3,悪者には罰が下る
授業を終えた帰り道、学園から同じ敷地内の寄宿舎へ向かっていた三人の耳に、いくつもの蹄の音が近づいてきた。
振り返ると帝国騎士団に左右を護衛されて、ミノーレア王国騎士団が走ってくる。
「アレクサンドル・ミノーレア、貴様はもう王太子ではない!」
叫んだのは先頭を走る若い王国騎士団長――宰相の息子だ。
シャルロッテは思いもかけぬできごとに蒼白になった。
「一体、王国で何が――」
「今からゲルトナー騎士団長殿が暴いて下さるようだ」
シャルロッテが卒倒しないよう、アレクが肩を支えながら落ち着いた声で耳打ちした。
「ご高説たまわろうじゃないか」
ブルーノもニヤニヤして楽しそう。
「アレク! 貴様は祖国を裏切り、帝国第三皇子と共に兵を挙げ、国王陛下に対し謀反を起こすつもりだったな!? 全て斥候が明らかにしている!」
騎士団長の言葉に、
(嘘だと言って)
心の中で願いながら、ロッテはアレクを振り返る。
「第一王位継承者の俺がなぜ謀反なんか起こすんだよ。待っていれば自動的に国王だ」
言われてみればその通りだった。
「ただのでっち上げさ。君のときと同じようにね」
(私のとき!?)
訊く前に、騎士団長がまた大声を張り上げた。
「国王陛下はすでに貴様を廃嫡した! 我々は今日それを伝えに来たのだ。そしてここで貴様を捕らえる!」
騎士団長の号令一下、王国騎士団がアレクに向かって襲いかかる――まえに左右を固めていた帝国騎士団に遮られた。
「な、なぜ!?」
呆けた顔をする宰相の息子を、アレクが鼻で笑った。
「嵌められたのは、あんたがたのほうだったってことさ。帝国の優秀な魔法騎士団が、宰相ゲルトナーのしょぼい贈り物くらいで味方に付くと本気で思っていたのか?」
「つ、筒抜けだった!?」
「そのとおり」
答えたのはブルーノ皇子。
「師団長から俺様に報告があったよ。一個師団を買収しようだなんて、いい度胸だ。――と、ミノーレア王国に帰って親父さんに伝えて欲しいところだが、ゲルトナーの坊ちゃんは罪人として帝国で裁かせてもらう」
「なぬぅっ!?」
間抜けな声を上げた宰相の息子は馬から突き落され、帝国騎士団に拘束された。王国のほかの騎士たちと共に連行されながら、彼はアレクを振り返った。
「俺を捕まえたからって国に帰れると思うなよ、アレク元王子! すでにクラウス殿下が立太子されたのさ!」
「父上は本当にゲルトナーの操り人形だな」
アレクはボソッと呟いてから、珍しく声を張り上げた。
「あんたの妹の小さなミアが、クラウスと婚約したのかい?」
それから独り言のように付け加えた。
「まだかな、今回は」
「なっ!? なぜミアとクラウス殿下の婚約を知っている!? さては貴様も斥候を使っているな!」
その言葉を最後に、宰相の息子の姿は見えなくなった。
「王太子配下に優秀な斥候がいたら、こんなこと五回も繰り返してないよな」
ポツンと言ったブルーノの背中を、アレクが慌てて叩いて黙らせた。
「これからどうなるのでしょう……」
シャルロッテは目を伏せてため息をついた。もはや王国には戻れまい。
「心配しないで」
アレクがそっと抱きしめた。
「必ず幸せにするって言っただろ?」
ふわっとほほ笑むその表情は、シャルロッテのよく知っているアレクだった。
三日後、ブルーノ第三皇子率いる帝国魔術騎士団は、ミノーレア王国に攻め入った。魔術が発展しておらず剣だけで戦う王国騎士団に勝ち目はなく、数時間のうちに降伏した。
王国で要職に就いている宰相の息子たち、小さなミア嬢にクラウス第二王子も捕らえられ、政治犯として帝国に送られた。ミア嬢は年齢が幼いこともあり、帝国のさる貴族家あずかりとなった。だがクラウス王子は余生を修道士として過ごさねばらならない。
