15.ハッピーエンド
―― 幸せになれるわけがない
その言葉は、ラウルの心に苦く響いた。
母はラウルを守るために死んだ。他にも理由があったかもしれない。でもラウルを守るという理由は間違いなく含まれていたはずだ。
だから、一人でも生きてきた。
今まで通り、『秘密の庭』を手入れして。
今まで通り、フェアリー達にお菓子を作って。
今まで通りのはずなのに全然違った。ちっとも幸せにならないのだ。
でも、そんなこと言ってはいけない。
だって、母が命を落としてまで守ってくれたのだから。
―― 幸せになれるわけがない
母の命と引き換えに押し付けられた生は、ラウルにとって不自由だった。ただ消費するだけの毎日は、穏やかに虚しく過ぎるだけなのだ。母はラウルが一人で残って幸せになると思ったのだろうか。なら間違いだ。
不幸が多少減っただけの、平和で寂しくて孤独な毎日が続いただけだった。
母が自分にしたことと、ティアラにしようとしていることは同じ。
「手を放した人に幸せを願われても困りますよね。私が軽率でした。すみません」
気づけば謝罪を口にしていた。願われたくなどない。願ってくれるなら、本当に願ってくれてたのなら――
「一緒に危険を乗り越えるなんて、魅力的な提案で困ってしまいますね」
例え今以上の過酷な人生になったとしても。
その選択を後悔することになったとしても。
愚かだったと泣き崩れることになったとしても。
一緒にいて欲しかった。
それが母を看取ったラウルが、ずっとずっと言えなかった気持ちだ。
「ラウル様?」
「―― やるからには努力は惜しみません。ですが、やはり危険ですし、もしもの時はちゃんと一人で幸せになってくださいね」
遠まわしすぎてティアラには伝わらない。体が離れゆっくりと首を傾げて見つめ返される。
「分かりづらくてすみません。私と一緒に居てもらえますか?」
「っ!―― もちろんっ~~~!!!」
ラウルの言葉に歓喜したティアラは、背中に回した手をラウルの首に巻こうと勢いよく動く。
そして、残念ながら全身に激痛が走り、そのまま倒れた。
「ティアラ。大丈夫ですか!」
「えへへ。幸せですぅ」
涙目で顔を苦痛に歪めながら、それでも幸せだと言うティアラが、心配やら愛おしいやらで、胸がいっぱいになった。抱き起し、優しく優しく頭を撫でて慈しんだ。
□□□
―― 二人の気持ちが成就してから数日後
『秘密の庭』の隣の館に用意した治療部屋のベッドの上で、ティアラは頭からリネンを被って抵抗姿勢をとっていた。部屋に入ったラウルは、その姿を見て笑う。一緒についてきたフェアリーも慣れたもので、ティアラのリネンをさっさと剥ぎとった。
「まずは薬湯です」
差し出された器を、ティアラは無言で受け取り飲み干した。
「次は――――、マッサージにしましょうか」
用意したボウルに湯を張り、マッサージオイルの香りを選んでサイドテーブルに置く。
手慣れた様子で準備をするラウルを、ティアラは始終胡乱な目で見つめ続けた。
準備の済んだラウルがベッドに腰をおろすと、待ってましたとばかりに遠慮なく威嚇した。
「その手には乗りません。今日こそは自分で薬を塗りますから!」
「ええ。そうして下さい」
ニッコリと笑い、ラウルは自分の使命を全うすべく手を差し出した。
しばらく見つめあい、根負けしたのはティアラだ。
諦めてラウルの手を取る。ボウルにつけて温めた手にオイルをなじませ、ゆっくりと押してゆく。
そのまま手のひらをほぐして腕から二の腕を揉みほぐす。両手を終えたら次はヘッドマッサージをするから寝るように伝る。
「ラウル様、これ以上はダメです」
「気持ちよくありませんでしたか?」
「気持ちよすぎて、寝てしまいます」
「ええ。良いことですね」
口で不満を訴えてはいるが、その顔は瞼が少し下がりトロンとした目は焦点が合っていない。
「さぁ、寝転がって下さい」
ラウルが少し力をかけると、抵抗もなくコロリとベッドに転る。
そしてヘッドマッサージを始めればティアラはスヤスヤと寝てしまった。
すべて終わると、一応念のため優しく肩をゆすって確認をとることにした。
「ティアラ。薬を塗りますが自分で出来ますか?」
「……うぅ。むりれす」
「なら、今日も私とフェアリー達で塗りますね」
伝えたなら遠慮はいらない。背中に腕をまわしてクッションを差し込み少しだけ体を起こす。
傷を確認するため寝間着の裾を少しだけめくれば、痛々しいそれは大分綺麗になっていた。
「うぅ。ラウル様、ズルイ」
眠さに勝てないティアラは、不自由に口を動かして不満をこぼす。
そして、いつも通りフェアリー達が薬を塗りたくるのを享受している。
今日もラウルは嬉々として世話を焼く。
ティアラは、それが恥ずかしいと思いつつ、心地よさに負けて世話を焼かれた。
―― こんな穏やかな幸せを、心から願っていた
―― 二人で過ごす時間を、ずっとずっと求めていた
それは、傷だらけで駆け抜けた少女と、一人きりで耐え抜いた青年が、二人で寄り添い、羽を休め、共に歩むと決めたときから訪れたのだった。





