2.花に埋もれて
「それからゴミ掃除の件についです。みなさん、そろそろ戻ってきて下さい」
一体誰のせいなのか。あるものは苦々しく、あるものは途方にくれた中で、ラウルはミカエルをしっかりと捉えていた。
「ああ、聞こう」
ミカエルとて思うところはあったが、顔に出すのは矜持が許さない。
「殿下が討伐隊に参加して、かなりの歳月が経ちました。その間に、国の内情が良くない方へと傾いています。少なくとも私にはそう見えています」
そう言って、机の上に書類の束が置かれる。
「俺が不在の間は国王が全てを取り仕切っていたはずだ」
「ええ。ですがそうなる前は殿下が殆どを担っていた。国王とて昔は携わっていた仕事です。普通であれば問題などないはずですね」
置かれた資料の束は、どう見ても問題だらけの顛末が書かれていた。
「討伐隊の予算横領、食料の買い占めによる市場価格高騰――」
不穏な単語に反応して、全員が調書を手に取る。そしてその顔は、どんどん渋く歪んでいった。
「こちらは、麻薬中毒の患者数増加に、薬不足による子供と年寄りの死亡数増加――うへぇ」
「この束は、厄災にあやかった、デマやサギの被害届けですね」
「表が混沌とした影響を受けて、裏の取り纏めから苦情も届いてます」
「―― そ、そこまでのことが?」
「それを国王が無下に扱ったことへの苦情が、私に届いたところですね」
ラウルが両手を挙げて首を軽く横に振って見せた。
「なぜ、ラウル殿下にそのような方から苦情が寄せられるのでしょうか?」
フィンが解せないという顔でラウルを見つめた。その目は『秘密の庭』に引きこもっていた庭師の王子のはずなのに、と訴えている。
「以前、彼らの子供の病を治すため、薬草を提供する機会があったのです。ミカエルと同じ病でしたので無事に助けることができました。そのおかげで縁が繋がりました」
その言葉に一同全員青褪める。
身内の命を救った恩人というラウルに苦情がきたならば、よっぽどだ。
「……あの、タヌキ。許さん」
何をどうしたら、ここまで酷くできるのか。ミカエルはこめかみを揉みほぐすが、軽いめまいと頭痛が襲った。
「多くの貴族も大なり小なり悪事を働いています。あなた方のご実家も例外ではありません」
世界の終焉、厄災による不安。
それらは、いとも容易く国を呑み込んでいた。
安寧を貪っていただけの貴族達は混乱を鎮める舵取りをせずに、自らの保身に走った。
だからこそ、厄災の去った今、国を挙げてお祝いをし、早急に混乱へ終止符を打ちたいのだ。
「どうするかは、お任せします。ああ、そうそう。私は一度、ティアラを連れてエルフの里へご挨拶に行ってきますから、しばらく不在になります」
お嬢さんを下さい的なヤツである。
「ラウル。お前その後はどうする気だ?」
「さぁ。安全な場所に身を寄せたいとは考えています」
それが何を意味しているかミカエルは分かってしまった。
城では毎日のようにラウルの元へ毒が仕掛けられていた。頼まれて庭の入り口に置かれた毒の処分は引き受けていたが、今となってはその受け身な姿勢が悔やまれた。
ラウルは城に戻らないつもりなのだろう。
この城塞都市のどこにもラウルの落ち着ける場所は無い。そして、それはハーフエルフのティアラも同じだった。
「そうそう。こちらは皆さんの婚約候補の方々の素行調査です。訳あって調べましたが不要になりました。もし入り用でしたらお使い下さい」
そこまで話し終わると、ラウルは立ち上がる。
「それでは、私はここで失礼します。賢明なご判断をお待ちしていますね」
そう、言い残して立ち去った。
□□□
『秘密の庭』へ戻ると、フェアリー達が喜んでラウルを出迎えた。何やら見せたいものがあるらしく、袖や裾を引っ張って連れて行く。
月桂樹の大木の下。天蓋付きのベッドまで行きカーテンをめくる。
スヤスヤと寝入るティアラの周囲には、たくさんの花が散りばめられていた。
「おやおや。あなた達が飾ったんですか?」
問いかければ、フェアリーは満足げに胸を張る。
ティアラは胸元で切り返したドレスを着ていた。
その儚く繊細なドレス姿をラウルは気に入っている。庭で無茶をしないためにと言いくるめて着せていたが、本音は可愛い姿を見たかっただけだ。
同じように美しさに魅せられたフェアリー達も、ティアラに花を贈り飾り立てて楽しんでいる。
「寝ていると、まるで別人のようですね」
聞かれたら間違いなく怒られるだろう。
どちらも好いているので許してほしいと勝手を望む。
手に入れるまで散々躊躇ったが、手に入れてしまえば二度と失えない相手になった。
危険は全て排除するためラウルは大きな賭けに出る。
気配に気付いたティアラが目を覚した。
「だれ?―― って、ラウル様!?」
「あ、はい。良く分かりましたね」
変装姿のラウルに驚きつつ、ティアラは近くで見ようと移動した。
「ラウル様も髪を染めて変装するんですね。昔、ミカエル殿下も同じ色に染めてました」
「はい。この染め粉は私が作ったものです。殿下にも私が差し上げましたね」
「意外と仲良しなんですか?」
「ふふふ。悪くはないと思いますよ」
表だって接触しないだけで、ミカエルとラウルは付き合いがあった。
ミカエルからすればラウルの母は命の恩人であり、そのことを理由にラウルをずっと気に掛けてくれていたのだ。互いに害する考えがないため、ラウル自身も変装して時折従者を引き受けていた。
「ティアラにお願いがあります。あなたを伴侶に迎えるために、一度エルフの里にご挨拶に伺いたいのです。出来れば、なるべく早く出発したい」
その言葉は、ティアラをこれ以上ないくらいに舞い上がらせた。
遠くで時報の鐘の音が聞こえたせいで、結婚目前なのだと決め込んだ。
「行きましょう。今すぐに!」
「はい。行きましょうか。今すぐに」
勢いに乗ってティアラは一時間で出発準備を整えた。
そのまま髪を茶色く染めたラウルの手を取り、『秘密の庭』を後にする。
数日後には、フェアリー達の姿も消えたのだが、それに気付く者はいなかった。





