第7話 理由(2)と過去への強制移動
人さらいの人工知能が訳を話しています。
今から約2000年後、出生率が落ちて、合わせるて寿命が短くなっている事が解ってきた。
原因が判らず、対応策もなく、このままでは人類が滅亡する。
やっとの事で遺伝子に隠されていた異常を発見することが出来たが、余りにも微細な異常で、その部分だけを分離する事が出来なかったのだ。
人類滅亡を回避する為に、時間跳躍を行う人工知能が目指した過去の世界で出会った主人公だった。
人工頭脳の説明の続き・・・・・
俺が暮らした時代から約2000年後頃、いつの間にか出生率が落ちだし、それに合わせるように寿命が短くなっている事が解ってきたらしい。
ところで、出生率とは何を表しているのか。
一般的に出生率とは、「一人の女性が一生のうちに出産する子供の平均数」を示している。
単純に考えると、この値が2.00なら、夫婦2人から子供が2人生まれるので、その世代の人口は維持されていると考える事が出来る。
計算の際には各年齢の女性の出生率を合計して算出されるのだが、実際には色々なアクシデントで減少するため、人口維持の為ために必要な出生率は2.07から2.08といわれている。
俺が暮らしていた時代の出生率は、たしか生まれた頃は2.10位で、以後は漸減が続き、最後に覚えている値は1.42位だったと思う。
人工頭脳の話では、他の惑星等に移住して暮らすようになった頃、出生率が3.50程度まで増加し太陽系の人工は増えていったという事だ。
しかし、2000年後位なって、いつの間にか出生率が落ちている事が判ったというのだ。
その段階では原因が全くわからず、対応策を見いだすことが出来なかった為、このままでは人類がゆっくりとはいってもいずれ確実に滅亡する可能性が大である。
そこで、人類は惑星間の問題を解決する為に発足させた太陽系調整機関に遺伝子学や生物学などを含めた研究機関を新たに創設し、居住している惑星やコロニーの違いを超えて、力を合わせて原因の追究を始めたのだった。
まず、地球の月軌道上に建設されていた大型のコロニーの一つを研究用施設として改造・整備し、ここに各分野の優秀な科学者達が集められた。
この時代になると遺伝子工学は完全に解明されたものと考えられていて、遺伝子疾患についても受精卵が母胎に着床した段階の検査で全て胎児から取り除かれ、世界中から根絶されたものとされていた。
しかし、此処に来て出生率の低下や寿命の短期化を引き起こすような遺伝子上の不具合が発見出来なかったと判り、現在の検査方法が不完全であった事が判明した事から、更に詳細な検査を行う方法を新たに開発しなければならなくなった。
今まで以上に高倍率・高精度で検査を行える電子顕微鏡等の分析機器の開発や検出に必要な薬品類、器具類、遺伝子治療方法の見直しや開発、さらに検査、研究に必要な検体を全人類から集める等、科学者や技術者たちは頭脳をフル回転させ、検体を確保し、研究開発を続けた。
このプロジェクトの関係者は多忙を極めた為、その昔存在したと言われるブラック企業が極めて優良企業であったと錯覚させられるくらいの働きぶりとなり、多数の家庭問題が勃発したが、人類の存亡が問われる前では歩を止める者はいなかった。
やがて必要とされた設備が開発されるにつれ、分析や研究も加速度的に進みだす。
そして問題発覚から50年が経ち、全ての設備が揃った頃に集められた検体の遺伝子分析作業がほぼ終わりを迎えた。
その頃の出生率は全人類で0.86になり、合わせて寿命の短命化により全人口は最多時の75%にまで低下していた。
それから、さらに20年の歳月を掛けて分析データの解明続けた結果、ついに遺伝子に隠されていた異常を発見することが出来たのであった。
それは余りにも微細な異常で、構造や潜伏場所から人類の成長初期段階で発生したものがその後休眠状態となり、発現する事無く最近まで眠り続けていたと結論付けられた。
しかし、ここでまたしても問題が見つかる。
すでにこの時代では、遺伝子異常の除去は確立された技術であると考えられていたが、その異常部分は、人間が人間であるために必要な遺伝子の中に完全に刻み込まれていた為、その部分だけを分離する事が出来なかったのだ。
人間を辞めても生存し続けるか、人間として滅んでいくかを選択させられることになったのである。
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この事実が判明すると絶望感が人類を支配する事になったが、この時、一部の科学者からある提案がなされる。
実は、遺伝子異常の部分を探す過程で副次的な成果として、その異常部分が遺伝子内に発生したと思われる時期が判明していた。
そこで、遺伝子内の異常部分が除去できないのであれば、その異常部分が発生する前に、予防措置を行おうというのだ。
そんな事が可能なのかという疑問の声に、科学者たちは徹底的なシミュレーションにより十分成功する可能性が有る事を証明した。
実は、被験者の中には極少数ながら遺伝子異常を持っていない個体が存在していたのだ。
しかし、その個体数はあまりにも少なく、さらに現在の遺伝子異常による障害が影響して、その個体が持っている遺伝子自体が弱体化しており、現状に影響を与える事はとうてい期待出来なかった。
