第9話 命名「マリア」とミッション内容
人工知能との言葉での会話を始めました。
なんだ、会話も出来るんじゃないか。
忙しそうな人工知能に改めて名前を付けて、色々相談をします。
何しろ縄文時代なんて初めて行くのですから、準備は大事ですよ。
現在、人工頭脳は非常に忙しそうである。どうやら到着した時代が目標として設定された時代と許容範囲内の誤差で合っているかを確認しているようである。
本体を見た事がないし、カタログスペックも確認していないので、実際の人工頭脳の大きさや能力がどれ位のものなのか判らないが、その能力の大部分を使って忙しく仕事をこなしているようだ。
それでも俺と会話をする位の余裕はあるのか、俺が言語の学習中や食事の間にもちょくちょく話しかけてくる。
もっとも、話しかけられる方は画面上の文字を読まなければならないので、時々話かけられているのが解らなかったりしてタイムリーに会話をするのは結構大変だった。
そういえばこの人工頭脳はなぜ音声会話をしないのだろうか?
「なあ。ちょっと聞きたいんだが、おまえには音声での会話機能は搭載されていないのか?」
【いいえ。音声会話も出来ますよ。それがどうかしましたか?】
「出来るのかよ?それじゃあ、なんで音声で会話しないんだ?」
【あなたから、そのような要求が有りませんでした。その為、時間ジャンプ前に設定されたマスターとの会話方式のままで続けておりました。改めて確認しますが、音声での会話を望みますか?】
俺が希望しなかったから設定変更しなかったということか?マスターという人は何で文字だけで話をしていたんだろう?
何か特別な理由でもあったのかな?
「それなら、これからは音声会話に変更してくれ。何かやりながらだと、画面の文字を見落としたりして会話を続けるのが困難だし、結構疲れるからな。」
【了解しました。それではこれから音声会話に変更します。】
※以後は、人工頭脳の話は音声会話『』になります。
「さっきの話だけど、お前のマスターはずっと文字だけで会話していたのか?普通は音声会話の方が効率が良いように感じるんだが。」
『詳細は申し上げられませんが、マスターは昔、研究中の事故が原因で声が出なくなった為、私との会話は文字のみで行っておりました。他の方もマスターに気を使われて文字会話を行うようになりました。』
「なるほど、そう言う事か。それまでは今の様な女性の音声を使っていたんだな。」
初めて聞いた人工頭脳の声は深みのある軽いアルトの落ち着いた声で、25、6歳位の知的な女性の声に感じられた。俺好みでなかなか艶っぽく、聞いていて心地の良い声だ。
声の抑揚も普通の人と話しているようで、違和感はまったく無い。
すばらしい技術だ。さぞ人気があった事だろう。
「名前は無かったよな。どうしておまえに名前を付けなかったのか判らないんだけど、それなら、俺が名前も付けても良いか?」
『問題ありません。お願い致します。』
「そうか。お前の声はとても落ち着いた、気持ちの良い声だからな。それに合わせると、アルトとかマリアというのはどうかな?」
『有難うございます。両方とも良い名前だと思います。それではこれから私のことはマリアとお呼びください。』
良かった。気に入ってくれたようだ。
どうも俺にはネーミングのセンスがないようで、子供たちの命名では妻にさんざん揶揄われたからな。
「さて、マリア。調査と解析の方はどれくらい進んでいるのかな?それに合わせて、この後のスケジュールも聞いておきたいんだが。」
『現在の所、ほぼ80%の進捗状況です。収集したサンプルから遺伝子情報を取り出して解析しましたが、今の所、この時代には該当する遺伝子の不具合は発見されておりません。ほぼ目的の時代と考えて間違えないようです。
今は、空気中や土中に未知のウィルス等が存在するか、地中からの放射線や地球外からの放射線強度の確認、周囲の動植物相の確認と毒性の検査等を実施中です。
後、1時間程度で完了する予定です。』
「それまでは、このまま言語の習熟を続けていればいいのかな?この時代の風俗、風習や生活様式なんかも覚えた方が良いのかな?」
『ある程度、覚えていた方が混乱が少ないと考えます。まあ、この時代ですと宗教的なものは自然信仰が主で、まだ発達していないものと考えられていますから、風俗、風習についてはそれ程心配いらないと思います。
生活様式については、考古学で調べられていますが、今画面で見えているように、特別に変わった様式はないと思われます。何分、同じ人の生活ですから、時代によって食べられていたものや服装等が変わる位ではないでしょうか?』
「まあ、そうなんだろうね。昨日は鹿のような動物を狩ってきて、夕食は焼き肉だったみたいだけど、その他には何を食べているのかな?」
『この時代は、本格的な米作りは、まだはじまっていません。
主に木の実や果実、野草などの植物を集めて食べていました。
その他、昨日見たとおり野山で動物を追って狩りをしたり、川で魚や貝をとって食べていたと考えられます。
特に、ドングリやクリ、クルミ、トチの実などは大切な食料だったようですね。
ドングリなどで作ったクッキーのような形の食べ物も作られていたようです。
動物は鹿やイノシシなどが狩りの獲物となっていたようですね。』
「栗とかクルミなら食べるけど、ドングリやトチの実はちょっと食べた事がないな。どんな味がするんだろう?
