたときにどう技を防御するか、どうあいつの技を返してカウンターを食らわすか?
これが野崎と対戦するときの大きな課題だ。
「正直、攻略法みつかってないんだような~」
「どないしよ、どないしよ」
【記憶~剣道を始めたばかりのころ】
野崎との対戦は、まだ剣道を始めたばかりのころ、小学校2年くらいから始まった。
最初の対戦は、まだようやく竹刀を振るのに慣れてきて、防具を付け始めたころだ。
最初は、防具もつけず、身軽な格好でやっていた。
学校の体操着でやっていたかな。
いきなり道着を着て防具もつけて、バチバチ竹刀を振るなんてことはなく、道着や防具をはじめからつけることはない。
まずは正座の仕方から、礼の仕方から始まる。
今思えばまずは競技以前のところから教わってたな。
「礼に始まり礼に終わる」、その言葉通りまずは礼から練習は始まってた。
それが一通りできると、竹刀の持ち方、握り方、振り方などを教わる。
一番難かしかったのは、面とか小手に当たる瞬間に、手首を絞ること。
当たる瞬間に雑巾を絞るように、わずかだけど、キュッと絞る。
わずかだから、厳密には絞ってる感覚はないけれど、動作としては雑巾を絞る動きと同じだ。形だけに感覚的にほぼエア絞りだな。
この感覚をつかむために、最初は1か月くらい竹刀をひたすら振る。
野球など言えば、素振り。ひたすら振っていたのを覚えてる。
この時期に初めて、手に豆ができたっけ。
いわゆる竹刀だこだ。
人指し指から小指の付け根の膨らんでるところと親指の第一関節に、出来ていた。
多分絞るときに一番竹刀に接しているのと、力が入るからなのかな?
この辺は、今でも竹刀だこだらけで、皮膚も固くなっている。
あの時は豆が出来て、振るたびに痛みがあったけど、今では痛みなんて全くない。
逆にこの辺を噛んで、皮をはいでいる。爪噛みと同じみたいに。
竹刀を振って出来た豆のメンテナンスの感覚だ。
豆のでき方は左右で差が合って、左手の方が豆がよくできるし皮もはげる。
実は左手と右手で同じ力で竹刀を握るんじゃなくて、左手はガッチリと握り、右手は添えるだけという感じで握る。だから、握る力が弱い分右手には、そんなに豆が出来ない。
とはいっても、雑巾絞りの動きがあるから、豆が出来ないわけではないけれど。
右手は自転車の補助輪みたいなものになってる。
その感覚をつかむために、左手だけで竹刀を持ったり、右手無しで振ったりしたものだ。
そういえば、左手だけ握る力が強いから、体力測定では、利き手じゃない左手がなぜか握力がいい数値がでる。
自転車の片手運転も、なぜか左手でハンドルを握ってるほうがしっくりくる。
右手の片手運転もするが、なぜか気持ち悪さを感じる。
おさまりが悪いというか、なんかよどみのような感じがする。
これが、剣道をやってることによるものなのか、わからないけれど、そういえば中村や村上、三浦、西野もそんなこと言ってたから、剣道やってる人のあるあるかもしれない。
とにかく、最初はブンブン竹刀を振ってたもんだ。
野球と違って、動きは上下になる。
家の中で素振りしたときは、家の天井に竹刀をぶつけて、怒られてたっけ。
上に振りかぶるときに、竹刀の先が天井に当たるのだ。
小学校低学年でも、自分の身長と同じくらいの長さの棒を上下に振り回すのだから、天井に当たってしまう。
昔は、結構バカだったな。
当たることくらいわかりそうだけど、後先考えずガムシャラに振ってた。
竹刀なんて初めて見たし、アニメとか勇者が持ってる剣や、ゲームの主人公の持ってる剣に見えてきて、なんかウキウキしてた。
竹刀を振れば、なんかレーザー光線みたいなのとか出るかも、なんて思ってたしな。
アニメなんかで普通の人のキャラが剣を振って、レーザー光線を出してた回を見て、俺にもできるかも!、と本気で思ってた時もあった。
そん時は、友達みんなで、
「誰がレーザー光線だせるか?」
「出したら、なんか壊しちゃうかも?」
っとワクワク振ってた。
竹刀は、テレビやゲームの世界の剣になってた。
「おっと、ゲームの主人公の持ってる剣に見えてるのは今もか」
今はこの竹刀は、エクスカリパーだ。
竹刀をゲームに出てくる剣にみちゃうところは、始めたころと変わってないな。
おもちゃの剣とか、欲しかったし。
「チャンバラごっこなんて、まだやってた年だからな。」
始めたころはなんかヒーローになれそう、ヒーローになった気分になってて楽しかったのを覚えてる。スキップが自然に出てきそうだった。
ほとんど、遊びの延長線上に剣道はあったようなものだ。
ただひたすら振るだけだから、シンプルだ。
でも、次の段階から少しずつレベルが上がってきて、うまくできないことが増えてくる。
足さばきだ。
すり足に苦労する。
床から足裏を離さなように、擦って移動する。
難しいのは移動の時に、右足を前、左足を後ろ、なのが基本姿勢なんだけど左足が右足より前に出てしまうことだ。
普段歩くときは、右足左足を交互に前に出し、それぞれの足をそれぞれの足より前に出す動きになれてるから、この左足を右足より前に出さない動きができなかったんだ。
左足を前に出しるとき、監督に怒られるときは、
「歩いてるぞ!、コラ!」
が、お決まりのフレーズで怒鳴られる。
確かに、歩いてる動きと同じだけど。
罰走として、体育館の端から端まですり足で、移動しろと言われたことも結構あった。
でも走ってないから、罰走じゃなくて、罰すり足かもな。
言い方替えないといけないかもな。
でも罰走としてすり足しても、この時も左足が右足より前に出て、軽い小走りしてるみたいになるから、また怒られる。
お決まりのパターンみたいにこれは繰り返される。
まるで、ストーリーが決まってるアニメみたいに。
「普段と動きが違うんだから、できなくても仕方ないじゃん!」
いつもそう思いながら、やってた。
動きは単純なんだけど、なかなかできなかった。
右足はわずかにかかとを上げる。ちょうど紙一枚がすっと入るくらいと、教わったな。
左足はかかとを上げる。ちょうど握りこぶし一つ分。
右足を前に出し、右足のかかとに位置に、左足の指先が来るように立つ。
右足と左足の間隔は、肩幅より狭いかな?、俺は握りこぶし2つ分くらい空けてる。
この姿勢を保ちながら、そして持ってる竹刀を揺らすことなく移動する。
横から見ると足は動いてるけど、腰から上は直立不動みたいに見える。
足の動きは、右足を前に出し、右足が床につく前には左足も前に出し、右足の床に着いてすぐには、左足も右足のかかとに位置についてなければいけない。
前に踏み出す歩幅みたいなのも、自分の足のサイズと大体同じくらいかと思う。
かなり小刻みな動きだ。
右足にぴったりくっついてついていく、左足。
右足を決して追い越さない左足。
まるで、アヒルの親子の動きだ。
右足が親アヒル。
左足が子供たち。
足元を見るとアニメやゲームの世界だけじゃなくて、現実の動物の世界も見える。
「なんでこんな簡単な動きができないんだ」
「ただ右足をスッと動かしたら、左足もそれについて行かせたらいいだけでしょ」
何度も言い聞かしたけど、できずにまた怒られる。
一番苦労したのが、このすり足だ。
監督に怒られなくなったのは、中学入って半年くらい経ってからだった。
できるようになるまで結構時間かかったんだ。
「思ってたより、できるまで時間かかってんじゃん」
「よくここまで耐えて、練習できたもんだ」
今となっては、よく長い間練習してきたもんだ。
なんとなく自分頑張ったな~感を感じて、気分が良くなって、HP50くらいUP。
「自画自賛というやつかな?」
「この使い方で合ってるか?」
「まいいか、なんとなくそんな感じだろ」
ふと、頑張った感が出た自分に酔ってしまう。
こんなこと時々ある。
「たまにはそんな時があってもいいよね」
「すり足苦労したもん」
小学校のときは、このすり足と格闘してたともいえる。
そう、こんなに苦労したわけだから、野崎との初対戦の時は、このすり足が出来てるわけもなく、ズカズカ歩きながら試合をしてる有様だった。
【記憶~剣道を本格的にやる】