だが、遺伝子異常を持っていない人間の遺伝子が十分活力を持っている状態であれば話は別だ。
その個体を問題の遺伝子異常が発生する時期より前に運び、遺伝子異常に影響を受けない遺伝子を当時のまだ人口も多くない人類に拡散させる事により遺伝子異常の発生を抑制できる。
但し、この方法では人類の創世期に影響を与える恐れがあり、これによる歴史改変が起きた場合、現在まで綴られてきた歴史がどのように変化するか解らない。
これは、人類全体に係り、担当者だけで決めて良い問題ではない事から、機関は直ちに全人類に告知を行った。
そして実施の賛否について直ちに投票が行われ、結果85%対15%で賛成多数となり実施が決定された。
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このミッションを成功させる為には幾つかのポイントがある。
1.当該遺伝子異常に対して免疫を持った個体を見つけ出す事。
2.見つけた個体を確保する事。
3.見つけた個体を適切な時期まで運ぶ事。
4.遺伝子異常が発生するまでに免疫を持った個体を十分増やす事。
5.遺伝子異常が増加、拡散しないように監視し、必要に応じて免疫を持った個体をさらに増やす事。
1.免疫を持った個体の捜索
捜索対象となる時間範囲の中から条件に合致する個体を探し出す事は非常に困難であるが、免疫 を持った個体は現在の人類にも僅かながら存在する事が判明している為、その個体の戸籍情報等を調査追跡し、血縁を遡って最適の個体を捜索する。
当該個体は遺伝子異常の発生以降に誕生し、遺伝子異常に対して免疫を保持した個体である事。
身体的、遺伝子的に十分繁殖に適した活力を有している事が重要となるが、年齢等が理由で活力不足の場合、身体改造により適した体に調整する。
捜索する時間範囲は、得られた情報を用いた各種シミュレーションからの算定により、4000年前から2000年前の2000年間となった。これは、この年代の人類に関する戸籍や住民データ及び遺伝子データが不十分であり、これ以上年代を絞り切れなかった為である。
対して捜索する地域は当時の日本列島と呼ばれた弓状列島の東経139度、北緯36度を中心とした半径100km圏内まで絞られた。これは、免疫を保持した個体の先祖ほぼ全員が、この時間範囲内に存在した事が判明したからである。
2.個体の確保
時間範囲と地域がある程度絞られた為、該当する個体を捜索特定し確保する。
(1)実運用試験中の観測用ゾンデを4000年前に飛ばし、捜索範囲中心から半径50kmの3Dデータを送らせる。
なお、必要なデータの送信終了後、観測用ゾンデは1万5000年前まで飛ばし、最終目的地の中心から半径50kmの3Dデータを送らせる。
※使用される観測用ゾンデは、時間遡行についての研究開発時において製作された物の内、現状ただ1台だけ成功が確認されている機体である。他のゾンデは時間遡行試験には成功したと思われる物も何台か有ったが、どれもデータの送受信が不能となり消息不明となった為失敗したものと考えられている。
(2)時空転移装置の開発・建造
時空転移についての開発は上記観測用ゾンデの実運用試験段階まで進んでいる。
この時空転移技術を完成させ、更に、現在運用されている人工頭脳のコピー製造及び時空転移用に特化したバージョンアップを行うと共に、自立移動が可能な躯体を建造し、これらを統合して時空転移装置を完成させる。
(3)個体捜索年代へ転移
時空転移装置を4000年前の捜索範囲中心部に転移させる。
この際、その時代の人類に発見されることを避ける為、転移ポイントを地中とする。(山の内部でも可)
(4)該当個体の確保
半径100km内を通常ゾンデにて捜索し、該当する個体の発見に努める。
捜索期間は2000年前までする。
発見後、該当個体を暗示により時空転送装置まで誘導し確保する。
※通常ゾンデは時空転移能力を有しないゾンデ。時空移転装置内に50機搭載
(5)個体の検査・調整
確保した個体の検査を行う。
遺伝子異常に対する免疫の状態、個体の活力(生殖能力)、疾病等を確認し、必要に応じて人体改造により強化・調整を行う。
3.目標年代への個体の移動
確保した個体を保護し、目標とする年代(1万5千年前)まで移動させる。
時空転移装置は東経139度、北緯36度を維持し、その後の地形変化の影響を受けない深度の地中を基本位置として定着する。
4.免疫遺伝子の拡散
現地住民の女性個体を確保し、免疫遺伝子と卵子を体外受精して女性個体に戻し、妊娠させる。捜索対象地域内の女性個体半数以上の妊娠を目標とする。
地球上における人口集結地を中心に、同様の方法で免疫遺伝子の拡散を行い、当時間帯における人類の半数以上が免疫を保持できるようにする。
拡散後、免疫遺伝子を保有する個体の健康状態等をモニターし病気や怪我等から保護する。
5.免疫遺伝子拡散状態の確認・補正
急な状況の変化が発生しない限り、5年おきに免疫遺伝子の拡散状況を確認し、必要に応じて再度拡散を行う。
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要するに、このプロジェクトで建造されたのが、今俺が入り込んで出られなくなった施設であり、その施設を管理している人工頭脳である、ということだ。
長い説明だったな。オイ!