王国に混乱を招いた国王は統治能力の欠如を理由に退位させられ、帝国内の離宮に移された。食べるものにこそ困らないものの、つねに帝国騎士団に見張られ自由のない屈辱の余生を送ることになった。
宰相ゲルトナーの息がかかった法衣貴族は領地に返され、使用人も解雇された。王国騎士団は総入れ替え。足りない人員は帝国民を雇ったため、ミノーレア王国は帝国の属国のような有り様だった。
「これで……良かったのよね」
シャルロッテは自分に言い聞かせるように呟いた。ミノーレア王宮の外からは、王都民の声が聞こえる。
「アレクサンドル国王、万歳!」
「新王に祝福を!」
「我らがミノーレア王国に若き王の誕生だ!」
宰相ゲルトナーの敷いた腐敗政治は一掃され、王国には新しい風が吹いてきた。
宮殿正面のバルコニーから、王宮広場に集まった人々に手を振っていたアレクサンドル新王は、シャルロッテに目を合わせて満ち足りた笑みを浮かべた。
「これで良かったかって? 俺としては大成功さ。愛する君を守れたんだから」
そこに新宰相となったブルーノが顔を出した。
「お二人さん、もうすぐ北の広場で前宰相ゲルトナーの処刑が始まるよ。王都民が熱に浮かされて移動しているけど、見に行かないのかい?」
「庶民に混ざって処刑を見物する気か? ブルーノ」
アレクは苦笑してから、ふとシャルロッテを振り返った。
「ようやく君の仇を討てたよ」
「え……」
「実は、俺とブルーノはやり直し人生五回目なんだ」
「五回目!?」
シャルロッテの声が跳ね上がる。
「俺様とアレクで時を戻していたんだよ。帝国皇族に伝わる秘術でね。本来、記憶を保持できるのは術者だけなんだけど」
ブルーノの説明をアレクが引き継いだ。
「毎回、君が俺と過ごした日々を忘れるのが耐えられなかったんだ。それで今回は君の記憶を残してしまった。処刑台に送られたつらい記憶を消さなかったのは俺のわがままだ。怒ってくれていい」
首を垂れたアレクに、シャルロッテは首を振った。
「私も忘れたくなかったです。二人で過ごした日々を――」
静かに寄り添う二人をあたたかく見守りながら、ブルーノが言った。
「俺様は時間を戻してること、ロッテちゃんに打ち明けようって言ったんだぜ? 自分だけ訳も分からず過去に戻ってるなんて不安だろ?」
「だけど俺が反対したんだ。今回だって失敗するかも知れない。俺は過去四回、君を守れなかったんだ」
「私は毎回、処刑されて――」
シャルロッテの言葉が終わらぬうちに、アレクが否定した。
「あんなことは前回だけさ! 許せなかった。俺が帝国にいるあいだに――クソッ」
シャルロッテの知らないアレクが、また顔をのぞかせた。
(そうだったのね……。私が処刑されたことで、優しく純粋だった彼は変わってしまった――)
「私の処刑を仕組んだのはゲルトナー宰相?」
アレクはしっかりとうなずいた。
「帝国留学中の俺は七歳のミア・ゲルトナー侯爵令嬢と結婚させられたのさ」
ゲルトナー侯爵は宰相の地位に飽き足らず、将来、王妃の父として権力を振るうことを望んだのだ。
「アレクが俺様と帝国で勉強しているあいだに廃嫡されて、弟が立太子されるっていう今回のパターンは、実は過去にもあったんだ。だから先に手回ししてたんだよ」
「そう。過去四回、俺はゲルトナーの謀略に嵌まって、君を幸せにできなかった」
アレクの大きな手のひらが、愛おしそうにシャルロッテの頬をすべってゆく。
「だけどもう、無実の少女を処刑台に送るような腐敗した王国は幕を閉じた。俺はこの新しい国の王として、必ず君を幸せにする」
彼の大きな手を宝物のように抱きしめて、シャルロッテはほほ笑んだ。
「私、すでにとっても幸せですわ!」
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