完璧でなくてもある程度すり足と竹刀の素振りをやっていくと、いよいよ道着と防具を付けていく。
防具を付け始めたころは、鎧を付けてるような気持ちになって、アニメやゲームの主人公になれた気がしていた。
防具を付けるとは、装備をする。
そう言い換えてたもんな。楯はなかったけど。
防御力100UP。
ダメージを減らしてくれるのだ。
HPの減りが20くらい減ったような気分だ。
そんなイメージ。
なんでも、アニメとゲームに見えちゃう。
防具つけたての頃は、ゲームと剣道のすべてがリンクしてたように思う。
そういえば面と小手は、形や色がほとんど同じのしか見たことないけど、胴は模様や色がいろいろあって、こだわりがある人も多い。
色は黒が基本だったけど、赤や青、灰色なんかは見たことあるな。
全国大会に出たら、記念に胴をもらうなんてこともあるって聞いたことある。
練習試合で出稽古に出かけると、ショーケースのようなところに飾っているチームもあるし、試合の時に団体戦で使われていたりする。
団体戦に5人お揃いで、スタンダードな胴ではないものを付けていたら、昔全国行ったとか何かしらのいい結果を出してることが多い。
いわゆる伝統校ということかな。
胴を見れば強さや残してきた成績も想像できる、ともいえるかな。
今俺がつけてるやつは赤胴とよばれ、何年前か忘れたけど全国大会出場の記念に5人分もらったらしい。
確かに見ると、高級そうだ。
なんとなく。
うちにも輝かしい栄光の時代ともいえる時期があったらしい。
今は、そんなことなどなかったこのように忘れ去られてる有様だけど。
「そういえば、古典で強いものも衰えるとか、なんとか言ってたな」
「なんだっけかな」
「思い出せん」
「てか、そんとき、あまりのつまらなさに寝てたかも」
「ま、いいか」
栄光は、今日家に帰ってやるゲームでつかみ取る。
桜の散る季節から竹刀を振り始めて、ちょうど梅雨が明けたくらいに防具を付け始めたかな。GWとかあって、練習なんてしてなかった時期もあるけど。
始めて面を付けた時は、目が回ったみたいに頭がフラフラしたのを覚えてる。
面を被ったことで、視界が狭くなったからかな?
面は、頭の後ろ後頭部のところで紐をきつくしばるから、その締めつけ感もあるからかも。
グラグラしないように固定するくらい結ぶから、サイズが1サイズ小さくてボタンをとめられない服を着ているときの感じの圧迫感はある。
被り物をしたのは初めてだったし、頭が重くなったのを感じたのも初めてだ。
面が格子状になってて、目の前に障害物ある中で周りを見るのも。
ただ、カップ麺が出来上がるくらいの時間つけてると、頭がフラフラはしなくなった。
防具を付けて竹刀を振り回すのは、慣れが必要なことだった。
そんな違和感に慣れたころには、もうすぐ夏休みが迫っていた。
【野崎との対戦振り返り】
「やった!、もうすぐ夏休み!」
そんな浮かれ気分の時期が、野崎との初対戦だった。
やつは幼稚園くらいから始めてて、3年くらいは剣道歴でいうと先輩だった。
それなのにこっちは今やっと防具つけて練習し始めましたよ、っていう感じ。
戦う前から勝負は決まってたようなもんだった。
自分が面を打とうと動き始めようとしたときには、すでに面を打たれていた。
指一本触れられずに、負けるとはこういうこと。
いきなりボスキャラと戦って、一撃で即死したみたいなもんだ。
HPが0になって、HPの文字が赤くなり、「GAME OVER」の文字が映される。
そんな絵を見ているよう。
試合開始の合図から、全く動けず。
マネキン状態。
相手の動きも見えなかったし、何をされたのかさえもその瞬間わからなかった。
人生初の剣道の試合は、相手の練習台になってしまった。
実力差を大きく見せられたところから、やつとの対戦の歴史は始まった。
それから何度か、練習試合とか対戦はあるんだけど勝ったことはない。
なんだか、ネガティブなことしかない。
「そういえば、あいつとは最近、いつ対戦したっけ?」
「うーん」
「・・・」
「あ、そういえば」
「1年くらい前・・」
「そうだ、そんときは、勝てるかもというところだった」
そのときは、あわや勝っっちゃうというところだった。
「ここだ!」
と、思った時に技を仕掛けた。
それはあいつも同じだったらしい。
そのとき相打ちになったときに、3人審判いるうちの一人は俺の技が決まってると判断してくれたんだけど、残りの2人はぎりぎりまで悩んだ末に野崎に旗を上げた。
3人の審判の多数決みたいで、2人以上が旗を上げれば一本になってしまう。
もう少しだった。
最初はマネキン状態な試合も続いて悲惨だったけど、小学校高学年くらいから引き分けや最後の数秒というところで負けちゃう、とかあと一歩で勝てそうだった、という試合が段々増えてきたんだ。
「まぐれだ!」
っといわれればそうかもだけど、やっぱそういう試合もできれば気分乗っちゃう。
「俺行けちゃうかも」
「うんうん、ビビんなくていいんじゃね」
勝てない相手では、なくなってきた。
そう思う。
剣道を始めたばかりのころは、あまりの実力差にかなりビビッてて、対戦するのが怖かったし技を打つことさえできなかった。
まるで嫌いなピーマンを目の前にしたように、どうしても拒否しちゃうのだ。
それなのに、まぐれの一つも起きると実力があるように思ってしまう。
「やっぱだいぶ成長したかな」
「うんうん、レベル50くらいは余裕でアップしてる」
「やっぱり、俺やればできちゃうかも」
自分に言い聞かす。
というより、そんな声が自分の体から聞こえてくるようだ。
そんな声を聞いてるうちに、なぜだか、攻撃力30UP、素早さ30UP、HP200UP、MP200UP、自分のパラメータがさらに上がったように感じる。
ボスキャラも倒せちゃう!、そんな気分だ。
「この試合行けるかも?」
根拠なんてないけど、なぜだかそう思う。
HP50回復。
西野の試合が終わってから、初めて力が沸きあがってきた。
思い出が自信になることもある。
そんな自分に都合のよい昔の思い出に浸っていた。
【ゴンザレス登場】
ドンドン。
ピシッ、パシッ。
パンパン。
頭の中で思い出した昔の映像が切れると、急に聞こえてきた。
聞こえてきたというより、鼓膜を襲うように音が入ってくる。
同時に5試合もやってるからな。
目の前が静かでも、向こうから横から音が聞こえてくる。
床を踏みつける音、小手を打った音、面を打った音、技を竹刀で返したときに出る竹刀と竹刀がぶつかり合う音。
パチッ。
すぐ近くで行われている、試合をしている選手の足音だ。
竹刀で打つ音と共に、足音も体育館中に響いている。
足音が山彦のように、聞こえてきそうだ。
床を踏んだ時に揺れる床の振動が、足の裏でブルブルと床が震えていることを教えている。
床だけ地震でも起きてるようだ。
意識が現実に戻ると、他会場の振動と体育館の屋根に跳ね返った音も聞こえる。
この足音と振動を感じられると、もうすぐ試合を控えていることを再認識させられる。
一気に昔の回想から、現実の世界へ連れ戻される。
「やべ、まだドキドキいってる」
「落ち着け」
「とりあえず深呼吸」
「フー、ハー、フー、ハー」
深呼吸してもまだ心臓がドキドキ言ってることに、焦りが出てくる。
「いや、待ていつもやってるあれだ、あれ」
試合前にやるあれだ。
とにかく気持ちを落ち着かせねば。
一呼吸おいて、天井を見上げる。
野崎が試合前にジャンプするのなら、おれは天井や遠くを見る。
前にテレビで、プロの選手やオリンピックに出てた人が、
「気持ちを落ち着かせるために、遠くを見てます」
と言ってたのを真似したのが始まりだ。
いわゆる、試合前のルーティン。
有名な人がやってたから、っていうミーハー心があったのは確かだけど、やってみると結構いいもんだ。
気持ちを落ち着かせるためにやっているらしい。
そんな効果なんてあるとも知らず、真似していた。
やっていくうちに、気持ちが落ち着いていく実感があった。
ここだけは、テレビに出るようなスポーツ選手に似てきたのかも!
