真贋
僕はトレーディングカードを集めている。これがなかなかにお金のかかる趣味で、子供の頃に売っていたものが、今では倍以上の値段になっている。
さらに、その中でも希少価値の高いものになると、カード一枚に数百万という値段が付くものもある。
――たかがカード一枚に数百万?
そう疑問に思う人もいるかもしれないが、実際にその値段で買う人がいるのが現状である。
僕自身、どうしても欲しいカードがあった。子供の時からの憧れのカード――世界にたった15枚しか存在しないと言われている限定カードである。
コレクターとしては喉から手が出るほど欲しくても、世界に15枚しかないカードである。見つけることすらほとんど不可能だ。
そのカードが、なんと、見つかったのである。
馴染みのお店で、仲のいい店長からの連絡だった。
「すごいですよ、うちに入荷されましたよ。あなたがずっと探しているカードが。」
「ほんとですか!?あの、取り置きしてもらえません?」
「もちろんですよ。いつ頃来られます?」
「今すぐ確認しに行きたいのですが。」
「分かりました。営業終了間際ですが、ご来店になるまで待っていますので、慌てずお越しください。」
「分かりました。ありがとうございます。」
僕はすぐに支度をして家をでた。
普段運動を嫌う僕が走った。慌てる必要はないと店長は言っていたが、慌てるなという方が無理である。恋人に会う気持ちである。ずっと探していたカードなのだから。生涯にもう一度巡り合うことがあるのかすら分からないカードなのだから。
お店に着くと、僕の姿を見て店長は笑った。
「慌てる必要はないって言ったじゃないですか。でも、あなたの気持ちも分からなくはないですけどね。本物を見たときは、私だって、手が震えましたよ。」
「はやく・・・見たいです。」
「分かりました。すぐにお持ちしますのでいつもの場所でお待ちください。」
それは、5分も経たずに僕の目の前に現れた。
「こちらになります。」
固いカードケースに入ったそれは、素晴らしい輝きを放っていた。
「ぜひ、ケースを開けてご確認ください。」
店長は白い手袋を差し出した。
「偽物ではないと思いますが。」
偽物――トレーディングカードにもそういったものが世の中に出回っているのだ。ただ、トレーディングカードの場合、偽物はカードの発色がひどかったり、紙の厚みが異様だったりする。つまり、しっかり確認すれば、簡単に見分けることができるのである。
「これは本物だと思います。だって、この輝きは、偽物では出せませんよ。」
「ずっと探し求めているあなたがそうおっしゃるなら、間違いないと思います。購入されますか?」
「もちろんです。」
提示された値段は、今まで買ったものの中でも当然のことながら、一番高額だった。それでも、汗水たらして溜めたお金を使うことに、一切抵抗はなかった。
それからというもの、そのカードを飾り、そのカードを肴に晩酌を続ける日が続いた。
そんなある日のことである。コレクター仲間や他のお店から頻発して連絡が来るようになった。
――あなたが探し求めているカードが出品されている。
同じ出品物を教えてくれているのではなかった。皆、それぞれ違っており、その数は15をはるかに上回っていた。
――おかしい。おかしいぞ。世界に15枚しかないカードなのに。
つまり、偽物が含まれているのである。
僕は、大金を払って買った自分のカードも偽物ではないかと不安になったが、何回確認しても本物に違いなかった。だって、偽物がもつ特徴がまったくないのだから。
その時、知人の一人からまた連絡が入った。
――すごい動画が上がっているから見ろ。
その動画を検索すると、それは僕が買った、世界に15枚しか存在しないカードについて語る動画だった。マスクを被った男が、加工した声で話している。
「こんにちは。この動画を再生しているあなたは、疑問に思った方だと思います。世界に15枚しか存在しないカードが、なんでこんなに売られているんだ、と。」
マスク男は得意げだった。
「それは、私が作った偽物があるからです。このためにカード会社の特殊な技術を盗みました。これがすごいんですよ。見た目だけでは絶対に判別ができません。そう、発色の違いや、印刷のずれ、カードの厚さなんか見たって絶対に分かりません。でも、簡単に見分ける方法があるんです。皆さん、聞きたいですか?あ、どうでもいいって人は動画を閉じて構いませんよ。」
マスク男の行いに怒りが湧き、スマートフォンを持つ手が震えた。それでも、動画を閉じる気にはならなかった。真贋の判別方法が気になった。
「はい、今も動画をご覧になっているあなたは、相当そのカードのファンだと思います。今までずっと探し求めていた方だと思います。そのカードに恋している方だと思います。そんなあなたに、お教えします。―――カードを印刷部分と台紙の2枚に割いてください。偽物には台紙の部分に大きく『FAKE』という文字を入れました。ね、簡単でしょ?」
僕は、その場にスマートフォンを落として倒れこんでしまった。
鈍い音声だけが耳に入ってくる。
「偽物でも本物でも全く関係ないと思います。だって、見た目は全く同じなんですよ。2枚に割いて確認する必要なんて・・・まあ、あなた次第ですが。」
読んでいただき、ありがとうございました。