4.魅惑の苺タルト
短剣を振り上げバイコーンの首を切り裂く。黒い霧になって消えたのを確認すると、ティアラは落ちた金貨を拾い集めた。
「ティアラ! そんなものは放っておけ。まだ出てくるぞ!」
「そんなもの?! 大事な大事な金貨ですよ」
遠征に出る度に繰り返されるミカエルとティアラのやり取りに、魔道士のエミル・ダールは苦笑する。
「ティアラ。あとで魔方陣を使って一括回収するから、今は戦いに集中しなよ」
「山分けってこと?!」
「はぁ。独り占めは良くないよ」
出会った当初にひもじい思いをしていたせいか、ハーフエルフのティアラは意地汚かった。
エミルは前方から襲いかかってくるバイコーンに魔法陣を描いて発動する。
「ほら、まだまだ出てくるから、手伝って!」
「分かったわよ」
しぶしぶ頷くティアラは、黙っていれば中々の美少女である。
「ちゃんと頑張ったら、おにーさんの分をティアラにあげるからね」
ウィンクしながら、ティアラに合図を送る。
「もぅ。すぐそうやって茶化すんだから!その約束忘れないでよね」
そう言うと、跳躍しバイコーンの頭上へ矢を連射したのだった。
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遠征を終えると、ティアラは必ずラウルの元を訪れる。
「今回の遠征で怪我はありませんでしたか?」
「全然! 余裕で勝利しました。もうすぐ最終戦にも辿り着けそうです」
「なら良かった。でもティアラは女の子ですから。危険だと思ったら迷わず後方支援に回るのですよ」
出立前の薬草の手配以外に、怪我をしたティアラの治療も脇役キャラクターであるラウルの仕事だ。
けれど、まったく怪我をしないティアラは、ラウルの治療を受けたことが無かった。
「頑張った子にはご褒美がありますよ。今日は苺タルトです」
目の前にキラキラ光る真っ赤な苺に、白いクリームで飾られたタルトが置かれティアラの顔は輝いた。
「ふふ。あなたの帰還に合わせて作ったかいがありましたね。さぁ一緒に食べましょうか」
「はい!」
ティアラが城に来てから半年が過ぎていた。
この頃には、ラウルの作ったお菓子で二人でお茶をするのは日常になっていた。
「そろそろ、オークやオーガが出る場所に入るので、一回の遠征が長くなりそうなんです。ここに来る時間が減るのが辛いです……っと。すみません。殺伐とした話ばかりで」
討伐位しかしてないため、気の利いた話題が無い。困って笑うと、ラウルは察したように別の話題を提供してくれた。
「じつは、教会へ寄付するために作ってるものがあるんです。みなには内緒ですが、ティアラになら見せてもいいかな」
そう言って見せてくれたのは、手作りの石鹸だった。
「昔、母が作って提供していたものを引き継いで続けているんです。『秘密の庭』で採れる花やハーブを使って作っています」
カレンデュラ、セージ、バラ、アロエと一つずつ色や模様の違う石鹸が並んでいる。
白地にカーキ色のマーブル柄をした石鹸を手に取れば、ふわりとセージの香りが鼻をくすぐった。
「バスルームで使ったら、とてもリラックスできそうですね」
「ええ。母が寄付しているときから人気の品でしたから。誰かが美容効果もあると言い出して、バザーでも毎回即完売だそうです」
どれにするか選べずに、全て買ってしまいそうなほど匂いも見た目も魅力的だった。
「アロエは火傷治療に使うし、セージは浄化効果があります。この石鹸は体が回復して綺麗になりますね!」
「なるほど。なら、他にも使う植物を増やせるかもしれない。よいアイディアを頂きました。そうそう明日から梱包作業をしますから、息抜きに手伝ってはくれませんか?もちろんお茶とお菓子付きですよ」
その提案に、勢いよく手をあげた。
「はい! 参加したいです」
城から出るのは討伐のときくらい。城の中では変わり映えのしない日々を過ごすティアラは心躍らせた。
「この庭に居るときは闘いを忘れて、休息をしっかりとって下さいね。あなたが戦うためのサポートをするのが私の務めですから」
それがラウルの役割だ。けれど、ティアラはそんなラウルと恋仲になりたくて必死なのだ。