全部緊張が取り去られるわけじゃないんだけど、自分の中で丁度いいところまで緊張が抜け落ちていってくれる。
全力疾走した後肩で息してたのが、もう一本ダッシュでも行けるくらいには回復している、そのときみたいに心臓のドキドキが落ち着く。
自分の視線と共に、緊張やドキドキが遠くへ飛んでいってくれたみたい。
遠くを見ることが精神安定剤になっている。
今はこれをしないと落ち着けない。
お決まりの動作。
「少しは、ドキドキも収まったようだ」
少し安心。
手足をブラブラしてみる、さっきまで感じてた、澱みは抜けてきた。
試合に行けそうかな。
やっと戦闘態勢に近づいている。
遅ればせながら。
野崎の方に目をやると、あいつはいつでも試合いけるぜ!、と言わんばかりにアキレス腱を伸ばし臨戦態勢になってるようにみえる。
「あいつ、余裕しゃくしゃくじゃねーか!」
と心の中でつぶやきながらも、いよいよ試合が始まる。
最後にもう一回だけ。
うつむき、目を閉じる。
「フー」
「ハー」
深呼吸した後、顔を上げ、また遠くを見る。
丁度視線は、目の前に広がる観客席へと移っていた。
改めて見ると、やっぱり人がたくさんいる。
観客席は満席だ。
直線距離にして、バスケットコート一つ分くらい、高さは学校の1階と2階くらい離れていて結構こっから距離あるけど、顔が良く見える。
残念そうなのか、喜んでいるのか、さえも。
教室の一番後ろから黒板の字が見えないのに、観客の顔はよく見える。
「照明の効果か?」
遠くのものが見える視界に思わず、つぶやく。
「そういえば、だれか来てるのか?」
前方の観客席を見渡す。
「・・・」
「・・・」
「誰もいないな」
「野球部とかサッカー部とかに行ったか」
野球部、サッカー部は人気だからな。
部に所属していない人は応援に行くのが必須だけど、どこに応援に行くかは自由だ。
「応援する部を選べるんだから、やっぱりそっちへ行ったか」
応援団やチア部なども野球部、サッカー部の試合に行く。
さらに吹奏楽も。
剣道の試合で、吹奏楽の演奏やチア部の声援を聞くことはない。
聞くのは、拍手だ。
誰も知ってる人がいないと思って落胆しかけたころ、視線の左端に違和感を感じた。
なぜか急に違和感がおそってきた。
虫の知らせなのか、妙な胸騒ぎのような感じ。
さっき見た方向だけど、だれもいないと思って見過ごしたところだ。
「ん」
「・・・」
なぜか嫌な予感がする。
なんだろう、この悪寒。
観客席を見てるだけなのに。
恐る恐る視線を左側へ移していく。
自然と首の動作は、スローになっている。
「・・・」
「・・・」
「ん」
「あれは・・・」
「もしかして・・・」
「ゴン・・・」
「ゴン、・・ザレス・・・」
「・・・・」
「ゴンザレスだ・・・」
「・・・」
思わず二度見してしまった。
よりによって、ゴンザレスを二度見。
鳥肌が立つ。
急に寒気が。
悪寒が体を襲う。
【ゴンザレスの由来】
そこにいたのは、通称ゴンザレス。
誰かがあいつは《ゴンザレス》、っと名付けてから俺ら男子はみんなそう言ってる。
風が吹いても全く乱れないであろうショートカットな髪型、男と言われても全く違和感ない風貌。
スカートを履いているのを見て、
「あいつ、女だったのか」
っと、初めて女子だと気づく。
くびれを全く感じさせない腰のライン。
肩幅、武道家を思わせるほど広く、普通の男より全然男らしい。
ふくらはぎや、二の腕も、筋肉が盛り上がっている。
完全な一重と習字の筆か?、と思わせる太い眉。
男とほとんど変わらない大柄な体格のせいか、休み時間はいつもモグモグ何か食ってる。
大きな体のせいで、腹がすぐすくのだろう。
獣と同じくらい、食欲旺盛だ。
ダイエットとか痩せようとかいう感覚は、全くないらしい。
あの見た目でおやつやおにぎりをむさぼる姿は、ゲームに出てくる召喚獣やモンスターみたいで、その実写版が飛びだしてきたようだ。
一瞬たりとも視界に入れてしまったら、その姿は目に焼き付いて夢にまでも出てきてしまうほど強烈だ。
いやでも、頭にこびりつく。
小さい子供が見たら、泣き出してしまう。
目にした瞬間、もうKOだ。
家庭科の課外授業で幼稚園を訪問した時は、園児が誰も寄り付かなかった。
あまりの恐怖に子供たちは、
「お母さん、お母さん」
「助けて」
と泣き出していた。
とにかく、ゴンザレスの見た目が怖かったのだろう。
幼稚園で飼われていた犬や猫に至っては、ゴンザレスを目にした瞬間に小屋に一目散に逃げだしていた。
犬は吠えそうなもんだけど、それさえもできなかった。
化け物に襲われる、そんな命の危機でも感じたんだろうか?
動物的本能がそう感じさせたのかも。
子供に恐怖を与え、犬でさえも近づくことも視界に入れることもできない、ゴンザレスの顔の破壊力。
この顔を知ってからは、ホラー映画のお化けやゾンビなど見ても、そちらのほうが人間らしく見えて、恐怖心を感じなくなってしまった。
まだあっちの方がかわいく見える。
人間離れとはこういうことだと、初めて実感した。
「ゴンザレスは化け物よりも恐怖なり」
「ゴンザレス」は、そんな強烈な外見からつけられた。
クラスに一人はいる、あだ名のネーミングセンスが天才的にいいやつが名付けた。
クラスの大半のあだ名を、つけてしまう。
そして、誰もそのあだ名のネーミングがあまりにしっくりくるあまり、一言であだ名が決まる。
これといった理由はないし、なんとなくの思い付きだろうし、深い意味も由来もない。
急に降ってきたように出てきたのが、たまたまこの名前がだったんだ。
それがみんなしっくりきただけ。
いわゆる、鶴の一声というやつだ。
「これぐらいの言葉は知ってるもんね」
ことわざ的なものも、覚えてたりする。
アニメでキャラが言ってたのを覚えてれるだけなんだけど。
そんなんでも、言葉を使いこなせられるんだからいいもんだ。
体育の時間の後の着替えの時に、さらっと放たれた一言。
不思議とこの時間に、あだ名が生まれてる気がする。
着替えの時間は、男子しかいないからかな。
女子のいる休み時間と違って、女子の話もしやすい。
「男子うるさい!」、なんて言われることないし。
いないって思うと解放された気になって、つい口が緩んじゃう。
先生が出張でいなくて、授業が自習になったときみたいだ。
そん時は課題なんてせずに、居眠り、おしゃべり、紙ヒコーキ飛ばし、等々やりたい放題だ。
たまに別のクラスの先生が教室のそばを通ったり、監督しに教室に入ってることがあるけど、そん時だけはまじめに課題こなしてますよみたいなフリをする。
監視役がいて、そいつが「先生来たぞ!」と知らせる。
その一言で、全員が一芝居打つ。
こんときの危機察知能力は、クラスのみんな全員天才的だ。
今まですごく騒いでたりするのに、一瞬にして教室はシーンと静かになる。
完全に息ぴったりという感じで、全員がシャーペンを握り課題プリントに向かう。
体育祭の組体操では、ついにできなかった全員の足並みをそろえる風景。
そして、先生が通り過ぎるとまた騒ぐ。
そんな時に生まれたゴンザレスというあだ名。
たった一言。
「あいつ、ゴンザレスみたい」
その一言で、そいつはゴンザレスになった。
普段まとまりのない集団も、その時は全員の意見が一致して、みんな「うんうん」とうなづく。
みんなのイメージと評価が、ゴンザレスと完全にリンクしたんだと思う。
たぶん、クラスで意見が満場一致したのは、このゴンザレスのネーミングだけだ。
そういえば、女子同士ではなんて呼ばれてんのか?