「ちょっと聞きたいんだが、この施設はどれくらいの大きさがあるんだ?」
【おおよそ底面の1辺が10km四方、上面の1辺が5km四方、高さが5km。体積としては約290km3の正四角推台となります。あなたが上ってきた山の体積の約60%を占めていました。】
「え?プロジェクトで作る予定だったのは自立移動が可能な躯体で、言わば宇宙船のような物じゃなかったのか?まあ、宇宙船の形は別にどんな物でも良いのかもしれないが、無茶苦茶でかいよな?」
【時空転移装置自体の小型化が間に合わなかった事と、各種センサーや支援機材など、ミッション達成に必要な物を全て搭載しようとしたら、こんな大きさになりました。もっとも、一番大きいのは私のボディーとジェネレーター類なのですが。】
なるほど。さすがに人工頭脳はそこまで小型化できなかったのか。ジェネレーターも数千年持たせるんだから、それなりの大きさが必要だったという事だろうな。
時空転移装置の小型化が間に合わなかったというのは、時間的な余裕が無くなったという事か。
「そんなに大きな物を未来から転移させて山の中に収めたのか?そんな事をしたら、とんでもない災害が起きたんじゃないのか?」
【転移場所に到着するタイミングに合わせて、同じ形、同じ質量を原子分解させ、必要な場所を確保すると同時に、そこに入り込むように転移しました。質量を入れ替えたような形になりますから、外部にはほとんど影響は有りませんでした。】
「もう一つ。今までの話からすると、お前が作られたのは今から大体2100年後位になるんだよな。そこから4000年前から2000年前の間の捜索を行う事になったみたいだがどうやったんだ?」
【余裕を見て約4500年前に時間ジャンプを行い、半径200kmの範囲を超小型ゾンデを飛ばして検体を採取しながら、条件に合致する個体が出現するのを待っていました。】
「俺を見つけるまでにどれ位かかったんだ?」
【ほぼ2400年かかりました。】
「気が遠くなりそうな捜索時間だな。人間には到底不可能だ。まあ大体の事情はわかってきたが、話の流れからすると俺がその条件に合致した人類という事になりそうだな。ところでそこに俺自身の事情が全く考慮されていないよな。その辺はどう考えられているんだ?」
【すでにあなたの体の改造が済んでいる事から解りますように、拒否権はないものとお考え下さい。あの当時はそこまで検討するような余裕は有りませんでしたし、今からマスターにお伺いを立てる方法がない以上、プログラムされた計画通りに進める以外、私には選択の余地がありません。】
やれやれ、やっぱり問答無用か。
子供たちが心配しているだろうから、連絡位したいところだが、携帯はつながらないしどうしたものか。
「外の状況はどうなっているんだ。俺が連絡不能になってからだいぶ時間が経っている。おそらく捜索願が出されて、この付近一帯捜索隊が調べていると思うが。」
【私が傍受した情報では、あなたの子孫と思われる女性により捜索願が出され、昨日の段階で捜索隊が活動を開始しています。
しかし、あなたの辿ってきた道はあの時だけ空間をねじ曲げて作り出した道であり、この施設周辺は認識阻害のバリアーが展開されているので、此方の許可無しでは誰も見つける事は出来ません。
その為、日没により昨日の捜索は中断となり、朝から再開される予定でした。
これも事後承諾になりますが、この施設はあなたの目覚める前に時間ジャンプを行いました。それにより施設のあった山自体が完全に崩落。現在は巨大な窪地となっています。
この事では被害者はあなた以外“0”ですが、一部の道路などが破壊された事もあり警察等の関係当局はこの災害の調査、原因究明に奔走しております。
結果として、捜索活動は事実上不可能となり、この時点であなたは死亡したものと思われております。
なお、時間ジャンプはすでに完了しておりますので、今画面に映っている映像が現在の状況となります。】
「なんだって!!」
思わず絶叫して頭を抱える事になった。
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その頃、地元警察署前の3兄弟は、大規模自然災害の発生現場となった山のあった場所を見つめていた。昨日までは間違いなくあそこに山が有ったのである。
今はすっかり景色が変わって、上空をヘリコプターが数機飛び回っているのが見える。
警察も消防も、総出で崩落した山の状況を捜査、原因究明へと走り回っており、今更この3兄弟に注意を払う余裕のある者などいなかった。
行方不明になった時、確かに父はあの山の頂上付近にいたはずである。
そうであれば、山が完全に姿を消してしまったこの状況で、助かる可能性など万に一つもない事は十分解っていた。
頭では理解しているが、感情は納得していない。
そんな状態で、長女が漏らした一言。
「どうしよう・・・。」
それが3兄弟揃っての思いであったろう。
父親の消滅を目の当たりにした子供達は唖然とするばかりだった。
しかし、実は生きている父親は、人類の黎明期に向かって旅立ったのだった。
この親子たちは再び会う事が出来るのでしょうか?