イノシシは牡丹鍋とかで食べるから判るけど、鹿は余り食べないから、どんな味なのか良く判らないな。」
『ここは内陸部で海がないですから、海水魚が捕れません。貝もあなたの時代に食べられていたような海産物がないので、アサリやハマグリなども食べられないでしょう。』
「そうか。海がないとよく食べていた魚介類は食べられないんだな。川で取れる魚介類って何があるんだろう。マスとかヤマメ位しか思いつかないんだが。」
『そうですね。フナ、コイ、アユ、イワナ、サケ、ドジョウ、ナマズ、ヤマメ等ではないでしょうか?』
「フナにコイか。ドジョウもいたんだな。言われれば思い出すんだが、すぐには出てこなかったよ。もっとも、フナもコイも食べたこと無いけどね。食べた事があるのはイワナとヤマメ位かな?
サケは海で取れたものしか食べていないから別としても、川魚って思ったほど食べていないよな。」
『何故なのでしょうね?私が作られた時代でもあまり食べられていなかったようですが?』
「やっぱり、泥臭いところが嫌われるかな?調理しだいで結構美味いと思うんだけど。自分で調理することもないし、外食してまで食べたいとは思わなかったからな。」
サケなら、まだ適当でも焼くなり汁物にするなり、自分でも調理は簡単だと思うが、ヤマメやイワナなんかは魚屋さんでもあまり売っているのは見たことが無いし、上手く調理できるか自信が無い。
ましてや、フナとかコイとかナマズなんて、自分の手で捌いたことなどないから、調理の仕方なんて想像が出来ない。
『それでは、少しここでの生活に不安がありますね。かなりのチャレンジが必要になりそうです。』
「あまりゲテモノが無ければいいんだが。昆虫類や爬虫類はちょっと苦手なんだよな。」
『その点はなんとも言えませんね。昆虫はたぶん無いと思いますが、爬虫類は結構あると思いますよ。』
爬虫類か。まだ何処かに恐竜とかいるかな?あれは厳密には爬虫類じゃないんだが、見た目は大きな爬虫類だと思う。
原始時代を描いたアニメでは、恐竜を倒していわゆる漫画肉を食う場面などがあったが、本来恐竜のいた時代と人類が発生した時代では大きな差があって、無理な設定だったと思う。まあ、アニメの世界なのでセーフなのかな?
「努力が必要ということだな。慣れれば何とかなるか。食べて腹を壊すようなものは無いんだろう?」
『あらゆる角度から、徹底的に試験を行い問題ないことは確認できています。ですから、おそらく大丈夫だと推定されますので、後は実際に食べてもらって、あなたの体に合うか、いわゆる人体実験を行わないとだめですね。』
「それって大丈夫なのか?」
『大丈夫です。万が一何かあっても、十分なアフターケアは出来ますから。』
「全然、安心できない回答、有難う。外に出る前に出来る検査は済ませてくれよ。ところで、外に出るときの俺の服装はどうなるんだ?まさか外の連中と同じか?」
『そのまさかです。あなたの立場はシャーマンになります。その方が言うことを聞かせるのに都合が良いですから。シャーマンとしての衣装も身に着けることになりますが、基本は周りの人と同じような物なので、出来るだけ外の世界に溶け込めるように頑張ってください。』
「あの服は何かの繊維で織ってあるようだが、材質は何だ?それに下は何を着ているんだ?」
『材質は主に麻のようなものを繊維に加工していますね。他にも木の皮から繊維を取りだし糸状にして織物に加工しています。下着は男女ともに褌のようなものを着用しています。
外気温的にはあのような服装で十分ですから。』
「うわ~、褌か?親父の世代なら経験があるんだろうけど、俺は付けた事がないからな。ちょっと羞恥心が邪魔をするシチュエーションだ。」
『安心してください。周りのみんなが男も女も同じものを着用しているのですから、特に恥ずかしがることでもありません。それに防御力という点からは、特別製の服になりますので、石斧でまともに叩かれてもびくともしないですよ。守りは鉄壁です。』
「それは心強いが、女も同じなんだよな。慣れるまでは目のやり場に困りそうだ。ところで、大事なことを忘れていたが、この時代で俺がやらなければならない仕事は何なんだ。」
『既にお話ししましたように、このミッションの目的はあなたが保有している免疫遺伝子をこの時代に拡散させて、今後発生する遺伝子異常を抑制することです。』
「大体解ってきたけれど、その方法は?」
