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はじまり

 生きる気力が無くても腹は減るし金は無くなる。


 元々小説家を目指す傍ら、不安定なフリーランスの脚本家を細々とやっていた佐倉は当時、本当に貯金が無かった。口座残高は六ケタ行ったことがない。その日暮らしの生活をしていた佐倉には本来ペットを飼う資格はなかった。それでもハムスターを飼うことになったのは、完全に成り行きだ。


「命の大切さを学びましょう、ねえ……」


 感動ポルノの類は嫌いだ。だけどどうやら世論にウケるのは所謂人が死ぬ類の物語らしい。憎まれっ子世に憚る、その言葉が似合うほどとにかく佐倉の身内は死に遠かった。もともとロクな生き方をしていない、お互いの実家に勘当されている両親から生まれた佐倉は、当然葬式に呼ばれない。だから、身内が死んだときの気持ちなんてわかるはずがない。両親なんて向こう三十年はピンピンしてそうなほど元気だ。書けない。分からない。なのに求められている原稿は感動ポルノ。追い詰められていた。そんな時だ。


「友達がね、ハムスターの赤ちゃんの里親探してるのよ」

「はあ」

「だからアンタ飼ってみない?」

「はあ?」


「だってパパもママも生き物得意じゃないもの」そう言い放った母親は電話先で朗らかに言った。「もうね、引き取ったんだけどあんまりかわいくなくて」話を聞け。


 どうやらそのハムスターは望んで生まれた子ではなかったらしい。同性同士で新しく買ったハムスターの若い個体を二匹同じ入れ物に入れて飼っていたらいつの間にか出産してたと。どうやらどっちかがメスだったらしいのだが、ネズミ算とは例えがわかりやすいもので増えすぎて育てるのは無理。だから配り歩いているらしい。命を配り歩くってなんだよ。


「ね、アンタ暇でしょ? 良いじゃない。ネズミなんかすぐ死ぬし」

「すぐ死ぬ……」


 その時思いついた。そうだ、命を飼おう。愛情いっぱいに育てれば、失った時に分かるはずだ。命の尊さというものが。そうしたら、共感できる感動ポルノのひとつでも書けるかもしれない。話を聞けばハムスターを飼うのに費用は比較的かからないらしい。まあ、適当にやって早死にしてくれればそれまでだ。こっちは「死」というものがわかればいい。ハムスター側は少しでも長く生きられる。これってウィンウィンだよな。


 そう思って、ポーズだけ嫌がって引き取ったのが「結」。仕事と自分の縁を結んでくれと願ってつけた名前は今は呪いだ。


 仕事なんていらなかった。


 結と一緒に過ごせたらそれでよかった。


 「死」なんて知りたくなかった。


 あれから作家の夢も諦めて、脚本業も辞めた。親は生活保護なので頼れない。野垂れ死んで、結の所に行きたかった。


「佐倉、オレのところで結ちゃんと一緒に働かねえか」


 連絡が取れなくなったのを親から聞いたのか、昔に仲の良かった恩師が部屋に来た。この恩師は脚本業のクライアントを紹介してくれた人で、五十歳と親ほど歳が離れているものの佐倉はよく懐いていたし、尊敬していた。実家が事実として生活保護に甘えている状況が嫌になり、家を出て行こうとした時に仕事から何まで面倒を見てくれていた人だ。それを知っているから親は連絡したのかもしれない。米粒一つ無くなった部屋では頭が鈍くなってろくなことが考えられない。


「ペット墓園を始めたから結ちゃんはウチに納骨しよう。でもお前は結ちゃんと離れるのは嫌だと思うから、良かったらウチで働かないか? 金も入るし結ちゃんと一緒にいられるぞ」


 それから救急車を呼ばれた、らしい。


 らしいというのはその辺りの記憶が全くないのだ。あるのは、恩師である藤原克雪が立て替えたという医療費の明細と、それを返す当てのない無職の自分がいると言う事だけ。


 選択肢なんて無かった。


 藤原がつくった施設、「フジランド墓園」は駅から少し離れた寂れたビルの三階にある小さな墓地。


 これは、そのビルの一室で起こった、飼い主とペットの、夏におこった不思議な出来事だ。


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