それは、よくわかんないしいっか。
女子のグループでもメインから外れ、教室の隅っこでこじんまりとしたグループにいる。隅っこにいるし、女子同士でも話題に上がることなんて全くないのかもしれない。
これは、男子同士でしか通じないあだ名だ。
本人はゴンザレスと呼ばれていることは、知らないだろう。
本人の前では言わないあだ名だ。
そもそもやつとは、会話なんてするつもりない。
視線も視界に入れることも。
男子更衣室、男子トイレ、男しかいない場所のわずか数分あるかないかのわずかの間でしか、このゴンザレスの話題は出てこない。
この場で交わされる女子の品評会みたいなところで出てくる。
勿論ゴンザレスの話題が毎日出ることはなく、忘れたころにやってくるみたいに季節の変わり目に突然という感じだから、1年に片手数えられるほどしか出てこない。
1年通算の話題のトータル時間は、カップラーメンのできる時間にも満たないだろう。
ゴンザレスと僕らクラスの男子との接点は唯一、男子だけの女子品評会だ。
「こいつ、あり?、なし?」
「この間のあいつ、かわいくなかった?」
「もうほんと、あいつ、無理、気持ち悪い」
みんなそれぞれがクラスの女子一人一人について、評価を下す。
決まってここでゴンザレスの話題は、
「あいつ男だろ?」
「俺最初男かと思った」
「それ、俺も思ってた」
っと、完全にゴンザレスは男扱いだ。
ゴンザレスと言ううちに、名前で呼ばないから本名は誰も知らない。
クラスに他にもいる、あだ名でしか呼ばれないから本名をみんな忘れてしまうパターン。
「そういえば名前なんだったけ?」
と言われる始末。
たまに本名で呼ばれると、呼ばれなれてないせいか、反応なしもしくは反応が遅い。
本人にはあだ名以外が自分という自覚症状はない。
みんなにとってもあだ名が本名だ。
そうして、ゴンザレスが確立する、
誰も本名を覚えるつもりもないし、興味もないけど。
というより、最初から覚えるつもりなんてない。
そんなやつがなぜか、観客席にいる。
だから、絶対に来てほしくない奴だったのに。
というより、視界にも入ってほしくない。
招かれざる観客。
「なぜあいつがここに・・・」
ぐつぐつと煮たシチューから出た湯気のように、嫌悪感が湧き上がってくる。
嫌いなヘビを目の前にしたときのように。
嫌悪感が力を奪い、HP200減らしてしまった。
「さっきまでなんか行けそうな気がしてたのに・・・」
存在だけで、気力を奪ってしまう。
まるで毒に侵された気分。
絶対に見つけてはいけない、見てはいけないものだった。
「なのに・・・、どうして・・・」
思わずうつむく。
パシッ、パシッ。
ふと、聞こえてきた方向に目を向ける。
すぐ右隣りの試合場では、打ち合いになっている。
パシッ、パシッ。
竹刀と竹刀が当たりあい、中々技が決まらない。
互角の戦いになっているようだ。
声援にも熱が入っているようで、試合前のこちらとは温度差がある。
日向の世界と日陰の世界に分かれているようだ。
手に汗握るそんな隣の試合が、ゴンザレスを忘れさせてくるわけもなく、容赦なくゴンザレスの存在が目についてくる。
そう、あいつのオーラはガンガンに横から感じてしまう。
自分が視界に入れていなくても、ゴンザレスの視界に入ってしまっていなくても、だ。
ゴンザレスの存在する限り、レーザーでも浴びているように、チクチクと感じ、オーラは容赦なく降り注ぐ。
存在そのものが、悪みたいのものだ。
日陰の世界とか日向の世界とか、そんなものは全く関係なしに、脳裏に強烈に映像として刻まれる。
不幸なことにゴンザレスの顔の画像だけ、俺の脳に住み着いてしまったようだ。
一度目にしたら、離れることはない。
「てか、頭ん中ゴンザレスだらけになってんじゃん!」
「とっとと、消しちまおう!」
パチパチッ、パチパチッ。
っとその時、後ろから拍手が沸き起こった。
試合を見に来ていた、父兄たちだ。
とってもタイミングが良い。
向こうにいる、ゴンザレス方面は無視だ。
応援されていると思うと、また気分が悪くなる。
目の前で爆竹でも爆発したか?、と思うほどに大きな拍手は防具を付けていてもしっかりと耳に届き、周りの歓声や竹刀を打ち合う音、床を踏み込む音全てをかき消してくれた。
この拍手がいよいよ試合が始まるのだという感覚を体に教えてくれる。
「そうだ、もうすぐ試合が始まる」
試合前には、こうして拍手で送りだされる。
今日は大将戦のためか、心なしか大きく聞こえる。
MP50アップ。
ゴンザレスによりぶち壊された、ムードは回復できたかな。
「やってやるぞ!」
拍手を合図に頭を左右に、ブルッブルッと振る。
気合を入れると同時に、戦闘モードに入る。
「今まで勝てなかったあいつにどうやって勝つか?」
こんなこと、考えたことは初めてだった。
今まで逃げ続けていた相手に初めて勝ちに行く。
【試合直前の葛藤~勝機を探し出す】
「どうしよう、どうしよう、どうしたら勝てるかな?」
心の中でつぶやく。
自分が勝っている姿がイメージができない。
「あいつの弱点は・・・?」
「なんだっけ?」
勝つための策を絞り出す。
「そういえば、さっきの試合で何かあるかも」
俺の試合前、目の前でたまたまやっていたあいつの試合を思い出す。
あいつも個人戦に出ていた。
そのときの試合ぶりから探ってみよう。
その時の試合ぶりは、パッと見た感じ体が切れてそうだった。
まだ初戦とかだったから、試合を流してた感があったけど、それでも対戦相手を圧倒し、野崎の技に相手は反応もできていなかった。
「そうだ、調子はいい感じだった・・・」
調子が悪ければちょっとは救われた気分にもなれるけど、そんな期待は崩されてしまったみたいだ。
さらにレベルアップもしているように見える。
あんなスピードあったか?
あんな返し技なんていつ身に着けたんだ。
まさか、他に新技とかないよな?
知らない技を出されたら、どうしたらいい?