『ごく一般的な方法になりますが、出来るだけ多くの卵子にあなたの精子を受精させることですね。具体的には、この時代の女性達を確保し、人工授精によって妊娠、出産を行って貰います。』
「一般的な方法と言っては賛否両論がありそうだが。俺のいた時代でこんな事をやったなんてバレたら間違いなく逮捕だな。」
『気にしたら御終いですよ。それよりも、あなたの役割ですが、先ほども少し話した様にシャーマンとして集落に入り込んでもらいます。因みにこの集落が一帯で一番大きな集落となりますので、ゾンデを使用してあなたを信じ込むように暗示をかけます。その後はこの集落を足掛かりにここ一帯の指導者になってください。』
「壮大な詐欺の計画を聞いているような気分だ。俺がこの地域一帯の指導者になるのか?」
『あくまでも第一段階です。同じことをこの弓状列島9か所で行ってもらいますから、そのつもりでお願いします。大体21世紀の知識を持っていれば神様を詐称しても大丈夫ですよ。』
何処かの新興宗教かな?シャーマンも似たようなものか。
『此処での目的は、出産までの母体の管理と出産後の育児、健康管理、安全の確保の為に、周辺地域一帯の共同体を作る事です。ある程度習慣化されてしまえば、放置しても少しの間は大丈夫でしょうから。順次ほかの地域も回らなければならないので、手が掛からないようになってもらわないと大変ですからね。』
「確かに、それはそうだな。」
『集落内を掌握できたら、妊娠可能な女性を選択してこの部屋に連れてきてください。』
「集落からここまで連れて来るのか。結構距離が有りそうだから、途中の安全が気になるな。攻撃的な獣もいるんだろ?」
『その辺の事は考えていますから大丈夫です。移動中はパラライザーを装備したゾンデを護衛に付けます。』
「パラライザー?昔のアニメで見た事が有るけど、現実に出来ているんだな!」
『22世紀中頃には出来ていたはずですよ。それで、この室内に誘導してから処置を行います。あなたのベッドとは反対側の壁に処置用のベッド5基が有りますから、麻酔で眠らせてから壁内部の処置室に引き込んで体外受精を行います。確認しながら作業を行いますから、一人当たり約40分くらいで終わります。』
「俺一人の遺伝子で世界的規模の遺伝子問題を解決するのか。ところで体外受精用の精子はいつ採取するんだ?」
『それでしたら、すでに採取済みです。その為に、夜の間にあなたの体を改造したんですから。その時に今後5千回分に相当する精祖細胞を確保しています。』
「なんか、眠っている間に強姦でもされた気分だな。今から改めて採取しようと言われるよりはマシなのかもしれないけどな!!しかし、精祖細胞の採取が出来たのなら、俺がこの時代まで付き合う必要ってあったのか?」
『精祖細胞の鮮度による活力の維持を第一に考えた結果、常に採取できる状態が望ましいという事で同行が決められました。これから先は地球上の全ての地域が範囲になりますから、遺跡から判明している文化圏内にいくつかの拠点を作って同じ処置を行っていく事になります。最初はこの弓状列島内の全女性が対象となりますが、この時代は2万人弱の人口があったと推定されるので、その半分としても女性は1万人程度。母系社会だったと考えると女性の方が多くなりますから1万2千人として、妊娠可能な女性は7千人程と推定しています。目標はその内の70%に人工授精を行う事になります。』
「約5千人か。1回5人処置して通算1千日だから、約3年掛かる計算か。そこには移動時間は入っていないから、日本中を回るとすると4~5年は掛かるんじゃないのか?」
『主な集落は縄文時代前期の遺跡から9箇所と考えています。各集落付近に拠点を作りますが、集落間の移動方法は考えていますので最短時間で移動できます。』
「ちょっと待てよ?この計算は、全部の女性が一回の人工授精で妊娠することを前提にしているが、そんなに上手くいくのか?」
『技術的には完全に確立されており、雌雄双方の健康状況によりますが、特に問題が無い場合99.8%安全で確実な妊娠が保証されています。』
「そうか。俺は医者でも科学者でもないし、ましてや産婦人科なんてさっぱりだから分からないが、2000年間の技術的進歩は凄いものなんだな。そうすると、移動時間抜きで実際の1日の処理人数は10人位が良い所かな?」
いよいよ主人公に明かされた人類存亡の危機からの回避方法。
そんな事をして歴史は大丈夫なのでしょうか?
食事情も心配ですが、衣服にも問題が・・・・・。
慣れるのが一番ですよね。