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通知表を破り捨てた  作者: トキン
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burst

 ‟魔気爆発”というものがある、らしい。あとから聞いた。

 言葉から想像できる通り、空気中に漂っている魔力(通称マナ)が爆発する現象なんだとか。規模の大きいものは、災害と言ってしまっていいほどの被害を及ぼす、自然現象だ。

 洪水が水の多い場所で起きるのと同じく、土砂災害が土の多い場所で起きるのと同じく、魔気爆発もマナが多い場所で起きるらしい。例えば、魔物が大量発生する、暗い森の中とか。

 随分経ってからオータルさんに聞いたところ、予測は極めて難しいらしい。マナ濃度が濃くなったりだとか、不安定になったりだとか、前兆と呼べるものもあるにはあるのだが、それを観測するのができないらしい。少なくとも、黒髪の少年や赤髪の少女魔導士には。

 でも、それを可視化できる良い指標となるのが、エレメンタルの発生だ。それの発生=魔気爆発、というわけでもないけど、何かが起きるのはわかる。いつだったか読んだ図鑑の通りだ。なぜ、森に入る前に不思議な魔物を見たとリリィに伝えなかったのか、今でも悔やまれる。

 枯れ枝を踏んだような音も、予兆の一つらしいけど、その音を耳で聞けるようでは手遅れだ。爆発そのものが起きるのに、インターバルは一秒もない。

 あの時のことは、今でも克明に思い出せる。たった数瞬で、何もかも変わってしまった。




‟ 何が起きたのか、自分でも理解できなかった。さっきの軽い音の後に、何かがあった。

 リリィも不思議そうな顔をしていたが、それは僕の気のせいかもしれない。向こうから来る車のライトに、無作法に目を照らされたように、視界全てが白く光った。僕は、そこでようやく、パニックになることを覚えた。なんでもいいから物をつかんで、辺り一面にまき散らした。ポケットの中も鞄の中も、空っぽになってしまった。

 痛いような熱いような、全身の神経細胞が、脳に信号を送った。だから何ができるというわけもなく、キャパオーバーを起こした脳はフリーズすることで今を乗り切ろうとしていた。

 その甲斐なく、というよりもその必要なく、事態は収束した。視界が白くなっていたのはたった数瞬で、痛みを感じたのも数瞬だった。それ以降は、目が元に戻るまで痛みの余韻に浸っていたのだが、何分もかかるようなことではなかっただろう。

 その間に、致命的だ、という言葉が頭の中を駆け巡った。一体何が、どんな風に、自分でも答えは出せなかった。しかし確かに、致命的だった。


 ようやくまともに目を開けられたとき、世界はほとんど変わっていなかった。驚いたのは、森の木々が一つも傷ついていなかったことだ。自分が感じていた光や熱の方が幻だったのかと、疑ってしまった。

 目を開けたとき、世界はほんの少しだけ変わっていた。それは、ほんのわずかのことで、少女一人分の、命の有無程度のことだった。元は人だったのか、それすらも疑わしいほどに焼け焦げて、ボロボロになっていたが、それまでの状況から考えて、リリィだったものだと断定してしまっていだろう。あまりのことに、何も理解できない。その逆に、冷静に状況を分析しようとする自分がいて、バラバラになってしまったのだと、更にもう一人の自分が自己評価をしていた。

 寝転がったまま手を動かすと、何か硬いものに当たった。さっき放り投げたはずのシャーペンだった。まだ体に残る痛みを消すために、‟鈍感”と書き込んだ。そのあとに思い付いたのが‟修復”で、それも書き込んだけど、果たして人体に使うべき単語だったかと不思議に思った。傷は完治したから別にいいけど。


 体が自由に動くようになってから、もう少ししっかりと辺りを見渡した。

 さっきまでの自分と、リリィの傷の具合がだいぶ違うことに気付いた。熱の感じ方からして、リリィの方が爆心地的な何かに近かったから、という風に推測は立てられる。それだけでこんなにも差が出るのかは謎だった。投げた物の中には神から貰った文房具があったのも関係しているかもしれない。シャーペンは僕のすぐそば、定規はリリィの頭の方に落ちていた。消しゴムはついに見つからなかったが、丁度それぐらいの大きさの深い深い穴が開いていた。底は見えない。何もかも消す、消しゴムなら、地面も消していって下に落ち続けているのかもしれない。


 今から何をすればいいのか、全くわからなかった。

「家に帰ろう」

 思わず口から出た言葉を、取り敢えずの指標にした。福音荘を家と呼ぶことに、何のためらいもなかった。

 帰り道はわかっている。それに正直、帰れなくてもいいや、とも思っていた。

 リリィをどうするべきかわからなかった。いつも持っていた短杖の残骸を見つけ出し、飾りの大きな宝石を抜き取った。リリィを即席の穴に埋めて、墓標代わりに、杖を立てた。

 リリィの遺品は、宝石だけ持って、荷物を纏めて走り出した。疲れていて、感じるものも感じない。‟剛力”や‟俊足”の効果が切れていなかったようで、そこそこ便利だった。

 森を抜けたとき、自分が泣いていることにようやく気付いた。”




 街には、案外簡単に戻れた。少し色のついた間の歩道を通って、福音荘に向かった。リリィに教えてもらったことだった。

 福音荘のロビーには、グレイさんが一人で座っていた。森であったことを、ぐちゃぐちゃに伝えて、僕は部屋に帰った。

 下では色々と起きていたようだったが、そんなことを気にする余裕もなかった。手の中の宝石が、冷たくて、痛かったのを、よく覚えている。

 


 あの日から十年。手の中の宝石を眺めながら、僕は一人で、福音荘の広間に座っていた。

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