あの技に反応できそうにないぞ。
攻撃力が50くらいは違うかもしれない・・・。
「やべ、あいつの弱点じゃなくて、いいところ見つけてるじゃん!」
「弱点、弱点はないか」
なぜか相手のいいところばかりが、思い浮かんでしまう。
あいつのことを考えると、いつもそんなだから今まで逃げてきたわけなんだけど。
「もちっとちゃんと試合をガン見してたら、分析とかできたかな?」
「テレビとかみたいに、ポンッと策とか出てこないかな?」
「てか、神頼みみたいになってる・・・」
弱点探しができていない。
テレビとかで、コンピュータを使ってデータを集めてみたいなの、あったらできたかな?
IT剣道みたいな。
できたらそんなネーミングができてそうだ。
プロのスポーツでも相手のデータ集めて、対策してるっていうしな。
「でも、パソコンできないから無理か」
「ワードとかエクセル、よく分かんねぇしな~」
「・・・」
「俺ん中にあの技についていけるものあったけ?」
「いや、返し技だから返されなければいいんだ」
「いや、でも返されたらどうする?」
「どうしよ・・・」
「どないしよ・・・」
「・・・」
考えてもどうやったら野崎に対抗できるかわからない・・・。
まともに戦っても打ち負けるのに、さらにこちらが技を仕掛けてもそれを返すカウンターも決めてきそう。
絶体絶命。
よく漫画やアニメか何かで、画面に《絶対絶命》なんてナレーションや文字が出るけど、今まさにその状況が生まれてきた。
そういえばテレビに出てくる文字は、何とかって芸人が言ってたな?
「何だったけ?」
「・・・」
「いやいや、今そんなこと考えてる場合じゃないよ!」
「野崎にどうしたら勝てるか?、を考えなきゃ」
「やべ、全然思いつかね・・・」
なんか目の前をピューと風でも吹いてるかのように、頭は空っぽの感じだ。
テレビではダジャレが滑った時にシーンと静まり返った様子を表すときに流れる、そんときみたいに頭の中は空っぽで静まり返ってる。
無策とは・・・。
「笑えね・・」
なんだか、またMPが100くらい減ったような気がする。
「やばい・・」
「諦めるか・・・」
またいつものように逃げ出したい気持ちに駆られてしまった・・・。
いつもと同じような流れが出来ていた。
【策が見つからない焦り】
野崎に勝つための策は見つからないまま、試合はドンドン近づいてくる。
「どうしよう、どうしよう」
背中に一粒の汗が流れるのを感じる。
いつもは、流れている汗なんて気にも留めない。
なのに。
「緊張してるのか?」
また指先が、ブルブルと小さく震えてきた。
震える手を振り払うために、ギュッと手を握る。
そのとき、指先にまた湿り気があるのを感じた。
小手に汗がにじんでいるようだ。
「今までマジで勝とうと思って、試合に臨むなんてことなかったからな・・・」
消化試合に慣れきっていたせいか、真剣勝負をしてなかった。
今までは相手が強いという恐怖心、自分の技が返されるのではないかという恐怖心、相手に攻められたらどうしようという恐怖心、恐怖心だらけの中で試合に臨むことが多かった。
いつも消化試合(いつも負けが決定してた、原因は中村と村上と西野が、安定的に負けていたからだ)で、勝敗のプレッシャーを感じずにいられた。
自分の中からくるプレッシャーだけだったのが、今は外からくるプレッシャーがある。
初めてのことだ。
誰かに勝ってほしいと応援される中での試合は。
自分自身でも、「勝ちたい!」、「負けないぞ!」と思って試合に臨むのも。
未知だらけ。
恐怖心以外の感覚を感じてる。
消化試合ばかりのいつもだったら誰にも注目されてなくって、むしろ「だれか応援してろ!」と叫びたいくらいなのに。
今日は背中に拍手と声援、注目まで浴びるように感じる。
「消化試合とはこんなにも違うものなのか?」
今まで寂しかった背中が、今は太陽の日差しをカンカンに浴びているように熱く感じる。
今まで注目されていなかった分だけ、誰かに応援されている感があるのはちょっとだけ心地よくもあった。
「でも、この感じ悪くない!」
「いい感じだ!、みんな注目してる」
応援されてるせいか、なんかドラマかなんかの主人公になった気分でウキウキしてきた。
HP100回復。
いよいよ、試合場へ足を踏み入れるときが来た。
ここは、右足から踏み込む。
なぜかこれは昔から変わらない。
左足からではダメなんだ。
右足からじゃないと、テンポが乱れるというか気のおさまりが悪いんだ。
そうじゃないと自分の中の歯車が狂う。
右足から足を踏み入れるのは、もう儀式だ。
ドン、っと右足を試合場へ踏み入れる。
いい感じだ。
なぜだかわからないけど、右足からしっかりと試合場へ踏み入れられたことに安心する。
「ん、でも待てよ、結局何も策は思い浮かばなかった・・・」
足を踏み入れて、ようやくこの重大なことに気づく。
歓声に酔いすぎていた。
「はよ、策を見つけろよ!」
「思い切りぶつかれば何とかなるさ!、この前の試合もあと一歩だったし。」
「無策で勝てる相手ではないだろう」
「中村戦法で、わざと腕にぶつけりゃイケんじゃね?」
「弱点はあるはず、見つからないのは探し足りないからだ」
「ここは、引き分け狙いで行くか」
頭の中で、もう一人の自分たちがささやく。
結局、弱点も勝つための作戦もなにもないまま、試合場へ踏み入れてしまった。
このまま、5,6歩歩いて野崎と向かい合って、3歩歩いて竹刀を合わせてしゃがんだら、もう試合開始だ。
もう時間がない。
いつもなら、まいっか、で済まされるところだなんだけど、今日はチームの勝敗がかかっている。
フー、っと思わずため息がもれてしまう。
「やべ、どうしよう・・・」
「瞬殺で負けるとか嫌だよ」
格上の相手と対戦するときの恐怖心がまた、俺を覆いかぶさるように包んでいく。
【あの子が観客席に】
とりあえず、深呼吸だ。
フーー、ハァーー。
深い呼吸に体も揺れる。
疲れてないのに肩で息をするように息したのは、始めてかもしれない。
ゴンザレスを視界に入れないように注意して、意図的にゴンザレスいる席とは逆側のやや右方向に顔を上げる。
精神安定には、遠くを見るのが一番だ。
「よし、ゴンザレスは目に入れることなく、上を見れた」
正面右寄りの天井の照明をみたところで、また深呼吸する。
フーー、ハァーー。
少し落ち着いてきた。
歩きながらだから、少しバランスを崩しそうになった。
こうなったら、やけくそで試合に臨むしかない。
「試合なんて、どうにでもなれだ」
投げやりの態度になっていた。
ゆっくりと、視線を落としていく。
天井の照明、窓、観客席、正面の壁へと視線が落ちていく。
真正面に視線が戻ったところで、左足を踏み込もうとした。
そのとき、
「ファイト!」
「頑張って!」
俺を応援する声が聞こえる。
しかも後ろ、いや背中からは聞こえない。
想像してなかった声に少し、戸惑う。
「誰?」
「ん?」
「てか、前から?」
「まさか、ゴンザレスでは・・・」
一瞬最悪の展開がよぎり、額に汗が流れる。
でも声のする方向は、さっき見たところだった。
それに聞こえてきた高く澄んだ声は、泥水のようなダミ声のゴンザレスではない。
「でも、他の人への応援かも」
「勘違いかもよ」
いつも俺への声援かも?、っと思って違うこともあるせいか、そう言い聞かす。
自分への応援歌と振り返った時に、実は別の人への応援だったときの精神的ダメージは即死級だ。
HP100食らうとかのレベルではない、10000くらいだ。
声援が自分じゃなかったのだという落ち込みと、自分じゃないのに振り返ってしまった恥ずかしさ、周りにこんな自意識過剰なところを見られていないかという不安がそうさせる。
