フジランド墓園
「先生、営業しますよ」
「しらね」
受付に頬杖をついて座っている藤原を横目に出勤してきた佐倉はため息を吐く。
藤原がつくったというこの「フジランド墓園」というのはとてもシンプルなつくりだ。
あるものはお客様のヒアリングをする応対セット。冷蔵庫、受付。それを壁沿いに囲むように並んでいるのはお骨を納骨するロッカーだ。これだけ。佐倉はここ以外の墓地なんて知らないが、なんかもっと、大切な家族を預けるのだから凝った作りにすればいいのにと思う。本来ならこんな質素なところに結を預けたくない。成り行きでこうなっただけで、自分に金さえあればもっと豪華なところに納骨してあげたかった。
かと言ってじゃあ激安なのかと言えばそうではなく、こんな本当に墓地なのか疑う施設のパンフレットに記載された利用金額は目を見張るほど高かった。
勿論そんな場所に利用者など来ることは無く、今日も閑古鳥が鳴いている。業種的にはいい事なのかもしれないけれど。
佐倉は出勤し、名札を付けると、淡々とロッカーの埃を手持ちのふわふわしたミニ帚ではらう。ロッカーにはお骨が仕舞われているが、あまり利用者がおらず、ガラガラに空いている状態だ。現状、三つしかロッカーは利用されていない。
「はあ……、今日も利用者さん来ませんね」
「盆なのに手も合わせに来ねえなんて薄情だよな。まあ、うちは小動物専門の墓園って言うニッチな商売してるし、それを抜いてもこういう場所にとって新規利用者が来ないことは良い事かもしれねえ、……がここまで人気がないと金にならないな」
「複雑ですねえ」
佐倉はロッカーの中のお骨——結の成れの果てを持って「はあ……」と呟く。
「でも、俺も本当はこんな小さくて寂れた場所に大切なペットは預けたくなかったです」
藤原は「おいおい」と笑いながらそれに答えた。
「恩人の店にそんなこと言えんのかよ。金無くて死にかけてたお前にあんなに優しくしてやったじゃねえか」
そう言われると弱い。佐倉はバツが悪そうに言う。
「その節はドーモ。命を救っていただいたことも、納骨手伝ってくれたのは助かりました。結の居るここにアルバイトさせてくれてることも」
佐倉は優しくロッカーを閉める。
「……給料低いですけど」
「貧乏会社が高給払えるわけねえだろ。お前の給与にはウチの利用料及び借金返済の中抜きもあるしな」
藤原に結構な借金がある佐倉は給料から分割で借りた分を引いてもらっている。それでもフリーランス時代よりかは稼げているからフリーランスの時の自分は馬鹿だったなあと思う。肩書に固執して自分の生活を考えてなかった。夢では飯は食えない。
「でも利用者さん本当にいませんよね。一体どうやって経営を成り立たせてるんですか?」
「あ? こんなん趣味に決まってんだろ。俺の収入源は不動産だよ」
「流石早々とリタイアした人は違いますねえ、先生?」
脚本家かつ脚本学校の先生である藤原は業界では名の通った人物だった。だが、前線からはリタイヤしたらしい。脚本業なんて何歳になっても出来る職業なのにもったいない。学校にいた頃は「後続を育てる方が面白い」と言っていたけれどその学校も辞めてしまったようだし。
「『元』だろ。いやあ、でもウチの学校のエースがペットロスで野垂れ死にかけるとはなあ。先生は思いませんでした」
「普通じゃないですか? 結はそれだけデカい存在だったんで」
「うちにも棗ちゃんが居たからわからなくもないけどな。だからお前の事雇ったわけだし。貯金も職も無かったのはびっくりしたけど」
「ペットが死にそうで心配だから長期休暇いただきます、でクビになるとは思いませんでしたよ。貯金も結の医療費でほとんど飛びました」
「世間様ではペットはペットでしかないからな。家族ではない」
「悲しいけどそうですよね……」
そういう人の気持ちは分からなくはない。だって自分が元々そっち側の人間だったから。佐倉にとって結は家族だけれど、他の人から見ればただの飼い主とペットなのだ。
「だーかーらー! 人が来ないのは良い事良い事!」
藤原が財布を持って椅子から立ち上がる。「どこ行くんですか」と言うと「サボり」と返ってくる。服装をよく見てみれば藤原はスーツに着替えてすらいない。最初から働く気無かったなコイツ。
「お前から徴収した小金で俺は遊びに行くってワケ」
佐倉は呆れた声で肩を落とす。
「アンタまーたパチンコですか。仕事中ですよ」
「経営者特権だよ。それに客なんかめったに来ない。ここは基本俺が選んだ人間のペットしか入れねえからな。俺に連絡がねえって事は今日は暇!」
藤原がロッカーに近づく。ロッカーを開け、写真立てに話しかける。
「それに迷ってきた利用希望者来たら佐倉さんが何とかしてくれるし。棗ちゃんもそう思うよなー?」
「棗ちゃんとは面識ないので返答に困ると思います」
藤原は空を指さす。
「ペットだって死んだらお空の上で見守ってくれてるだろ」
「死んだら無だと思いますけどね。仮にお空があっても仕事サボって新台打ちに行く飼い主、棗ちゃんは嫌だと思いますよ」
藤原は写真立てをロッカーにしまう。
「棗ちゃんは何年も俺の傍に居てくれたんだからきっとこういう面も理解してくれてるさ……」
そう言って手を上で振り、出入口に向かって歩き出す藤原。佐倉は首だけでそれを見送り、ため息まじりに言う。
「行くのはいいですけど定時で帰りますからね」
「鍵閉めと電気だけ消しといてくれればいいよ」
藤原はそうしてビルの一室から出て行く。ドアを開けると同時に「カラン」とドアベルが鳴った。
一拍あけて佐倉、うんざりしたように眉間にしわを寄せる。
結の写真立てが置いてあるロッカーに向かって一言。
「無職で頼れる人もいなかったとはいえ、相談しなきゃよかったな。結もそう思うだろ……?」
無言の時間が過ぎる。そして佐倉は自分のバカげた行動に笑う。結は一度だって自分の質問に答えてくれたことなんてなかったのにいまさら何を。
「答えてくれるわけないか。幽霊なんかいないし、死んだらそれで終わりだ。……それに……」
佐倉、下を向いて。
「もう、俺は……動いてる姿も思い出せない」
肩を落とし、ロッカーを優しく閉める。そのまま受付の椅子に座り、机に伏せた。