第1話 日常から非日常への招待
好きな山歩きをしようと一人で山に入った俺は、いつの間にか人工知能とやらに拉致られ、人類滅亡の危機を回避するためのキーマンにされてしまった。
俺の意思は関係ないと遥かな過去に連れていかれ、危機を回避する為に歴史改変を行っていく、そんな話です。
第3回アース・スターノベル小説大賞に参加させていただきます。
6月のとある金曜日の早朝。目覚まし時計のけたたましいメロディーで目を覚ます。
昔から、目覚ましには色々なメロディーを使ってきたが、今は昔懐かしい「ラ○ディーン」だ。
一軒家で防音がしっかりしているのを良いことに、結構な音量でセットしているので、よほどの事が無いかぎり一発で目が覚める。
基本的に寝るときは完全に明かりを消して休むようにしているので、6月といっても朝の3時では、締め切った遮光カーテンによって道路の街灯の光すら入ってこない室内は真っ暗闇だ。
窓は東向きだがまだ日が昇る気配もなく、星明りしかない状況ではカーテンを温めることさえできない。
雨や風の気配もしないところを見ると今日の天気は悪くないのだろうと希望的観測を行う。防音性能のおかげで外の音は全く聞こえないから、正確には判らないのだが。
俺は、とある大手建設会社に高卒で入社し、その後ずっと現場で働き続けて部長にまでなり定年で退職した、現在は無職となっている男だ。
かなり前から、退職後はしばらく再就職をせず妻と二人でのんびりと旅でもしようと思っていたのだ。
しかし、退職して半年後に突然妻が病に倒れ、それから僅か二月で他界してしまった。
貧乏な時代に出会って結婚し、退職するまで苦労をさせてばかりだったので、退職後はせめて妻の行きたがっていた観光地に連れて行ってあげようと旅行資金を貯めて色々計画してきたのだが、結局どこにも連れて行けないまま、何も報いることが出来なかったのが残念でならなかった。
それからは妻と使っていたこの寝室で一人目を覚ます日々となったが、それも3年たてば、すっかり慣れてしまった自分がいる。
そんなことを寝起きの頭で考えながら、俺は大きく伸びをして眠気を吹き飛ばすと、掛け布団を跳ね上げて上体を起こした。
部屋のセンサーが俺が起きた事を感知して部屋の明かりを自動で点灯する。
ベッドから抜け出すと、すぐそばに置いた椅子に掛けてある服に着替える。
普段家にいるときはジャージなどの楽な服装が多いのだが、いつもと違って重装備を用意していた。
今日は、もう3ヶ月前から予定していた趣味の山歩きの日なのである。
自分の住んでいる某市から電車とバスを乗り継ぎ、5時間ほど掛かる所にある2000m級の山に登るために、こんな朝早くから起きだしているわけだ。
俺は高校の頃から山登りが好きで、暇が出来るとあちらこちらの山に登ってきた。
今回の山はさして高い方ではないが、ろくに登山道もない山なのでそれなりの準備が必要になる。
暇に任せてじっくりと組んだ計画では細い山道しかないくせに、なぜか1か所だけ作られている意味不明の山小屋で1泊して、周辺の山を縦走して明後日の夕方に帰ってくることになっていた。
部屋の隅に置いてあるフレームザックには、昨日までに準備したいろいろな装備が入っている。
多少の突発事態が発生しても対処できるように、普通は必要かどうか疑問に思うようなものまで入れてしまったのは愛嬌のうちと思いたい。
高校の頃に、山の中で熊と出くわしたり、天候の急変で道が川になってしまい、身動きが出来なくなったりしたことがあったので、どうも過剰に準備をする癖がついてしまったようだ。まあ、長年担いでいるのですっかり慣れてしまい、これ位は大した事ではなくなってしまった。
そんなちょっと重くなってしまったザックを担いで、2階の寝室から台所に移動する。
昨日の残り物を温めて居間のテーブルに持っていき、テレビを点けてからで朝食を取り、食後のほうじ茶を飲みながらパソコンでメールのチェックをした。
子供は3人いるが皆成人していて、それぞれ自分の生活を確保してこの家から出ているが、電話やメールなどの連絡は結構な頻度で行われている。
夜の間にそれぞれからのメールが来ていたので、予定通りこれから出発することと、帰りは明後日の夕方になることを返信しておいた。
ついでに今日から明後日までの現地の天気をチェックしておく。
特に荒れるような天気予報はないようだったので、一安心だ。
一休み後、始発電車が動き出す時間に合わせて玄関に出た俺は使い込んだ山歩き用のトレッキングシューズを履き、壁に掛けてある帽子をかぶってから、フレームザックを背負って玄関を出る。
ドアに鍵を掛けてから、街灯の明かりの下を最寄りの駅まで歩いて行った。
駅に着いた俺は、早速目的地までの切符を購入し、ホームに出るとちょうどやってきた始発電車に乗り込んだ。
朝早いこともあって電車の中はがら空き状態であり、荷物を網棚の上に乗せた俺は4人掛けのボックス席を一人で占領して座ることが出来た。
一度大きなターミナル駅まで移動して、さらに途中2回乗り換えをする。
3時間ほどかけ目的地の駅に到着したが、その間、居眠りをしてしまい乗り越しをするところだったのは何時ものことなので割愛する。
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このあたりまで来ると濃い緑色の山肌がそびえ立つように見えてくる。
心なしか空気も少し変わったような気がする。
入山予定地点まで行くバスに乗り換えるため、無人の改札を抜けて駅を出ると目の前に小さな商店街があるが、まだ朝8時過ぎという時間のせいかほとんど人影がない。