3連チャンでダメージが襲ってくる。
いやなクセ。
素直に声援を受け止めようとしない。
反応しなければ、恥ずかしい気持ちになることはないからね。
でもそんな勘違いをしてしまう声と、なぜか絶対に耳に聞こえてくる声がある。
どんなに大声援の中でも、どんなに周りが騒いでいても聞こえてくる。
周りに音が一瞬でかき消され、自分だけに声が届けられているような、そんな感覚。
ぱっと観客席を見た時、めちゃめちゃカワイイ人だけは吸い寄せられるようにはっきりと見えてしまう。
そんなときは、場所も顔も服装もばっちり見える。
なぜか、カワイイ人限定なんだ。
体に探知機でもついてるんじゃないかと思うほど、見つけてしまう。
しかもそんな時に見ると、いつもよりものすごくカワイく見える。
レベルが50くらいは違う。
テレビに出てるアイドルよりも全然いい。
我ながら、素晴らしすぎる特殊能力だ。
そ んなだからか吸い寄せられるように、耳だけはつい傾けてしまう。
拡声器でも使わない限り絶対聞こえない距離だけど、神の声のようになぜか聞こえる。
「いや、この声は絶対に俺に向けられたものだ」
間違うはずがない。
根拠のない自信。
「自分の特殊能力を信じろ!」
こういうときの自分の声は力がある。
鶴の一声、みたいに不思議な力がある。
「こんな使い方だったっけ?」
「意味違うかな?」
「いや、どうでもいい」
こういう直感めいたモノは不思議と正しい。
きっと大丈夫。
試合とは関係ないところで、確信を持つ。
「よし、見よう!」
左足を踏み出すと同時に、上に視線を移していく。
ゆっくり、ゆっくり。
「・・・」
「・・・」
「ん」
「いた・・・」
そこにいたのは・・・。
「・・・んだ」
「お前もいたのか・・・」
来ないと思っていたけど、来てくれていた。
視界会場とうちの学校からは電車でも1時間くらいかかるほど遠い。
だから昨日学校で会った時に、「応援来てよ」、なんて言えなかったのだ。
ホントは、来てほしかったけど。
最初は、特に意識もしてなかった。
けど、たまたま席が隣同士になってからお互い話すようになった。
そこからだろうか、あいつを意識し始めたのは。
そこから、あいつの声だけは教室がいくら騒いでいても、聞き分けられるようになっていた。
いつのまにか目で追うようにもなっていた。
なんとなく気になる。
だから、昨日放課後教室で会えた時は、なぜだか嬉しかった。
帰り際、最後に一言だけ、
「頑張ってね、応援してるよ!」
っと言ってくれた。
それだけで十分だった。
「うん、頑張るよ!」
と、行って防具を持って意気揚々と明日に備えて、学校を出たのだ。
なぜだか知らないけど、自然とスキップして帰っていた。
自然と笑っていたように思う。
ニヤけていたのが、見られていたら恥ずかしい。
「おっしゃ、明日やってやるぞ!」
「明日はやくこい!」
自然と遠足前の前日みたいにウキウキしていた。
ただ、そう言って、帰ってすぐにゲームやっちゃたのは、言えない・・・。
「いや、部屋にゲーム機があったのがいけないんだ!」
「あるんだから仕方ない」
訳の分からない言い訳を言い聞かせて、自分を正当化する。
でもあの一言があったから、昨日は早めにゲームを切り上げられた気がする。
いつもなら夜通しやって、全く寝てませんみたいな感じで試合に行くのに。
なんとなくこの日は体調万全で行かないといけないと、なぜだか思ってしまった。
応援に来てくれることを、予感していたのか?
この俺にゲームをやめさせるほどの予感力、スゴイ!。
「いや、そんなわけないか」
「予感はたまたまだ」
こういうときは、いつも都合のいいように解釈してしまう。
そう思っていると、
ドンドン、パシッ、パシッ、
隣では試合の音が、容赦なく降り注ぐ。
試合場へ足を踏み入れたせいか、こっちまでちょっと飛び上がってるんじゃないかと思うほど、床が揺れている。
妄想してたらいつもこの床の振動で、目が覚めるというか現実に戻る。
毎度毎度のことだな。
でも現実に戻されても、昨日の「頑張ってね、応援してるよ!」と、聞こえてきた「ファイト!」「頑張って!」、の声だけは自分の中でリピートされて、HP1000回復。
いつのまにか野崎に対する恐怖心はまた消え去り、力がみなぎってきた。
あいつが応援してくれてるのに、無様な試合をするわけにはいかない。
試合から逃げていた自分の気持ちが戦闘モードになった。
女子の前では、いいカッコしたい、スゴイ自分を見せたい、そんな気持ちからくる闘争心が、マグマのように燃え上がってきた。
【ヒーローになる】
「どうやったら、いいカッコよくできる?」
頭の中で、技を決めるイメージを掴もうとする。
勝敗よりも自分がかっこよく周ってほしい、そのことに意識が移っていた。
「アニメとかゲームとかでは、こういうときヒーローになるやつがいて、1撃で悪役をやっつけるんだけどな~」
「なんかこう、そんときみたいにうまくいかないかな~」
フーー、と歩きながらため息をつきつつ、そんなことも考えている。
あと2,3歩まっすぐ歩いて回れ左をして、野崎と向き合って3歩歩けば、試合開始の合図がでて試合開始だ。
時間はもうない。
深呼吸3回くらいしかもうできないだろう。
ふと目を落とすと竹刀の柄が目に映る。
竹刀を包むカバーみたいなもので、竹刀を手で握る部分だ。
去年に買ったものだから、長く使ってたな。
手で握る、というか小手をはめて握っている両端の部分だけど、やや青くなってるな。
藍染めの色、何かで聞いたことがある。
確かそれを聞いたのは、剣道初めて半年くらいたった頃。
「そうだ、エクスカリパーを持った気分でウキウキしてたあの頃だ」
「アニメに出てくる技を想像して、竹刀を振り回してた」
テレビに出てくるヒーローは、剣を頭上まで振りかぶりその後剣を振り下ろして、悪役を真っ二つにする。
時には、剣を頭上まで振りかぶると同時に空高く飛んで、降りてきたと同時に剣を振り下ろして、悪役をやっつける。
しかもその剣には星のように輝く光が宿っていて、剣で斬るダメージと光による魔法のダメージの両方を悪役に食らわせる。
剣を振りかぶった瞬間に光が宿り、エネルギーの結晶となった剣を持つ姿がカッコいいと思ってたっけ。
「なんだったけ、そのアニメの主人公の名前・・・」
「思い出せん」
でも悪役を真っ二つにする、その技いいじゃないか!
最初に覚えた技とほぼ同じだ。
振りかぶって振り下ろす。
イメージは面を打っている。
竹刀を振り下ろす。
まき割りのように、真っ二つに斬るような感じだ!
「アニメのまんまじゃん」
「すげー、ヒーローっぽいぞ!」
こういうときは決まって絶体絶命のピンチがあって、最後に起死回生の一撃みたいなところでこの技が出てくるんだ。
一撃にして空気が変わるんだ!
「悪くない、感じだ」
竹刀が、光を帯びているに見えてきて眩しい!
太陽を見ているようで直視できそうにない。
そう思うとまた力が出てくる。
MP100アップ。
今日は、切れ味鋭い技が繰り出せるはずだ。
やつとの試合は確実にすぐ決まらないし、実力的に押されてしまうだろう。
間違いなくピンチはくる。
その時に、この光輝く剣の一撃、バチッと勝負を決める。
「絶対にドラマでもこんな展開ないぞ!」
いいイメージだ。
やっぱりピンチをひっくり返してこそ、ヒーローだ。
これからあのキャラクターは俺のもんだ。
「うん、そうだ」
もうそのキャラクターになり切った。
剣を振りかぶるイメージ、剣を振り下ろし相手を斬るイメージ、全てがアニメの映像を再生しているかのように頭の中で流れる。
勿論、剣を振っているのは俺だ!
