1.問題は山積みです
―― 城塞都市ヴェルザン城。城内 ――
『第一王子 ミカエルの執務室』
「どいつもこいつも、ふざけやがって!」
ドン! と、力いっぱい机を叩いた音は執務室中を憤怒に染める。
国の第一王子であるミカエル・シュル・オーベロンは、興奮した面持ちで止めどなく溢れる怒りを持て余した。
彼の部屋には、彼を慕い敬う仲間のような間柄の側近が控えていたが、誰も何も発言しなかった。
騎士団に所属し、第一王子の近衛を務めるハーゲン兄弟。
魔導士のエミル・ダールに、学者のフィン・バルグ。
その誰もが、ミカエルの怒りに触れたせいで今や一触即発といわんばかりの殺気を身にまとう。
巨人を倒し世界の厄災が去った。
その輝かしい成果を出した五人に、思いもよらない新たなる厄災が降って涌いたのだ。
厄災の去った城塞都市ヴェルザンは、今や国を挙げての大騒ぎ。
その歓喜を汲んで国王、王妃、貴族連中がこぞって彼らにあることを持ち掛ける。
祝のパレードを行い国を挙げてお祝いしよう、と。
そのこと自体はなんら反論はない。幸いにも死者はゼロ。ただ一人の重傷者を出しただけ。その被害の少なさは、そのままミカエルの功績として称えられている。
彼らの怒りは、少ない被害と言われた重傷者に対する思いの違いから起きていた。
今回の魔物討伐隊で一番の活躍を見せたティアラは、未だ床に伏せている。
無傷で成果をおさめた五人は、そのことが何よりも心苦しかった。
苦楽を共にし、同じ釜の飯を食い、誰よりも体を張って貢献した彼女に敬意を払い、祝賀会などの祝い事は、全てティアラが復帰後に時期をずらす意向で一致していた。
けれど、すぐに催すべきだと意見が通されてしまい、ならば自分達抜きでしてくれと断った。とてもではないが、祝う気分になどなれないから、と。
それは至極真っ当な感情から起こる考えであった。
厄災が去ったことを祝う祭りなら、討伐隊抜きでもできる。討伐隊へのねぎらいは、時期をずらせば問題ないので、話はそれで済むと思っていたのだ。
なのに、である。
『重傷者はハーフエルフ一人。外来しゅ、ゴホン。国外の者のことなど気にする必要がどこに? それにエルフは早々にアルムヘイムヘ逃げ帰った裏切り者達ですから、放っておくのがよろしいかと』
誰が言ったのか分からぬその意見を、大多数が賛成した。
頼りの国王は、両者の意見を取りまとめると諍いの少なくなる方を選んだ。
つまりミカエルに折れろと言って寄越したのだ。
「城壁内でぬくぬくと安寧を貪っていた奴らのが、よっぽど関係ないだろう!」
ミカエルの怒りは、噴火する火山から止めどなく流れるマグマのように全てを呑み込んでいく。
「あったまくるな。あのタヌキじじい!」
罵詈雑言で吠えるミカエルを、やはり全員止めないままだ。立場という最後の理性が働いて口にしないだけで、この部屋にいる全員が、第一王子を含める討伐隊への引いてはティアラへの軽侮に憤っていた。
その時、扉を叩く音がした。
「失礼します」
返事を待たずに入ってきたのは、茶色い髪を一つにまとめ眼鏡をかけた青年だった。
「少しお時間よろしいですか? 殿下」
「ああ。構わない。だが何の真似だ?」
ミカエルは幾分か落ち着きを取り戻し、目の前の男に理由を尋ねた。なぜ、わざわざ出てきたのかと。
「必要があったからです。それに、この姿の私は一応あなたの従者ですから」
そういう約束なのだ。それは互いに了承済みのこと。
見覚えのない従者の登場にミカエル以外が首を傾げる。初見の男がミカエルの従者など到底信じがたいのだ。
「今ここにいる者達全員に話して構わないな」
「ええ。こちらの姿ではアルと名乗っています。皆様には別の姿で既に面会済みですよ」
その声は、どこか面白がっているように軽快だ。
「からかうのはやめろ、今は忙しい。用件は何だ? 何が望みなんだ。ラウル」
「っ。ラウル殿下なのですか!」
驚いて声を上げたゲイルを気にも止めず、ミカエルとラウルは執務室中央にあるソファに対面で座る。
その場にいる者も倣って周辺に移動した。
「で、用件は?」
「端的に言えば、害虫駆除とゴミ掃除ですね」
庭の手入れの話でもするつもりだろうか。
ミカエルはその凛々しい眉毛を少しだけ上げる。
元叔父で、一つ年下の義理弟であるラウルは、昔から何を考えているのかさっぱり分からなかった。
ふわふわと掴みどころのない男。
思い出の中で、ぼんやりと生きる屍のような男。
それがミカエルから見たラウルの評価だ。幼いころは同情したが、今となっては、いい歳こいていつまで拗ねてるんだとも思っていた。
そんなラウルが、なぜ今出てきたのか。
彼を突き動かす何かができたのなら、それは喜ばしいことだ。
「なら、まず害虫駆除から話を聞こう」
言いながら、庭の話だったらどうしようとも思った。
が、読めない男を疑っても仕方ない。ミカエルは腰を据えて話を聞こうと姿勢を正す。
「皆さんも適当に座って下さい。一応関係者かもしれません」
害虫駆除と自分達に何の関係があるのか。
不思議に思いながら、ハーゲン兄弟、エミル、フィンはソファーの空き席に腰を下ろす。
ラウルは全員が座るのを待つと、彼ら一人一人と目線を合わせて微笑んでみせた。
「まずは、皆様におかれましては、無事の帰還をお喜び申し上げます。世界の厄災を回避したこと心より感謝いたします」
丁寧に頭を下げれば、目の前の誰もが目を瞠り驚きを滲ませた。
けれど、これは建前で、ラウルの目的は別にある。
多少の差はあれど、ここにいる男達はティアラのことを好いている。そして噂によると、白紙に戻した令嬢達と再婚約の話は、未だに止まったままだとか。
つまり彼らはラウルから見れば害虫だ。
害虫は一度に全滅させると相場が決まっている。
手を抜いてはいけない。
「それで、私の要件なのですが。ティアラに恋慕を寄せる者に牽制したいんです。私が彼女を伴侶にします。本人からも許可は頂きました」
満足そうに幸せそうに、慈愛に満ちた笑顔で宣った。優秀な庭師は手短に確実に害虫を一掃する。
その春の陽気のような雰囲気に中てられ、徐々に事態を理解した面々にブリーザードが吹き荒れる。その衝撃と心凍る寒さのせいで、自分たちが害虫呼ばわりされたことは終ぞ気づくことはなかった。
淡い恋心が合計5つ。無慚に砕け散る音がした。
パリ―――ン!!!