この付近には確か学校は無かったので小学生などの登校風景も見られない。
駅の入口を出て左側に少し錆びたバス停が立っていたので字が消えかけた時刻表を確認すると、次のバスは約1時間後に出るようだった。ちなみに午前中のバスは次の1台だけだ。
時間に余裕があったので、今のうちに何か食べておこうと思って、開いている喫茶店が無いか探して商店街に入ってみた。
2~3分ほど歩いて1軒の開いている喫茶店を見つけたので早速入ってみる。
カウンターに座りメニューを見てマスターにモーニングを注文した後、今日の天気など、適当な話をしばらくしながら待つ。
出てきたのは、皿にのったナポリタンとブルーベリージャムがついた厚切りのトーストに、コーヒーといったごく普通の献立であったが、見た目も匂いも食欲を誘う良い感じだった。
味も予想通りだったが、完食して満腹になったので十分満足できた。
後は雑誌を読んだりして適当に喫茶店で時間をつぶし、駅前のバス停に戻るとすでにバスが待っていた。
当然と行っては何だが、ほかの乗客は誰も乗り込んでこなかったバスは定時に出発して余り広くない道路を山に向かって走っていく。
山に向かって町を外れながらいくつかのバス停を過ぎるころには、周りの景色は大きな樹ばかりの鬱蒼とした森になり、木漏れ日の中、道路は上り坂とカーブが続くようになってきた。
そのまま1時間くらいたち、いくつかの峠を越えたころ、ようやく目的のバス停についた。
バスの運転手に挨拶をしてバスから降りると、バス停のすぐ横から木の隙間を縫うような登山道が伸びているのが判る。
この辺の登山道には入山管理所のようなものはないので、おそらく何かあったときはバスの運転手の証言だけが頼りになるのだろう。
バスが走り去ったバス停の前で、大きく伸びをして少しこわばった腰を伸ばしながら深呼吸をすると、きれいな山の空気で肺の中が洗われるようだ。
一息入れてバス停に立て掛けていたフレームザックを背負い、登山道へと踏み入る。
ここから先は、ほとんど人に出会う事はないだろう。
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一定の歩調をキープして、マイペースで坂を上り続けると20分位で一つ目の峠にでた。
バスでそれなりに高度を稼いでいたせいで、それほど歩いたわけではないが、まだ低いながらもそれなりに見晴らしが良くなり結構遠くまで見渡せる。
都市部と違い空気が綺麗なのか、シャープな稜線が見えて気持ちがいい。
ここから一旦下り坂になるが、5分もするとすぐに上り坂に変わり見通しの悪い森の中を蛇行しながら少しずつ高度を上げていく。
そんな獣道に毛の生えたような山道を歩き続け、昼になるころ1つめの山頂に到着した。
フレームザックを背中からおろし、ザックのポケットから2m四方のシートを取り出す。
適当なところにシートを敷いて座り込むと、ザックの中からビニール袋に入れたお手拭きを取り出し、顔や首筋の汗をぬぐう。
それから、改めてザックの中をかき回し、缶詰のご飯と副食缶を引っ張り出して昼食にする、
缶詰飯は昨日のうちにボイルしておいた物を新聞紙でしっかりとくるんでおいたもので、まだ温もりが残っていたから、缶きりであければすぐに食べることが出来る。
これは山登りではいつも重宝しているし、副食缶はソーセージの缶詰とマグロのフレーク缶をチョイスした。
どちらも大好きなものなので昨日から食べるのが楽しみだった。
時々水筒の水を飲みながら景色と昼食を堪能し、食後は地図を開いてこの後のコースを再確認する。
今日の目標はこの山頂から伸びる峰を伝って縦走し、2つほど頂上を過ぎた先にある山小屋になる。
作った目的は良く判らないが、管理している最寄りの役場に使用を許可してもらったその山小屋で泊まる予定なので、距離的にはあわてる必要のない余裕の行程だろう。
ただ、途中で熊が出没するという情報のある獣道と交差する所があるので十分に注意しなければならないが、ザックに取り付けた熊よけの鈴と胸ポケットに入れたラジオの放送でなんとか熊のほうが避けてくれることを期待しよう。
午後1時に休憩を終了して自分の周りを見回し、ゴミなどが落ちていないことを確認してから先へと足を踏み出した。
休憩した山頂から北西に向かう峰伝いの獣道を左の切り立った谷側に気をつけて歩いていく。
わき道も無いような獣道なので特に問題もなく順調に進行していると思っていた。
ところが、気になっていたもう一本の獣道との交差点も迷わずに無事に通過して、頂上をひとつ通過したところで地図に無い分かれ道に遭遇した。
分かれ道はやや西方向に向かって下っている道と北東方向に上っていく道なのだが、道標も無いのでどちらの方向に向かうのが正解か判断できなかった。
少し迷ったが持参のコンパスで進行方向を確認して、地図上で次の頂上があると思われる北東方向の上り道を進むことにした。
しばらくは上りが続いたが、その後長い下り坂が続いたので、だんだん本当にこの道で良かったのか不安になってくる。
コンパスと太陽の方向で確認しても、常に次の頂上の方向に向かっているので特に間違っているように感じなかったのだが、やがて下りきって日陰になった所は行き止まりになり、そこにはちょっとした広場があり、岩壁には人が入れるくらいの大きな穴が開いていた。
長い病気療養からの復帰作になります。リハビリがてら投稿しますから、更新はゆっくりになりますので、気長にお付き合いください。