主役が、頭の中ですでにすり替わっている。
力任せに剣を振り回すのではなく、ここだ!、という絶妙のタイミングで技を放つ。
なんとなく試合で技を放つイメージもでてくる。
アニメの中ではカウンターでこの技が出てくる。
試合でもカウンターで技を食らわせよう。
仕掛けられた技をさっと華麗にかわし、がら空きの面にバチンと打ち込む。
今まで技を俺に返されたことのない、野崎は面食らうだろう。
華麗に相手を交わす俺、そして技を綺麗に決める俺。
なんと、2個綺麗に決まってるじゃないか!
「これが一石二鳥というやつか」
たぶん、この言葉の意味ってこういうことだろう。
2個もいけてる俺を見せつけられる。
なんてカッコいいんだ!
観客席から「キャーキャー」言われそうだ。
技を打つ前でしかも試合をする前から、倒せるイメージが出来ている。
そのイメージの中には、観客の視線と黄色い声援を浴びる自分のイカした姿も当然のようにいる。
頭の中では、いつだってスゴイやつになっている。
もう勝った気分でいる。
「主人公は俺じゃん!」
世界が自分中心で回り、全ては自分のカッコよさを演出しているように思う。
だんだん自分がアニメのキャラクターになっていて、その世界にいる気になってくる。
頭の中のイメージが現実に飛び出してきた。
どんな技が来ようとも打ち返せるはずだ。
打ち返してみせる。
自分自身の中で行けるぞ!、という空気が出来ている。
「乗ってきた、乗ってきた」
なんでもやれる気がする。
今は自分のレベルはMAXの100まで上がってるだろう。
なんといってもヒーローだからな。
そうなると調子に乗ってくるもの。
「待てよ、今だったら、ピンチになる前にあいつに勝てるかもしれない」
そうカウンターを発動するより前に倒せるんじゃないか。
もし万が一、万が一、ピンチになってしまったら、イメージしたカウンターを切り札として出せばいい。
カウンターもいいけど、相手を一撃で仕留める必殺技みたいなものもいい。
ゲームの世界だと、十文字斬りとか相手を水平に斬る、みたいなのがあったかな。
どちらも自分から技を仕掛けて相手に技を返す隙を与えず、相手は何もできないまま倒される。
こっちはより自分の強さが際立つ技だな。
技を決める俺と、何もできないまま立ち尽くす野崎の姿。
今まで自分が立ち尽くす側だっただけに、立場を逆転できるこの技は決められたら最高だろうな。
立場の返り討ち。
ある意味、メンタル的なカウンターだ。
なかなかいい響きだ。
きっとみんなびっくりしそうだ。
いつもとは逆の風景に。
危なげなく勝負を決めるというのも、クールな感じがしてイカす。
そういえばクールな主人公というのも多いな。
そんな主人公は、いつも決まって相手が技を出す前に自分の技を決めてしまう。
まさに、今思い描いたメンタル的なカウンターを実現するイメージにぴったり。
この技はさっきの剣を振りかぶるカウンターと比べて派手さはないけど、スピードが速く何をやったのか全く見えない。
アニメでこういった技が決まった時は、ダイジェストでスローモーションの映像が流れる。
実はこんな風に技を決めてたんですよ、っと説明するかのように。
ダイジェストなしだと、ただ画面の右端から左端に移動したようにしか見えないんだ。
勝負は決まって、一撃で終わってすぐに終わる。
相手と向かい合った瞬間、次の瞬間には剣をしまう場面になる。
そういえばアニメでもあるけど、時代劇なんかでもこの光景はみるじゃないか!
剣豪と言われる侍もこうしてやってたのかな?
これできたら剣豪の仲間入りだな、きっと。
「やばいな、剣豪にもなれちゃいそうだ」
ドンドンイメージが膨らむ。
そう時は戦国時代。
持っているのは刀。
さっきみたいに光輝いたりしてないけど、博物館にあるようなものすごく高級なもの。
きっとなんでも斬れるだろう。
刀一本で生きて来ましたみたいな剣豪。
戦場に行っても、鎧もつけず刀一本で戦場に行く。
「戦国時代のイメージはこんな感じかな、これであってるっけ?、歴史の教科書にはほぼ鎧をきた剣を持った人の絵しか見てないから、よくわかんないとこあるけど?」
「うん、多分これでいいかな」
味方なんていないから1人だ。
それでも果敢に戦場に行って戦う。
きっとそこにでは敵だらけで周りを囲まれる。
その何百とも思える軍勢を相手に、誰も反応することのできない速さでこの技をくりだして、あっというまに敵はドミノ倒しのドミノみたいに次々と倒れていく。
そして、最後に残った大将役と1対1の戦いになる。
そこで率いた軍をすべて倒された怒りをぶつける大将役に、何もさせないままあっという間に1撃で倒す。
全ての敵を1撃で倒していく。
敵に1撃も食らうことなく倒してしまう、完全勝利。
これこそ天下無敵って感じで、イイ。
「でも、これ大人数と戦うシチュエーションだ」
「1対1じゃないと」
「これからの試合もそうだし」
「いや、最後の大将役とは1対1だ」
「そうだ、最後の大将役は野崎だ」
野崎が技を出す前に一撃を食らわすのだ。
技を出すことさえできない。
瞬殺してしまう試合になるな。
いわゆる早業系。
いや、瞬殺とも言おうか。
「早業より、瞬殺の方がネーミング的にいいかな?」
技と同じようにネーミングも大事だ。
ネーミングがおかしいとショボく感じる
「うーん、どっちがいいかな」
「てか、どっちもあまり変わんないかな?」
野崎を倒した後にでも、ネーミングは考えるか。
「倒すイメージは出来てきたぞ、あとはやるだけだ!」
今日はいつもより、体が軽い分早く動けるはずだ。
多分この軽さは、早業系を体がやりなさないと言っているのかもしれない。
「うん、そうだ!」
体の中からGoサインが出ている気がしてならない。
「これもイケそう、うん、イケる!」
勝手に確信を得る。
技自体は振りかぶるんじゃなくて、相手の体の横から水平に斬りつける。
カウンター技は上下に剣を振るけど、こっちは左右に振る形だ。
ということは、この二つ技を合わせるとあらゆる方向から攻撃できるということになるじゃん。
スゴイ、攻撃を極めた感があるぞ!
