3.魔道士は、その笑顔に心惹かれる
―― 高くそびえる城壁に囲まれた難攻不落の城塞都市ヴェルザン ――
『深夜の城下町』
息を潜めて待ち続ければ、噂通りコツコツと蹄の音が聞こえてくる。デュラハンの姿を確認し思わずゴクリと喉唾をのみこんだ。
「うわぁ。本当に首無し馬に、首無し騎士がまたがってる」
魔道士エミル・ダールは、内心ビビっていた。
城塞都市内は平和で安全だ。あんな化け物が現れるなんて夢にも思っていなかったのだ。
(ミカエル殿下の討伐隊に入る条件が、貴族出身とか本当に馬鹿げてるよ。どう考えても実力で選ぶべきだろうに。あーヤダヤダ)
エミルは貴族出身の魔道士という条件で、討伐隊に選ばれたことを受け入れられずにいた。けれど辞退することも出来ずに、渋々参加しているのだ。
その時、隣で待機していたティアラが立ち上がる。
「ちょ、ティアラ。ちゃんと隠れてよ」
反対側の道には、ミカエルとハーゲン兄弟が待機している。三人に任せておけば間違いない。ここで目立てばエミルとティアラが戦うはめになってしまう。
けれど、ティアラはそのまま弓を引き絞り矢を放つ。
一発目は騎士の心臓に突き刺る。
二発目は抱えた頭にヘッドショット。
三発目は馬の胸元に命中した。
目の前で、静かにデュラハンが黒い霧となり消えていく。
「えぇ~~。瞬殺じゃん!」
その見事な腕前に呆けていると、ティアラが振り向き得意げに笑った。
「ね! 私ちゃんと役に立つでしょう」
華奢でハーフエルフのティアラは、戦闘で足手まといになりかねないと周囲から散々言われていた。
きっと、その事を気にして手柄をあげようと頑張っているのだろう。
「うん。ティアラは殿下の討伐隊に相応しい実力者だね」
俺と違って――という自虐の言葉はのみ込んだ。
(別に貴族ってだけじゃない。実力だってソコソコあるんだ。だから俺は選ばれた)
ピースしながら褒めてくれと笑う彼女は可愛らしくて、やはり強そうには見えなかった。
そんな彼女に見劣りしたくなくて、エミルは杖を握る手に力を込めた。
□□□
城に戻ると、エミルから相談があると持ちかけられた。
(私、前々世も前世も人の相談に乗ることなんて殆ど無かったんだけど、大丈夫かしら)
悩まず実行を繰り返すのがティアラだ。彼女に相談するくらいなら試す方が早い。
待ち合わせ場所に行くと、エミルは何冊かの本を抱えていた。
「やぁ、ティアラ。来てくれて、ありがとう」
「それは良いけど。相談て何?」
「実はこれを見て欲しいんだ」
出されたのは古代ルーン文字で書かれた魔導書だった。
「俺もっと強い魔法陣が知りたい。けど翻訳されたものは網羅済みでさ。あとは翻訳されてない古書を当たるしかない。でも俺は古代ルーン文字は読めない」
「で、エルフの私なら読めるかもしれないってことね。なんだ。それなら役に立てるわ」
渡された本を開けば見知った文字で書かれてはいた。しかし、本当にこれで良いか疑問が湧く。
「ねぇ、エミル。この本で間違いないの?」
「うん。家の書庫から、それっぽいの選んできたんだ」
「あのね、エミル。言い辛いんだけど――」
渡された本は『食材長期保管方法』や『家事を簡単に済ませる方法』などのタイトルがあるのだ。
「えー! なにそれ最悪。欲しかったものと違う」
叫ぶエミルを無視して、ティアラは家庭的な古書を読み進めた。
「ねぇ、この捜し物を見つける魔法陣て便利よ」
「えー。ティアラってそういうのに興味あるの?」
「それから、紙に書いて持ち歩く簡易魔法陣もあるわ。便利よね」
「へぇ。それは俺も初めて知った。中々面白そう」
強い魔法陣そっちのけで、生活便利術にハマりだす。
あれこれ試して二人で感心していたその時だった――
「お前達、一体何があったんだ?」
怪しい二人が居るとの報告を受けて、ミカエルが見に来てみれば、見知った討伐隊メンバーが二人が居た。
床には怪しい魔法陣の書かれた四角い紙が散らばり、周囲は箒が歩いていたり、モップとバケツがワルツを踊っていた。そして二人は、なぜか野菜を手にしている。
「「……」」
「何を仕出かしたのか聞いたほうが良かったか?」
「えーと。俺が討伐で使う強力な魔法陣を古書で探していて」
「ほう。それで?」
「途中から、面白い魔法陣を試してました。意外に便利なものが沢山ありましたよ!」
青い顔をしたエミルと、楽しそうなティアラの報告を受け、ミカエルは眉間にしわ寄せた。
「は。なら次の討伐での活躍を楽しみにしておこう」
ちゃんと片付けるよう厳命し、ミカエルは去っていった。
「はぁ。魔法陣は見つからないし、殿下には睨まれるし、散々だ」
せっかくエミルがやる気を出したのに、なにも成果がないのもつらい。ティアラは何か良い案がないか記憶を漁った。そして思いついた作戦をエミルに耳打ちする。
「―― へぇ。それ面白そう!」
「次回の遠征で、みんなをあっと言わせてやりましょう」
どちらともなく手を出し握る。その顔は悪戯を企てる悪ガキの顔そのものだった。