こんな感覚は初めてだ。
こんな前向きな気持ちで試合に臨むのは。
とってもいい試合の入り方だ。
ただ少し気になるのが、声援の中に中村や村上や西野の声が聞こえてこない。
視線も感じない。
頭の中でいろいろ考えていても、それはわかる。
多分、中村や村上や西野あたりは、俺が勝つことなんて全く想像していないだろう。
絶対あいつら帰った後にやるゲームを、どう進めていこうかと考えているに違いない。
「あいつら、許せん」
「絶対負けられん!」
「見てろよ、おまえら!」
こんなことからも闘争心が燃え上がるように高まってきた。
アニメなんかでよく見る、炎が俺の中から出てきてメラメラと燃えたぎる。
アニメの中でだったら火をまとった勇者にでもなってるだろう。
攻撃力100アップ。
やや殺気立った自分の気持ちを感じながら、ついに野崎と向き合った。
あと3歩歩いて刀を鞘から抜くように竹刀を左手から離し、しゃがみながら野崎と竹刀をまじ合わせると、審判の「始め」の一声で試合が始まる。
「いよいよだ」
心なしか、心臓の鼓動が早くなったように感じる。
でも、緊張からくるものではない。
今まで震えていて力が入らなかった手が、力が入り竹刀をしっかりと握れている。
さっきは、竹刀を落としてしまいそうなほど力を入れられなかったのに。
体も戦闘態勢が整ってきたのかな。
力を入れることができる今の自分はいままでとは違う。
「今日ならいける、行こう!」
今までより軽やかに最後の3歩の一歩目の右足を、踏み込むことが出来た。
【最後の回想】
右足を踏み込みながら、ふと見えてきたものがあった。
観客席に掛けられた、垂れ幕だ。
そこには、「平常心」とあった。
よく見る垂れ幕だった。
最初に出た公式戦で見たのもこの文字が書かれた垂れ幕。
何か思い出の垂れ幕みたいだな。
最後の試合になるかもしれないときにこの文字を見るなんて。
垂れ幕も応援してくれてるのかな、っと勝手に思う。
この文字を見て、
「平常心、平常心」と言い聞かす。
自然と深呼吸してた。
ヒーローになったようで、高ぶりすぎた気持ちをここで少し静める。
熱いお茶をフーフーと息を吹いて冷まし、飲める温度にするように。
あの垂れ幕を見ると自然と昔のことが思い出される。
イロイロあったけど、今思えば特に面白みもなかったな。
剣道してるときは。
特に人から優秀と言われるような成績を収めたわけでも、人から認められるような実力があるわけでもない。
一生懸命やってた覚えもない。
練習もいかにしてサボるか、どうやって楽するかばかり考えてたからな。
「うーん、なんか、最後だけに哀愁ただよう感じになってる」
つまんねぇな、とずっと言ってるだけだったから中身は薄いんだけど。
最後くらいはこんな気持ちにもなるのかな。
不思議だ。
もうちょっとまじめにやっとけばよかったかな。
「なんからしくないこと考えてる」
まじめにやろうなんて、そんなこと思うことは絶対ないだろうと思ってたけど、最後なんだと思うと不思議なことを思うものだな。
「最後」が魔力か何かでも持ってるのかな。
「最後」、何回も聞いているし何回も言っている言葉だけど、こんなに身にしみる言葉だったのか。
「この感じなんて言ったら。いいんだろうな~」
「全然言葉が出てこない」
この感覚をどう言い表したらいいか俺にはわからない。
そう思っているときにもう左足を踏み込んでいる。
普段剣道するときは、左足を右足より前に出すことはこの時しかない。
だからこのときに左足を踏み込んだときは、静電気にかかったみたいに体にビリッとくるものがある。
今日も妄想しながらこの感覚を感じてる。
「あと一歩、あと一歩」
次に右足を踏み込めばもう試合だ。
「走馬灯のように昔の思い出がよみがえるというけど、最後って思うと不思議といろいろ思い出してしまうな」
剣道始めたころなんて、野崎と試合するせいもあると思うけど、今突然降りてきたように頭の中で映像が流れる。
いつの試合でもよかったのだけど、なんで剣道始めたころだったのかな?
あんときが一番楽しそうにやってたからかな?
最近の試合は早く終わんねえかな、とか思ってやってたしな。
「うーん、よくわからんねぇな」
なんでこんなことを思い出すのか?、そう思う時がある。
それは、「あんときこうやっとけばよかったのか?」という後悔みたいなものからくるものなのか、「こんなときもあったな」なんていう懐かしさみたいなものからくるものなのか?
どっちかわからないような、どっちも混ざったような煮え切らない感じ。
ゲームのときの、戦闘で使うキャラを間違えて苦戦したけど最後には勝った!、そんなときの感覚に似ているな。
「あんときは、魔法が使えるキャラじゃなくて、攻撃力が高いキャラを使うべきだった・・・」
「でも勝ってから思うと、こういう戦い方もいいな」
戦闘シーンがリプレイ再生されるかのように、フラッシュバックされる。
スポーツ中継のダイジェスト放送みたいに。
「いや、この感覚と違うかな?」
「たんに余韻に浸ってるだけじゃね?」
「あ、てか、またゲームのこと考えてる」
このときのゲームしてる時の感覚と同じかわからないけど(いや多分違う気がする・・・)、走馬灯という言葉を実感するくらい昔のことが頭の中でリピート再生中だ。
頭の中では試合の時の事、練習の時の事、練習後での帰りの時の事、練習をサボってた時の事、など様々な場面が流れてきていた。
基本まじめにやってないし、手抜きしてたんだけど、たまに真面目にやってた時のことも。
不思議とやる気みなぎるときがある。
だいたい、学校とかゲームしていていいことがあったときだ。
片手で数えられるくらいだけど。
そんな4年に1回みたいな事でさえ、鮮明によみがえる。
まるでオリンピックじゃないか。
「そういえば、どっからこんなこと考えてたっけ?」
イロイロ思い出しすぎて、最初何を考えてたか忘れてしまった。
妄想の始まりがわからなくなった。
そう思いながらも、最後の一歩を踏み出す右足は床を離れた。
妄想してても、体は自然に動くらしい。
もう何百回、いや何万回くらい繰り返した動き。
いや、何万回は言いすぎか。
練習なんて真面目にやってなかったけど、無意識に動くようになったんだから少しは様になってるように見えるかな。
きっと妄想の中の剣豪と同じように見えているはず。
そして今日繰り出すつもりの技も。
「そういえば、この技よく練習してたっけ?」
目線の先にいる他の試合場の選手が仕掛けた技が目に入って思う。
自分が得意な技と全く同じだ。
「いろんな技練習したもんな」
技ごとに技を仕掛ける側と技を掛けられる側に分かれて、よくやっていた。
仕掛ける側と仕掛けられる側を交代でやり、5回とか繰り返して練習した。
嫌いな奴に技を掛けられた時は、イライラしてた。
なんせ繰り返しやられるわけだから、苦痛でしょうがない。
反対に技をかけた時の爽快感は、湯上りの1杯を超えるだろう。
サンドバックみたいに叩き、ストレス解消の時間になってたんだ。
そんな感じで気分の上がり下がりがある時間だったな。
その気分みたいに技にも上がり下がりというべきものがあった。
うまくできない技、うまくできちゃう技だ。
何回やっても全然できない技はやる気が失せ、その技の練習のときは監督に怒られない程度に力を抜いていた。
だいたい手を抜くことのほうが多かったのだけど。
だけどなぜかいい感じにできちゃう技がある、練習なんかしなくてもだ。
そんな技の練習の時だけはやる気が出て、思い切りやっていた。
「俺、才能あるかも」
なんて、天才気取りだった。
そう、なぜかさらっと出来ちゃう。
俺はこの技のために生まれてきたのでは?、と思うくらいに。
そんな自分も自信を持っている技を視界に映る選手が決めて、1本を取った。
「なんだ、その技あんたも得意だったのか?」
名前も知らない選手だけど、そんな選手が自分と同じ得意技を決めてくるとは、俺も1本を取る前触れかな?
ただの偶然だろうけど、勇者になっている俺はなんでもプラスに考える。
MP50アップ。
きっと運命的にこの技をやりなさいと言っているだろう。
「いい流れだ」
この得意技と勇者の技で今日こそは、野崎に勝ってやる!
そう思った時、踏み出していた右足が床についた。
竹刀を構え野崎と対面する。
試合開始まで、審判の合図を待つのみ。
いつもの恐怖心は、もちろんない。
あるのは、勇者になった自分と初めて芽生えた野崎に勝ちたい気持ち。
震えていた手も、今はしっかりと竹刀を握れている。
そして全身に力がみなぎっていることを感じる。
「思い切りやるだけだ!」
「いつでも、来い!」
自分にそう言い聞かせた、その時、審判の声が試合場に響いた。
「始め」